魔道具を破壊するには魔石ではなく、魔力回路を破壊する方がいい。

あれだけの出力を誇る魔石を用意するのは、それはそれで大変であるが、逆に言えば

取り換えるだけで済む。しかし、魔力回路はそうはいかない。

魔力回路はもっとも少ない力で最高率の魔力を供給できるかを錬金術師が練りに練り、多大な魔力と時間をかけて作り上げるものだ。この規模の魔力回路となると、かなり緻密に回路が組まれていることだろう。

そのような工程で作り上げられたものをすぐに修理することは不可能だ。

恐らく、宮廷錬金術師が束になっても一週間はかかるだろう。

だから魔石を破壊するより、魔力回路を壊される方が錬金術師にとっては致命的なのである。

故に錬金術師は魔力回路の破壊を一番に警戒している。いくつもの魔力回路を重ね、つなげ合わせて、どこかに異常をきたしても機能を発揮するように。

しかし、どのような魔道具であっても完全なものを作るのは不可能だ。

どこかに中枢部分となる魔力回路があるはずだ。確実に破壊するにはそれを見つけては買いする必要がある。

中枢部分はどこだ? 闇雲に探っては時間がかかる。製作者の意図を考えろ。

これだけの規模の軍用魔道具を作るのが得意だったのは錬金術師長。

用心に用心を重ねる彼の性格からして表面にあるものは、すべてダミーだろう。

一見して繋ぎにしか見えないこの小さな魔力回路が本命という可能性が、彼の性格からすると高い。

「――あった」

試しに範囲を絞って探ってみると、予想通り何の変哲もない小さな魔力回路が中枢を担うものであった。

他のものは替えが効くが、これだけは壊されてしまえば替えが効かない。

俺の錬金術師としての知恵と経験がそう告げている。

壊すのはこれだ。

「そこのお前、何をしている?」

壊すべき回路を見つけた瞬間、後ろから声がかかった。

ゆっくりと振り向くと、錬金術師課を統括していた元上司のガリウスがいた。

げっ! という言葉が喉まで出そうになったが何とか堪えた。

やや疲れの見える表情をしているが高圧的な態度は変わっていないな。

「先程の発射で魔力回路に負担がかかっていないか確認をしておりました」

「確認作業なら先ほど終わったと聞いたはずだが?」

「ええ、終わっています。後は砲身の自然冷却を待つだけで何も問題もないので勝手に触らないでください」

ガリウスの傍には錬金術師長もいる。

とはいっても、平民である俺はほとんど会話をしたことがない。

向こうも俺に興味はなかったようなので覚えていないはず。

「出過ぎた真似をいたしました」

ここは一旦引き下がって、彼らがいなくなったタイミングで魔力回路を壊そう。

「……待て」

「なんでしょう?」

下がろうとしたタイミングでガリウスが声をかけてきた。

「貴様、どこか見覚えのある顔をしているな?」

今度は何を言われるのかと思ったタイミングでそんな言葉を投げられたものだからドキッとしてしまう。

マズい。ここれでバレてしまえばハチの巣だ。

バレるのであれば、せめて魔力回路を壊してからにしないと。

などと考えるが、まずはここを逃れることが先決だ。

焦りを出せないように意識して表情を繕う。

「そうでしょうか?」

「その顔つき、髪型、背丈、少し前に解雇してやったイサギにそっくりだ」

「というか、カラーリングつけてるので髪色や目の色は偽装です。多分、こいつは本物のイサギですよ」

「「ッ!?」」

ガリウスが確証を持てない中で傍に控える錬金術師長が呑気に言った。

見た目は誤魔化すことはできても、装備しているアイテムを誤魔化すことができない。

くっ、そこを考えるべきだった。

「貴様! イサギか!?」

ガリウスの誰何の声には答えず、俺は魔力大砲の核となる魔力回路へ強引に魔力を流し込んだ。

起動していない状態で行き場のない魔力をねじ込まれたせいか、回路内で魔力が暴発。

魔力回路が砕けてショートする。

「ああああああああああああああああああああ!」

そんな光景を見て、錬金術師長が悲鳴を上げる。

彼は慌てて魔力大砲へ近づくと、内部の魔力回路を確認し始める。

周囲にいる宮廷錬金術師や兵士は何が起こったのか付いていけていない。

「あいつ、よりによって中枢を担う魔力回路を壊しやがった! 人間のやることじゃない!」

「こっちも錬金術師だからね。錬金術師が何をされたら嫌がるのかはわかってるさ!」

俺はそんな捨て台詞を吐くと、背中を向けて一目散にメルシアたちのいる方へ。

「なにをしている兵士共! そいつは賊だ! 取り囲んで殺せ!」

状況に気付いているガリウスが指示を出すと、動揺していた兵士たちが慌てて追いかけてくる。

仮に部下だった者を躊躇なく殺そうとするとはドン引きだよ。

まあ、こっちも間接的ではあるが大勢の帝国兵を殺めているし、今さら手加減してもらえるわけもないか。

リカルドの待機している穴目掛けて走ると、騒ぎを聞きつけたのかテントから帝国兵が出てくる。

「ふふふ、油断したな! 我が剣の錆に――ごはっ!?」

真正面から突然やってきた帝国兵に驚いていると、横からメルシアがやってきて殴り飛ばしてくれた。

「メルシア!」

「魔力大砲は?」

「破壊した!」

「では、撤退を!」

「ああ!」

目的を達成したのであれば、これ以上ここに留まる必要はない。

後は全員が無事に砦へと戻るだけだ。余計な言葉は無用だ。

「その錬金術師と獣人の娘を捕まえろ! 帝国の裏切り者だ!」

ガリウスの大声に反応し、あちこちのテントから帝国兵がやってくる。

後方に控えていた兵士はかなり多い。

メルシアが必死に殿を務めてくれるが、怒涛のような勢い取り囲まれそうになるが、どこからともなく投げ込まれた魔石爆弾が帝国兵たちを襲った。

「二人とも早くこっちに!」

「ありがとう!」

作戦通りにラグムントが魔石爆弾で援護してくれたようだ。

魔石爆弾は敵が密集していると多大な被害を与えることのできる魔道具だ。

魔道具をよく扱うからこそ、その脅威がわかっているのか帝国兵が慌てて散っていく。

俺もそれに合わせて、魔法を使って火球をばら撒いた。

「何の騒ぎだ!」

陣地の後方で爆発が巻き起こったせいかテントから高貴な身分であろう人物が出てくる。

派手な銀色の鎧を纏っているのは、第一皇子であるウェイスだった。

「ウェイス皇子」

「もしや、イサギか!?」

平民にもかかわらずに俺にたった一度の評価の声をかけてくれた人。

しかし、それ以降声をかけてくることはなかったし、俺が解雇された時も声を挟んでくることはなかった。

「捕らえろ! いや、そいつは帝国の害になる! 殺せ!」

現に俺だと気付いたウェイスの口から出た言葉はそんなものだった。

これだけ被害を与えてしまっているので当然だろう。

「イサギ様、また囲まれる前に脱出を!」

「ああ!」

これ以上立ち止まってしまっては皆の力で突破した意味がない。

俺はすぐに足を回転させる。それと同時に火球を作り上げると、空へと打ち上がる。

打ち上った火球は上空で派手に爆発させた。

これはレギナたちへの作戦成功の合図だ。これで彼女たちが無理に前に出る必要はない。

すかさず俺とメルシアはそこに飛び込んで掘削した横穴へと向かう。

「こっちだ! 早くずらかるぜ!」

穴の前ではリカルドがしっかりと退路を確保して待ってくれていた。

「イサギ様、後ろから魔法が!」

「問題ないよ!」

帝国兵が魔法を飛ばしてくるが錬金術を発動し、岩壁を作成。

敵の魔法を防ぐと同時に俺たちを直接追いかけられないようにしてやる。

「うわっ! 壁が!」

「賊はどこに行った!?」

「待て! 押すんじゃない! 俺たちが潰れる!」

「何をやっている! 賊はたかだが数人だぞ!?」

突如隆起した土壁に帝国兵たちのたじろぐ声と悲鳴が上がり、遠くからガリウスの怒声が背中から聞こえていた。

振り返ることなく穴に逃げ込むと、俺は錬金術を発動して出入口を塞ぐ。

それだけだと宮廷錬金術師に侵入経路を捜索され、逆に利用されることもあり得るので前へ進みながら穴を崩落させた。

帰り道のために設置しておいた光源もすべて潰しておく。それだけじゃなく地中に杭を設置し、魔石爆弾を壁に埋めておいた。

暗闇の中、穴を埋めつくすほどの土砂を除去し、杭や罠を回避しながら進むのは困難だろう。

仮に通れたとしても穴に入れるのは二人ずつ。武装している帝国兵だと一人ずつが限界だろ。通ってきたところでこちらのカモになるだけだ。

追跡できないように細工をしながら走り続けると、自分たちの砦の傍に繋がる穴が見えた。

リカルド、ラグムント、メルシア、俺の順番に出る。

すると、砦の入り口からはちょうど退却したらしいレギナをはじめとする獣人たちがいた。

「イサギ! やったのね!?」

「ああ、全員無事さ。魔力大砲も壊したよ」

合図のお陰で結果はわかっているが、それでもしっかりと報告をすると、レギナや砦にいる獣人たちから歓声が上がった。