あの時私は、このまま車に轢かれてしまおうと思っていた。
咄嗟にリンを助けるふりをして、自分から車にぶつかろうと企んでいた。
でも、もし本当に車に轢かれていたら、運転手さんの人生は変わってしまっていただろう。そして私が死ぬことで、お母さんや柚の心にも深い傷を残してしまっていたかもしれない。
あの時の私は一杯一杯だった。でも、今思うと、本当に馬鹿なことを考えていたと思う。
「これは俺の憶測なんだけどさ。海幻は死のうと思ってたから、俺のことが見えたじゃないかな」
「そんな……」
「今は死にたいなんて思ってないだろ?」
「……うん。思わなくなってきてる」
車に轢かれそうになったあの日以来、学校では成瀬くんと話すようになり、次第に香代ちゃんや秋元くんとも一緒に行動するようになった。
気がつけばいつも誰かとと一緒にいて、死にたいなんて気持ちは少しづつどこかに行ってしまった。
「海幻が前向きに生きようと思うほど、俺が見えなくなるんだ」
「じゃあ、成瀬くんはどうなるの?」
「わからない。今まで通り彷徨うことになるかもしれない」
「そんな……また一人ぼっちになっちゃうよ」
誰にも気付いてもらえず、ただ一人で過ごすだけの毎日に、もう戻っちゃいけない。
私だけが助かって良いわけがない。
「一人ぼっちって、海幻にはもう友達がいるだろ」
「成瀬くんがだよ……」
「だから俺のことなんてーー」
「どうして私のことばかりで自分のことをもっと大事にしないの!ばかっ!」
感情のまま立ち上がり、思い浮かんだ言葉を力一杯ぶつける。
抑えようとすればするほど握りしめた拳が震えて、泣きたくないのに涙が溢れてくる。
湧き上がる感情がコントロールできないのは、こんなにも苦しいんだ。
「ごめんなさい……」
「海幻、ありがとな」
成瀬くんは私の頭に優しく触れる。掌の感触はないけれど、確かな温もりは感じる。それが余計に、切ない。
このままだと、きっとそう遠くはない将来に、成瀬くんの姿は見えなくなってしまうだろう。
私は成瀬くんにも幸せになってほしい。
「少しだけ、私も成瀬くんのためにできることをさせて」
「海幻……」
大きなお世話かもしれない、でも、今度は私が成瀬くんの力になりたい。
廊下のほうから足音が聞こえてくる。うっかり大きな声を出してしまったから、不審に思った先生か警備員の人が気付いてしまったのかもしれない。
「海幻、そろそろ行った方がいいぞ」
「あ、うん。また来るね」
「待ってる」