「山野、本当に大丈夫か?」

「うん」

「それじゃ、また来週な」

「海幻、また連絡するね!」

「ばいばい」


教室に忘れ物を取りに行くと言って昇降口で二人と別れる。付き添いを断ってしまったのはちょっと申し訳ないなとは思いながら、私は足早に第二校舎の階段へと向かった。

防犯のためか、廊下の電気は付いているけれど、教室は真っ暗闇に染まっていた。廊下には私の足音がこつこつと響き、音に集中すればするほど私の心細さが大きくなって来た。


本当は、不安に耐え切れなくて、何度も辞めようと思っていた。

秋元くんと香代ちゃんの熱量が伝わって来れば来るほど、私なんかが関わって大丈夫いいのかなって考えてしまう。

でも、成瀬くんはいつも大丈夫だと言い続けてくれた。

こんな時間に行ったら怒られるかな。

でも、早く成瀬くんに会いたい。会って感謝を伝えたい。

お礼を言ったらすぐに帰ろう。


「成瀬くん」

「お、海幻。こんな時間にどうした?」


息を切らしながら成瀬くんを呼ぶと、いつものように成瀬くんはすぐに返事をしてくれた。


 ……あれ?


「どうした海幻」


 私はぎゅっと目を瞑ってから、ゆっくりと開け直す。けれどやっぱり結果は変わらない。


「成瀬くん、消えかけてる」

「……そうか。やっぱり」


いつものように明るく冗談を返してくれるはずなのに、今日は少し哀しい声で精一杯の返事をするだけ。もうお礼を言うなんて気持ちは、どこかに行ってしまった。


「海幻、ちょっと聞いてくれ」

聞いてしまったら、現実を受け入れてしまう気がして、怖くなった。


「……えないで」

「え?」

「消えないで」

「だ、大丈夫だって。勝手に消えたりしねーから、安心しろ」


狼狽える私を宥めるように、成瀬くんはいつもの表情を作る。

まただ。私はいつも成瀬くんにしてもらってばかりだ。


「ごめん」

「俺の方こそ、びっくりさせてごめん」


静寂に包まれた階段には、中庭からわずかにこおろぎの鳴き声が聞こえてくる。


「左腕の包帯、大分少なくなったな」

「えっ?」

「入学した時ぐるぐる巻きだったろ」


左腕の傷は、自分自身で傷付けた証拠を隠すためだった。

小学生の頃、学校や家で嫌なことがあると、左腕にぎゅっと爪を立てて引っ掻く癖があった。

高校に進学してもずっと、いらいらが溜まる度に傷付けていた。

包帯をしていたのは、傷だらけになって変色した腕を隠すため。このことは、もちろん誰にも言っていない。

初めて成瀬くんと会った時が一番酷かったと思う。

でも、成瀬くんと出会い、香代ちゃんに声をかけられるうちに、次第に傷を付ける頻度が減っていった。


「海幻さ、初めて会った時、死のうと思ってたろ」

「……なんで、それを」