慌てて子猫を抱きかかえ直し、じたばたもがきながら枝を掻き分ける。

運動神経が悪い私はやっとのことで脱出すると、目の前にはハザードランプを点滅して止まっているワゴン車と、頭を押さえて座り込んでいる男の子の姿があった。

全身が砂まみれで、カッターシャツやスラックスの肘や膝には穴傷が空いている。白いカッターシャツの所々に赤い染みが付き、頭からは血が滴り落ちていた。


「大丈夫か⁉︎今救急車を呼ぶからな」


作業着姿の男性がワゴン車から出て来ると、慌ててポケットからスマホを取り出した。明らかに動揺しているようで、ボタンをタップしようとする指先が震えていているのがはっきりと見える。


「いてて……別におじさんの車とぶつかったわけじゃないんで大丈夫っす。俺が勝手に転んだだけですから」


痛みを堪えているのか、男の子は顰めっ面を浮かべながら、けれど努めて平静を装うように、一生懸命笑みを作りながら救急車を呼ぶのを拒んでいた。


「だけど君、頭から血が……」

「こんくらい絆創膏貼っとけば治りますよ!」


それでも救急車を呼ぼうとする運転手さんを、男の子は何度も制止する。

たしかに車には傷一つ見当たらない。車は間一髪のところで停止したのだろう。


「そうだ、君のほかにもう一人いなかったか?」


私のことだ。


「あ、の……」


助けた子猫を抱えながら慌てて駆けつけたけれど、言葉が見つからなかった。私が急に飛び出したせいで、こんなことになってしまったんだ。


「大丈夫か?」


声が出ない私はこくりと頷くと、男の子はにこりと目を細め、まるで狼狽えている私を安心させるかのように「無事でよかった」と呟いた。


「君!大丈夫か⁉︎」

「はい……すみませんでした」


私は力無く今できる精一杯の謝罪を口にし、深々と頭を下げる。抱えていた子猫も私につられてみゃあと謝罪をする。

運転手さんは私達の無事を確認すると、少し落ち着いたのか、運転手さんは大きく深呼吸をし、今度は鋭い視線で私を睨みつけた。


「君ね、いくら猫を助けるのに必死だったとしても、いきなり道路に飛び出しちゃ駄目だろ。君達高校生だよね。もう十分状況判断できる歳でしょ。もう少しでーー」

「まあまあ、運転手さん。みんな大事に至らなかったから良しとしましょうよ」


男の子は立ち上がると、砂だらけになった自分の身体を何度も叩(はた)きながら運転手さんをなだめる。


「俺達は大丈夫なんで、ほんと気にしないでください。ほら、お前も突っ立てないで、行くぞ」


男の子は納得いかなそうな顔で何度も心配する運転手さんに「本当に大丈夫ですから!」と何度も言い聞かせると、私の手を強引に引っ張りながらすぐ側にある公園に向かった。