楽器を運び終えた私は舞台裏からそそくさと退散する。

プロジェクターやスピーカーに接続する作業は機材を運び終わるまでに済ませておいたから、あとは上映時間に動画の再生ボタンを押すだけ。

午後からの上映までまだしばらくの時間があった。

教室はカフェになってしまっているから、戻るにも戻れない。さて、どうしよう。


「よっ!海幻!」

「わあっ!」


体育館を出てすぐの渡り廊下を歩いていると、急に成瀬くんが私を呼び止める。いきなりに弱いから急に声をかけるのは、本当にやめてほしい。

成瀬くんは普段第二校舎の階段にいるのだけれど、校内は自由に移動すること自体はできるみたい。

でも、いつからか私達は階段以外で会わないことを暗黙の了解としていた。

だって、


「山野!どうした!」

「あ、いえ……何でもありません」


こうなるから。

渡り廊下を歩いていた何人かの視線が発狂した私の方に集中し、そのうち一人の先生が心配そうに私の方に駆け寄ってきてしまった。しかも安達先生だ。

声の大きい安達先生が私のところに駆けつけてくると、余計に事態が大事のようになってしまう。すみません、お願いだからこれ以上私にかまわないでください。

私は何度も頭を下げ、その場から離れる。成瀬くんは隣で頭を掻いて苦笑いをしている。

まったく、誰のせいでこうなったと思ってるの。


「もう、成瀬くんのせいで目立っちゃったじゃん」

「良いじゃん別に。てか、海幻、意外と友達多いのな」

「友達ってほどじゃないと思うけど」


今の私にとっては珍しいことじゃなかったけれど、よくよく考えると入学してすぐの頃はほとんど誰と挨拶すらしなかったような。いつの間にか声をかけられることが当たり前になっていた。


「今日はどうしてわざわざここに来たの?」

「いや、海幻と一緒に文化祭を見て回ろうかと思って」

「え……いいの?」

「海幻が頑張って俺を無視し続けたら大丈夫だ!」


いつもは私のことを気遣って絶対に階段以外では会わないって言っていたから諦めていた。

でも、実は少しだけ思っていたんだ。

文化祭を成瀬くんと一緒に回れたらって。だから、嬉しい。
 
流石に無視するのはちょっと寂しい気がするけれど、それでも成瀬くんと一緒に文化祭を回れるのなら、それでもいい。

それよりも、できる限り思い出を残したい。成瀬くんも同じ気持ちだといいな。

ほとんど透明になりかけてしまった成瀬くんの方をじいっと見つめる。身体の向こう側に意識を向けてしまうと、ここには私一人だけしかいないような気もする。


「成瀬くんはどこか行きたいところある?」

「そうだな、お化け屋敷とかいいんじゃね?海幻、幽霊得意だろ」

「……」


微妙な空気感を払い除けるように、私はこほんと小さな咳払いをしておく。


「ごめんって。海幻は行きたいところある?」

「うーん、アトラクション系はちょっと苦手だから、展示物を観て回ろうかな」

「いいね。じゃあ行こうぜ」