錬金術による農業計画をティーゼに協力してもらえることになった俺たちは、早速と仕事に取りかかることにした。

長旅を終えたので休みたい気持ちはあるが時間は有限だ。

これだけ過酷な環境に適応できる作物を作ろうと思うと時間はいくらあっても足りない。

そんなわけで、まずは集落の周りにある土壌を調べることにした。

集落からほどよく離れた場所にある土に触れてみる。

「硬くて土が乾燥している」

手で掻いてみたところで掘ることはできない。足で蹴ってみると、僅かに地面が削れるくらいだ。

砕けた砂を持ち上げてみると酷く乾燥しており、パラパラと指の隙間から落ちていく。

「道具を使えば、何とか掘れるってくらいね」

傍ではレギナが背負っていた大剣をスコップ代わりのようにして土を掘っていた。

大事な武器をそんな風に扱っていいのだろうかと思ったが、道中でも地面に刺して背もたれにしていたりと豪快な使い方をしていたことを思い出した。

「普通に作物を植えても育たないことは確かですね」

「そうだね」

作物が育つ良い土の条件には根が十分に張れること、通気性と排水性が良いこと、保水性、保肥性に優れていることといったいくつかの条件があるのだが、ここの土はそれらを満たしていない。

一つや二つ足りないのであれば少しの工夫で何とかできるのだが、多くの条件が足りないとかなり難しい。

とはいえ、ここは砂漠地帯。元から土壌が農業に適していないのはわかっていたことだ。

作物を育てるのに絶望的な土壌だからといって諦めたりしない。

ティーゼもそんなことはわかっているのか、俺たちの正直な評価にガックリとすることもない。

「土が硬くて栄養がないのであれば、土を移したり、肥料を混ぜたりすれば何とかなるかもしれない」

「本当ですか?」

「ええ、錬金術をもってすれば不可能じゃありません。ですが、仮にここで作物を植えられたとして、育てるための水をどうするのかという問題があります」

俺の言葉にティーゼが顔色を明るいものにしたが、新しい問題点に顔色を暗くする。

「ティーゼさん、この辺りにある水源を教えてくれます?」

どれだけ作物に品種改良を重ねたところで完全に水を必要としない植物を作り上げることは難しい。

水が必要となる以上、作物を育てるのであれば水源に近い場所で行うのがいいだろう。

「先程のオアシスがもっとも大きな水源ですね」

やはり集落の周囲にはオアシス以外の水源がないようだ。

いや、完全にないと仮定するのは早急だろう。

「あちらの山には地下水脈などはないのでしょうか?」

俺は集落の北側に見える山を指さしながら尋ねてみる。

「今のところは発見できておりません」

「……今のところというのは?」

ティーゼの引っかかる物言いを聞いて、メルシアがさらに尋ねる。

「御覧の通り、我々の長所は機動力です。山や洞窟などの狭い場所では本来の能力を発揮できず、深いところまで調査できていないのが現状です」

自らの翼を広げながら語ってみせるティーゼ。

空間が広い砂漠では縦横無尽に飛び回ることができるだろうが、洞窟などの狭い場所ではそれを活かすこともできないだろう。

「それにあの山にはスパイダー種の魔物が多く生息しており、私たちと非常に相性が悪いのです」

「スパイダー種の魔物は糸を吐いてくるし、あちこちに罠を張ってるものね。それは彩鳥族と相性が悪いわ」

たでさえ狭くて機動力を長所としている彩鳥族にとって山の探索はかなり厳しいようだ。

それなら探索が進んでいないのも納得と言えるだろう。

「なら、オアシスの傍で作物を育てるのが一番なんじゃない? あれだけ豊かな水源があるんだし、そこで農業をやればいいのよ」

「そうなのですが、オアシスを占領するのには大きな危険が伴うかと」

「どういうこと?」

「過去に何度もオアシスの傍で農業を試してみたのですが、その度に水を求めてやってきた動物や魔物に邪魔をされてしまうのです」

砂漠で水を求めるのは俺たち人間や獣人だけじゃない。

生命線である水源を独占するというのは、この地で生きている動物や魔物にとって看過できないのだろう。

「だからオアシスの傍に集落がないのですね」

「はい。うちの氏族だけでなく、赤牛族の近くにあるオアシスでも同じはずです」

基本的に人間は水源の近くに拠点を作り、そこから集落、村、街へと発展させていく。

水が手に入りにくく貴重なラオス砂漠に住んでいる彩鳥族が、どうしてオアシスから距離がある場所に住んでいるのかを不思議に思っていたが、そういった生態系を考慮しての位置取りだったらしい。

「えー、それじゃどうやって水を確保するのよ?」

「水を生み出す魔道具を俺が設置するっていう方法はあるね」

「イサギさんは水を生み出す魔道具を作ることができるのですか!?」

打開策の一つを述べた瞬間、ティーゼが目の色を変えて詰め寄ってきた。

ティーゼの顔が近い。

彩鳥族の衣服は空を飛ぶことを優先しているせいか布面積が小さく露出が多い。そのせいか近づかれると胸元やおへそなどの部分がもろに見えてしまうわけで、どこに視線をやっていいかわからなくない。

引き離そうにも露出した肌に触ってしまうことになるわけで。

「落ち着いてください、ティーゼさん。イサギ様が困っています」

メルシアが引き離しながら言うと、ティーゼはハッと我に返って小さく頭を下げた。

「も、申し訳ありません。砂漠で生きる私たちにとって水不足は常に付きまとう悩みだったので」

「いえ、お気持ちはわかりますので」

水不足に悩まされる彩鳥族にとって、水をいつでも生み出せる魔道具というのは喉から手が出るほどに欲しいのだろう。

「とはいえ、水の魔道具を設置したところでエネルギー源となる水魔石がここでは入手できないのが難点ですね」

ラオス砂漠のような乾燥した砂漠地帯には水の魔力を宿した魔物はおらず、水魔石を手に入れることができない。

「水魔石については獣王都から輸出することも可能よ」

レギナがそう言うということは、王家として支援することができるのだろう。

「水源についてはそれも一つの案だけど、できれば魔道具に頼らない形も目指したいね」

「魔道具に頼るのはダメなのでしょうか?」

「大きな理由は二つあります。一つはラオス砂漠の環境に耐えきれず魔道具が壊れてしまう可能性が高いことです」

ラオス砂漠は日中の気温が五十度を超え、夜になるとマイナス二十度にまで冷え込む。

改良して魔道具の耐久値を上げたとしても、その寒暖差によってダメになる可能性が高い。

さらに恒久的に漂う砂塵が魔力回路に入り込んで故障するという懸念性もある。

とてもではないが、長期的に考えるのであればメンテナンスができる錬金術師は必須だ。

「これについては錬金術師を派遣できれば解決するのですが……」

レギナに視線をやって問いかけてみると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

「無理ね。獣王都でも錬金術師が不足しているくらいだから。できたとしても短期間の派遣になるし、イサギの作った魔道具をメンテナンスできる技量があるかも怪しいわ」

獣王国ではそもそもの錬金術師の絶対数が少ない様子。帝国のように錬金術師を辺境にまで派遣するというのは無理があるのだろう。

そもそも獣人というのは魔法適性が低い種族だ。

人間族のように技術面で劣ってしまうのも仕方がない。

俺がずっといてやれればいいのだが、俺にはプルメニア村という帰るべき場所もある。それに錬金術師として他にやりたいことがまだまだあるので、ここで滞在するという覚悟は持てなかった。

ティーゼもそれがわかっているのだろう。そのことに関して無理に何かを言うことはなかった。

「そして、二つ目の理由ですが魔道具が壊れてしまえば農業が立ち行かなくなってしまうことの危うさです」

「魔道具が壊れたので一か月は使えませんなんてことになれば、作物が干上がってしまいますからね」

「理想としては魔道具が壊れてもカバーできるように、どこかから水を引っ張ってこれるのがいいんだ」

魔道具が故障したとしても第二の水源で耐え忍ぶことができる。

プルメニア村にある大農園のように、俺がいなくても作物を育てていけるみたいな形が理想だと思う。

「じゃあ、オアシスから集落まで水を引っ張るってのはどう?」

「それはちょっと難しいね。オアシスと集落までの距離が遠い上にずっと平地だから。その上、砂漠には魔物も多くいるし、地中に導管を作ろうにも壊されると思う」

ここにやってくるまで地中を潜行する魔物に何度遭遇したことか。あのような魔物が闊歩していれば、なにかしらの道具を設置したところで壊されてしまうだろう。

「では、イサギさんはどのようにすればいいとお考えですか?」

「北の山に水源があれば完璧だと思います。もし、あそこに水源があれば、傾斜を利用して楽に水を引っ張れますから」

ここから見えている山と集落には高度の差があるので水源を見つけて、後はちょっと錬金術で手を施せば楽に水が流れてくるだろう。オアシス周辺のような砂漠とは違い、岩礁地帯なために地中に魔物が潜んでいる可能性も少ない。

「水源を見つけるというのは、かなり大変なのではないでしょうか?」

「錬金術で地層を読み取り、聴覚に秀でた三人がいれば探せる範囲はかなり広くなります。ある程度、潜ってしまえば、山一つくらいはあっという間に調査できます」

錬金術師がいれば、鉱脈の探査だけでなく水源の探査も楽ちんだ。

「だったら水源調査に向かいましょう! 水源がなかったらその時はその時よ!」

レギナの言葉に俺とメルシアは頷いた。

「私も同行いたします。洞窟内での戦闘力は落ちますが、地形がわかる範囲までなら力になれるはずです」

山の内部がどうなっているかわからない以上、ティーゼの提案は非常に助かるものだった。

「ありがとうございます。では、水源の調査に向かいましょう」

「ええ」

そんなわけで俺たちは集落の北側にある山に向かうことにした。