何故、そんな風に言えるのだろうかと怪訝に思い、ちらと雷華様を窺うと。雷華様は優しく私を見つめながら、温柔な笑みを浮かべていた。
 私の右目とばちりと目が合うと、その笑みに確かな自信が現れ始める。
 そして「母君は喜んでおるよ」と言い切った。
「何故、その様に言い切られるのですか?」
 ふいと雷華様から目を逸らして尋ねると、「我には分かるのだ」と鼻高に答えられる。答えになっていない答えを言われ、私は少しムッと不機嫌を滲ませてしまうけれど。
「話を聞くに、母君はりんが笛を吹き、上達する事を至上の喜びとしておる。その様な者が、自分の為にと作った曲を聴いて喜ばぬ訳がなかろうて」
 雷華様から告げられた、温柔な言葉に、その不機嫌はあっという間に取り払われた。
 直ぐさま「確かに、そうかもしれない」と言う神妙な思いに駆られる。
「で、ですが。この曲はあまりにも暗いし、とても喜ぶ様な曲では」
「曲調なぞ関係ないぞ、それは些末な事と言うもの。現に我はこの曲を聴いて、素晴らしいと褒め称え、喜んだであろう?知り合って間も無い我がこうなのだぞ、母君ともなれば我以上。りんの心や言葉を感じ取り、嬉しく、そして誉れに思うのではないか」
「母様が、そんな風に・・?」
 呆然としながら呟くと、上から「そうだ」と重々しく答えられる。
「親の心子知らずとは、よう言うが。りんよ、母君のこの心は知っておかねばなるまい」
 窘める様な口調ながらも優しさに溢れた言葉は、私の心にズドンと突き刺さり、深く浸透して行く。
 確かに、母様は私が笛を吹けば、些か大仰にも感じる程喜んでくれた。それがどれほど短い曲でも、拙い曲でも。喜ばぬ時なんてなかった。
 いつの間にか私は、母様の想いを忘れていたわ。記憶は残っていても、その時の母様の心は薄れていってしまっていたのだわ・・。
 忸怩たる思いに駆られるけれど、その中に喜びや哀しさも感じて。胸の内で湧き上がった感情が、次々と綯い交ぜになり複雑になっていく。
 私は胸元の衣をギュッと握りしめながら「そう、ですね」と独りごちる様に答えた。
「そこまで肩を落とす必要はないぞ、りん。今気がつく事が出来たのだからな、上々だ」
 満足げな言葉が聞こえると、目の前でストンと小さな音がした。俯いている私の視界に、黒い明服の一部が映る。