「……森の中はどう?」
ブラックウルフたちが森に入ってしばらく。俺は中の情報を拾うべく、傍らに佇むコクロウに尋ねた。
「ブラックウルフたちの襲撃は成功だな。あちこちで人間の手足が食いちぎられ、阿鼻叫喚の声が響いている」
大きく発達した犬歯を見せつけながら笑みを浮かべる。
いや、そんなグロテスクな報告は求めていないんだけどなあ。
俺が錬金術で森を作り上げ、森に閉じ込めた帝国兵をブラックウルフたちが奇襲する。これが俺の考えた作戦だ。
当初はレギナやメルシアといった獣人も加えるつもりだったが、コクロウが自分たちだけでやった方がやりやすいと意見したので魔物たちだけでの奇襲となっている。
野生の中を生き抜いてきたブラックウルフたちにとっては森の中は庭のようなもの。薄暗くとも夜目が利く上に、匂いでも相手の位置を把握することができる。
反対に帝国兵は薄暗い森の中では見渡せる視界の範囲も狭く、仲間の位置も把握しづらいために連携もとりづらい。加えて、生い茂る木々や枝葉のせいで武器を満足に振り回すことができない。ブラックウルフたちにとってはカモでしかないだろう。
「順調なようなら何よりだよ」
魔法や魔道具を発動しようにも同士討ちや火事を恐れて迂闊に放つこともできないからね。
この辺りの地面にはあらかじめ調整を施した肥料を撒いておいたけど、俺が開発した繁殖の種はそれを越える速度で土から栄養を吸い上げている。遠目にも既に地面が灰化しているのがわかり、栄養が吸い尽くされてしまっている。
数年は草木すら生えない不毛の大地になってしまったかもしれないが、皆を守るためだ。仕方がない。
「負傷しているブラックウルフはいる?」
「いないな」
「森の中とはいえ、これだけの帝国兵を相手に?」
「危ない位置にいる奴は我が影で移動させている」
「そんなこともできるんだ」
襲撃に加わることもなくジーッとしていると思ったら、どうやら影を通じてサポートをしているらしい。影を操作しての遠隔攻撃、ブラックウルフの位置入れ替え、緊急回避、指示とこう見えて忙しく活躍しているようだ。
森の中には無数に影がある。影を操るコクロウにとっても森の中は独壇場だろうな。
それだけの支援があれば、ブラックウルフたちに一切の負傷がないのは当然か。
コクロウの報告によると、既に二百人以上の人間が犠牲になっているとのこと。
こんな強大な魔物を相手に過去に二人で挑んだのかと思うとすごいな。
「もし、怪我を負ったブラックウルフがいたらすぐに下がらせてくれ。俺がポーションで治療するから。とにかく、無理はしないように頼むよ」
影でブラックウルフの位置を変えることができるのなら、一時的な帰還もできるはずだ。生きてさえいれば、俺がポーションで治療をすることができるので無理だけはしないでほしい。
「魔物である我々のことを心配するとは相変わらず変な奴等だ。安心しろ。このような状況で我らが負けるはずがない――ッ!?」
余裕な笑みを浮かべていたコクロウであるが、突如として耳を震わせて俺の股下に入ってきた。
「ええっ!? なになに!?」
股下から無理矢理背中に乗せられる方になってしまった俺は混乱する。
そんな混乱の声を無視し、コクロウは無言で後ろへと走る。
次の瞬間、俺たちの立っていた場所に火炎弾が落ちてきた。
「ええ!」
離れている俺たちの位置にまで爆風がやってきて、思わず腕で顔を覆う。
安全な地帯まで移動して振り返ると、前方の空に次々と赤い光が浮かび、それらが森に着弾するのが見えた。
「帝国の魔法!? まだ森の中には大勢の帝国兵がいるのに!?」
「恐らく、味方もろとも我々や森を焼き払うつもりだろうな」
コクロウが冷静に述べる中、二発目、三発目、四発目と続けて火炎弾が撃ち込まれる。
爆発の衝撃で木々がへし折れ、枝葉に炎が燃え広がる。
錬金術で調整し、炎への耐性を上げているが、さすがにここまで派手に火魔法を撃ち込まれては木々も無事では済まない。
爆発する森の中から帝国兵と思われる悲鳴が聞こえる。
って、冷静に観察している場合じゃない。
「ブラックウルフたちは!?」
「無事だ。既に我の影を通じて下がらせている」
コクロウの影が蠢く、そこから大勢のブラックウルフが出てくる。
どうやら火炎弾が着弾してすぐにブラックウルフたちを影に回収していたようだ。
あっという間に大勢のブラックウルフに囲まれて、もふもふ空間が出来上がった。
ほぼ全員が口元や爪を真っ赤に染めており、どこか誇らしげにしている。
思う存分に蹂躙できたようだ。
中には炎が掠ってしまったのか、お腹の辺りが焼け焦げている個体がいる。
「おいで」
「ウォン!」
俺が回復ポーションを振りかけると、綺麗な毛並みに戻ってくれた。
自慢の毛並みが再生して嬉しいのか、ブラックウルフが嬉しそうに走り回る。
よかった。誰も欠けることがなくて。
「それにしても、まさか味方ごと森を焼き払うなんて……ッ!」
「迂闊に森に入れば、死ににいくようなものだ。前の者は見捨て、進軍させることを選んだのだろう」
確かに逆の立場だと突破をするのは困難かもしれないが、帝国がここまで非道で強引な攻撃を仕掛けてくるとは予想外だ。
俺が歯噛みしている間に森の中には火炎弾、火球、火矢が次々と撃ち込まれていく。
俺はすぐにコクロウの背中に跨った。
「コクロウ、俺たちも撤退しよう」
「ああ」
このまま森の傍にいては、俺たちも帝国の魔法に巻き込まれてしまう。
コクロウは頷くと、すぐに砦に向かって走り出した。
ブラックウルフたちもすぐに後ろを付いてくる。
すると、後方で魔力の収束を感じた。恐らく、魔法使いたちによる複合魔法だろう。
程なくして魔法が完成し、森に火炎嵐が撃ち込まれる。
早めに撤退をしてよかった。あのままボーッとしていたら複合魔法に巻き込まれているところだった。
しっかりとコクロウの背中に掴まっていると崖を登り終わったのか、降りろとばかりに体を揺すられる。
やっぱり必要な時以外は人間を背中に乗せたくはないようだ。せっかくなら顔を埋めたりしてもうちょっと堪能しておけばよかった。
「イサギ様!」
などと呑気なことを思っていると、砦の防壁からメルシアが顔を出していた。
メルシアに寄っていこうとすると、彼女が防壁から飛び降りてきた。
「イサギ様! ご無事ですか!?」
「あ、うん。俺は大丈夫だよ」
俺よりも防壁から飛び降りたメルシアの方が心配なのだが、彼女の剣幕を見るとそんなことは尋ねられなかった。
とりあえず、どこも怪我をしていないことを伝えると、メルシアはホッとしたように胸を押さえた。
「森に火が放たれた時もそうだけど、イサギたちの近くに魔法が落ちた時は肝を冷やしたわよ」
「あはは、コクロウに助けられたよ」
入り口から俺たちのことを心配してレギナをはじめとする村人たちがやってくる。
砦の高い位置からはしっかりと帝国の魔法軌道が見えていただけに、よりヒヤヒヤとしたに違いない。
「それにしてもあんな強引な手を使うなんてね」
「うん。でも、森を消火するのに時間もかかるし、時間は稼げそうだよ」
森が燃えている間は帝国兵たちも進軍することはできない。
魔法使いが水魔法を使えば、鎮火することはできるが、先ほどの複合魔法のせいで即座に放つことはできないだろう。
「帝国が動くのにどのくらいかかると思う?」
「半日ほどだと思う」
敵も魔力回復ポーションを所持しているはずだ。複合魔法によって消費した魔力をある程度回復させたら、すぐに鎮火のための魔法を放つだろう。
「これだけの仕掛けをしても半日しか時間が稼げないのね」
これだけの火事を起こせば、二日くらいはまともに通れなくなるはずだが、それを何とかできるのが帝国の豊富な人員と物資である。
「でも、帝国にかなりの被害を与えることができたよ」
「コクロウやブラックウルフたちにも怪我はないみたいだし、先制攻撃はあたしたちの完全勝利ね! まずはそのことを喜びましょう!」
レギナの声に応じ、砦から村人たちの勇ましい声が上がった。
獣王軍たちがやってくるまでの時間を稼げれば、俺たちの勝率はグンと上がる。
ここで無理をする必要はない。