廊下を歩いている途中で、成瀬くんは物体を通り抜けられる身体を持つのを良いことに、廊下の壁に腕を突っ込みながら歩く。

その光景を私がじいっとみながら歩いていると、すれ違ったクラスメイトの視線を感じて、いけないいけないと慌てて前を向き直す。


「いやー。やっぱ文化祭は誰かと一緒に回るに限るな!」

「成瀬くんが生きてた頃はどんなことをしてたの?」

「俺が生きてた頃は、たしか生徒会でクレープ屋をしてたっけ。あと、時間が空いてた時は五、六人くらいでこうして回ってたかな」

「へー。たくさん友達がいたんだね」

「まあ、生きてる頃は大体にやつに人当たり良くしてたからな」

「ちょっと羨ましいかも」

「海幻も声かけられてたじゃん」

「でも、友達って言うほどじゃないし」

「俺も本当に仲が良かったのは一人か二人くらいだったけどな。それに、俺は海幻みたいに自分の軸を持ってるやつの方が羨ましく見える。ま、隣の芝は青く見えるだけかもしれないけど」


たしかに。

私たちは、お互いに無いものねだり合う生きものなのかもしれない。

自分には何があるかを見つけるのではなくて。

特に考えもなくふわりと羨ましいなんて言ってしまった自分が少し恥ずかくなった。


「あれ面白そうじゃん!」


また意味もなく自分を卑下していると、成瀬くんはいつもの三割増しのテンションで私のマイナスな気持ちを吹き飛ばしてくれた。

刺された方向を見てみると、「ご自由にお撮り下さい」と書かれた札が付いている大きなフォトフレームがあった。

背景はなんだろうと見てみると、校内の告白スポットとして有名な桜の木が入るように配置されていた。

もちろん今の季節は花びらをつけるのではなく、黄色の葉っぱが生い茂っているけど、それはそれで絵になると思う。


「海幻、せっかくだし撮ってみたら?」

「さすがに一人で自撮りはちょっとイタい……」

「あ、写真だったらさ、俺、心霊写真みたいに写るかも」

「ほんと?じゃあ、せっかくだから撮ってあげるね」

「何言ってんの?一緒に撮るんだろ」

「え……?」

いやいやいやいきなりそんなそんな。

って、友達と写真を撮るくらい誰もがやっていることじゃないかどうしてそんなに焦っているのだろう私は。


「ほら、早く」

「え、あ、はい……」


周りに人がいなくなる瞬間を何度も謀りながら様子を伺う。

人がいなくなった一瞬の隙を付き、撮影台にスマホのタイマー機能をセットし、フレームの中に収まると、私と成瀬くんはピースサインをしてシャッター音が鳴るのを待つ。その間、私の心臓はずっと跳ね続けたまま。

廊下にシャッター音が響く。


「どうだ?」

「ちょっと待って。見てみる」


……。


……そうだよね。


わかっていた。画面には精一杯作り笑いしながらピースサインを決めている自分の姿しか映っていないことくらい。


「ごめん……やっぱり写ってない」


今まで影もなかったし窓越しでも映ったこともなかったし、鏡にも映っていなかった。写真でも同じ結末になることくらい、わかっていたんだ。

なのに、期待をしてしまった。


「もしかすると海幻との思い出を残せると思ったんだけどな。残念……」

いつもならすぐに冗談かどうかわからないことを言って励ましてくれるはずなのに、今回は違った。

成瀬くんも私と同じように落ち込んでいた。

そうっと成瀬くんの横顔を見てみると、彼は頑張って笑顔を作ってはいるものの、何かを諦めてしまっているような、そんな表情をしている。

やっぱり、今まで寂しかったんだ。

見えているけど、話すことができない。伝えることができない。

そもそも、相手に気付いてもらえない。

一人ぼっちがどんなに辛いことか、私にはわからない。

そしてようやく成瀬くんのことが認識できる私と出会った。

にもかかわらず、彼は私のことばかり考えてくれる。

本当に、私のことばかり。

だから、私も成瀬くんにできることをしてあげたい。


「私、成瀬くんの絵を描く」

「え……?」

「写真がダメなら、描けばいい。私、成瀬くんと過ごした証拠を残したい」


成瀬くんがこの場所にいたことを心にしまうんじゃなくて、私の手で形として残したい。