イサギが獣王ライオネルの来訪を受けてしばらく――
レムルス帝国では深刻な食料不足に苛まれていた。
それは各地で見舞われた凶作のせいだ。
凶作は獣王国だけでなく、帝国を含める世界各地で被害を受けており、例年よりも激しい食料生産の落ち込みを見せていた。
「食料生産の施策を却下し、軍事に費用を注いだ余の決断を責める声も多く上がっている。早急に何とかする必要があるぞ」
イサギの研究を当てにしていたウェイスは、ここ数年食料生産案が出ていたにもかかわらず権力によるゴリ押しで却下し、軍事に力を注いでいた。
その結果、民の生活や保障や施策に力を入れていなかった国内は、生活の防波堤機能がまったく機能せず、既に各地で多くの餓死者を出している状態となっている。
凶作というどうしようもないことだとはいえ、間接的に現状を引き越した当事者の原因としてされていた。
このままさらなる被害を増大させてしまえば皇位継承権にも響く可能性が高く、ウェイスは焦っていた。
「ガリウス、なにか良案はないか?」
「申し訳ございません。早急に効果のあるものはありません。ですが、気になる情報を耳に入れました」
「それはどんな情報だ?」
ガリウスの返答に落胆しかけたウェイスだが、後半の言葉を聞いて瞳に好奇の光を宿す。
「広い範囲で起こっている凶作ですが、なぜか隣国の獣王国では大した食料が不足していないのだそうです」
「それは獣王国自体が凶作に見舞われなかったということか?」
「いえ、獣王国も凶作に見舞われたようですが、食料不足にはなっていないようなのです」
「一体なぜだ?」
帝国同様に凶作に見舞われているのであれば、国内で食料不足になっていないのはおかしい。
ウェイスが首を傾げる中、ガリウスは待ってましたとばかりに深い笑みを浮かべた。
「調べましたところ、どうやらプルメニア村にあるイサギ大農園から大量の作物が供給されているようでした」
「ほう? それはどこかで聞いた名前の農園だな?」
「間違いなくイサギかと」
イサギが独自に研究を行っていた作物の品種改良と、突如獣王国に出現したイサギ大農園という大量の作物供給地。
その二つを聞いて聞き、完全にイサギの関与があるとウェイスは確認した。
「奴の研究とやらが完成しているのであれば、凶作に影響されず、あり得ない速度での作物を生産できるのも納得ということか……」
「はい。ウェイス様にご提案なのですが、獣王国にあるイサギ大農園を侵略すれば良いかと」
「なるほど。余、自らが指揮を執り、イサギ大農園を奪い、その作物を帝国内に供給すれば、軍事費拡大の件について大きく責められることはないか……」
思い立ったようにウェイスはテーブルの引き出しから、帝国周辺の地図を広げてみせる。
「幸いにしてプルメニア村とやらは、帝国からほど近い場所にある辺境。侵略するのも容易いな。貴様にしてはいい考えではないか」
「ありがとうございます」
ウェイスの労いの言葉にガリウスは深々と頭を下げた。
「そうだ。我ら帝国は侵略によって拡大を繰り返してきた大国。食料が足りないのであれば、よそから奪えばいい。食料生産施策をああだこうだと考えるよりも簡単ではないか」
それが古来からの帝国のやり方。
歪な国であるが、それで大成している国だった。
活路を見出し、ウェイスが高笑いをする中、傍で佇むガリウスはほの暗い笑みを浮かべていた。