「あの、本当に大丈夫?」

「大丈夫だって。気にすんな!」


公園の片隅にある水飲み場に辿り着くと、男の子は蛇口を大きく捻る。

お椀の形にした手にぼたぼたと滴り落ちるくらい水を溜めると、彼はそれを一気に額へとぶつる。水飛沫が私達の方に飛ぼうがそんなことは気にしない。彼は三回くらいそれを繰り返して、ようやくぷはあと息つぎをする。

お風呂上がりのようにびちゃびちゃになった髪を後ろにたくし上げると、彼は肩にかけていた小さめのショルダーバックを漁りながら、いかにもやってしまったという痛恨の表情を作って私の方を見た。


「やべ。タオル忘れた」


車に轢かれそうになるよりも、タオルを忘れたことの方がよっぽど衝撃だったのだろうか。

なんて思ったらなんだかおかしくなってしまって、失礼だとは思いながらも、噴き出してしまった。不思議な雰囲気をしている人だなあ。


「俺、そんなに変な顔してる?」

「ううん。何でもない。ちょっと待って。私、まだ使ってないタオル持ってる」

「血が付くからいいよ」

「いいから、使って」


抱えている子猫をそうっと地面に着地させてから、鞄からタオルを取り出し、彼に手渡す。


「じゃ、ありがたく使わせてもらうよ」


言わなければいけない事があったことにようやく気が付くと、再び申し訳ない気持ちが私を支配する。


「あの、本当にごめんなさい……私のせいで」


無意識に「私のせいで」と付け加えてしまったのは余計だと思う。


「別に謝らなくて良いよ。山野はそいつを助けようとしたんだろ」


彼は私の申し訳なさを受け流すように言って、また豪快に頭を拭く。指を刺された子猫は、なぜか嬉しそうにみゃあと返事をする。

その後、彼はショルダーバックを漁って絆創膏を二つ取り出して、私に差し出す。


「ごめん。貼ってくれる?」

「え、え?」


前髪をたくし上げたままぐいと顔を近づけられ、少しだけ心臓が飛び跳ねる。


「そんなにビビんなよ。もう血、止まりかけてるだろ。ほら」

「あ、はい」


言われるがまま絆創膏を貼ろうとしたら、一枚は台紙から剥がす時に粘着面同士をくっつけてぐちゃぐちゃにしてしまった。

男の子はぶはっと吹き出しながら「意外と不器用なんだな」と言った。意外と、って。


「さんきゅー。助かった。あっちのブランコでちょっと休憩しようぜ」


そう言って、男の子はまた私の手を引きながら強引にブランコまで誘導する。

終始彼のペースに付き合わされているような気がしなくもないけれど、元々積極性の無い指示待ち人間である私にとっては、それが案外しっくりきた。


「そういや名前教えてなかったよな。俺、成瀬現人(なるせ あきと)っていうんだ。よろしく」

「え、と、こちらこそ。私は山野海幻(やまの みかん)です」

「海幻か。良い名前だな」