「私だけの卒業アルバムを作ってほしいの」
 
 目を輝かせ、花の刺繍が入った白のワンピースを桜と共に揺らした初恋の同級生は、期待を胸にそう言い放った。

 何が起こったのか。少し前に戻って確かめようと思う。

 ***
 
 春。桜が咲き始め、高校三年生の僕、七瀬舜にも卒業と言う大きな行事が一か月後に控えていた。
 
 三年生は自由登校になり、入学する大学はすでに決まり、部活にも入っておらず友達のいない舜は暇を持て余していた。

 長いようで短かった学校生活。教室移動も登下校も、休み時間も。友達がいない日々だったが舜に後悔はない。中学生の時にいじめられ、良いように扱われてから友達なんて言葉まやかしだと思っている。

 卒業式は同級生の大半が友との別れを惜しんで涙を流すだろう。しかし僕にとっては高校を卒業したという証明書を貰うための日である。
 きっと今頃も高校卒業までの思い出作りに、同級生たちは精を出している。遊んで、遊んで、遊んで。記憶に刻むのだ。

 うらやましいとは思わない。記憶は薄れていくもので、大人になったらたまに思い出して、酒の肴にするくらいしか使い道が無くなるだろう。そんな事に時間を使うよりも、趣味の写真で思い出を切り取った方がよっぽど有意義である。

 景色は嘘をつかない。人ではないのだから当たり前だが、美しいと思ったからフレームに収めるのだ。景色だけは裏切らない。

 舜は机の上に置いていたカメラを手に取り、外に出る。

 温かな日差しに眠気がやって来るが、負けじと頭を振って脳を覚醒させ、石垣の上であくびをしながら体を丸めて眠っている三毛猫を写真に収める。
 
 なかなか綺麗に撮れたと満足しつつ、舜は何の写真を撮ろうかと立ち止まる。
 人の多いところは気分が悪くなるため、街の方には行きたくない。同級生にもあってしまう。

 そんなことを考えていると、舜の視界に桜の花びらが下りて来る。

 ああそうだ、近くにある公園の桜が満開だったはずだ。
 満開の桜を切り抜くのはさぞ美しい事だろう。

 舜は数百円のお金とカメラを手に、公園へと向かう。

 たどり着いた公園は桜が満開で、敷地内に多くの花びらが落ちていた。高校に行くための通学路で毎日通って見慣れていたはずなのに、桜が咲いていると一風変わった景色が現れる。

 春風に桜が舞う景色に見惚れながらも、舜はブランコに乗りながら一枚景色を収める。

 平日の午後二時くらいのためか全く人はおらず、自分一人だけの空間に舜は心地よさを感じていた。

「七瀬君何しているの?」

 隣のブランコから突然の声。リラックスをして完全に油断していたため、舜は驚きの余り後ろに体重を移動していまい、地に勢いよく落ちてしまう。

「わわ、大丈夫? いきなり話しかけてごめんね」
 
 差し伸べられた手を掴み、立ち上がった舜はそこでようやく声の主を認識する。

「花月、さん」

「お、私の事知ってくれてたんだ。そうです。君と同じクラスで、学級委員長をやっていた花月空だよ」

 敬礼をしておちゃらけながらも明るい笑みを空は舜に向ける。

 もちろん舜は知っている。学級委員長ということもあるが、空は舜の初恋の人で、入学式で一目ぼれしてから今もなお好意を寄せている人である。
 
 頭がよくて明るい性格をしており、どこか抜けていて同級生で知らない人はいないだろう。舜のように多くの人が好意を寄せており、告白をしている。
 もちろん、舜に告白する勇気はないため、ずっと心に秘めたままではいる。

 なぜここに? という疑問が舜の頭に浮かんだ。

 花月空と言う女の子は人気者で、引っ張りだこである。普通なら友達や同級生のみんなと高校最後の思い出を作りに行っているはずである。こんな人気のない公園に一人で来る存在ではない。

「七瀬君ここで何していたの? 私はねー、病院帰りに綺麗な桜が見えて来ちゃった」

 来ちゃったと共に向けられた笑みに、舜は顔を赤くし、バレないようにカメラで顔を隠して目をそらす。

「あ、写真撮りに来たの⁉ 七瀬君、趣味カメラだったんだ。ねね、ちょっと見せてよ」

「え、あ、う、うん」
 
 うまく誤解してくれたのか。どぎまぎしながらも舜はカメラを手渡す。
 受け取った空はしばらく撮った写真を見つめ、次第に目を輝かせていく。

「ねえ、七瀬君!」

「はい!」

 期待のこもった目で舜を見つめ空は言う。

 ここで冒頭の出来事が始まった。