いくら解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、ちょっと仮眠した程度では動き回れるはずがないのだが現にレギナとキーガスは動き回れている。改めて獣人族の肉体の強さを実感する。

「大丈夫ですか、メルシアさん?」

「はい。お手間をおかけしました」

ティーゼに手を差し伸べられて、メルシアがゆっくりと立ち上がった。

魔力消費によるフラつきや倦怠感はあるものの軽く動き回れるだけの体力はあるようだ。

無事でよかった。

「さて、ここまでお膳立てしてもらったもの! 決着をつけるわよ!」

「ああ!」

レギナとキーガスがキングデザートワームへ走り出し、巨体へと武器を振るっていく。

二人が一撃を加える度に、その攻撃は直接身に響きキングデザートワームは苦悶の声を漏らした。

キングデザートワームが地上の二人に気を取られている隙に、宙へと羽ばたいたティーゼは翼に魔力を溜めており、それを一気に放った。

「極彩色の羽根嵐【フェザーストーム】」

すると、キングデザートワームを包み込むように竜巻が発生。

さらにティーゼの翼から羽根を象った風の刃が射出され、竜巻に囚われたキングデザートワーム

の全身を切り裂いていく。

メルシアの攻撃によってボロボロになっている甲殻を、ティーゼの風魔法が確実に剥がしていく。

「まだ倒れませんか」

「でも、かなり効いているよ」

竜巻と羽根の乱舞が終わった頃には灰色の体表を真っ赤に染めたキングデザートワームがいた。

今の攻撃で相手の身を守る甲殻はなくなったし、かなり体力も消費している模様。

ここが攻め時だ。

戦士であるレギナとキーガスは瞬時にそれに気づいたのかキングデザートワームへと走り出す。

二人の接近を知覚したキングデザートワームは体を震わせて何かを溜めるような動きを見せた。

「ブレスだ!」

ほとんど直感による警告の声。しかし、キーガスは回避することなく、むしろスピードを上げて相手に肉薄。身に纏う赤いオーラが血潮のように濃くなる。

「うおおおおおお! 猛牛の一撃ッ!【ホーンテッドインパクト】」

キングデザートワームがブレスを吐き出そうとした瞬間、キーガスは巨大なトマホークをすくい上げるようにして相手の顎を打ち抜いた。

顎を強かに打ち付けられ、キングデザートワームの口が強制的に上を向くことになる。

キングデザートワームの口から発射された土のブレスが、虚しく天井を打ち付ける。

すぐにブレスを止めることはできないのか、キングデザートワームの体が上を向いたまま無防備に晒される。

「イサギ! 足場をお願い!」

レギナの担いでいる背丈ほどの大剣には強大な炎の魔力が宿っており、次の一撃で決めんとする確かな意思を感じた。

レギナの言葉に俺は返事をせずに、なけなしの魔力を振り絞って錬金術を発動。

足場となるような土柱を生やした。

レギナは土柱を足場にして跳躍をすると、キングデザートワームの喉元目掛けて炎を宿した大剣を振るった。

「大炎牙ッ!」

レギナの振るった大剣はキングデザートワームの喉を見事に断ち切った。

ドサリとキングデザートワームの体が崩れ落ちる。

残った胴体の方はしばらくのたうち回っていたが、レギナの一撃によって激しい炎に包み込まれ、やがてピクリとも動かなくなった。

「獅子の牙に宿った炎は相手のすべてを焼き尽くす……なんてね」

カッコつけているところ非常に申し訳ないが言ってやりたいことがある。

「あの、すべてを焼き尽くされると貴重な素材が採れなくなるし、解毒ポーションのための貴重な素材がなくなっちゃうんですけど!」

せっかく上位個体を倒したんだ。せめて倒した証明になる素材は欲しいし、今後のためにも魔石の確保はしておきたい。それに解毒ポーションを作るためにも元となる刺の毒は採取しておきたい。

「わ、わわっ! 皆、消火を手伝って!」

見事な一撃でキングデザートワームを屠ったレギナだが、どうにも締まらなかった。





統率個体であるキングデザートワームを討伐されたことにより、彩鳥族と赤牛族の集落には平和が手に入った。

砂漠大岩には僅かながらサンドワームが残っているようだが、あれから襲撃をしてくることは一切ない。

サンドワームは知能が低い魔物であるが、相手が格上とわかっていて挑むほどにバカな魔物ではない。

今回は上位個体であるキングデザートワームがいたから襲撃をしてきたわけで、そのような存在がいなければちょっかいをかけてくることもない。

仮に次にあったとしてもティーゼとキーガスに洞窟内の詳細な地図を渡してあるので、すぐに突入して殲滅することができるだろう。

二つの集落と農園には少なくない被害が出ていたが、力を合わせて復興に務めたことにより以前と変わらぬ姿になっている。

半壊した集落は元に戻り、壊されたプラミノスハウスは作り直され、植え直された作物が栽培された。

そして、本日は両者の農園で植え直した作物が収穫を迎えることになり、彩鳥族と赤牛族との合同で祝宴を上げることになった。

会場に選ばれた彩鳥族の集落では、彩鳥族だけでなくキーガスをはじめとする赤牛族が集っていた。

彩鳥族の人口を基準として作っているので、やや人口密度が過多になっている気がするが、そもそもが二つの氏族で集まることを前提にしていないのでしょうがないだろう。

「まさか、あなたたちと合同で祝宴を上げることになるなんて夢にも思いませんでした」

「まったくだ。数か月前の自分に言ったとしても信じねえだろうな」

「なにせ二つの集落で農業ができるようになった上に、水源だって増えたんだもの。もうこれ以上あなたたちが資源を奪い合う理由はないものね」

活躍したのはそれぞれの集落の族長。

だとしたら合同で祝うしかないというレギナの提案によって進められたもの。

二つの氏族の係性を考えると、ティーゼやキーガスからも提案できなかったので第三者であるレギナの意見が役に立った形だ。

素直になれない二人でも、レギナが言い出したことであればという理由にもなるしね。

「そうですね。それぞれが満ち足りている以上、強引な手段に出ることはありませんね」

「ああ、そうだ。これからは自分たちで食べ物を作る時代だ」

カカレートとカッフェが安定して作れるようになれば、行商人だって買い付けにくるようになるでしょうし、他の集落や街からも品物が手に入るはずだ。二つの氏族の発展が楽しみだ。

「改めてイサギさんにはお礼を申し上げます。イサギさんのお陰で私たちの集落でも農業ができるようになり、こんなにも食事が豊かになりました」

集落を眺めてそんな未来を想像していると、ティーゼがぺこりと頭を下げながら言った。

広間に設置されたテーブルには小麦、ジャガイモを利用した料理が並べられており、飲み物にはカッフェ、デザートにはカカレートなどが並んでいる。

他にもそれぞれの集落がよく食べている砂漠料理が並んでいるが、やってきた当初に比べると品数が段違いだ。

これらは間違いなく農園による最大の功績と言っていいだろう。

「氏族を代表して俺からも礼を言うぜ。お陰で飢える心配なく、こんなにも上手い料理が食えるようになった」

ジャーマンポテトを口いっぱいに頬張りながらキーガスも礼を言ってくれる。

「いえいえ、皆さんが力を貸してくれたお陰ですよ」

俺たちだけの力では、こんなにも早く農園を作ることもできなかった。

ティーゼが付きっ切りで協力してくれたり、キーガスが速やかに受け入れて、他の人を説き伏せてくれたり。そんな協力があってこその農園だ。決して俺だけの力じゃない。

「まったくお前は謙虚な奴だな!」

「ええ? そうですかね?」

苦笑しているとキーガスが肩に腕を回して言ってくる。

宮廷錬金術師時代は仕事をこなしただけで褒められることはなかったので、こういった時にどんな振る舞いをしたらいいかわからない。

「これだけしてもらったんだ。何か礼でもしねえとなぁ」

「いえ、そんなのいいですよ。ライオネル様から頼まれた依頼ですし」

今回の報酬は王家から支払われることになっている上に、二つの氏族への支援という名目だ。

キーガスとティーゼが俺に報酬を払う必要はない。

「俺たちが感謝したいから渡すんだよ。ほれ、キングデザートワームの魔石だ」

「ええ!? そんな貴重なもの受け取れませんよ!」

キングデザートワームから採取された魔石はかなりの大きさを誇っており、濃密な魔力を宿していた。

魔道具として使用すれば長い間はエネルギー源に困ることがないし、ちゃんとしたところに売り払えば、金貨三百枚以上の値段がつくだろう。使い道はいくらでもある。

「それにそれはティーゼさんとも力を合わせて手に入れたものですし……」

「事前に集落の奴等やティーゼとは相談済みだ」

「ええ。一族の皆さんにも相談したところ快く頷いてくれましたよ」

キーガスやティーゼが視線を巡らせると、広間で食事を楽しんでいた彩鳥族や赤牛族たちがにっこりとした笑みを浮かべてくる。

「いや、でも……」

「受け取ってもらえないでしょうか?」

なおも提案を固辞しようとすると、ティーゼが潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「イサギ様、この場合は素直にお気持ちをいただくのが良いのではないでしょうか?」

「二つの氏族が感謝の気持ちを渡したいって言っているのよ? 受け取ってあげなさいよ」

悩んでいるとメルシアとレギナがそう言った。

そうだ。別に大金を請求するわけじゃないんだ。二人の気持ちを素直に受け取ろう。

ここまで言われてしまっては受け取らない方が失礼だ。

「では、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」

「いえいえ、他に何かほしいものはありませんか? イサギさんは錬金術師ですし、砂漠にある素材は多く持っておいて損ではないと思いますが」

ティーゼにそう言われると、俺の中の研究魂が疼いた。

そんな魅力的なことを言われて、ぐらつかない錬金術師はいないと思う。

「欲しいものが一つあります」

「なんでしょう?」

俺は小首を傾げるティーゼを指さした。

「ええっ、私の身体ですか!? そんなイサギさん困ります」

「大人しい顔をしておきながらイサギも男ってわけか!」

ティーゼが両腕で自らの身体を抱くようにして恥ずかしがり、キーガスが口笛を吹いてはやし立てた。

二人のその口調からわかっていてふざけているのは明白だった。質が悪い。

キングデザートワームの魔石を貰っておきながら、ティーゼも寄越せってどんな鬼畜なんだ俺は。

「違いますから! そういう意味で言ったんじゃなく、ティーゼさんの羽根が欲しいって意味です!」

俺が指さしたのはティーゼの身体だが、正確にはその背中に生えている翼だ。

決して女を要求しているわけじゃない。

「……私の羽ですか?」

「はい。すごく綺麗な羽根なのでずっと欲しいなって思っていまして」

「そ、そうですか? え、えっと、イサギさんがそこまでおっしゃるのであればどうぞ……」

シンプルに欲しい理由を告げると、ティーゼは顔を真っ赤に染めながら自らの羽根をいくつか抜いて渡してくれた。

え? なんでこっちの方が恥ずかしそうなんだろう? さっきの時と同じでわざと恥じらってみせているんだよね? なんだかおかしくない?

それに傍にいるメルシアの視線が怖い。おかしいな。まだ時刻は昼間で気温が下がる夜になっていないにもかかわらず寒気がした。一体どうなっているというんだ。

とにかくこのままでいるのはマズい。

「別に変なことに使うわけじゃないですからね? 鳥の羽というのは骨の中が空洞になっており、保温性、吸着性、吸油性、防振性、防音性などの優れた特性を持っている! いわば、天然の高機能繊維なんです! ダウンジャケットの素材や羽毛布団なんかにも使える優れものなんですよ?」

ただ綺麗だから欲しがったのではなく、錬金術師として使い道やティーゼの羽根の良さを熱弁すると、俺に突き刺さる視線の温度が変わった。

それは微笑ましくも、どこか残念な生き物を見るような目だ。

「やっぱり、イサギって変ね」

ポツリと漏らしたレギナの一言に俺以外の全員が同意するように頷いた。