「ティーゼさん、こちらがカカオ豆の加工法になります」

「ありがとうございます」

メルシアがティーゼにカカオ豆の加工法を記した書類を手渡した。

もちろん、加工法は錬金術を使用しないやり方である。

集落で作ることができなければ、特産品にすることができない。

食生活を向上させるためにも、彩鳥族自身の手でしっかりと作れるようになる必要があると思った。

「すみません。やはり、錬金術を使用しないとこれくらいの時間がかかってしまいます」

乾燥、焙煎といった工程は、魔法や魔道具を駆使すれば短縮することは可能だが、それでも錬金術には敵わない。発酵に至っては錬金術がなければ絶対に短縮することができないものだからね。

「気になさらないでください。錬金術を使わなくても、加工できる方法を伝授していただけただけでもありがたいのですから」

書類から顔を上げると、ティーゼはにっこりと笑みを浮かべた。

なんていい人なんだろう。

「もし、この加工したカカオ豆が特産品となり、大きな利益を上げることができましたら利益の一部をイサギさんに納めさせてください」

「ええ? 別にそんなのいらないですよ?」

「ダメよ、イサギ! 貰えるものは貰っておかないと!」

なんて答えた瞬間、レギナに詰め寄られた。

「イサギさんが加工法を教えてくれなければ、私たちは食べることも作ることもできません。報酬を受け取るのはイサギさんの正当な権利です」

レギナやティーゼの言葉に同意するかのようにメルシアも頷く。

確かに何もかも無料で伝えたりしていれば、巡り巡って俺以外の錬金術師が困ってしまうかもしれない。手助けすることと、仕事として報酬を貰うことは別だ。

「わかりました。では、特産品となった時は受け取らせていただきます」

「イサギさんに恩返しできるように頑張ります」

今はまだ加工法がわかっただけで大量生産できるかもわからないし、特産品になるかも不明だが、俺たちが対等でいるためにも必要な約束だと思った。

「にしても、いつまでもカカオ豆を加工したものって言うのは面倒ね」

「今後のために何か呼びやすい名前があると助かります」

レギナ、ティーゼの視線がこちらに集まる。

これはもしかして俺に名前を付けろということだろうか? 

「……メルシアがつけて」

「私ですか!?」 

まさか任されるとは思っていなかったのだろう。メルシアがビクリと耳を震わせて驚いた顔になる。

「イサギ様が考えるべきでは?」

「食材に名前をつけるのは苦手だから……」

アイテムや魔道具ならともかく、こういった食材などの名前を決めるのは苦手だ。

これから彩鳥族の特産品になるかもしれないと思うと、ヘタな名前は付けられないし。

「……お願いします、メルシアさん」

ティーゼから真摯な視線を向けられると、メルシアが考え込む。

数分ほどすると名称を思いついたのか、メルシアはゆっくりと口を開いた。

「では、カカレートはいかがでしょう? カカオを加工し、最後にペーストすることからこの名前に致しました」

さすがはメルシアだ。俺みたいに直感でつけるんじゃなく、きちんと加工とも紐づけている。

俺には考えることのできないネーミングセンスだ。

「カカレート! いいね!」

「語呂もいいし、何よりわかりやすいわ!」

「では、今後はカカレートと呼ばせていただきます」

メルシアの考案したカカレートという名前は、全員に受け入れられることになり正式な名称として決定した。

「それでは私は集落の者とカカオを採取し、実際にカカレートを作ってみようと思います」

「実際に作業に入ってわからないことがあれば、私に相談してください」

「ありがとうございます! それでは!」

メルシアの言葉に頷くと、ティーゼは笑顔で空へ飛んでいった。

ティーゼが空から声かけると、それに呼応するように何人もの彩鳥族が空へ舞い上がった。

ティーゼをはじめとする彩鳥族の一団が砂漠へと向かっていく。

「あたしは今日も素材を採取すればいい?」

「いや、素材はもう十分かな。レギナには開拓を手伝ってもらうか、水道周辺に棲息する魔物の間引きでもお願いできたらと思うんだけど……」

「魔物を倒してくるわ!」

二つの提案をすると、レギナは迷うことなく後者を選んで走り出した。

単純な作業よりも外で暴れる方がいいらしい。

「さて、俺たちは本格的な品種改良に入ろうか」

「はい」

あっという間に北の山へ消えていくレギナを見送ると、俺とメルシアは工房に戻った。





作業場にやってくると、マジックバッグから取り出した小麦、ブドウ、ジャガイモを並べる。

この三つが集落で育てやすいといえる基本食材だ。

カカオとナツメヤシは既にラオス砂漠の環境に適応しているので、こちらに関しては成長力や繁殖力、美味しさといった改良を加えることになるので別対応となる。

まずは彩鳥族の食生活を支える三つの食材からだ。

「データはお任せください」

メルシアもペンと紙を手にしておりデータを取る準備は万端だ。

「じゃあ、始めるよ!」

ソフトツール、ウチワサボテン、炸裂ニードル、ナツメヤシ、カカオ、砂漠苺などの砂漠に自生する植物を参考に改良をしてみる。

これらの植物は長年ラオス砂漠に生息しており、過酷なこの環境に適応できている植物だと言えるだろう。

それらの因子を元にして、食材に組み込んでいけばラオス砂漠に完全適応した小麦、ブドウ、ジャガイモなどができるという推測だ。

三つの食材に錬金術を発動。

水分の蒸発を抑えるために葉を小さく、乾燥した空気に耐えられるように皮を硬く、水分を多く蓄えられるように茎を太くし、より多くの水分を吸い上げられるように根を深くしてみる。

すると、テーブルの上にあった三つの食材はボンッという小さな破裂音を鳴らして塵となった。

「やっぱり、いきなり大きな改良を加えると作物が保たないや」

「自壊してしまいましたね」

最初から上手くいくとは思っていないし、予想通りの結果なのでガッカリすることはない。

目の前で起こった現象を冷静に観察し、メルシアにデータを取ってもらう、

既存の作物にこれだけ多くの因子を組み込んでいるのだ。まったく違う因子を大量にぶち込まれて適合するはずがない。

いきなりまったく別の因子を組み込んで、それと同じに大変身とはいかないのだ。

データを取り終わると、新しい小麦、ブドウ、ジャガイモをテーブルに並べた。

「次は因子を少し減らしてみるよ」

加える因子をメルシアに伝え、先ほどよりも数を減らして因子を組み込んでみる。

すると、食材たちがひとりでに(うごめ)いたかと思うと、突如炭化したかのように真っ黒になり崩れ落ちてしまった。

またしても強い因子に耐えられなかったようだ。

これだけ強い自壊が見られるとなると、加える因子が強すぎる可能性が高い。

「次は因子を一つに絞って加えてみるよ」

「わかりました」

それぞれの食材に一つずつの因子を加えていく。

その中から耐えることができる食材が一つでもあれば、試しに土に植えて様子を見ようと思ったのだが……。

「……これでも自壊するのか」

加える因子の数を一つにしたというのにすべての食材が自壊してしまった。

「うーん、これは思っていた以上に難儀しそうだね」

「過酷な環境に適応している因子だけあって、因子そのものの強さが尋常ではないのでしょう」

メルシアの言う通り、因子そのものが強いのだろう。こんな結果は初めてだ。

「これは因子の強さを弱めた方がよさそうだね」

「はい。一つずつ試していきましょう」

既存のままでは自壊するのであれば、適合できるように弱めながら調整するしかない。

今回の品種改良も地道な作業になりそうだ。