気配を消しながら足音がする方向の反対に進む。

別に悪いことをしているわけではないから、無理に見つからないようにこそこそする必要はないのかもしれない。

けれど、さすがにこんな時間に一人で校内をうろついているのが見つかれば、次の日は生徒指導室に行かないといけなーー


「おい、山野!」

「ぎゃあっ!」


下駄箱の蓋を開こうとしたら、突然背後から大きく低めの声が聞こえて、口から心臓が飛び出そうになる。


「そんなに驚かなくても。もう遅いんだから、早く帰りなさい」

「す、すみません」


ふうと大きく息を吐き、逆立った神経を宥める。


「山野、軽音部に入りたかったらいつでも言ってくれ。あいつらも喜ぶし」

「はい。ありがとうございます」

もしかして安達先生なら成瀬くんについて何か知っているかもしれない。


「……安達先生」


いつもの私なら自分から声なんて絶対にかけないのだけれど、なんとなく、安達先生になら聞いても大丈夫だと思った。


「どうした?」

「あの、五年前に生徒が飛び降りた自殺をしたっていう話、本当ですか?」


想定外のことを聞かれたのだろう。安達先生はピクリと眉を動かす。


「自殺?俺は事故だと聞いているが」

「どういうことですか?」

「俺は去年赴任してきたから人づてにしか知らないけど、たしか屋上のフェンスによじ登った生徒が落ちてしまったらしいんだ」

「どうしてそんなこと」

「いじめに遭っていた子のスケッチブックを取ってあげようとしたらしいんだ。生徒会に入ってた子だったし、正義感の強い子だったみたいだな。おっと、もう遅いからこの話はまた今度な。いい加減に帰りなさい」

「はい、さようなら」


そういえば、いつも私の話を聞いてもらっているばかりで、私は成瀬くん自身の事は全然あまり知らない。

何度か気になったことはあったのだけれど、亡くなった時の話を本人に直接訪ねるのはさすがに死因を調べるみたいで失礼だと思い、いつしか自分からその話題に触れないようにしていた。

このままで良いのだろうか。

やっぱり、もう少し成瀬くんのことを知りたい。