「そっちは無事か!?」
サンドワームを撃退し、怪我人の介抱や農園の修理などをしていると、キーガスがやってきた。
「赤牛族の方も含めて全員無事です」
「全員無事……?」
メルシアの報告を聞いて、キーガスが訝しげな顔をする。
まあ、あれだけの数のサンドワームが襲ってきたのだ。いくら屈強な赤牛族の戦士が揃っていようと全員が無事というのは考えづらい。
「赤牛族に七名ほど負傷した人がいましたが、ポーションで治療したために無傷となりました」
七名ほどが骨折、打撲、捻挫、裂傷などの怪我をしていたが、俺がポーションを与えて治癒させた。なので、怪我人は無しということになっている。
「そんな貴重なものまで使ってもらってすまねえな。お礼は後で必ず払う」
「ライオネル様に貰った支援物資の中の一つなので気にしないでください」
「そうか……ライオネルには感謝しねえとな」
正確には支援物資にあったポーションを俺が改良して効力を高めたものなのだが、わざわざそれを報告して謝礼を請求するつもりはなかった。
「ただ、農園の方は損害無しとはいきませんでした」
できるだけサンドワームを農園に近づかせないように戦っていたのだが、地中から迫りくる相手にこれだけの広範囲を守り切るというのは難しかった。
プライノスハウスの三つがペシャンコになっており、キーガスが愛情を注いで育てていたカッフェ農園も半分ほどがダメになっている。
「くそ! せっかくここまで育てたっていうのによ!」
そんな光景を見つめて、キーガスが悔しそうな声を上げる。
皆で力を合わせて、もうすぐ収穫というところまできていたんだ。
それを台無しにされて平気でいられる方が難しいだろう。
「すみません。ここを任されていながら」
「イサギたちに落ち度はねえよ。あれだけの数のサンドワームを相手に死者を出さず、農園にまで被害を出さないなんて俺にだって無理だからな」
大きく深呼吸をすると、キーガスの気持ちは落ち着いたようだ。
「集落の方は問題ありませんでしたか?」
「かなりの数の家がやられて怪我人もいるが、幸いにしてこっちも死者はいねえ」
「ポーションがまだ残っているのでお渡ししましょうか?」
「助かるぜ」
治癒ポーションの瓶を二十本ほど取り出すと、キーガスと一緒に集落から戻ってきた赤牛族の戦士がずいっとやってきたので渡してあげた。
すると、戦士はぺこりと頭を下げて、急いで集落の方に戻っていく。
怪我人の治療については彼に任せるのだろう。
「俺はサンドワームが空けた穴を塞いでしまいますね」
「ああ、頼む」
サンドワームが好き勝手に土を掘ってくれたので農園やその周りは穴だからけだ。
このままでは農園を修復するのにも支障が出るので、俺は錬金術で土を操作して穴を埋めた。
「イサギー!」
錬金術で穴を埋め終わると、上空から聞き覚えのある声がした。
「レギナ! ティーゼさん!」
上空に視線を向けると、空を飛んでいるティーゼとバスケットに乗って運んでもらっているレギナの姿が見えた。
二人に手を振ると、ティーゼがゆっくりと降下して地上へと着陸した。
「二人ともどうしてこちらに?」
ティーゼとレギナは先日の大収穫を終えて、集落で栽培作業を行っていたはずだ。
赤牛族の集落にやってくる予定はなかったはずだが。
「こっちの集落にサンドワームの群れが出たのよ!」
「えっ!? そっちにも?」
「そっちにもってことはやっぱりこっちにも出たんだ?」
「うん。幸いにも死者や大きな怪我人は出なかったけど、集落や農園に少なくない被害が出たかな」
「そう。こっちも同じ感じだね」
「幸いにもこちらにはレギナ様がいたのですぐに撃退できましたが、不可解な動きをするサンドワームでしたので心配になって様子を見にきました」
「不審な動き?」
「サンドワームの癖にあたしたちを無視して集落を襲おうとすると、水道を攻撃しようとするしで妙に動きに連携があったのよね」
「こちらの集落を襲ったサンドワームも変でした。戦力を分散させたこともですが、イサギ様が一気に殲滅した瞬間に撤退までしましたし」
ワームは目の前の獲物を捕食することだけしか考えることしかできない知能の低い魔物だ。
戦力を分散させて人を襲うといった動きはできないし、獲物を前にして別の物を襲うとすら考えすら持たない魔物のはずだ。
それほど知能の低い魔物に言うことを聞かせることのできる存在はと言うと……。
「……上位個体がいるのかもしれないね」
「十中八九そうだろうな。サンドワームが二つの集落をほぼ同時に襲うなんてあり得ねえだろ」
「私もその確率が高いかと思われます」
サンドワームの不振な動きを見て、同じ考えにたどり着いたのは俺だけじゃなかったようだ。
「俺は倒しに行くぜ。今日みたいに地面を掘って襲われたら生活もままならない上に農業だってできねえからな」
「私も行きます」
「ああん? なんでティーゼまできやがる?」
「私の集落も襲われた以上、サンドワームは彩鳥族を脅かす危険な魔物です。放置することはできません」
「けっ、そうかよ」
ティーゼが討伐に参加することを訝しんでいたキーガスだが却下することはなかった。
仲は悪いが、実力については認めているのだろう。
「イサギ様、私たちはどうしますか?」
「もちろん、俺は行くよ」
あれだけの数で襲ってきたサンドワームが、集落を襲うのをやめると考えられない。
きっとまたタイミングを計って襲ってくるはずだ。
次は二つの集落や農園が無事でいられる保障はない。
「イサギならそう言ってくれると思っていたわ!」
「イサギ様が行かれるのであれば、私もお供いたします」
レギナは最初からそのつもりで、メルシアはいつも通り俺が行くなら付いてきてくれるようだ。
「そういうわけで俺たちも上位個体の討伐を手伝いますよ」
「本当ですか!?」
「俺らとしちゃ嬉しいが、本当にいいのか?」
「せっかくそれぞれの集落で農業ができるようになったんです。それを魔物の台無しになんてされたくありませんから」
彩鳥族の集落で最初に植えた作物が収穫でき、食生活が各段に豊かになった。
さらにカカレートの加工や、レシピ開発も進んでおり、特産品としての価値を高める段階に入っている。
赤牛族では栽培を始めた作物がもうすぐ収穫できるようになり、カッフェを飲むのが集落の文化として広まりつつある。
どちらもこれまでとは違った新しい未来に進んでいるんだ。
二つの氏族の明るい未来を閉ざしたくはない。皆の笑顔を守るために俺たちは戦うんだ。
「強い奴は大歓迎だぜ」
「一緒に魔物を倒しましょう」
キーガスとティーゼに歓迎されて、俺たちもサンドワームの上位個体討伐に加わることになる。
「さて、問題はその親玉がどこにいるだけど……」
「それならばおおよその位置はわかっています。こちらにやってくるついでに逃げたサンドワームの方角を確かめておきましたから」
「さすがですね」
どうやら上空からティーゼが魔物のおおよその居場所を突き止めてくれているようだ。
こういう時に空を飛べる種族は反則だと思う。
「親玉の居場所がわかっているなら迷うことはないわ! 今度はあたしたちの方から攻め込むわよ!」
力強いレギナの言葉に賛同し、俺たちはサンドワームの親玉の住処に向かうことにした。