解雇された宮廷錬金術師は辺境で大農園を作り上げる


キーガスたちの畑の開墾を任せた俺たちは、空き地に工房を作り上げると、早速そこでカッフェの研究をすることにした。

「それじゃあ、カッフェを美味しく飲むための研究をしようか」

「かしこまりました。なんとしてでも私たちの手で美味しいカッフェを作り上げましょう!」

「妙に意欲が高いね?」

クールなメルシアがいつになく熱意に燃えている。

それほどメルシアもカッフェに対しての可能性を見出していたのだろうか。

「これがあまりにも完成度が低いせいで、私はイサギ様の前であのような醜態を晒すハメになりました。許せません」

違った。どうやら汚名返上のためらしい。

からかってやりたい気持ちはあったが、いつになくギラついた様子のメルシアを目にすると憚られた。

「そ、そっか。俺たちの手でちゃんと飲めるものにしないとね」

「ええ」

「まずは色々と加工を試してみようか」

静かな怒りに燃えているメルシアを宥めながら、俺は作業を開始することにした。

カカオと同じように赤い粒のままで発酵、乾燥、加熱、湿気、分離、発酵、成分抽出、形状変化、粉砕などの錬金術の加工法を試してみる。

メルシアは実際にフライパンで焼いてみたり、煮てみたり、洗ってみたりと錬金術とは違った方向性での加工を探ってくれた。

そうやって一通り試し、ケースに仕分けされているカッフェの変化を観察してみる。

「水で洗い流すとぬめりが出てきましたね」

「うーん、どうやって加工していくのが正しいんだろう?」

現段階ではこれといってカッフェらしい香ばしい匂いもしない。

キーガスは適当に天日干しにしたものを煮出しているらしが、その通りになぞったとしてもあの味の再現にしかならないだろう。

つまり、美味しいカッフェにするには、ここから何かしらの手を加えないといけないことになる。

「カカオを同じように発酵を進めてみるのはいかがです?」

「そうだね。原料は同じ豆なんだし、工程をなぞってみようか」

別に外れていたっていい。他にこれだという道筋がないからなぞってみるだけだ。

当たればラッキーくらいの気持ちで錬金術を発動し、発酵具合を調整してみる。

発酵とは微生物が糖分を水や二酸化炭素に分解する反応のことだ。この発酵具合によって豆類の植物は糖度などが変化する。

「まだぬめりが残ってるね」

「乾燥させる前に一度よく洗った方がよさそうですね」

発酵を進めたことでぬめりがいくらか分解されたが、まだ残っているので乾燥を進める前に、大きなタライに入れて水で洗うことにした。

メルシアと一緒にタライに入ったカッフェをジャブジャブと洗っていく。

ちょっとや擦っただけでは綺麗にならないので、たっぷりの水を入れてゴシゴシと洗う。

「意外と重労働だ」

「そうですね」

などと同意してくれているがメルシアはまるで疲れている様子がなかった。

俺が非力なだけなのかもしれない。

ザルの水を三回交換して洗い続けると、ようやくぬめりがなくなって豆が淡緑色っぽくなった。

最初は濁っていた水も今ではすっかりと透明なものになっている。

「よし、今度こそ乾燥だ」

荒い終わったカッフェを錬金術で水分量が十%になるまで一気に乾燥。

気候によっては何週間とかかる作業を一気に短縮できるのは錬金術の強みだな。

すっかり乾燥して豆が綺麗になると、錬金術を使って殻だけを取り除いて脱穀。

「いい感じに豆っぽくなってきたね?」

「せっかくですからこちらも焙煎してみましょうか」

なんとなく悪乗りしている感じはするが、ここまで類似性のある反応をしていれば、カッフェ豆も焙煎してみるのがいいのかもしれない。

「そうだね。やってみよう」

カカオ豆も焙煎することで独特な風味や甘みが各段に増していた。カッフェ豆も同じ反応が出るかもしれない。

メルシアがカッフェ豆をフライパンに入れて蓋をすると、錬金術で加熱していく。

そのまま鍋を揺すりながら加熱していくと、鍋の内部から香ばしいカッフェ豆の香りがするようになった。

「ちょっと中を確認してもいい?」

「はい」

メルシアに蓋を取ってもらうと、フライパンの中にあるカッフェ前は淡緑色からキツネ色へと変化していた。

「キーガスに飲ませてもらったのよりも香ばしくていい匂いがする!」

「もう少し焙煎を進めてみましょう」

確かな手応えを感じたので蓋を載せて、そのまま焙煎を進めてみる。

さらに焙煎を進めると、カッフェ豆はキツネ色から黒褐色となり、独特な香りを漂わせていた。

「これならイケる気がする! これで抽出みよう!」

「かしこまりました」

錬金術でカッフェ豆を粉末状に粉砕。

メルシアが用意してくれたポットの注ぎ口に、粉末が直接落ちないようにペーパーを設置。

粉末を入れると、その上から魔法で用意したお湯を注いでいく。

程なくすると、ポットの中には透き通った黒い液体――カッフェが抽出された。

カッフェが出来上がると、マジックバッグから二人分のカッフェを注いだ。

「うん、香りはいいね」

「妙な酸っぱさやえぐみのようなものも感じられません」

嗅覚の鋭いメルシアがそうコメントするということは獣人にとってもいい香りのものができたと言えるだろう。

「問題は味だね」

「ええ」

俺とメルシアは顔を見合わせるとこくりと頷き、ほぼ同じタイミングでコップを傾けた。

「美味しい!」

口の中に入った瞬間、カッフェの独特な風味と苦みが広がった。

僅かに感じる酸味、果肉の甘み、フルーティーさといった様々な味が舌を刺激するが、不思議とそれらには調和があり、すんなりと受け入れられる味だった。

「味の方も問題ありませんね。香ばしさと苦みが絶妙です。これならいずれは紅茶やお茶といった飲み物に並び立てる飲み物になるでしょう」

カッフェの味にメルシアも大変満足しており、先ほどのような醜態を晒すことなく、スッキリとした表情でカッフェを楽しんでいるようだった。

まさかカカオ豆の加工をなぞるだけでここまで上手くできるとは思わなかった。

やっぱり経験というのは偉大だな。

カッフェを飲み終わったところで俺たちは外に出る。

カッフェ好きのキーガスに改良したカッフェを飲んでもらうためだ。

「キーガスさん、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

鍬を振るっているキーガスに声をかけると、彼は赤いオーラを引っ込めて振り返った。

「改良したカッフェが出来上がったので飲んでもらいたくてですね」

「もう出来上がったっていうのか? 半日も経ってねえぞ?」

「まあまあ、とにかく飲んでみてください」

錬金術でコップを作ると、ポットを傾けてカッフェを注いだ。

キーガスは湯気の立っているコップを手にすると、鼻に近づけて大きく息を吸った。

「いい香りだ」

「味の方も確かめてみてください」

「う、うめえ! なんて香ばしいんだ! 程よい苦みと酸味が口の中で広がりやがる」

驚きの表情で感想を漏らすと、もう一度口をつけて味わうように飲む。

キーガスがホッと息を漏らした。

「俺の作ったやつとは全然違うぜ」

「これなら他の人も飲んでいただけそうですかね?」

「ああ、俺以外にカッフェを飲む奴はいなかったが、これなら飲むはずだ」

キーガスはそう言うと、傍で作業をしていた赤牛族たちに試飲するように声をかける。

「えー、それってこの間族長が勧めてきたクソマズい飲み物じゃないですか」

「俺たち飲みたくないっす」

カッフェを作り上げる段階で他の者の試飲をさせていたせいか、赤牛族の青年たちは嫌そうな顔をしていた。

「クソマズいとか言うんじゃねえ! 今回はそれをイサギが改良して飲みやすくなったんだ。だからお前たちも飲んでみろ!」

「すみません。ぜひ、感想を聞かせてほしくて」

「まあ、錬金術師さんが言うなら……」

第三者である俺が頼み込むと断りにくいのか、赤牛族の青年たちは渋々ながらも頷いてくれた。

青年たちのコップを作り上げると、人数分のカッフェを注いで渡す。

コップに注がれた黒い液体を見て、微妙な顔をしていた青年たちだが意を決したような顔をするとカッフェをあおった。

「あれ? 普通に美味しいっす」

「族長に飲まされたゲロマズいやつと全然違う」

「これなら普通にイケるな!」

きょとんと目を丸くしながら口々に感想を語る青年たち。

好き放題言われているキーガスはちょっとイラっとしている模様だが、カッフェを認めてくれたことは嬉しいのか拳が飛び出ることはなかった。

「なになに? なんか美味しそうなものを飲んでいるじゃない! なにこれ? あたしにも飲ませてよ!」

「イサギさんの作った新しい飲み物が気になります」

「いいですよ。ぜひ感想を聞かせてください」

畑の一画でわいわいとしていると、今度はレギナとティーゼがやってきたので彼女たちの分のカッフェも用意してあげる。

「わっ、にっがーい」

「……微かに甘さがあって苦みがあって酸味もあって、実に奥深い飲み物です」

レギナはカッフェを口にして吐き出すことはなかったが舌を出して顔をしかめていた。

ティーゼはカッフェの味が平気だったのか興味深そうにして何度も口をつけている。

「あたしはちょっと苦手かも」

改良して飲みやすくなったとはいえ、独特な風味と苦みがあることに違いない。

カッフェを苦手と感じる人がいるのは仕方のないことだろう。

「でしたらカカレートと一緒に飲んでみるのはいかがでしょう?」

「紅茶をお茶菓子と一緒に食べるように、甘いものと一緒ならばレギナ様も飲みやすいかもしれませんね」

「やってみる!」

実践させてあげるためにマジックバッグからカカレートを取り出そうとしたが、レギナが懐のケースからカカレートの固まったものを取り出した。

「えっ? カカレートが固まってる?」

カカレートといえば、俺たちの作った液状のものだと思っていたので目の前で固形として取り出されたカカレートに驚いてしまう。

「なんか朝起きたら固まってた」

レギナの話を詳しく聞いてみると、食後のデザートに食べようと思っていたが放置して寝入ってしまい、朝目覚めると固まっていた状態で発見されたようだ。

ずぼらな第一王女の生活に突っ込みを入れたくなるが、そのお陰で新しい発見があったので叱るに𠮟れない。

恐らく気温差によって液体から固体へ変化したんだろう。

変化が気になり、再現したくなった俺はその場でマジックバッグからカカレートを取り出してみる。

そのまま冷やしても不定形な形になるのは目に見えているので、錬金術で正方形の型を作ってそこにカカレートを流し込む。

氷魔法を発動して冷やしてみると、カカレートは型の通りに固まってくれた。

型をひっくり返して叩いてみると、正方形状になったカカレートがコロンと出てくる。

「確かに固形になった」

「この方が食べやすそうですね」

カカレートとカッフェの相性を確かめるために俺は出来上がった固形のカカレートの皆に配ってみる。

「なんだこれ?」

「彩鳥族の特産品と育てているカカレートです。甘くて美味しいですよ」

「ほお」

カカレートの説明をすると、キーガスは怪訝な顔をしながら見つめていた。

赤牛族たちの青年は甘味が嬉しいのか後ろではしゃぎ声を上げている。

「……あたしもそっちのカカレートが食べたい」

「いや、レギナは自分のを持ってるじゃん」

「そっちの方が可愛くて美味しそうだもの!」

などとよくわからない理由を述べてレギナも俺の作ったカカレートを強奪した。

まあ、別にいいんだけどね。

カカレートを配り終わったところで俺たちはカカレートと一緒にカッフェを飲んでみる。

「あ、美味しい! これならあたしでも普通に飲めるわ!」

苦さを苦手にしていたレギナもこの組み合わせならば美味しく飲めるようだ。

ただカッフェを飲む割合よりも圧倒的にカカレートを食べる割合の方が多いけど。

俺もカカレートを口に運んだ。

カカレートが口の中で溶けていきじんわりとカカオの甘みが広がっていく。

口の中がカカレートの甘さでいっぱいになったところで、温かなカッフェを口に含むようにして飲む。

カッフェの芳醇な風味が口の中に広がり、追いかけるように苦みや酸味がやってくる。

それらは口の中に残っているカカレートの味と見事に組み合わさり、程よい苦みと酸味へと変化していた。

「カッフェの苦みがカカレートの甘みと中和されて飲みやすくなっています。カカレートがある方がカッフェは美味しいですね」

「なに言ってやがんだ。カッフェはカッフェだけで飲むのが一番良いに決まってるだろうが」

「なんですって?」

「ああん?」

味わい方の方向性が割れたせいかティーゼとキーガスがにらみ合う。

「まあまあ、味の好みは人それぞれですから」

険悪な雰囲気を醸し出す二人の間に割って入ると、ティーゼとキーガスはにらみ合うのをやめてくれた。

一緒に農業や話し合いをすることで問題なく話し合えるようになったと思ったけど、すぐに仲良くなるということは難しいのかもしれない。

「せっかくですから赤牛族の畑ではこのカッフェを育ててみましょうか」

「ああ、それができるなら是非とも頼む」

「彩鳥族ではカカレートを特産品に。赤牛族ではカッフェを特産品として将来的には二つをセットにすることで輸出すると大きな利益になりそうですね」

なんて提案をしてみると、ティーゼとキーガスは互いに視線を合わせ、嫌そうな顔をしてそっぽ向いた。

今すぐに仲良くなることは難しいかもしれないが、将来的には二つの氏族が仲良く手を取り合ってくれればと俺が思う。





それから俺は赤牛族が作り上げたプラミノスハウス内で品種改良した小麦、ジャガイモ、ブドウ、ナツメヤシを植えて栽培し、それとは別に特産品となるカッフェにも調整を加えることで栽培。

「すげえ! 本当に俺たちの集落で農業ができてやがるぜ!」

プラミノスハウス内ですくすくと育っている作物を目にして、キーガスが驚きの声を上げている。

「こんな砂漠で作物を育てちまうなんて本当にイサギはすげえな」

「すごいのはキーガスさんをはじめとする赤牛族の人たちですよ。まさかここまで早く形にできるとは思いもしませんでした」

彩鳥族の集落で散々試行錯誤し、ある程度の完成品を作り上げていたとはいえ、まさかここまで早く農園を作ることができるとは思わなかった。

畑に関してもゴーレムを一日中使役しても三日はかかる範囲を一日で開墾してしまい、農業に使用する水源は探知こそしたもののキーガスをはじめとする赤牛族が次々と掘り当ててくれた上に自らの手作業で井戸を作ってくれた。

水路に関しては俺が錬金術で手伝ったとはいえ、俺が手伝わなくても時間さえあればすぐに完成させられるほどのパワーと技術を持っていた。

ここまで早く農園を完成させることができたのは間違いなく赤牛族たちの力のお陰と言えるだろう。

「まあ、これだけ希望を見せられちゃ俺たちとしても気合いが入るってもんだ」

「そう言ってもらえるとやってきた甲斐があるってものです」

水源の上に井戸が設置されており、そこから水路を引いて水を引き込んでいる。他にも小さな水源は各所に散らばっており、いくつもの井戸があって引き込めるようになっている。

さらに保険として俺の作った水魔道具も設置しているので、彩鳥族の集落のようにちょっとやそっとの天災にあったところで農業が停止することはないだろう。

俺がいなくても赤牛族たちの力で継続して農業を行うことができる。完璧だ。

「まあ、俺の一番の希望はこっちなんだがよ」

ニヤリと笑みを浮かべるキーガスに付いていき、隣のプラミノスハウスに入ると、そこには大量のカッフェが栽培されていた。というか、ここにはカッフェしか栽培されていない。特産品となるカッフェ専用のプラミノハウスだ。

「他の赤牛族たちの人から聞いていますよ? キーガスさんがカッフェの世話しかしてくれないって」

「食材の世話は率先して他の奴等がやってくれるからな。だから、俺はこっちの世話に力を入れてんだ」

周囲からの小言を伝えてみるも、キーガスはどこ吹く風だ。

その代わりカッフェの世話は誰よりも率先して真剣に取り組んでいるので大きな不満となっているわけではない。本人もそれを理解しているのだろう。

「すっかりとカッフェにハマっていますね」

「元々の趣味だったからな。イサギにカッフェの本当の美味しさを教えられてから、俺もカッフェの奥深さを探求してみたくなってよぉ」

キーガスには錬金術に頼らなくてもカッフェを作り上げるための加工法を伝授したが、今では家でも道具などを自作して個人的にカッフェを作っているほどだ。

「カッフェの発酵具合、焙煎具合、お湯の淹れ方一つで風味や味は変化いたしますからね」

「いずれは自分好みのカッフェを思う存分に作るのが目標だ」

「そのためにはまず安定してカッフェを作り上げないとですね」

「そうだな」

なんてカッフェや集落の将来について話し合っていると、不意に足元から強い揺れを感じた。

「わわっ! 地震ですか!?」

「みてえだな!」

ちょっとやそっとの地震では崩れないように作っているが、いくら頑強なプラミノスハウスでも地面が崩れてしまえば崩落してしまうことになる。

万が一を考えると、プラミノスハウスにいるよりも外にいた方が安全だ。

「外に出ましょう!」

「ああ!」

決断すると、俺たちは他に作業をしている赤牛族たちにも声をかけて速やかにプラミノスハウスを出た。

「イサギ様、ご無事ですか?」

外に出ると、別のプラミノスハウスで視察をしていたメルシアが血相を変えて駆け寄ってきた。

後ろにはメルシア以外の赤牛族たちもいる。

彼女も俺たちと同じ判断をして、外に連れ出してくれたようだ。さすがだ。

「俺は大丈夫だよ。メルシアは?」

「イサギ様がご無事でなによりです。私の方は問題ございません」

ルシアもどこも怪我をしていないようで安心だ。

「長い揺れですね?」

先程からジーッと外で待機しているが地面の揺れが収まる気配がない。

というよりどうも揺れが強くなっている気がする。

「なんか普通の地震とは違わねえか?」

そう言われてみると確かに揺れが地震の時とは違って、妙に不規則だということに気付いた。

横に揺れたと思ったらせり上がるように縦に揺れたりと変だ。気持ちが悪い。

「イサギ様、なにか地中から気配を感じます」

メルシアの言葉を聞いた瞬間、俺はすぐに錬金術を発動。

地中に魔力を巡らせて気配を探る。

すると、巨大な長細い生き物たちが真下からこの場へとすごい勢いで近づいてきていることに気付いた。

「急いでこの場から離れてください!」

叫んだ瞬間に俺たちの真下にある地面が割れた。

メルシアが即座に俺を抱えて跳躍し、キーガスをはじめとする赤牛族たちは驚異的な反射速度と身体能力で決壊する地面から逃れる。

着地したメルシアに下ろしてもらい視線を上げると、地面から三体ものワームが飛び出した。

砂漠や荒野や鉱山などの地中に棲息し、獲物を地面から襲いかかる魔物。

弾力質な長い身体は全長十メートルを越えている。先端部分には大きな丸い口がついており、奥にはびっしりと小さな歯が何列にもなって生えている。ちょっとグロい。

「サンドワームだ! お前ら武器を持って戦いやがれ!」

キーガスが声を上げると、赤牛族の戦士たちが次々と赤いオーラを纏わせてサンドワームに飛びかかった。

赤牛族の振るった鍬がサンドワームの腹部に強く打ち付けられる。

弾力質な体をしているワーム種は打撃系の攻撃に対して強いのだが、ここにいる戦士は全員が獣人であり屈強な身体強化を使える戦士だ。

いくら打撃に耐性があろうと赤牛族の身体強化による一撃を体のあちこちに受けては耐えられるはずもなく、あっという間に二体が地面に倒れ伏した。

えげつない。

「族長、一体がそっちにいきました!」

赤牛族たちの活躍により二体のサンドワームがなすすべなく地面に沈むが、最後の一体がキーガスの方に突進してくる。

十メートルを越える巨体の突進にキーガスは怖気づく様子もなく、冷静にサンドワームに合わせてトマホークを振るった。

キーガスの振るったトマホークはサンドワームの頭部を斬り込んだ。と思ったら、そのまま胴体から尻の方まで綺麗に両断した。

二つに分かれたサンドワームの体がドサリと砂漠の上に落ちる。

「ったく、こっちに流すなよ。カッフェの農園が潰れちまうだろうが」

身体強化すら使わずに一撃で屠ることができるのだからさすがだ。

キーガスの一撃によって赤牛族たちが湧く中、地中からまたしても振動が響いた。

「またしてもサンドワームです!」

地中から十体のサンドワームが出てくる。

そのうちの五体はその場に留まって攻撃を仕掛けてくるが、残りの五体は地中へと潜行した。

襲いかかってくると思って構えるが、いつまで経っても攻撃を仕掛けてくる様子はない。

「おい、五体はどこにいった?」

「……集落の方に行ったのではないでしょうか?」

「なにい? 目の前の餌を襲うしかねえサンドワームだぞ!? あり得ねえだろ?」

メルシアの懸念に対し、キーガスが信じられないとばかりの声を上げる。

「錬金術で探査してみましたが、間違いなく集落に向かっています」

「んな!? くそ、俺は集落の方に行ってくる! 悪いがここは任せた!」

返答をする間もなく、キーガスは数名の赤牛族の戦士を連れていくと集落の方へ走っていった。

「任せたって言われても俺は錬金術師であって戦士じゃないんだけど……」

レギナとティーゼがいれば、サクサクと倒してくれるのであるが、彼女たちは彩鳥族の集落で農業に励んでいる。生憎とこの場での戦力としては期待できないだろう。

「赤牛族が健闘していますし、私たちは傍観しておきますか?」

「いや、頼まれちゃったし俺たちも戦おう」

メルシアの提案に乗りたい気持ちは山々だけど、目の前で暴れている魔物を無視するのは心が痛む。

それに何よりせっかく皆と一緒に農園をめちゃくちゃにされるかもしれないと思うと、居ても立っても居られなかった。

そんなわけで俺とメルシアもサンドワームとの戦いに加わることにした。





サンドワームが巨体を揺らしてメルシアに突進を繰り出す。

メルシアはサンドワームの突進を横ステップで回避。それと同時にガラ空きになっているサンドワームの横っ腹に拳を叩き込んだ。

ズンッと腹に響くような低い音が鳴り、サンドワームの体が一瞬持ち上がった。

並大抵の魔物であれば、今の一撃で骨や内臓をやられてノックアウトとなるが、サンドワームの体はぶよぶよとした弾力質の分厚い皮に覆われており、一撃で沈むようなことはなかった。

衝撃を受けて内部にダメージを受けているようだが、すぐにズルズルと体を動かして地中に潜っていく。

「動きは鈍いのですが、無駄に打たれ強くて面倒ですね」

レギナのような大剣や、キーガスのようなトマホークを持っていれば、分厚い皮ごと切断して倒すことができるが、己の肉体を主体とするメルシアではそうはいかない。

いくらか短剣や投げナイフなどの暗器も使えるっぽいけど、それらの武器ではサンドワームの巨体を切り裂くのは難しいだろう。

などと冷静に分析していると、今度は俺の傍にある地中から気配があった。

「イサギ様!」

「大丈夫だよ」

錬金術の探査で地中にいるサンドワームの気配を正確に把握し、地中から顔を出すタイミングで右手をかざした。

「風刃【ウインドスラッシュ】」

地中からサンドワームが顔を出した瞬間に、風魔法が発動。

右腕に収束していた風の刃が発射され、サンドワームの頭部を切断した。

サンドワームの一番の長所は普通の人間が知覚できない地中に潜れること。

しかし、錬金術で地中に魔力を浸透させることのできる俺からすれば、地中に潜っているサンドワームの姿は丸見えも同然だ。

地中に潜ったサンドワームを感知し続けて、地面から出てくるタイミングで魔法を放つだけだ。

両サイドにある穴から同時に出てくるサンドワームに合わせて風魔法を発動すると、二体のサンドワームが頭を落とすことになった。

地上を高速で動き回る魔物の方が魔法を当てるのが難しいが、サンドワームの場合は無警戒で地面から出てきてくれるので当てるのが簡単だな。

「さすがはイサギ様ですね」

「あはは、サンドワームとの相性がいいだけだよ」

メルシアが感嘆の視線を向けてくるが、これはサンドワームとの相性がいいだけで決して俺のセンスがいいわけじゃない。見えないはずの相手が見えているとなれば、倒すことができるのは当然だった。

「メルシア、後ろの穴から出てくるよ」

「ここですね!」

地中から這い出ようとしているサンドワームの気配を教えると、メルシアは華麗に跳躍し、サンドワームが顔を出したタイミングで強烈な踵落としをお見舞いした。

分厚い皮に阻まれて一撃で倒すのは難しいだろう。そう思って風魔法を準備していたのだが、踵落としを食らったサンドワームの頭部が派手に弾けた。

「あれ? 一撃だったね?」

「頭部は弾力性が低く、打撃に対する耐性は低いようです」

胴体に比べると、弾力質な皮が薄いようだ。

「一撃で倒せるのであれば処理は簡単です」

サンドワームの弱点を看破したメルシアが次々とワームへと飛びかかっていく。

頭部には大きな口があるので攻撃を仕掛けるにはリスクが高いのだが、メルシアにはそんなものは関係ないらしい。サンドワームの噛みつきをかいくぐり、力強い拳で頭部を撃ち抜いていく。

サンドワームの数が大幅に減っていることに安堵するものの、またしても地中から無数のサンドワームが砂を撒き散らして這い出てきた。

「また増えた」

「先ほどからキリがありませんね」

キーガスにここを任されてからサンドワームを二十体以上は倒しているが、倒しても倒しても地中から増援がやってくるのだ。

しかも地下にはまだまだサンドワームが控えている模様。一体、この付近にはどれほどの数のサンドワームがいるのやら。

「メルシア、ちょっとサンドワームの注意を引いてくれる?」

「かしこまりました」

チマチマと倒していてはキリがない。地上に出てきたサンドワームの相手はメルシアと赤牛族に任せ、俺は地下にいるサンドワームを一掃することにした。

地面に魔力を流し込んでいく。魔力の波がぶつかり合うことで地中を調査。

地下に潜むサンドワームの数とそれぞれの位置を把握すると、俺は錬金術を発動。

地中の土を操作し、サンドワームへと殺到させる。

ただ土が迫りくるだけではサンドワームには分厚い皮であるので痛くも痒くもないだろうが、周囲の土は錬金術による魔力圧縮による硬化されている。逃げ場のない場所で三百六十度から硬質な土で圧迫されれば、たとえサンドワームでも無事では済まないだろう。

サンドワームたちが動き回って抵抗してみせるが、数秒後にはブツンッと押し潰される手応えがあった。

手で芋虫を握りつぶしたわけじゃないのに、そんな感触がダイレクトに伝わってくるようだった。

「イサギ様、今のは……?」

地中の土を派手に操作したことでメルシアにも振動は伝わっていたようだ。サンドワームの相手をしながら驚いたように振り返る。

「錬金術で地下の土を操作してサンドワームを圧殺したんだ」

「な、なるほど」

「これで地下にいるサンドワームは殲滅できたよ。後は地上にいる奴等を倒せば――」

上々な戦果に満足していると地上に残っていたサンドワームたちが次々と地中に潜っていく。

しばらく様子を見てみるも俺たちに攻撃を仕掛ける様子はない。

「サンドワームが退いていった?」

「どうやらそうみたい」

魔力を流して地中の気配を探ってみるも、サンドワームは遥か東の方角へと遠ざかっていた。

さすがになりふり構わずに退却されると、先ほどの錬金術で圧殺することも難しい。

とりあえず、この場はサンドワームを撃退できたことを喜ぶことにした。

「そっちは無事か!?」

サンドワームを撃退し、怪我人の介抱や農園の修理などをしていると、キーガスがやってきた。

「赤牛族の方も含めて全員無事です」

「全員無事……?」

メルシアの報告を聞いて、キーガスが訝しげな顔をする。

まあ、あれだけの数のサンドワームが襲ってきたのだ。いくら屈強な赤牛族の戦士が揃っていようと全員が無事というのは考えづらい。

「赤牛族に七名ほど負傷した人がいましたが、ポーションで治療したために無傷となりました」

七名ほどが骨折、打撲、捻挫、裂傷などの怪我をしていたが、俺がポーションを与えて治癒させた。なので、怪我人は無しということになっている。

「そんな貴重なものまで使ってもらってすまねえな。お礼は後で必ず払う」

「ライオネル様に貰った支援物資の中の一つなので気にしないでください」

「そうか……ライオネルには感謝しねえとな」

正確には支援物資にあったポーションを俺が改良して効力を高めたものなのだが、わざわざそれを報告して謝礼を請求するつもりはなかった。

「ただ、農園の方は損害無しとはいきませんでした」

できるだけサンドワームを農園に近づかせないように戦っていたのだが、地中から迫りくる相手にこれだけの広範囲を守り切るというのは難しかった。

プライノスハウスの三つがペシャンコになっており、キーガスが愛情を注いで育てていたカッフェ農園も半分ほどがダメになっている。

「くそ! せっかくここまで育てたっていうのによ!」

そんな光景を見つめて、キーガスが悔しそうな声を上げる。

皆で力を合わせて、もうすぐ収穫というところまできていたんだ。

それを台無しにされて平気でいられる方が難しいだろう。

「すみません。ここを任されていながら」

「イサギたちに落ち度はねえよ。あれだけの数のサンドワームを相手に死者を出さず、農園にまで被害を出さないなんて俺にだって無理だからな」

大きく深呼吸をすると、キーガスの気持ちは落ち着いたようだ。

「集落の方は問題ありませんでしたか?」

「かなりの数の家がやられて怪我人もいるが、幸いにしてこっちも死者はいねえ」

「ポーションがまだ残っているのでお渡ししましょうか?」

「助かるぜ」

治癒ポーションの瓶を二十本ほど取り出すと、キーガスと一緒に集落から戻ってきた赤牛族の戦士がずいっとやってきたので渡してあげた。

すると、戦士はぺこりと頭を下げて、急いで集落の方に戻っていく。

怪我人の治療については彼に任せるのだろう。

「俺はサンドワームが空けた穴を塞いでしまいますね」

「ああ、頼む」

サンドワームが好き勝手に土を掘ってくれたので農園やその周りは穴だからけだ。

このままでは農園を修復するのにも支障が出るので、俺は錬金術で土を操作して穴を埋めた。

「イサギー!」

錬金術で穴を埋め終わると、上空から聞き覚えのある声がした。

「レギナ! ティーゼさん!」

上空に視線を向けると、空を飛んでいるティーゼとバスケットに乗って運んでもらっているレギナの姿が見えた。

二人に手を振ると、ティーゼがゆっくりと降下して地上へと着陸した。

「二人ともどうしてこちらに?」

ティーゼとレギナは先日の大収穫を終えて、集落で栽培作業を行っていたはずだ。

赤牛族の集落にやってくる予定はなかったはずだが。

「こっちの集落にサンドワームの群れが出たのよ!」

「えっ!? そっちにも?」

「そっちにもってことはやっぱりこっちにも出たんだ?」

「うん。幸いにも死者や大きな怪我人は出なかったけど、集落や農園に少なくない被害が出たかな」

「そう。こっちも同じ感じだね」

「幸いにもこちらにはレギナ様がいたのですぐに撃退できましたが、不可解な動きをするサンドワームでしたので心配になって様子を見にきました」

「不審な動き?」

「サンドワームの癖にあたしたちを無視して集落を襲おうとすると、水道を攻撃しようとするしで妙に動きに連携があったのよね」

「こちらの集落を襲ったサンドワームも変でした。戦力を分散させたこともですが、イサギ様が一気に殲滅した瞬間に撤退までしましたし」

ワームは目の前の獲物を捕食することだけしか考えることしかできない知能の低い魔物だ。

戦力を分散させて人を襲うといった動きはできないし、獲物を前にして別の物を襲うとすら考えすら持たない魔物のはずだ。

それほど知能の低い魔物に言うことを聞かせることのできる存在はと言うと……。

「……上位個体がいるのかもしれないね」

「十中八九そうだろうな。サンドワームが二つの集落をほぼ同時に襲うなんてあり得ねえだろ」

「私もその確率が高いかと思われます」

サンドワームの不振な動きを見て、同じ考えにたどり着いたのは俺だけじゃなかったようだ。

「俺は倒しに行くぜ。今日みたいに地面を掘って襲われたら生活もままならない上に農業だってできねえからな」

「私も行きます」

「ああん? なんでティーゼまできやがる?」

「私の集落も襲われた以上、サンドワームは彩鳥族を脅かす危険な魔物です。放置することはできません」

「けっ、そうかよ」

ティーゼが討伐に参加することを訝しんでいたキーガスだが却下することはなかった。

仲は悪いが、実力については認めているのだろう。

「イサギ様、私たちはどうしますか?」

「もちろん、俺は行くよ」

あれだけの数で襲ってきたサンドワームが、集落を襲うのをやめると考えられない。

きっとまたタイミングを計って襲ってくるはずだ。

次は二つの集落や農園が無事でいられる保障はない。

「イサギならそう言ってくれると思っていたわ!」

「イサギ様が行かれるのであれば、私もお供いたします」

レギナは最初からそのつもりで、メルシアはいつも通り俺が行くなら付いてきてくれるようだ。

「そういうわけで俺たちも上位個体の討伐を手伝いますよ」

「本当ですか!?」

「俺らとしちゃ嬉しいが、本当にいいのか?」

「せっかくそれぞれの集落で農業ができるようになったんです。それを魔物の台無しになんてされたくありませんから」

彩鳥族の集落で最初に植えた作物が収穫でき、食生活が各段に豊かになった。

さらにカカレートの加工や、レシピ開発も進んでおり、特産品としての価値を高める段階に入っている。

赤牛族では栽培を始めた作物がもうすぐ収穫できるようになり、カッフェを飲むのが集落の文化として広まりつつある。

どちらもこれまでとは違った新しい未来に進んでいるんだ。

二つの氏族の明るい未来を閉ざしたくはない。皆の笑顔を守るために俺たちは戦うんだ。

「強い奴は大歓迎だぜ」

「一緒に魔物を倒しましょう」

キーガスとティーゼに歓迎されて、俺たちもサンドワームの上位個体討伐に加わることになる。

「さて、問題はその親玉がどこにいるだけど……」

「それならばおおよその位置はわかっています。こちらにやってくるついでに逃げたサンドワームの方角を確かめておきましたから」

「さすがですね」

どうやら上空からティーゼが魔物のおおよその居場所を突き止めてくれているようだ。

こういう時に空を飛べる種族は反則だと思う。

「親玉の居場所がわかっているなら迷うことはないわ! 今度はあたしたちの方から攻め込むわよ!」

力強いレギナの言葉に賛同し、俺たちはサンドワームの親玉の住処に向かうことにした。

サンドワームの親玉を討伐することにした俺たちは、赤牛族の集落を出て、そのまま東へと進んでいく。

討伐に向かうのは俺、メルシア、レギナ、キーガス、ティーゼの五人だ。

赤牛族の戦士や彩鳥族の戦士を総動員して討伐するという案もあったが、相手のサンドワームたちの潜伏先が洞窟ということもあって大人数で挑むのが難しいのだ。

さらに先ほどのようにいつまたそれぞれの集落を襲いに行くかわからない以上、集落の守りを手薄にすることもできない。

サンドワームの親玉は討伐しましたが、農園と集落は滅びましたなんてことになれば目も当てられない。

そんな事情もあってか今回は少数精鋭での討伐となったわけだ。

今回は彩鳥族がティーゼしかいないために全員は運ぶことは不可能だ。よって、ティーゼ以外の四人はゴーレム馬に乗って移動をしている。

「このゴーレム馬っていうのは楽でいいな!」

キーガスはゴーレム馬に乗るのは初めてだったが見事に乗りこなしている。

こうしてあっさりと乗りこなしている人を見ると、ダリオってスバ抜けてセンスがなかったんだなって思ってしまう。

「なあ、イサギ。うちの集落のためにもう何台か作ってくれよ!」

「イサギさん、私も欲しいです」

キーガスだけでなく、空を飛んでいたティーゼが高度を下げながら頼んでくる。

「お前は空を飛べるからいらねえだろうが」

「私だって地上を早く進んでみたいんです。別にいいじゃないですか」

キーガスの突っ込みに同意しそうになったが、ティーゼ曰く空を快適に飛べるのと地上を快適に走れるのは別問題のようだ。

「どちらの集落にも作ってあげますから喧嘩しないでください」

「そうですよ。そろそろそれらしいものが見えてきましたし」

馬上と空でやんやと言い合っていたキーガスとティーゼだったが、俺とメルシアの言葉を聞いてピタリと会話をやめた。

俺たちの視線の先では巨大な岩がそびえ立っていた。

大きさは数百メートルある。まるで大きな山のようだが、鎮座しているのはまさしく岩だ。

「でかっ!」

「大樹よりは小さいけど大きな岩ね!」

「砂漠大岩【デザートロック】と言われる大きな岩です」

「あそこにサンドワームがいるの?」

「内部の岩はサンドワームによってくり抜かれており、岩洞窟となっているんです」

どうやらこの辺りは元々サンドワームの群れの住処だったらしい。

それに加え、彩鳥族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡と、赤牛族の集落から逃げ延びたサンドワームの痕跡から親玉がここにいる確率が高いと言ったわけだ。

ゴーレム馬を走らせると、砂漠大岩の傍までやってきた。

ゴーレム馬から降りると、マジックバッグへと速やかに回収。

近くまでやってくりと大岩の圧迫感をさらに感じるな。

顔を上げ、腰を逸らしても岩の頭頂部は見えないほどだった。

「さて、どこから入るかだな」

大岩を眺めながらキーガスがポツリと漏らす。

大岩の表面にはサンドワームが空けたものらしき無数の穴が空いている。

入り口らしい入り口が見当たらないので、どこから入っていいかわからない。

「とりあえず、中に入ってみよう。中に入れば、俺の錬金術で構造がわかるし、索敵もできるようになるから」

「そうね。中に入らないことには何も始まらないし」

というわけで俺たちは近くの穴から大岩の洞窟に入ってみることにした。

洞窟の内部は以外と涼しい。灼熱の日光が岩によって遮られているお陰だろう。

しかし、そのせいで洞窟の内部は薄暗いのでマジックバッグで光の魔道具を取り出して照らす。

俺以外は必要のない灯りだが、俺にとっては必要なので照らすしかない。

五人が横になって歩いても余裕がある程度には広かった。

サンドワームがあの巨体で掘り進めた穴なので人間が通る分には余裕があるのは当然なのだろう。

「この中に入ったのは初めてだが、まるで迷路だな」

洞窟内を見渡しながらのキーガスの言葉が反響する。

彼の言う通り、洞窟内の通路は無数に枝分かれしており迷路のようだった。

歩きながら壁の表面を撫でてみるとザラザラとした岩の感触。

拳で叩いてみると当然のように硬い。

これを平然と掘り進んで洞窟にできてしまうサンドワームの掘削能力はかなりのものだな。

壁に触れつつ俺は錬金術を発動し、魔力を流して洞窟内部の情報を読み取っていく。

「イサギ様、内部の情報はいかがでしたか?」

「すごく複雑だね。少し情報を整理させてほしい」

サンドワームが捕食行動のために無軌道に掘り進めたせいだろう。洞窟内の通路は迷路のように複雑に入り組んでいる。さすがに脳内だけで情報を整理することは難しいので、マジックバッグから紙とペンを取り出して簡易的な地図を作製する。

「……中心部にぽっかりと空いた大広間があって、そこにサンドワームとは違った大きな生物の気配がする」

数分ほど地図を書きながら情報を整理していると、大岩洞窟の大まかな内部の様子がわかった。

「それがサンドワームに指示を出している統率個体ですね」

「だったら、そこを目指すわよ!」

統率個体らしき魔物の居場所がわかったのなら話は早い。

俺たちは大広間を目指すためのルートを進むことにした。

魔物の索敵に関してはメルシアたちに任せ、俺は大広間へと案内することに専念する。

案内と同時の俺はナイフで壁に傷をつけてマッピングをしていく。

「さっきから何をチマチマ書いてんだ?」

「マッピングですよ。これだけ複雑な通路だと帰るのも困るでしょうし」

サンドワームが無軌道に掘り進めた通路なせいか、洞窟内には特徴らしい特徴がなく三百六十度がほぼ同じ光景だ。これだけ複雑な迷路だと間違いなく帰り道も迷うことになるので、こうやってマッピングをしておかないといけない。

それに今後も砂漠大岩に魔物が住み着いて同様の事件が起きるかもしれない。そういう時のためにも砂漠大岩の内部情報はあるに越したことはないだろう。

キーガスの質問に答えながらマッピングをしていると、不意に前を歩くメルシアが足を止めた。

「気を付けてください。サンドワームがきます」

メルシアが言葉を発するまでもなく意図が伝わったのだろう。既にレギナやキーガスは武器を構えていた。

程なくして通路にある穴からゴゴゴ、と音を立てて地中を泳いでいるだろうサンドワームの複数の気配が感じられた。

程なくして正面の通路からサンドワームが大きな丸い口を開けて飛び出してきた。

びっしりと生えた鋭い牙がこちらに襲いかかってくるが、それよりも先に俺は風魔法を準備しており、大口に向かって風の刃を飛ばすと真っ二つになった。

少し遅れて横の通路からサンドワームが飛び出してくるが、それにはメルシアが頭部に掌打を叩き込んだ。

サンドワームの頭部はあっけなく弾け、赤い血しぶきを撒き散らしながら通路に横たわる。

他にもサンドワームは天井から後ろ、反対側の通路からも迫ってきていたようだが、レギナは大剣で胴体を切断し、キーガスが頭部にトマホークを振り下ろして叩き潰し、ティーゼは得意の風魔法で切り刻んで倒していた。

この面子ならサンドワームを相手に遅れを取ることはなさそうだ。

サンドワームを倒して一息ついていると、またすぐに地中を泳ぐサンドワームの音が響く。

「一か所に留まっていると四方八方から襲われ続けます」

「ここからは走って大広間を目指そう!」

俺たちの居場所がサンドワームたちの捕捉されたのだろう。メルシアの言う通り、ずっとここにいるとサンドワームの群れの餌食になってしまう。

俺の提案に異論はなく、他の仲間たちもこくりと頷いて走り出した。

急いで戦闘場所から離れて前に進むが、サンドワームの気配が完全になくなることはない。

恐らく俺たちが移動する音を察知して、追いかけているのだろう。

さすがにサンドワームの潜行速度には敵わず、移動している最中にもサンドワームに襲われる。

だが、サンドワームがいくら奇襲してこようと意味がない。

なぜならば、サンドワームが襲ってくる方向やタイミングが俺たちには手に取るようにわかるからだ。

俺以外の仲間は全員が獣人だ。

サンドワームがどこから近づいてきているのか正確に耳で聞き分けることができる。

よってサンドワームは通路から顔を出した瞬間にレギナの大剣の餌食かキーガスのトマホークの餌食となるのであった。

これが人間族のパーティーであれば、サンドワームが潜行する音を聞き分けることができず、何度も奇襲を受けてジリ貧になってしまうことだろう。可哀想に。

しかし、サンドワームを統率している者もバカではない。

これ以上、侵入者をみすみす通らせまいと正面の通路から五体ほどのワームがやってきた。

しかも、体表が紫色に赤い斑点がついているワームであり、妙に毒々しい見た目をしている。

ワームが五体となると通路はギチギチだ。

ワームたちが身体をぶつかり合わせながら圧倒的な質量で通路を塞ごうとする

「うわっ、気持ち悪い!」

「ポイズンワームだ! 毒を持ってるから気をつけろ!」

体で通路を塞いでいる上に毒を持っているとなると迂闊に近づくことはできない。

錬金術を使って殲滅しようかと思っていると、ティーゼが俺の頭上を越えて前に出た。

「ここは任せてください。『風刃乱舞』【エルウインド】」

ティーゼの鮮やかな翼に淡い翡翠色に光が収束。

ティーゼが翼を羽ばたかせると、翼から風の刃が次々と射出されて五体のポイズンワームが輪切りになった。

種族的に風魔法が得意だと聞いていたが、これほどまでの威力が発揮できるとは思わなかった。

「すごい威力の風魔法ですね。さすがです、ティーゼさん」

「ありがとうございます」

今の威力の魔法を放っても本人は至ってピンピンとしている。

あれくらいの魔法であれば、まだまだ放つことができるらしい。

水源を探索した時はまったく本気じゃなかったようだ。頼もしい。

前方を塞いでいるポイズンワームの遺骸が邪魔なので、マジックバッグに収納することで除去。

俺たちは足を止めることなく颯爽と通路を進んでいく。

「皆さんがいるとサンドワームの群れの中でも怖くないですね」

統率個体が棲息している魔物の巣に突入しているのに、まるで恐怖や不安を感じていない。

代わりにあるのは圧倒的な信頼感だった。

「なに言ってるのよ。イサギがいるからここまで楽に進めてるのよ?」

「イサギさんがいなければ、私たちはこの迷路のような洞窟で迷い続けていたでしょうから」

「俺が認めて数少ない人間族の男だ。もっと胸を張りやがれ」

「そ、そうですかね? ありがとうございます」

なんて呟くと、レギナ、ティーゼ、キーガスが口々にそんな嬉しいことを言ってくれる。

そんな光景を目にしてメルシアが生暖かい視線を向けてくるのがこそばゆい。

「もう間もなく大広間だ」

なんて風なやり取りをしながら進んでいると、目的地である大広間にたどり着いた。

視界を確保するために光魔法を打ち上げると、大広間の中央には灰色の体表に刺を生やした大きなワームがいた。

「キングデザートワームです!」

魔物を目にするなりティーゼが叫んだ。

不自然なサンドワームの動きの裏には、やはり統率個体がいたようだ。

「くるぞ!」

キングデザートワームが地中へと潜行した。

長い胴体を蛇のようにくねらせながら真っすぐに俺たちの方へ突撃してくる。

超質量の突進をされてはさすがに力自慢のレギナやキーガスも真正面から立ち向かうことはできない。

俺たちは大人しくその場から跳躍することで突進を躱す。

安全圏である宙へと逃れたティーゼが、地中から僅かに出ているキングデザートワームの背中向けて風の刃を放った。が、翡翠色の刃は灰色の甲殻によって虚しく弾かれる。

「……硬いですね」

ワーム種は弾力質な肉体により衝撃を受け流す特性がある代わりに、切断系の攻撃には弱い傾向にあった。

しかし、この統率個体は硬い甲殻をその身に纏うことで、切断系に対する強い防御力を獲得しているようだ。

それでいながらしなやかな肉体はそのままで縦横無尽に地中を駆け抜けていた。

「もう! じっとしなさいよ!」

「こうも潜ってばかりだと手が出せねえぜ!」

前衛であるレギナとキーガスは先ほどからずっと武器を手にしているが、キングデザートワームが派手に動き回るものだから攻めあぐねている模様だ。

隙を伺って攻撃を仕掛けようにも、相手がほとんど地中にいるのであれば無理だ。

「俺が地中から引っ張り出します!」

だったら俺が地中から引っ張り出してやればいい。

地面に手をついて錬金術を発動。

キングデザートワームの周囲にある土を操作すると、そのまま上へと押し上げた。

かなりの重量があるために宙に打ち上げることはできなかったが、キングデザートワームをしっかりと地上へと持ち上げることができた。

「おらあああっ!」

「てりゃああああっ!」

無防備な姿を晒すキングデザートワームに向けて、身体強化を発動したトマホークによる一撃と、跳躍したレギナの大振りの振り下ろしが炸裂した。

二人の強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻の一部にヒビを入れた。が、それだけであり、キングデザートワーム自身はピンピンとしている様子だった。

「あの一撃でも叩き切れねえのか」

「硬ったーい! 腕がジンジンするんだけど!」

俺たちの中でも特にパワーに優れた二人の攻撃でも、キングデザートワームの甲殻にヒビを入れられる程度らしい。

キングスパイダーも甲殻を纏っていたが防御力が桁違いだ。

この砂漠で生き残るに当たって、防御力に特化して進化したのかもしれない。

「とはいえ、キーガスさんとレギナ様の一撃は確実に相手の甲殻を破砕しています。同じところを攻撃し続けて、肉体を露出させることができれば私たちの攻撃でも十分に通るかと」

いくら防御力が高くても要である甲殻がなくなれば、肉体的な構造はただのサンドワームと変わらない。

先にあの強固な甲殻を剥ぎ取ってから攻撃を仕掛けるのがいいだろう。

「メルシアの言う通りだ。二人を援護――って、わあああ! なんかこっちに来るんだけど!」

レギナとキーガスを援護しようと後ろに陣取っていると、なぜかキングデザートワームが一直線にやってくるではないか。

キングデザートワームの口から白い息が漏れており、「フオオオッ」という唸り声のようなものが聞こえている。

相手に表情なんてものはないが、なんとなく怒っているような気がする。

「攻撃をお見舞いしたのは俺じゃないのになんで!?」

「恐らく地中から無理矢理引っ張り出されたことによって強いヘイトが向いたのかと!」

どうやら相手にとっては甲殻に傷をつけられることよりも、地上へと引っ張り出されたことの方が屈辱的だったらしい。

キングデザートワームにとって地中は自分の絶対支配領域だ。

それを妨害されて怒る気持ちはちょっとだけわからなくもない。

とはいえ、それを受け入れるかどうかは別問題。

俺は錬金術を発動し、キングデザートワームの足元にある土を杭状に変化せる。

土杭は見事に直撃したのだが、甲殻に負けて砕けてしまった。

やっぱり俺の一撃では足止めすらできない模様。

大きな口が俺を丸呑みにしようと迫ってくるので俺は慌てて横に飛んで回避。

すると、さっきまで俺のいた場所の地面が抉られた。

攻撃を外してこちらへ振り向くキングデザートワームの口には岩や土が入っており、無数な小さな歯で粉々に噛み砕いた。

……あんなものに噛みつかれてはひとたまりもない。

噛みつき攻撃の威力に戦慄していると、キングデザートワームの首が突然にゅっと伸びてきた。

予備動作もまったくない、予想外の攻撃に俺は反応することができない。

マズいと思った瞬間、俺の肩を何かが掴んで勢いよく宙へと持ち上げられた。

この浮遊感には覚えがある。

「助かりました、ティーゼさん」

「どうやらまだ諦めていないようです!」

助けてくれたことに礼を言うと、ティーゼはやや焦った顔をしながら即座に上昇。

ふと視線を下に落とすと、キングデザートワームの頭部から触手のようなものが伸びており俺たちを絡め取ろうとしているではないか。

急加速、旋回、急降下などを駆使して俺を抱えながらティーゼは触手を躱す。

しかし、大広間という限られたスペースということや、人間一人を掴んでいると思った以上に速度が出ないのか触手が俺の足へと迫ってくる。

風魔法を使って跳ね除けようとしたところで、不意に触手たちが断ち切られた。

「イサギ様には触れさせません!」

「ありがとう、メルシア!」

メルシアのフォローにより、俺とティーゼはキングデザートワームの攻撃範囲内より脱出した。

「ちょっとイサギに夢中であたしたちを忘れてるんじゃない!?」

「よそ見とは言い度胸だな!」

キングデザートワームが俺たちに気を取られている間に、レギナとキーガスが懐に入り込んで大剣とトマホークを存分に振るった。

それと同時にキングデザートワームが苦悶の声を漏らした。

視線を向ければ二人が攻撃を加えた甲殻が破砕し、灰色の体表に裂傷が出来ていた。

何度も同じ場所に攻撃を加えることで頑丈な守りを突破できたらしい。

「ルオオオオオオオオッ!」

傷を負ったキングデザートワームが体を震わせながら不気味な声を上げる。

そして、長い体を急に縮こませたと思うと、体表に生やしている棘が長くなるのが見えた。

とても嫌な予感がする。

「二人とも離れてください!」

警告の声を上げると、同時にキングデザートワームの体表から無数の刺が飛び散った。

俺は錬金術を発動し、自分だけでなくティーゼ、メルシアの前方に土の障壁を展開した。

遅れて前方にいるレギナとキーガスの前にも障壁を展開したが、二人は上手く凌げただろうか?

土の障壁を穿つ音が聞こえなくなると、俺はおそるおそる土の壁を崩した。

慌てて駆け寄ってみると、二人は無事だったものの手足に切り傷ができていた。

「大丈夫……と言いたいところだけど、少しマズったかもしれないわ」

「即効性の毒か……腕が痺れて武器が持てねえ」

キングデザートワームの刺には毒が含まれているらしく、二人は苦悶の表情を浮かべていた。

「解毒ポーションです。完全に解毒することはできませんが応急処置になります」

俺は急いで解毒ポーションを取り出すと、二人の口に瓶を当てて飲ませた。

「ティーゼさん、二人を安全なところに!」

「はい!」

ティーゼにレギナとキーガスを安全な後方へと運んで貰った。

「お二人は大丈夫なのですか?」

隣にやってきたメルシアが尋ねてくる。

「即効性が強い代わりに、命を脅かすほどの毒じゃないみたい」

「そうですか」

ひとまず、二人の命に別状がないことを伝えるとメルシアは安堵の表情を見せた。

「でも、早めに本格的な治療をした方がいいね」

解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、完全に解毒ができたわけではない。

しっかりと治療するにはキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションを飲ませる必要があるだろう。

「さすがに俺もキングデザートワームの毒に対応した解毒ポーションは持っていないからね。二人のためにも早めに撤退をした方がいいかもしれない」

キーガスは赤牛族の族長だし、レギナは獣王国の第一王女だ。

二人ともここで死なせていい人物ではない。このまま押し切ることよりも万が一を回避するために安全に撤退した方がいいんじゃないだろうか。

「あたしたちのせいで撤退だなんて冗談じゃないわ!」

「ちょっと痺れるくらいの毒がなんだ! これくらい気合いで何とかしてやらぁ!」

なんて考え込んでいると、後ろでティーゼに介抱されているはずの二人が立ち上がって言った。

「二人とも無茶しちゃダメだよ!」

「いいえ、無茶をするわ! ここで逃がしたらコイツはまたティーゼたちの集落を襲うもの!」

「ここで逃がせば次に会えるのがいつになるかわからねえ。俺が安心してカッフェを作るためにもコイツはここで討っときゃいけねえんだ!」

勇ましい台詞を言うものの、二人にはまだ毒が残っているせいか足取りは覚束ない。

いくら解毒ポーションを飲んだとはいえ、上位個体の即効性の毒を食らって、こんなにすぐに立ち上がれるなんてあり得ない。

獣人族としての肉体が強いのか、二人の魔物への執念が強いのか……恐らく、その両方だろう。

ここまで意思が強いと撤退と決めても素直に従ってくれなさそうだ。

「わかった。二人がそこまで言うんだったらやろう。ただし、あまり無茶はできない。やるんだったら早めに決着をつけるよ」

「……ええ、望むところよ」

「ああ。それで問題ねえ」

新しい方針を伝えると、レギナとキーガスは不敵な笑みを浮かべた。

あまり時間をかけて無茶をすると、二人に毒の後遺症が残ってしまう可能性がある。

できれば戦闘は長引かせたくない。

「少しだけ時間をちょうだい。そうすれば、あたしの全力を見せてあげる」

「同じくだ」

「わかった」

レギナとキーガスはそう言うと大広間の端に歩いていって寝転んだ。

「ええっ! 寝てる!?」

「少しでも体力を回復させるためでしょう」 

上位個体を前にして寝るって相当危ないんだけど、それだけ俺たちを信頼してくれているということだろうか。

「ティーゼはそのまま二人の傍に付いていて」

「わかりました」

本音を言うと、ティーゼにも戦線に加わってもらいたいところだが、さすがに無防備な二人を放置しておくわけにはいかない。

そんなわけで戦線を維持するのは俺とメルシアだ。

「さて、二人が復帰するまで時間を稼がないと」

「いっそのこと私たちで倒してしまうというのはいかがでしょう?」

「それができればいいんだけどね」

なんて軽口を叩き合っていると、キングデザートワームが地中へと潜行し始める。

それを見て俺は錬金術を発動。

キングデザートワームの周囲の土を操作し、先ほどと同じように地上へと打ち上げた。

「俺がいる限り潜らせないよ」

本当はサンドワームが赤牛族の集落を襲った時のように、地中の土を操作して圧殺したかったのだが、さすがにサンドワームとは防御力も土への干渉力が桁違いのようで弾かれてしまうようだ。

俺にできるのは相手を地中に潜らせないことだけ。だけど、それだけで十分だ。

地上にさえ留まらせることができれば俺たちで何とかできる。

再び地上に出されることになったキングデザートワームを狙ってメルシアが短剣での攻撃を仕掛ける。

レギナとキーガスが作り出した裂傷を狙って正確無比な斬撃が繰り出される。

傷口へのさらなる追い打ちに相手は苦悶の声を上げた。

キングデザートワームは体を鞭のようにして使って薙ぎ払うが、メルシアは華麗にそれを避けて密着しながら攻撃を続ける。

相手が触手を伸ばそうが、噛みつき攻撃をしてこようが距離を空けることはない。絶えず密着して攻撃を続ける。

そんな凄まじい攻防を目にしながら俺は後方から魔法を放って彼女を援護する。

俺の魔法では甲殻を削ることはできないし、傷を狙って攻撃することもできないが、相手の気を引くことはできる。その分、メルシアが少しでも動きやすくなるならそれでいい。

順調にキングデザートワームを抑えていた俺たちだが、不意に金属が割れるような音が響いた。

どうやらメルシアが使っていた短剣が砕けてしまったらしい。

短剣がなくなったことでメルシアの次の攻撃が空を切ってしまう。

相手はその隙を逃さず、触手を振るった。

「ぐっ!」

俺は錬金術を発動し、こちらへ弾き飛ばされたメルシアを柔らかい砂で受け止めた。

「メルシア、大丈夫かい?」

「ええ、問題ありません。ですが、武器が壊れてしまいました」

メルシア本人に大きな怪我はないようだが、手元にあった短剣の刀身は粉々になっており柄だけとなっていた。

「武器がなくなったら作ればいい」

マジックバッグの中には色々な素材が入ってある。

そういえば、ティーゼの集落の傍にある山でマナタイトを採取していた。それを使って短剣を作り直せばいい。

俺はマジックバッグからマナタイトを取り出すと、錬金術を発動して形状変化をさせる。

待て。メルシアは剣術よりも体術を得意としている。

だったら別に短剣に拘ることはないんじゃないか? そう思って、俺は短剣を作るのをやめて、メルシアの腕に装着できるガントレットを作成した。

「メルシア、これを使って」

「……もしかしてマナタイト製ですか?」

「うん。魔力を流せば、衝撃が増幅されるはずだよ」

マナタイトは剣の切れ味を増幅させるだけでなく、込めた魔力をエネルギーに変換することもできるのだ。

素手であれほどの威力を繰り出せるメルシアなら、このガントレットを使えば有効打を与えられるはずだ。

「ありがとうございます、イサギ様! 行ってまいります!」

メルシアはガントレットを装着すると、力強く地面を蹴って走り出す。

キングデザートワームが首をしならせて鞭のように振るってくる。

メルシアは地を這うようにして攻撃を回避しながら相手の懐に入ると、ガントレットに魔力を纏わせ胴体目掛けて掌打を打ち込んだ。

「ルオオオッ!?」

マナタイトによって増幅されたメルシアの強烈な一撃はキングデザートワームの甲殻を破壊した。

これにはキングデザートワームも戸惑いの呻き声を漏らした。

メルシアの攻撃は一撃では止まらず、キングデザートワームに密着しながら次々と拳を叩き込んでいく。一撃が入ると度に重低音が響き、キングデザートワームの甲殻が派手に飛び散る。

「いけます! イサギ様の作ってくださったこのガントレットがあれば……ッ!」

すごい。メルシアの火力がレギナとキーガスを上回っている。マナタイトの武器を使いこなせば、これほどの威力が出るのか。

メルシアの攻撃によって一方的に甲殻を削られることに危機感を抱いたのか、キングデザートワームは無理矢理距離を取るとけたたましい声を上げた。

すると、大広間の周囲で次々と地鳴りが響いてくる。サンドワームが近づいてくる音だ。

恐らくサンドワームを呼んだのだろう。地中に魔力を浸透させて探査すると、予想通り周囲から大量のサンドワームがこちらにやってきていた。

「残念ながら増援は意味がないよ」

俺は錬金術を発動させると増援として駆けつけてきたサンドワームの周囲の土を操作し、圧殺させた。目の前の相手は圧殺させることができないが、サンドワームのような防御力が低く、土への干渉力が低い魔物であれば容易く葬ることができる。

ただ数が数だったのでかなりの魔力を消耗してしまった。大量の魔力を消費したせいで頭がくらくらとする。

「ルオオオオオオッ!」

「あなたの相手は私です」

増援を殲滅されたことにキングデザートワームが怒り狂って突撃してくるが、横合いからメルシアが飛び出して殴りつける。

そのままメルシアはキングデザートワームに激しいラッシュ。相手が繰り出してくる反撃を巧みに避けながらガントレットによる一撃をお見舞いしていく。

この調子なら俺たちだけでキングデザートワームを倒せるかもしれない。

キングデザートワームが吹っ飛び、体表の露出した頭部と胴体が露わにする。

そこに一撃を加えれば、キングデザートワームの致命打になるはずだ。

なんて希望を抱いた瞬間、メルシアの足からガクリと力が抜けた。

「メルシア!?」

「申し訳ありません、イサギ様。どうやら魔力が足りなかったようです」

メルシアをよく見れば、額からは大量の汗を流しており顔色も悪くなっている

俺と同じく急激な魔力消費による魔力欠乏症になりかけているようだ。

マナタイトは魔力を流して攻撃力へ変換できる代わりに、多大な魔力を消費する。

キングデザートワームを倒すために無茶をしてしまったのだろう。

マズい。キングデザートワームが動きの鈍ってしまったメルシアを狙っている。

このままじゃ、メルシアが危ない。大きな口が彼女を丸呑みにしようとしている。

急激に魔力を消費したせいで彼女も回避することはできない。

錬金術を使って援護したいが、状況を変えるだけの魔力が足りない。

現実を変えるだけの力がないことに絶望する中、俺の視界を赤い何かが横切った。

「ハハッ! ちょうどタイミングってやつか!」

キングデザートワームとメルシアの間に割って入ったのは赤いオーラを纏わせたキーガスだ。

彼はキングデザートワームの大きな口をトマホークで正面から受け止めると、そのまま力で押し切った。

「ふう、ようやく痺れが薄れてきたぜ」

「危なかったわ。もう少し寝坊していたらあたしたちの出番がなくなっていたかもしれないもの」

「まったくだぜ」

体力の回復に努めていたキーガスとレギナが復帰したらしい。憎らしいほどにいい登場だ。

いくら解毒ポーションで応急処置をしたとはいえ、ちょっと仮眠した程度では動き回れるはずがないのだが現にレギナとキーガスは動き回れている。改めて獣人族の肉体の強さを実感する。

「大丈夫ですか、メルシアさん?」

「はい。お手間をおかけしました」

ティーゼに手を差し伸べられて、メルシアがゆっくりと立ち上がった。

魔力消費によるフラつきや倦怠感はあるものの軽く動き回れるだけの体力はあるようだ。

無事でよかった。

「さて、ここまでお膳立てしてもらったもの! 決着をつけるわよ!」

「ああ!」

レギナとキーガスがキングデザートワームへ走り出し、巨体へと武器を振るっていく。

二人が一撃を加える度に、その攻撃は直接身に響きキングデザートワームは苦悶の声を漏らした。

キングデザートワームが地上の二人に気を取られている隙に、宙へと羽ばたいたティーゼは翼に魔力を溜めており、それを一気に放った。

「極彩色の羽根嵐【フェザーストーム】」

すると、キングデザートワームを包み込むように竜巻が発生。

さらにティーゼの翼から羽根を象った風の刃が射出され、竜巻に囚われたキングデザートワーム

の全身を切り裂いていく。

メルシアの攻撃によってボロボロになっている甲殻を、ティーゼの風魔法が確実に剥がしていく。

「まだ倒れませんか」

「でも、かなり効いているよ」

竜巻と羽根の乱舞が終わった頃には灰色の体表を真っ赤に染めたキングデザートワームがいた。

今の攻撃で相手の身を守る甲殻はなくなったし、かなり体力も消費している模様。

ここが攻め時だ。

戦士であるレギナとキーガスは瞬時にそれに気づいたのかキングデザートワームへと走り出す。

二人の接近を知覚したキングデザートワームは体を震わせて何かを溜めるような動きを見せた。

「ブレスだ!」

ほとんど直感による警告の声。しかし、キーガスは回避することなく、むしろスピードを上げて相手に肉薄。身に纏う赤いオーラが血潮のように濃くなる。

「うおおおおおお! 猛牛の一撃ッ!【ホーンテッドインパクト】」

キングデザートワームがブレスを吐き出そうとした瞬間、キーガスは巨大なトマホークをすくい上げるようにして相手の顎を打ち抜いた。

顎を強かに打ち付けられ、キングデザートワームの口が強制的に上を向くことになる。

キングデザートワームの口から発射された土のブレスが、虚しく天井を打ち付ける。

すぐにブレスを止めることはできないのか、キングデザートワームの体が上を向いたまま無防備に晒される。

「イサギ! 足場をお願い!」

レギナの担いでいる背丈ほどの大剣には強大な炎の魔力が宿っており、次の一撃で決めんとする確かな意思を感じた。

レギナの言葉に俺は返事をせずに、なけなしの魔力を振り絞って錬金術を発動。

足場となるような土柱を生やした。

レギナは土柱を足場にして跳躍をすると、キングデザートワームの喉元目掛けて炎を宿した大剣を振るった。

「大炎牙ッ!」

レギナの振るった大剣はキングデザートワームの喉を見事に断ち切った。

ドサリとキングデザートワームの体が崩れ落ちる。

残った胴体の方はしばらくのたうち回っていたが、レギナの一撃によって激しい炎に包み込まれ、やがてピクリとも動かなくなった。

「獅子の牙に宿った炎は相手のすべてを焼き尽くす……なんてね」

カッコつけているところ非常に申し訳ないが言ってやりたいことがある。

「あの、すべてを焼き尽くされると貴重な素材が採れなくなるし、解毒ポーションのための貴重な素材がなくなっちゃうんですけど!」

せっかく上位個体を倒したんだ。せめて倒した証明になる素材は欲しいし、今後のためにも魔石の確保はしておきたい。それに解毒ポーションを作るためにも元となる刺の毒は採取しておきたい。

「わ、わわっ! 皆、消火を手伝って!」

見事な一撃でキングデザートワームを屠ったレギナだが、どうにも締まらなかった。





統率個体であるキングデザートワームを討伐されたことにより、彩鳥族と赤牛族の集落には平和が手に入った。

砂漠大岩には僅かながらサンドワームが残っているようだが、あれから襲撃をしてくることは一切ない。

サンドワームは知能が低い魔物であるが、相手が格上とわかっていて挑むほどにバカな魔物ではない。

今回は上位個体であるキングデザートワームがいたから襲撃をしてきたわけで、そのような存在がいなければちょっかいをかけてくることもない。

仮に次にあったとしてもティーゼとキーガスに洞窟内の詳細な地図を渡してあるので、すぐに突入して殲滅することができるだろう。

二つの集落と農園には少なくない被害が出ていたが、力を合わせて復興に務めたことにより以前と変わらぬ姿になっている。

半壊した集落は元に戻り、壊されたプラミノスハウスは作り直され、植え直された作物が栽培された。

そして、本日は両者の農園で植え直した作物が収穫を迎えることになり、彩鳥族と赤牛族との合同で祝宴を上げることになった。

会場に選ばれた彩鳥族の集落では、彩鳥族だけでなくキーガスをはじめとする赤牛族が集っていた。

彩鳥族の人口を基準として作っているので、やや人口密度が過多になっている気がするが、そもそもが二つの氏族で集まることを前提にしていないのでしょうがないだろう。

「まさか、あなたたちと合同で祝宴を上げることになるなんて夢にも思いませんでした」

「まったくだ。数か月前の自分に言ったとしても信じねえだろうな」

「なにせ二つの集落で農業ができるようになった上に、水源だって増えたんだもの。もうこれ以上あなたたちが資源を奪い合う理由はないものね」

活躍したのはそれぞれの集落の族長。

だとしたら合同で祝うしかないというレギナの提案によって進められたもの。

二つの氏族の係性を考えると、ティーゼやキーガスからも提案できなかったので第三者であるレギナの意見が役に立った形だ。

素直になれない二人でも、レギナが言い出したことであればという理由にもなるしね。

「そうですね。それぞれが満ち足りている以上、強引な手段に出ることはありませんね」

「ああ、そうだ。これからは自分たちで食べ物を作る時代だ」

カカレートとカッフェが安定して作れるようになれば、行商人だって買い付けにくるようになるでしょうし、他の集落や街からも品物が手に入るはずだ。二つの氏族の発展が楽しみだ。

「改めてイサギさんにはお礼を申し上げます。イサギさんのお陰で私たちの集落でも農業ができるようになり、こんなにも食事が豊かになりました」

集落を眺めてそんな未来を想像していると、ティーゼがぺこりと頭を下げながら言った。

広間に設置されたテーブルには小麦、ジャガイモを利用した料理が並べられており、飲み物にはカッフェ、デザートにはカカレートなどが並んでいる。

他にもそれぞれの集落がよく食べている砂漠料理が並んでいるが、やってきた当初に比べると品数が段違いだ。

これらは間違いなく農園による最大の功績と言っていいだろう。

「氏族を代表して俺からも礼を言うぜ。お陰で飢える心配なく、こんなにも上手い料理が食えるようになった」

ジャーマンポテトを口いっぱいに頬張りながらキーガスも礼を言ってくれる。

「いえいえ、皆さんが力を貸してくれたお陰ですよ」

俺たちだけの力では、こんなにも早く農園を作ることもできなかった。

ティーゼが付きっ切りで協力してくれたり、キーガスが速やかに受け入れて、他の人を説き伏せてくれたり。そんな協力があってこその農園だ。決して俺だけの力じゃない。

「まったくお前は謙虚な奴だな!」

「ええ? そうですかね?」

苦笑しているとキーガスが肩に腕を回して言ってくる。

宮廷錬金術師時代は仕事をこなしただけで褒められることはなかったので、こういった時にどんな振る舞いをしたらいいかわからない。

「これだけしてもらったんだ。何か礼でもしねえとなぁ」

「いえ、そんなのいいですよ。ライオネル様から頼まれた依頼ですし」

今回の報酬は王家から支払われることになっている上に、二つの氏族への支援という名目だ。

キーガスとティーゼが俺に報酬を払う必要はない。

「俺たちが感謝したいから渡すんだよ。ほれ、キングデザートワームの魔石だ」

「ええ!? そんな貴重なもの受け取れませんよ!」

キングデザートワームから採取された魔石はかなりの大きさを誇っており、濃密な魔力を宿していた。

魔道具として使用すれば長い間はエネルギー源に困ることがないし、ちゃんとしたところに売り払えば、金貨三百枚以上の値段がつくだろう。使い道はいくらでもある。

「それにそれはティーゼさんとも力を合わせて手に入れたものですし……」

「事前に集落の奴等やティーゼとは相談済みだ」

「ええ。一族の皆さんにも相談したところ快く頷いてくれましたよ」

キーガスやティーゼが視線を巡らせると、広間で食事を楽しんでいた彩鳥族や赤牛族たちがにっこりとした笑みを浮かべてくる。

「いや、でも……」

「受け取ってもらえないでしょうか?」

なおも提案を固辞しようとすると、ティーゼが潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「イサギ様、この場合は素直にお気持ちをいただくのが良いのではないでしょうか?」

「二つの氏族が感謝の気持ちを渡したいって言っているのよ? 受け取ってあげなさいよ」

悩んでいるとメルシアとレギナがそう言った。

そうだ。別に大金を請求するわけじゃないんだ。二人の気持ちを素直に受け取ろう。

ここまで言われてしまっては受け取らない方が失礼だ。

「では、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」

「いえいえ、他に何かほしいものはありませんか? イサギさんは錬金術師ですし、砂漠にある素材は多く持っておいて損ではないと思いますが」

ティーゼにそう言われると、俺の中の研究魂が疼いた。

そんな魅力的なことを言われて、ぐらつかない錬金術師はいないと思う。

「欲しいものが一つあります」

「なんでしょう?」

俺は小首を傾げるティーゼを指さした。

「ええっ、私の身体ですか!? そんなイサギさん困ります」

「大人しい顔をしておきながらイサギも男ってわけか!」

ティーゼが両腕で自らの身体を抱くようにして恥ずかしがり、キーガスが口笛を吹いてはやし立てた。

二人のその口調からわかっていてふざけているのは明白だった。質が悪い。

キングデザートワームの魔石を貰っておきながら、ティーゼも寄越せってどんな鬼畜なんだ俺は。

「違いますから! そういう意味で言ったんじゃなく、ティーゼさんの羽根が欲しいって意味です!」

俺が指さしたのはティーゼの身体だが、正確にはその背中に生えている翼だ。

決して女を要求しているわけじゃない。

「……私の羽ですか?」

「はい。すごく綺麗な羽根なのでずっと欲しいなって思っていまして」

「そ、そうですか? え、えっと、イサギさんがそこまでおっしゃるのであればどうぞ……」

シンプルに欲しい理由を告げると、ティーゼは顔を真っ赤に染めながら自らの羽根をいくつか抜いて渡してくれた。

え? なんでこっちの方が恥ずかしそうなんだろう? さっきの時と同じでわざと恥じらってみせているんだよね? なんだかおかしくない?

それに傍にいるメルシアの視線が怖い。おかしいな。まだ時刻は昼間で気温が下がる夜になっていないにもかかわらず寒気がした。一体どうなっているというんだ。

とにかくこのままでいるのはマズい。

「別に変なことに使うわけじゃないですからね? 鳥の羽というのは骨の中が空洞になっており、保温性、吸着性、吸油性、防振性、防音性などの優れた特性を持っている! いわば、天然の高機能繊維なんです! ダウンジャケットの素材や羽毛布団なんかにも使える優れものなんですよ?」

ただ綺麗だから欲しがったのではなく、錬金術師として使い道やティーゼの羽根の良さを熱弁すると、俺に突き刺さる視線の温度が変わった。

それは微笑ましくも、どこか残念な生き物を見るような目だ。

「やっぱり、イサギって変ね」

ポツリと漏らしたレギナの一言に俺以外の全員が同意するように頷いた。

イサギが変人扱いされている頃。

レムルス帝国ではウェイス皇子の指揮の元、着々と侵略の準備が進められていた。

ウェイスが執務室で人員の配置について考えているところ扉がノックされた。

「ウェイス様、錬金術師課のガリウス様がお目通りを願いたいと」

騎士からその名前を聞いて、ウェイスはうんざりした気持ちになる。

優秀な駒になるはずの錬金術師を勝手に解雇した挙句、イサギが行うはずだった代わりの事業や代替案の提出のできない無能な男。加えて先日のマジックバッグ破裂事件でウェイスの中でのガリウスの評価は最底辺となっている。

もはや役立たずの烙印を押してしまっているのだが、先日の事件から一切顔を見せていなかったというのに急に顔を見せようというのが気になった。

「……通せ」

「かしこまりました」

ウェイスが短く答えると、騎士が扉を開けてガリウスが入ってきた。

「ウェイス様、先日のマジックバッグの納品については私の管理不足による失態です。誠に申し訳ございません」

「もういいい。必要となるマジックバッグは俺自身の手で集めることができたのだからな。で、そんなありきたりな謝罪をするために俺の前に顔を出したわけではあるまいな?」

「もちろんでございます」

案にそれだけの要件できたのなら即座に斬り捨ててやるくらいの脅しをかけたのだが、ガリウスはそれにまったく動じる様子がない。

「それでは用件を聞こうではないか」

今までとは違った泰然としたガリウスの態度を見て、ウェイスはとりあえず話くらいは聞いてやる気持ちになった。

「はい、本日は獣王国侵略のために開発しました軍用魔道具の説明に参りました」

「ほお、軍用魔道具か……概要を説明しろ」

促すと、ガリウスは開発した軍用魔道具を取り出して説明してみせた。

「――というものになります」

またロクでもない提案をしようものなら、侵略の前に左遷してやろうと思ったが、ガリウスの提出してきた軍事魔道具の詳細を耳にしてウェイスは考えを変えた。

この男は無能ではあったが、軍用魔道具の開発という一点に当たっては優秀だった。

「やるではないか! これさえあれば獣人だろうと恐れるに足りない! さすがは帝国が誇る宮廷錬金術師を束ねているだけあって軍用魔道具の製作のお手の物というわけか!」

「お褒めに預かり恐縮です。つきましてはこちらを使用するに当たってお願いがございます」

「これを大量に作るための資金の提供だな?」

「はい」

「いいだろう。金は出しやるから故に、今すぐこの軍用魔道具を大量生産しろ」

「ありがとうございます」

「それと軍用魔道具の運用した基本戦術について記した書類を提出するように」

「かしこまりました。それと恐れながらもう一つお願いがあります」

「なんだ?」

「今回の侵略に私と宮廷錬金術師数名を加えていただきたいです」

「いいだろう。これは貴様たちが開発した軍用魔道具だ。どのみち管理のために同行してもらおうと思っていたし問題はない。しかし、不思議なものだな。宮廷錬金術師はこういった戦争に出張るのを嫌っていたと記憶していたが……」

宮廷錬金術師たちは自分たちの価値を知っているが故に、危険の多い外には滅多なことで出たがらない。それなのに今回は進んで侵略に加えろというのがウェイスは不思議に思った。

「開発した軍用魔道具がどれくらいの殺戮を振り撒くのかこの目で見てみたいのです」

「……悪趣味だな」

そんな呟きを漏らすウェイスだったが、彼自身もこの軍用魔道具の振り撒くであろう死に興味を示しているのだった。

解雇された宮廷錬金術師は辺境で大農園を作り上げる

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