いつものように予鈴がなる直前に教室に入ると、誰にも挨拶をせず、自分の机へと向かう。
連日続く雨のせいで教室にはじっとりとした湿気と、ヘアスプレーや制汗剤の匂いが混じった匂いが鼻を刺す。
窓際の一番前の席だということが唯一の救いであった私は、机の上に書かれている落書きが少し増えてきたかなと思いながら、教科書と筆記用具を物入れの中に入れてから静かに椅子に座る。
「山野さん、おはよっ!」
はきはきとした声が私を呼んだから振り向いてみると、同じクラスの川瀬香代さんがいた。
「……おはよう」
川瀬さんは誰もが見惚れてしまうほどの美人だから、話しかけられるだけで少し緊張してしまう。
整った顔立ちと胸元まで伸ばした艶々の髪は、いかにも物語の主人公という雰囲気を放っていて、おまけに明るく活発でリーダーシップもある。
しかも川瀬さんは一年生ながら軽音楽部を自ら立ち上げるほどの行動力を持ち、しょっちゅう放課後の中庭を使ってライブをしている。
「ねえ、山野さんの描いた絵を見せてくれない?」
見た目も性格もなにもかも違う川瀬さんが私に声をかけてくれるようになったのは、きっとあの日、うっかり引き出しから描いた絵を落としてしまったからだ。
もちろん秋元くんは悪気なんて無かったから、すぐに拾って何度も何度も謝ってくれた。
それだけで良かったのだけれど、秋元くんはその時私の絵を見て「うわっ!この絵山野が描いたの?すっげー!」と言ってしまって、それ以来、教室で絵が上手い人間だという噂が広まってしまった。
「良いけど……」
下手な絵を見せるのは恥ずかしいから、私は成瀬くんに見せた絵の中でも特に反応が良かったものだけを川瀬さんに渡す。
「素敵……!」
成瀬くんに見せた時もそうだったけど、自分の描いた絵を目の前で見られるのは心臓に悪いから苦手だ。もちろんどう反応をすれば良いのかわからないから、目の前で褒められるのも一緒。ちょっと嬉しいけど。
川瀬さんはしばらく「へー」とか「わー」とか言いながら私の絵を眺めていると、突然私の手を掴む。
「決めた!山野さん!私と一緒にMVを作らない?」
「へ……?」
「私、文化祭で公開するMVを作ろうと思ってて、イラストが描ける人を探していたの」
「え、でも、やったことないし」
「大丈夫!私ね、山野さんの絵を見てピンときたんだ!私達のイメージに合うものができそうな気がするって!だからさ!」
「え。あ、はい……」
「やった!」
どうしよう。
あまりにもキラキラとした笑顔で誘われてしまったから、つい流されるように頷いてしまった。褒められて嬉しかったっていうのもあるけれど。
本当にどうしよう。
川瀬さん達が本気でバンド活動をしているのは知っていたから、中途半端な気持ちで関わるのは失礼だ。
私が絵を描き始めたきっかけなんて、所詮周りの人と関わりたくないからという消極的な理由だし。
そんな私が川瀬さん達と一緒に何かをするなんて。それにーー
私は左手首からちらりと見える包帯が見えないように、袖をぎゅっと引っ張る。
「あの、やっぱり、私には……」
「大丈夫!文化祭までまだまだ時間もあるし、一緒にやってみようよ!」
「……はい」
「じゃあ放課後私達の部室に案内するね。よろしく!」
川瀬さんは再び私の手を強めに握りながら期待の眼差しを向ける。
そしてその後「イラスト担当決まったよー!」と、軽音部の一員である秋元くんのところに行ってしまった。
二人の視線を背中に感じることになった私は、冷や汗が止まらなかった。
もしここで私が断ったら、きっと川瀬さんを敵に回してしまう。もう後戻りなんてできない。
授業中はいつものように平常心を装うように努めるけれど、ずっと心臓がバクバクしていて、何度も字を書き間違えたり、教科書のページがわからなくなったりと、散々だった。
連日続く雨のせいで教室にはじっとりとした湿気と、ヘアスプレーや制汗剤の匂いが混じった匂いが鼻を刺す。
窓際の一番前の席だということが唯一の救いであった私は、机の上に書かれている落書きが少し増えてきたかなと思いながら、教科書と筆記用具を物入れの中に入れてから静かに椅子に座る。
「山野さん、おはよっ!」
はきはきとした声が私を呼んだから振り向いてみると、同じクラスの川瀬香代さんがいた。
「……おはよう」
川瀬さんは誰もが見惚れてしまうほどの美人だから、話しかけられるだけで少し緊張してしまう。
整った顔立ちと胸元まで伸ばした艶々の髪は、いかにも物語の主人公という雰囲気を放っていて、おまけに明るく活発でリーダーシップもある。
しかも川瀬さんは一年生ながら軽音楽部を自ら立ち上げるほどの行動力を持ち、しょっちゅう放課後の中庭を使ってライブをしている。
「ねえ、山野さんの描いた絵を見せてくれない?」
見た目も性格もなにもかも違う川瀬さんが私に声をかけてくれるようになったのは、きっとあの日、うっかり引き出しから描いた絵を落としてしまったからだ。
もちろん秋元くんは悪気なんて無かったから、すぐに拾って何度も何度も謝ってくれた。
それだけで良かったのだけれど、秋元くんはその時私の絵を見て「うわっ!この絵山野が描いたの?すっげー!」と言ってしまって、それ以来、教室で絵が上手い人間だという噂が広まってしまった。
「良いけど……」
下手な絵を見せるのは恥ずかしいから、私は成瀬くんに見せた絵の中でも特に反応が良かったものだけを川瀬さんに渡す。
「素敵……!」
成瀬くんに見せた時もそうだったけど、自分の描いた絵を目の前で見られるのは心臓に悪いから苦手だ。もちろんどう反応をすれば良いのかわからないから、目の前で褒められるのも一緒。ちょっと嬉しいけど。
川瀬さんはしばらく「へー」とか「わー」とか言いながら私の絵を眺めていると、突然私の手を掴む。
「決めた!山野さん!私と一緒にMVを作らない?」
「へ……?」
「私、文化祭で公開するMVを作ろうと思ってて、イラストが描ける人を探していたの」
「え、でも、やったことないし」
「大丈夫!私ね、山野さんの絵を見てピンときたんだ!私達のイメージに合うものができそうな気がするって!だからさ!」
「え。あ、はい……」
「やった!」
どうしよう。
あまりにもキラキラとした笑顔で誘われてしまったから、つい流されるように頷いてしまった。褒められて嬉しかったっていうのもあるけれど。
本当にどうしよう。
川瀬さん達が本気でバンド活動をしているのは知っていたから、中途半端な気持ちで関わるのは失礼だ。
私が絵を描き始めたきっかけなんて、所詮周りの人と関わりたくないからという消極的な理由だし。
そんな私が川瀬さん達と一緒に何かをするなんて。それにーー
私は左手首からちらりと見える包帯が見えないように、袖をぎゅっと引っ張る。
「あの、やっぱり、私には……」
「大丈夫!文化祭までまだまだ時間もあるし、一緒にやってみようよ!」
「……はい」
「じゃあ放課後私達の部室に案内するね。よろしく!」
川瀬さんは再び私の手を強めに握りながら期待の眼差しを向ける。
そしてその後「イラスト担当決まったよー!」と、軽音部の一員である秋元くんのところに行ってしまった。
二人の視線を背中に感じることになった私は、冷や汗が止まらなかった。
もしここで私が断ったら、きっと川瀬さんを敵に回してしまう。もう後戻りなんてできない。
授業中はいつものように平常心を装うように努めるけれど、ずっと心臓がバクバクしていて、何度も字を書き間違えたり、教科書のページがわからなくなったりと、散々だった。