お怒りを買ってしまったかもしれないと、顔から血の気がさーっと失せていった。雷華様の顔色を窺おうと、おずおずと顔を上げようとした刹那。
「りんには、笛の師がいるか?」
 雷華様から発せられた言葉は、意外にも朗らかで、先程の気まずい静寂なんてまるでなかったかの様な声音だ。
 私はそれに「えっ、あっ」と口ごもらせてから、訥々と「亡くなった母です」と答える。
「亡くなった母君とな?」
「は。はい。母は、私が幼き時に亡くなってしまったのですが。母は昔に出会った女性から笛を少し習った様でした。爾来、母は笛が好きになったのですが。母には全く笛の才がなく、下手の横好きとよく父から言われていたのを朧気ながら記憶しておりまする」
 懐かしい記憶を瞼裏に映しながら語っていると、フフッと笑みが自然と零れた。
「そうであったか。だがそう聞くと、笛の師が母君とは少し不思議な気もするが」
「それは母の笑顔見たさに上達しようと気概を見せたとでも申しますか。幸いにも、私には才がありましたし。母から少し教わると、めきめきと上達したのでございまする」
 苦笑を小さく浮かべながら告げると、瞼裏に母様が私に笛を初めて教え、私が吹けてとても喜んでいる映像が浮かんだ。
 懐かしいわ。私が初めて笛を手にして、吹いた時。母様はとても喜んでいたし、誇らしげだったわね。私の血を受け継いでいるわ、と鼻高々で。それが幼い私にとっては、げに嬉しき事で。病弱な母さんを笑顔にさせられると、笛を上達しようと誓ったのよね。
「成程。それならばその腕前に納得するものだ。誰かの為という心意気は、人間を一番成長させるからな」
 にこやかな声音で告げられ、私はなんだかこそばゆくなってしまい「左様にございますね」と照れながら答えた。
「では、影姫は母君を喜ばせる為に作られたのだな?」
「はい。ですが、母が喜んでくれたかは分かりませぬ。影姫は、母が亡くなった後に出来た曲なので。笑顔を見る事も叶いませぬでしたが」
 笛を握りしめ、足下の砂利を見つめながら告げると。「そうであったか」と沈痛な声で言われるが、すぐに「母君は喜んでいるであろう」と答えられた。
 その声は、何の根拠もないはずなのに、あまりにも自信に満ちていて朗らかだった。