高校を卒業して、大学を卒業しても、メッセージアプリでのみ連絡を取り合って、よかった本のことをお互い淡々と語り、淡々と紹介された本について語った。
 メッセージ数や総文字数で言ったら、誰よりも多くやり取りをしたと断言できる。
 
 世良佑都こと後輩君は、自分が大学を卒業してすぐ、「桜庭先輩のこと、有希さんって呼んでいいですか?」なんて生意気なメッセージを送ってきた。
 私は、「いいよ。じゃあ後輩君のこと佑都君って呼ぶね」と返した。
 
 それから三年後、「直接言いたいことがある」と言われて高校卒業以来初めて会った。
 何を言われるだろうか、とちょっとドキドキした。
 お金を貸してほしいと言われたら縁を切る。
 保険勧誘や口座開設の話でも縁を切る。
 宗教勧誘でも縁を切る。
 投資の話でも縁を切る。
 ねずみ講やマルチ情報でも縁を切る。
 私に覚悟はできている。
 高校時代の友人とは段々疎遠になってしまった中、唯一毎日のように連絡を取り合っているのが佑都君だ。
 私はこの縁を大切にしたい気持ちが強い。だからこそ、少しでも怪しい話になったらバッサリと縁を切る覚悟を決めた。
 
「俺は、もう有希さんの後輩を卒業してもいいですか?」
 
 そんなことを言う佑都君はすっごく格好良くなっていて素直に驚いた。
 
「卒業してどうするの?」
 
「あの、有希さんの彼氏に立候補したいんです」
 
 背も高くなって大人っぽくなった佑都君は、私に花束と指輪を差し出しながらそう言ったのだ。
 薔薇の花束とはベタだ。この指輪はちゃんとケースに入ってはいるが、婚約指輪ではなくフリーサイズのオシャレリングみたいだ。
 
「すればいいんじゃない? その選挙、私は投票用紙に佑都君の名前を書いて投票するから」
 
 こんな可愛くない言い方しかできない私かだが、高校時代の心残りから卒業してしまったみたいだ。
 指輪を受け取って、左手を佑都君に差し出したら、そっと手を取って指輪をはめてくれた。
 シンプルだけど可愛い指輪を、思わず手をかざして眺めてしまう。
 
「はい。俺、当選決定です。その指輪は……、そんな重い意味で考えないでください。見た瞬間に有希さんに似合うなって思っただけです」
 
「ありがとう。すごく嬉しいよ。今度は私が佑都君に何かプレゼントするね」
 
「楽しみにしてます」
 
 自然に手を繋いで、私たちは普段メッセージでやり取りをしているようなことを滔々と語り合った。
 やっぱりリアルで会って話すと熱量が伝わりやすい。
 これからは、本好きの同士としてではなく、恋人として会うなんてドキドキする。
 
 同級生たちが高校時代に卒業していた諸々のことも、その内佑都君と一緒に経験して卒業していくかもしれないが、今はまだそこまで考えられないで、ただただ胸がドキドキしている。
 
 後日、職場のオシャレ女子に「先輩、それ超有名ブランドの新作で十八万くらいするやつですよね。超可愛いし先輩にガチ似合ってますよ。男からのプレゼントですか?」なんて言われて硬直した。
 こ、こんな小さな指輪が十八万円……?
 私はお給料で本を買いまくっていて、そんなに貯蓄がない。
 ど、どうしよう……。
 釣り合わない物をプレゼントして失望されたくない。
 あああ……。しばらく本を買うのをやめて……、お金があったら何を買えばいい? 佑都君には何が似合う? うあああ……。
 
 恋を知らない私からは卒業したけれど、それはとてつもなく大変な恋愛への入学でもあったらしい。