レムルス帝国を退けることに成功した俺たちは、プルメニア村へと帰還した。

獣王軍を伴っての帰還にプルメニア村に残っていた人は驚いていたが、ケルシーやメルシア、ラグムント、リカルドといったお馴染みの面子を見ると安心したのか続々と家から出てきた。

帝国を撃退したことを聞くと、村人たちは大いに勝利を喜び、抱き合った。

相手はこちらの何十倍もの戦力を誇る大国。獣王軍が途中から駆けつけてくれたとはいえ、たった一つの村がそれを跳ね除けたというのだからこれは歴史的快挙と言えるだろう。

俺も今でも生き残っているのが信じられないくらいだ。

しかし、村人の中には純粋に勝利を喜べないものもいた。

それは今回の戦で亡くなってしまった戦士の家族だ。

レディア渓谷で有利になるように防衛拠点を築き、できる限りリスクを犯さないように戦っていたが、時には前進して帝国兵の戦力を削ったりと、魔力大砲を撃たせないように敵の注意を引き付ける必要性があり、俺たちは何度か帝国兵と接敵した。

その時に犠牲になってしまった者が二桁ほど。

数万もの戦力を誇る帝国を相手にしたとは思えないほどの少ない数であるが、死傷者が少なくて良かったとはならない。大切な人を失った人からすれば、引き裂かれるような痛みだろう。

だが、それでもプルメニア村の人たちは強く前に進むことを選択した。

死傷者を速やかに回収すると、丁重に墓を作って弔った。

死者に埋葬が済むと、プルメニア村の人たちは避難している人たちを呼び戻した。

ひとまずの戦が終わった以上はこれ以上の避難生活を続ける必要もない。

そんな感じでプルメニア村には少しずつ避難していた人が戻ってきて、いつもの日常が戻りつつあった。

しかし、それで終わりとはならない。

俺たちの手元には帝国の第一皇子であるウェイスがおり、つい先日攻め込まれてしまったばかりなのだから。

そのことについて考えるべく、ライオネル、レギナ、俺、ケルシー、メルシアといった村の中心人物が話し合うべくケルシーの家で話し合うことに。

「ライオネル様、この後の動きはどうなるのでしょう?」

ケルシーが尋ねると、ライオネルが難しい顔をして腕を組む。

「むうう、帝国の第一皇子を捕らえていることだ。今回の戦について帝国に確認し、交渉をする必要があるだろう」

「皇族が捕らえられたことで奪い返しにくる可能性もあります」

「そうなるとまたすぐに戦争になる可能性があるというわけですか?」

「あくまで可能性の話だ。皇子が捕虜にいる以上、帝国も迂闊な報復行動には出ないだろう」

ウェイスは第一皇子であり、皇位継承権も一位とかなりの地位にいる男だ。

いくら帝国でも捨て駒にするには惜しいはずだし、外聞も悪過ぎるだろうか。

「とはいえ、今後攻め込まれることを想定して備える必要があるわ」

「ああ、当分の間は俺もここを離れるつもりはない。それに獣王軍の戦力の半分はここに駐留させておきたい」

「それは大変心強いのですが、獣王軍の方々に泊まっていただく場所が……」

プルメニア村は小さな辺境の村だ。数万もの獣王軍の戦士を養えるだけの建物がない。

「それなら今回の戦争でイサギが作った砦を修繕して使うのはどう?」

どうするか唸っていると、レギナがそんな提案をする。

なるほど。戦争の時に使った砦を改良すれば、そこが戦士の詰め所となるだろう。

「名案だな。イサギよ、できるか?」

「可能です。できる限り、多くの獣王軍が駐留できるように改良も致します」

「助かる」

「砦に収まらない人員はミレーヌをはじめとする周囲の街や村に分散させることにしましょう」

「そうだな。そのように進めよう」

「それとイサギさんにもう一つお願いがあるのです。駐留する戦士たちの食料を大農園から援助してもらえないでしょうか?」

ライオネルの傍らに座っているケビンが尋ねてくる。

確かにこのような辺境で獣王軍の食料を賄おうとするとかなり大変だ。

「もちろんです。獣王軍の方には村を救っていただいた恩があるので農園の食材は無料で提供いたします」

「いや、すべて無料というのはだなぁ」

などと渋ってみせるが、戦士たちの食費を考えると頭が痛いのか複雑そうな顔をする。

恩があるのですべて無料にしてあげたいのだが、ライオネルにも面子というものがあるのだろう。

「では、イサギ様に支援していただいた素材の金額分は無料というのはいかがでしょう?」

「なるほど。それなら貸してもらった分を返す形になるから自然だね」

メルシアの名案に俺は同意するように頷いた。

俺が急いでプルメニア村に帰還する前に、ライオネルは錬金術に使えそうな素材を片っ端から用意して渡してくれた。それらを無料で貰った恩があるので、今回の食料の費用に充ててしまえばいい。そうすれば、ライオネルの面子も立つだろうし、互いに大きな負担を負うこともない。

「そうだな。そうしてもらえるとこちらとしては非常に助かる」

「では、そういうことに致しましょう。正式に書面としてしたためますね」

互いの状況を考えた上で上手い落としどころを見つけてくれた。さすがはメルシアだ。

そんな風に慌ただしい生活を送っているうちに避難していた村人たちが戻ってきて、プルメニア村は以前と変わらない生活が戻ってきた。

俺もレディア渓谷の砦の修繕と改良が終わると、いつも通りに大農園で野菜を作りながらのんびりと作りたい魔道具を作る日々だ。

「うおおお! これがイサギの作った大農園か!」

「ここにある全てが農作物だなんて素晴らしいです!」

直近で変わったことと言えば、キーガスやティーゼをはじめとする赤牛族と彩鳥族の人たちが、農園の仕事を手伝ってくれているところだ。

元々、こちらにやってきて農業を学びたいと言っていた彼らは、戦が終わっても帰ることはなくそのまま村に泊まって農業を学ぶことになった。

今日は記念すべく大農園の見学会。

ネーアやラグムント、リカルドをはじめとする従業員たちが、赤牛族や彩鳥族の人たちを案内してくれている。

獣王軍が駐留することになって農園の生産量を増やす必要があったので、彼らが手伝ってくれるのはこちらとしても嬉しい話だった。

こちらは労働力を確保でき、彼らはお金を稼ぎながら技術を学ぶことができる。互いにwinwinな関係と言えるだろう。

それにしてもこうやって皆で農園に集まることができると、改めていつもの日常が戻ってきたんだと実感できる。

「イサギ様、どうかされましたか?」

トマトを収穫しながら農園の景色眺めていると、メルシアが横にやってくる。

手を止めてボーッとしていたので気になったのだろう。

「こうやっていつもの日常を見ることができてよかったなって」

「そうですね。色々とありましたが、無事にイサギ様とこの村に戻ってくることができてよかったです」

「……身体の方は大丈夫?」

「はい。イサギ様に適切な処置をしていただけましたから」

「ポーションで治癒したとはいえ、疲労は残っているんだよ?」

「理解しております。ですが、程々に動いておかないと落ち着かないのです」

「無理はしないようにね」

「もちろんです」

まあ、ずっと大人しくしているのも身体に悪いし、程よく動かすくらいであれば問題ないか。

「どうしたの?」

「傷が綺麗さっぱりと治ってしまったのが残念だなと思いまして。これでは傷物になったのでイサギ様に責任を取ってくださいなんて言えませんね」

肩や腕の辺りを擦りながら恥ずかしそうに呟くメルシア。

異性との恋愛に乏しい俺だが、さすがに彼女がどのようなことを意図して言ったのか何となく理解できた。

「あ、えっと……そんなことがなくても責任を取るつもりというか……」

「え?」

そんな返答をすると、メルシアがきょとんとした顔になる。

素直に気持ちを伝えるなら今だ。

「メルシアが俺を庇って傷付いた時に気付いたんだ。俺にとってメルシアの存在がどれだけ大事だったかってことに」

メルシアは俺が帝国にいた時からずっと傍にいてくれた。

錬金術で人々の生活を豊かにしたいという思いに賛同してくれ、メイドとして身の回りお雑用をやってくれただけでなく、助手としても錬金術の補佐をしてくれた。

ガリウスをはじめとする貴族に嫌がらせをされても、メルシアが傍にいてくれたから平気だった。孤独じゃなかったから、同じ想いを抱いている人がいたから堪えられた。

過酷な仕事を振られてもメルシアが手伝ってくれたから何とかやり遂げることができた。

宮廷錬金術師を解雇されても離れることなく、プルメニア村に移住しようと誘ってくれた。

プルメニア村に住むことになってもメルシアはメイド兼助手をやめることなく、ずっと傍にいて支えてくれた。

今、こうして俺がここにいられるのは紛れもなく彼女のお陰だ。

「辛い時も悲しい時も倒しい時も一緒に乗り越えてきたメルシアだからこそ、この先も一緒に過ごしたい。だから……その、これからは恋人になってくれませんか?」

「…………」

「え? まさかの無言!?」

俺としては一世一代の告白だったのだが、まさかの返事無し。


「イサギ様、今のお言葉も大変素敵なのですが、私としてはもう少し直接的な言葉を聞きたいです」

「え!?」

直接的な言葉ってなんだ? 前半の言葉が堅苦しいからもっと短く纏めろってことかな?

「違います。イサギ様のシンプルな気持ちが聞きたいのです」

グルグルと思考していると、メルシアが不満そうな顔で頬を突いてきた。

……俺のシンプルな気持ち?

「メルシアが好きです。だから、付き合ってください」

「はい! 喜んで!」

なんていってみると、メルシアが嬉しそうに笑って抱き着いてくる。

俺はなんとか身体を受け止めるが、メルシアの勢いが強くて尻もちを突いてしまう。

理由もへったくれもないシンプルな言葉だが、メルシアが求めていた言葉らしい。

確かにさっきの言葉は堅苦しいし、好きっていう言葉が抜けていた気がする。

「本当にいいの? 俺はメルシアよりも弱いけど……」

「強さなど関係ありません! イサギ様は私が守るので関係ないです!」

獣人の男は強い者が好まれると聞いたが、メルシアにとって異性に求める者は強さではないらしい。

女性なのに、むしろ男を守る宣言。うちのメルシアは実に頼もしい。

そうか。初めからそういう嗜好をしていれば、彼女が俺の傍にいてくれるわけがないか。

「ありがとう。単純な強さではメルシアを守ることができないかもだけど、俺にしかできないことでメルシアに幸せにしてみせるよ」

俺には錬金術がある。単純な戦闘で役に立つことは難しいが、これからも美味しい作物を作ったり、生活に便利な魔道具などを作ったりとして彼女を支えよう。

そんな決意を表明すると、こちらを見つめていたメルシアが顔を近づけてそっと唇を重ねてきた。驚きつつも俺は彼女の唇を受け入れる。

程なくして唇を離すと、二人して顔を真っ赤にする。

生まれて初めてキスをしてしまった。

大好きな人とキスをすることがこんなにも心地いいとは思わなかった。

もう一度してみたい。

メルシアも気持ちは同じだったのか、ゆっくりと顔を近づけてくる。

が、不意に誰かがこちらを覗いている気配があった。

二人して顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべているネーアがいた。

「にゃー! メルシアとイサギがこんなところでラブラブしてる!」

「ちょっと、ネーア!?」

「皆、聞いて聞いて! メルシアとイサギがついにくっ付いた!」

「ネーア! 言い触らすのはやめてください!」

走りながら大声で叫ぶネーアをメルシアが顔を真っ赤にしながら追いかけていく。

色々と空気が台無しだが皆のいるところでキスをしてしまった俺たちも悪いか。

今後、帝国と全面戦争になるのか、それとも講和の余地があるのか。

ライオネルとしては賠償金を貰い、停戦協定を結びたいと考えているが、すべては帝国の動き方次第となるだろう。

国同士のことは偉い人同士が何とかするだろうし、ただのしがない錬金術師でしかない俺が何かをやれるわけじゃない。

俺は解雇された宮廷錬金術師であり、今はプルメニア村のしがない錬金術師。

皆と一緒に大農園を運営しながら、これからも人々を豊かにするために錬金術を使おう。

自分のやりたいことや、やれることを大切な人たちとやるだけだ。

それが俺の理想の生活。錬金術師のスローライフだ。