「イサギ、あそこにいる生き物たちは、あたしたちの味方っていう認識でいいのよね?」
谷底に見える錬金生物を見下ろしながらレギナが強張った顔で尋ねてくる。
渓谷では、帝国兵が魔法や魔道具を使った岩の撤去作業をしており、その作業員に錬金生物が襲いかかる形で妨害をしていた。
「うん。そうだよ」
姿が姿だけに誤解してしまうのも仕方がない。
味方であることがわかると、レギナは一安心している様子だった。
「でも、あの錬金生物は暴れ馬だから、あくまで時間を稼ぐための戦力としてカウントしてほしい」
「……そう。こうして無事に撤退して時間を稼ぐことができたのだから、それだけで十分だわ」
ゴーレムのような運用はできないと告げると、レギナは少し残念そうにしたものの気持ちを切り替えるように呟いた。
「さて、こうしてイサギのお陰で態勢を立て直すことができているけど、帝国の引っ張り出してきた、あの魔道具が問題ね」
レギナが厳しい表情を浮かべながら帝国の陣地へと視線を向ける。
「イサギ、あの魔道具が何かわかる?」
「俺がいた時には無かった軍用魔道具だから、細かいことはわからない。だけど、さっきの一撃を受けてどんなものかはわかったよ」
「推測でもいいから教えてくれるかしら?」
「あれは膨大な魔力を圧縮させ、それを放つことで敵を殲滅する軍用魔道具だ。単純だけど、帝国の潤沢な物資と魔力が合わされば、とんでもない威力になる。仮定して名付けるとしたら魔力大砲かな?」
「で、その魔力大砲とやらだけど、イサギの作った砦に直撃したとすれば保つかしら?」
「間違いなく木っ端微塵だね」
実際に攻撃を防いでみた俺だからわかる。
あれは個人の力量ではどうすることのできない類の攻撃だ。
さっきは大量のゴーレムとアダマンタイトの障壁で逸らすことができたが、もうそれらは手元にはないし、短時間で作り直すことは不可能だ。
「あれって連発できる?」
「無理だと思う。できれば、すぐにやっているだろうし、あれだけの魔力を収束させて放つんだ。構造上、砲身に大きな負担がかかっているはずだよ」
砲身を冷却させるか砲身を取り換えるかしないと撃つことはできないはずだ。そこからさらに魔力を収束させる時間を考えると、すぐに撃てるものではない。
「それを聞いて安心したわ」
だけど、どれくらいの時間かは不明だ。
半日ほどかかるかもしれないし、数時間もしないうちに放つことができる可能性があるのだから。
「ですが、次の発射までに対抗策を考えなければいけません」
「その通りね」
帝国が前に進めば、魔力大砲も前に進むことになり、この砦が射程範囲に入ってしまう。そうなってしまえば、お終いだ。
「魔力大砲を近づかせないように帝国兵を食い止める、あるいは魔力大砲そのものを無力化する必要があるね」
「前者については難しいと言わざるを得ないわね」
先程の攻勢はゴーレムがいてこそのものだ。魔力大砲によってそれらがすべて破壊されてしまった以上は、砦に残っている戦力だけで食い止めることになる。
それでもいくらか持ちこたえることはできるが、戦力や物資に限界がある以上はそう長くはもたない。仮に持ちこたえたとしても、魔力大砲の再充填がされれば、前に出た俺たちの軍勢は殲滅されることになるだろう。対処のしようがない。
「だったらやるべきことは魔力大砲の無効化だね」
「しかし、あれは帝国の陣地の真っただ中にありますが……」
「厳しい道のりだけど、あたしもそっちの方が希望があると判断するわ」
当然、帝国も切り札である魔力大砲を壊されないように警備を厳重にしているだろう。
陣地の真っただ中に設置されており、あそこまでたどり着くのは困難だ。
しかし、あれをどうにかしないことには俺たちに希望はない。
それは誰もがわかっていることだ。
「魔力大砲を無効化するとして、問題は誰がどうやってやるかよね……」
レギナが腕を組みながら呟く。
周囲にはたくさんの獣人がいるが、誰も妙案を思いつくことがないのか難しい顔をしている。
「俺が引き受けるよ」
「どうにかする算段があるのかしら? 正面には大勢の帝国兵がいて、他に迂回することもできないわよ?」
「道がなければ作ってしまえばいいんだよ」
「なるほど。ラオス砂漠で水を引いた時のように道を掘るのね?」
「そういうこと」
ラオス砂漠で彩鳥族の集落に水を引くときに、俺は錬金術を駆使して土を掘削して水道を作成した。その時と同じ要領で崖をくり抜いて迂回すればいい。
「それなら帝国兵に気付かれずに魔力大砲の近くに出ることができるかもしれないわ!」
「ですが、またイサギ様にそのような危険を負わすなんて」
メルシアの悲痛な叫びに、レギナをはじめとする獣人たちが顔を俯かせる。
「少し待ってください。イサギ様だけが無理をしなくていいように代案を……」
「悪いけど時間はないんだ。帝国が砦に近づかれる前に、魔力大砲が動き出す前に仕掛けないといけない」
こうして考えている時間すら惜しい。俺たちには時間がない。
「誰かが一番危険だとかそんなことは関係ないよ。これは俺にしかできないことであって、俺が皆を守るためにやりたいんだ」
「ズルいです。そんな風に言われてしまっては反対できないじゃないですか」
「ごめん」
メルシアが俺を案じてくれる気持ちはわかる。
だけど、ここで仕掛けないと俺たちに勝ち目はないんだ。
「私も同行します。今度こそイサギ様をお守りいたします。もう無茶はさせません」
「ありがとう。メルシアも来てくれると心強いよ」
「ならオレも付いて行ってやるぜ、イサギさんよ!」
「微力ながら力になります」
「リカルド、ラグムントもありがとう!」
まさか、農園の従業員二人が志願してくれるとは驚きだった。
「掘削できる範囲と隠密性を考えると四人が妥当かしら?」
「うん。俺たち四人で魔力大砲を無効化してくるよ」
俺たちは真正面から魔力大砲を破壊しようというわけじゃない。
壊すことができなくとも俺が触れて錬金術を発動すれば、こっそりと無力化することができる。
求められるのは戦力よりも隠密性と連携力だ。そう考えると、気心の知れている三人が味方にいるのは実に頼もしいことだった。
「わかった。なら、あたしたちは帝国を食い止めることに専念するわ!」
「魔力大砲の方は任せてくれ」
やるべきことが決まれば、早速と行動あるのみだ。
俺、メルシア、リカルド、ラグムントは速やかに砦を出ると、崖の目の前へと移動。
そこに手をついて錬金術を発動して掘削。
「おお、硬い岩なのにあっさりと穴が空くんだな」
崖にぽっかりとできた横穴を見て、リカルドが驚きの声を上げた。
「こんな感じでドンドンと掘削して進んでいくよ」
声をかけると、俺は錬金術を発動してドンドンと掘削していく。
「灯りは私がお持ちします」
「ありがとう」
奥に進んでいくと暗くなったので視界を確保するために、メルシアが魔道ランプで前を照らしてくれる。
一応、撤退することも考えてか等間隔で光量となる光石も設置してくれている。
こういった掘削作業はラオス砂漠で経験しているからか、メルシアのフォローがとてもスムーズだ。助かる。
「俺たちに何か手伝えることはありますか?」
掘削しているとラグムントがおずおずと声をかけてくる。
俺とメルシアだけ作業をし、自分たちだけが何もしないのが心苦しいのだろう。
「掘削して地面に転がった土砂なんかを除けてほしい。後は周囲の音を拾って異常がないか確認くれると助かるよ」
「わかりました」
錬金術で地中の情報は拾えるが、外の情報を拾うことはできない。
彼らにはそういった情報収集や雑用を任せたい。
「耳にそこまでの自信はねえし、索敵はラグムントに任せるぜ」
「なら、お前は土砂除けを頼む」
「ああ」
それぞれの役割分担ができたところで俺は再び掘削を進める。
掘り進めると同時に天井や壁なんか魔力で補強し、崩落しないように気を付ける。
「思ったより速いんだな」
「ラオス砂漠に行った時に穴掘りは随分とやったからね」
あの時は山にある水源から集落まで水道を引くものだった。
その時の苦労もあってか掘削作業がかなり上達した。
進行速度は前回の二倍ほどと言っていいだろう。
今回の方が距離は短い上に傾斜もないので実にやりやすい。
ただ、岩盤の強度が脆いのでその分、補強にリソースを割かないといけないが補強するだけなら簡単なので大した苦労ではない。
「左から何かが飛来してきます!」
「え?」
掘削していると、ラグムントが耳をピンと立てて声を上げた。
次の瞬間、壁をぶち破って大きな鉄球が飛来した。
メルシアはすぐに反応すると、鉄球を殴りつけて食い止めてた。
「イサギ様、壁の補強を!」
「あ、ああ!」
周囲を見ると、あちこちで亀裂が入ってミシミシと音を立てている。
このままだと崩落する可能性が高い。
俺は慌てて錬金術を発動し、周囲の亀裂を修復させた。
「ふう、なんとかなったみたい。ありがとう、メルシア」
「いえ、皆さまがご無事でなによりです」
「にしてもなんだ今のは!? 帝国共はオレたちがここにいるってわかってやがるのか!?」
「……いや、追撃の様子もないし、そのような声も上がっていない。恐らく戦場の流れ弾だろう」
俺も一瞬、敵に居場所がバレたのかと思ったが、そうでもないみたいだ。
「レギナたちも戦ってくれているってことだね。作業を再開するよ」
今回は時間との勝負だ。魔力大砲が次の準備を始める前に何としてもたどり着かなければ。
俺は黙々と掘削を続ける。掘削することによって出てくる土砂などは、そのまま利用して壁などの補強に当てるが、中には漏れてしまうものがある。そういった邪魔なものはリカルドやメルシアが率先して取り除くか、砕いてくれる。
周囲の警戒はラグムントが行ってくれているので、本当に俺は掘削に集中するだけでいい。
「イサギ様、もうそろそろ帝国の陣地にたどり着く頃かと思います」
掘削しているとメルシアが地図を広げながら言ってくれた。
俺は錬金術を使いながら何となく進んでいたが、メルシアは進行速度を計算し、おおよその居場所を把握できているようだ。
「ええ、大勢の人の気配がします」
「じゃあ、ここからは静かに進んでいくよ」
壁をぶち抜いてすぐに帝国兵がいるわけではないが、派手に掘削をすれば存在を感知される可能性がある。ここからはできるだけ物音を立てずに進む必要があるだろう。
掘削速度は少し落とし、消音を意識してゆっくり穴を掘り進める。
急いでいる中で進行速度を落とすのがじれったいが、バレたら終わりなので慎重に進まないといけない。焦らずに進む。
「もう五メートルも掘れば、外に出るんだけど問題なさそう?」
「はい。問題ないかと」
壁に耳を当てたメルシアがそう言ってくれたので、俺は最後の掘削をして壁をぶち抜いた。