スコルピオを倒した俺たちは、ゴーレム馬に乗って砂漠の中をひたすらに西へと進む。

そんな中、先頭を走っているレギナが半ばやけくそ気味に叫んだ。

「暑い!」

「……本当に暑いね」

時間が経過するにつれて太陽はぐんぐんと上昇しており、周囲の気温はドンドンと上昇している。

空気が乾燥しているせいか、もはや殺人的といえるほどの熱気だった。

さらに気が滅入るのが、この代わり映えしない風景。

最初は美しい黄土色の砂と澄み渡る青い空に目を奪われていたが、こうも景色に変化がないとありがたみも薄れてしまうわけで、砂漠地帯に足を踏み入れた時のような感動は既に失せていた。

せめて動物でもいてくれれば、遠目に観察するだけで暇つぶしにもなるのにな。

「メルシアは大丈夫?」

「暑いですが、問題ありません」

振り返りつつ尋ねると、メルシアもややげんなりとしている様子だった。

いつもは涼しげな顔で過ごしているメルシアでさえ、このような状態なのだ。いかにラオス砂漠の気温が高いかわかるだろう。

「いつでも水分補給ができるように水を渡しておくよ」

ゴーレム馬を走らせながら俺はレギナとメルシアに水筒を放り投げると、二人は器用にキャッチしてみせた。

「水ならまだ残ってるけど?」

水筒を手にしたレギナが怪訝な顔をする。

「それはただの水筒じゃなくて魔道具なんだ。内部に水と氷の魔石が内蔵されていて、飲んでも自動的に魔石が水を供給してくれるから残量を気にしなくてもいいし、氷の魔石が冷やしてくれるから美味しいよ。まあ、別にいらないって言うなら返してもらっても――」

「いる!」

魔道具の説明をすると、レギナが絶対に離すものかと言わんばかりに抱え込んだ。

まあ、それだけ気に入ってくれたのなら別にいい。

「早速、飲ませてもらうわね」

「どうぞ」

レギナとメルシアが早速と水筒の蓋を開けて水を飲んだ。

「ぷはぁ! 冷たくて美味しい!」

「この魔道具があれば、暑さは何とかしのげそうです」

心地よさそうな顔で息を吐くレギナとメルシア。

こくこくと水を飲み続ける二人を見て、俺も魔道具の蓋を開けて水分補給。

心地良い冷たさの水が口内を満たし、喉の奥へと通り過ぎる。

乾燥していた口内が一気に潤い、身体の内側から清涼感が広がった。

「ただの水がこれほど美味しいと思えたことはないね」

水分補給だけじゃなく、気力さえも回復していくようだ。

「わっ、冷たっ!」

ちびちびと冷たい水を味わっていると、前から水の飛沫が飛んできた。

視線を向けると、前を走っているレギナが水筒を逆さにして頭から水を被っていた。

「あっ、ごめんね?」

謝りはするもののレギナは水浴びをやめるつもりはないようだ。

俺とメルシアは飛沫がかからないように後ろを走るのをやめて、横一列に並ぶことにした。

横目には冷たい水を浴び続けるレギナが見える。

「あの、服が透けてるんだけど……」 

頭から被っている水はジャケットだけでなくシャツにもかかっており、ピッタリと肌に張り付いている。クレイナ譲りの豊かな胸元やキュッとくびれて腰からお尻へのラインが丸わかりで目のやり場に困る。

「どうせすぐに乾くから気にしないわ」

レギナは自らの身体を確認するが、特に恥じらう様子もなく毅然と言った。

だからといってガン見しようとすると、メルシアから怖い視線が飛んでくるので不躾な視線は向けない方がいいな。

「そろそろ昼食にいたしましょう」

「そうだね。お腹も空いてきたし」

「賛成」

メルシアの提案に誰も異論などはない。

メルシアはバックパックから包みを取り出して俺とレギナに渡してくれた。

「一旦、馬を止める?」

「昼食ならば既にご用意しております。イサギ様、マジックバッグからバスケットを取り出していただけますか?」

「わかったよ」

メルシアに言われてマジックバッグを漁ってみると、見覚えのないバスケットが入っていた。

恐らく、メルシアがなにかしらの食事を詰めて入れたのだろう。

「移動しながらでも食べられるようにサンドイッチをご用意しました」

蓋を開けてみると、中には色とりどりのサンドイッチが入っていた。

「確かにこれなら移動しながらでも食べられるや」

サンドイッチであれば片手で食べられるので、ゴーレム馬を走らせながらでも問題なく食べられる。

貴重な移動時間を潰すことなく食事が摂れるので効率的だな。

「早くサンドイッチをちょうだい!」

「はいはい」

よだれを垂らさんばかりの勢いのレギナにサンドイッチを渡し、メルシアにも渡す。

早速、レギナがサンドイッチを頬張る中、俺もサンドイッチを食べた。

「あっ、アウルベアーの肉が挟まってる!」

「甘辛いタレと肉がよく合ってるわ!」

アウルベアーの力強い旨みは冷めてからも衰えることはなくジューシーだった。

やや濃いめのように感じられるが、汗を大量に流している今の状態ではむしろちょうどよかった。

恐らく、砂漠に入って大量に汗をかくことを想定しての味付けだろう。さすがはメルシアだ。

そして、影の主役といえるのが葉野菜。シャキシャキとした小気味のいい食感、それに加えて仄かな甘みと爽やかな水分。うちの農園で作ったものだからこそ調和がとれていると言えるだろうな。





「肌寒くなってきましたね」

「太陽が落ちてきたせいだね」

日中、あれだけ俺たちを苦しめていた太陽の光はすっかりと弱まり、空気がヒンヤリとしたものに変わった。ゴーレム馬に乗って走っていると、冷たい風に(さら)されて寒さを覚えてしまうほど。

「今日はこの辺りしましょうか」

「賛成」

これ以上は魔物の活性化する夜になってしまう。

完全に暗くなってしまう前に野営の準備をするべきだろう。

「本当なら野営に適した場所を探さないといけないんだけど……」

「錬金術で作ったから問題ないよ」

というか、既に錬金術で組み立ててしまった。

「昨日よりも作るのが早いわね?」

「一度組み立てたものだから」

順番通り組み上げるだけなので早いのは当然だ。

ゴーレム馬を回収し、見張り用のゴーレムは解き放つと、俺たちは念入りに砂を落として拠点の中に入った。

靴を脱いでスリッパを履くと、マジックバッグに収納していた家具を並べていく。

それだけで昨日過ごしていた拠点と同じ光景が出来上がった。

「夕食の準備をいたしますね」

「俺も手伝うよ」

「いえ、イサギ様はお身体を休めておいてください。明日も一日中移動があるのですから」

どうやらメルシアには俺が疲れていることなどお見通しらしい。

獣人である二人と違って俺は体力が低いのだ。ここで無理に手伝いを申し出て、明日の移動で迷惑をかけるよりも大人しくしている方がいいな。

「……ありがとう。お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」

台所に移動するメルシアを見送って、俺はソファーに深く腰かけた。

すると、部屋の隅に大剣を置いたレギナもソファーに腰かけた。

「…………」

「あたしが料理できると思う?」

俺の視線の意味を理解したのか、レギナが言ってくる。

「そうだよね。第一王女だもんね」

「レギナ様もくつろいでくださって大丈夫ですよ」

「ありがとう!」

気さくに会話してくれるのでつい忘れていたが、レギナは第一王女だ。

身の回りの世話は大勢の使用人がやってくれるだろうし、料理だって専属の料理人がいる。

まともに料理をした経験などないだろうな。

「夕食はアウルベアーのステーキがいいわね」

ソファーの背もたれに寄りかかるようにしてレギナがリクエストを述べる。

「申し訳ありません。昼間のサンドイッチでアウルベアーのお肉はなくなってしまいました」

「ええー! 美味しかったのに残念!」

かなりの量の肉があっただけに僅か一日でなくなってしまったことに驚きだ。

俺もアウルベアーのお肉は気に入っていただけに、もうなくなってしまったことが残念だ。

「じゃあ、夕食はスコルピオのお肉なんてどう?」

マジックバッグからずるりとスコルピオを取り出すと、レギナがギョッとした顔になる。

「スコルピオ!? 毒があるけど大丈夫なの!?」

「スコルピオの毒は神経毒だから食べても問題はないよ」

「どういうこと?」

「針で体内に注入されて初めて毒の効果が発揮されるのであって、普通に口から入っても毒にはならないんだ」

むしろ、口から取り入れると薬となると言われており、元気になる栄養素がたくさん含まれているくらいだったりする。とはいえ、スコルピオには細菌や微生物が付着しているから加熱なんかの処理はしないといけないけどね。

「へー、知らなかったわ。イサギはよく知ってるわね」

「解毒ポーションを作るためには、毒について知っておかないといけないからね」

解毒する毒についてわからなければ中和するポーションを作れるわけがない。錬金術師にとって薬学は必須の知識と言えるだろう。

「毒なら食べるのは問題ないとして味はどうなの?」

「さすがにそこまではわからないかな」

さすがに錬金術師の目を持ってしてもその味までは解き明かすことができない。俺にわかるのはこれが食べられるということだけだ。

「他に食料はたくさんあるし、やめとく?」

俺は孤児だったのでこういった節足動物や昆虫といったゲテモノっぽい食べ物にも慣れているが、レギナは第一王女だ。こういったものを口にすることに慣れていないだろう。

マジックバッグの中に普通の食料はたんまりとあるので、別に無理をしてスコルピオを食べる必要はない。

「いいえ、食べるわ」

「本当に大丈夫?」

「大樹で生活していると、こういうのを食べる機会ってないもの!」

物怖じしない性格だと知っているが、こういった食事方面でも肝が据わっているようだ。

「わかった。無理だと思ったら遠慮なく言ってね? 食料は他にもあるから」

「ええ、その時はお願いするわ」

夕食はスコルピオを食べてみるということになり、メルシアがスコルピオを手にして台所で調理を始めるのだった。