解雇された宮廷錬金術師は辺境で大農園を作り上げる


集会所にやってくると、ケルシー、シエナをはじめとする村長夫妻や、村の顔役と呼ばれる男性や女性が数人ほど並んで座っていた。

入り口に近い場所にある座布団が空いていたので俺とメルシアは腰を下ろし、最後に上座にレギナが腰を下ろした。

「面子も揃ったことだし対策会議を始めることにするわ」

レギナが厳かな口調で切り出すと、ケルシーが深く頭を下げて、それに倣う形で顔役たちも深々と頭を下げる。

「あたしは第一王女ではあるけど、今は非常事態。礼節を重んじるよりも忌憚ない意見を聞かせてもらいたいから口調については不問とするわ」

「ありがとうございます」

レギナのそんな言葉にケルシーをはじめとする多くの顔役たちがホッとしたように顔になった。

ここは辺境にいる小さな村だ。

貴人と会話も交わすことなどそもそもないので、王族への話し方や態度が身に着いている者がいるはずがない。

俺だって宮廷で働いていたけど、工房にこもって錬金術ばかりをやっていたのでそういった作法については自信がないからね。

レギナのそういった配慮は非常に有り難いものだった。

「さて、初めにレムルス帝国というものが、そもそもどういう国なのか皆に共有しておきたいわね。イサギ、帝国どんな国か教えてくれるかしら?」

俺とメルシアは帝国で働いていたので当然知っているし、レギナは俺たちから話を聞いただけでなく、ライオネルからも言い含められているので概要は知っている。

しかし、ケルシーをはじめとするプルメニア村の人たちは帝国とは親交がないために、どのような国なのか一切わからない状態だ。

何かを決めるにも基礎となる情報は共有できた方がいい。

「わかりました。帝国で生まれ育ち、宮廷で働いていた過去のある俺が帝国とはどのような国なのかを大まかに説明いたしましょう」

レギナに名指しをされた俺は立ち上がって、帝国がどのような国なのかを語ることにした。

レギナは口調についてはいつも通りと構わないと言ってくれたが、顔役の全員と親しいわけでもないし、公的な場ではあるので一応は丁寧めな口調を心掛ける。

「レムルス帝国は数ある人間族の中でもっとも大きな国土を所有している国です。人口についても獣王国と同じ、あるいはそれを上回るほどでしょう」

「……帝国とはそれほどなのか?」

顔役の一人が信じられないとばかりに尋ねてくる。

獣人は人間族よりも繁殖力が強い上に、獣王国は国土もかなり広い。

世界でも人口はトップクラスだと言える。

たった一つの人間の国が、獣人の国と人口で張り合えるのは驚異的だ。

「しかし、実際に人口こそは多いものの実際に動員できる兵力は少ないと思います」

「それはどうしてなの?」

俺の言葉にシエナが不思議そうに小首を傾げる。

それほどの人口があれば、動員できる人数も多いと考えるのが普通だ。

「帝国が侵略を繰り返して領土を拡大し続けている国だからです」

「つまり、奪い取った領地を完全に制御しきれていないってことね?」

「そういうことになります。その上、帝国は特権階級を持つものが腐敗しているためすべての民を養うことができていない状態です。国土こそ広いものの安定しているとは言えません」

俺とレギナの会話を聞いて、シエナをはじめとする顔役たちも帝国の内部状況を少し把握できたようだ。

「だったら我々にも勝機はあるのではないか? 敵は寄せ集めの上に、纏まっているとは言い難いのだろう?」

顔役の一人がそのようなことを述べるが、その考えは非常に甘いと言えるだろう。

「いいえ、満たされていないからこそ、帝国は死に物狂いで領土を奪いにやってくるでしょう。餓死しそうな時に目の前に豊富な食料のある土地があれば、あなたは我慢して野垂れ死にますか?」

「……いや、メルシアの言う通りに死に物狂いで奪いにいくな」

メルシアの説明に質問した者だけでなく、他の者も状況を深く理解してくれたようだ。

「加えて帝国の恐ろしいところは魔法文明が発達しているところです。多くの優秀な魔法使いがいるだけでなく、俺と同じ錬金術師も数多く存在し、兵士たちが高度な魔道具を所持しています」

「つまり、敵にはイサギ君のようなものが何人もいるということかね?」

「はい。そのような認識で――」

「いいえ、イサギ様ほど優れた錬金術師は帝国にもいません」

身を乗り出しながらのケルシーの言葉に答えようとすると、なぜか横からメルシアが口を挟んだ。

「そ、そうか。安心した」

「さすがにイサギみたいな錬金術師が何人もいたら絶望的だものね」

「メルシアちゃんの言葉を聞いて安心したわ」

メルシアの言葉にケルシー、レギナ、シエナといった面々が心底ホッとしたような顔になる。

「いやいや、さすがにそんなことはなくない?」

「私は帝城で使用人として働いていたので、イサギ様よりも多くの宮廷錬金術師を目にする機会がありましたので断言します。宮廷でイサギ様ほどの錬金術師はいないと」

メルシアの過大評価に物申したいところであるが、実際のところ俺はガリウスをはじめとする他の宮廷錬金術師に疎まれていたせいで一緒に仕事をすることもなかったし、他人の作業風景を見る機会も少なかった。

そのことを考えると、俺よりもメルシアの方が判断の方が正しいのかもしれない。

「そ、そうなの?」

「そうなのです」

メルシアが胸を張り、堂々とした仕草で頷いた。

「とはいえ、帝国には錬金術師が多いことは事実なので、軍用魔道具の装備や運用によって一般的な兵士よりも手強いことに変わりはありません」

「訓練されていない兵士であっても、魔道具を振りかざすだけでかなりの戦闘力を発揮できるとは恐ろしいものだな」

人間に比べると、獣人の方が遥かに身体能力が高い。

まともに相対すれば、間違いなく獣人が勝つだろうが、相手はその身体能力の差を埋めるために魔法や魔道具といった様々な工夫をしている。

ケルシーの言う通り、楽観的な戦いではないことを皆に知っておいてほしい。

「イサギの見立てでは、プルメニア村に攻めてくるに当たってどれほどの兵力を集めてくると思う?」

「推測ですが、最低でも二万はあるかと」

俺の言葉に全員が呻き声のようなものを漏らした。

プルメニア村の人口は千人にも満たないくらい。

周辺の集落や街から増援を呼んだとしても二千人に届くことはないだろう。

帝国の比べると、その兵力の差は最低でも十倍となる。あまりにも絶望的な数字だった。

俺は戦争に同行することはなかったが、過去に繰り返し行った侵略ではそのくらいの数の兵士を動員していた。

「……二万ね。さすがに多いわね」

「前回の飢饉が帝国にどれだけの影響があるかは不明ですが、場合によって食料事情の改善のために更なる増員もあり得ます。あくまで最低値だという認識をしてもらった方がよいかと」

「都合のいい解釈はあたしたちの首を絞めることになるものね。貴重な忠告をありがとう」

レギナだけでなく、ケルシーたちの表情も引き締まっている。

きちんと忠告を受け取ってくれてよかった。

「さて、帝国がどんなに強大な国かわかったところで、あたしたちがどう動くかね」

帝国についての概要説明が終わったところでレギナが本題とばかりに口を開く。

「敵は最低でも二万もの兵士がいる。まともにやって勝てるのだろうか?」

「あたしたちがやるべきことは敵軍を抑えること。真正面から打ち勝つ必要はないわ」

不安がる顔役の一人にレギナがきっぱりと告げた。

そして、「もちろん、勝てるに越したことはないけどね」と笑いながら言う。

彼女の気遣いに顔役の一人は少し不安が和らいだのか顔色が少し明るくなる。

「あたしたちが持ちこたえることができれば、獣王ライオネルをはじめとする獣王軍がやってくる」

「おお、獣王様や獣王軍がやってくるのであれば心強い!」

絶望的な状況だったが、しっかりと増援があると聞いて、皆の瞳に希望の光が灯る。

プルメニア村の戦力だけでは、帝国を打ち破ることは難しいが、そこにライオネルをはじめとする獣王軍が加われば、蹴散らすことは可能だと俺も思う。

シャドーウルフであるコクロウを赤子のように流してみせたりと、ライオネルの実力は戦略級だ。

大樹を守っている門番の獣人もかなりの実力者のようだったし、そんな彼らが揃っている兵士が精強じゃないわけがない。

合流すれば、帝国を打ち破れる可能性は十分に高い。

「しかし、大勢の軍を相手に我々だけで抑えきることができるでしょうか?」

問題はそこだ。ライオネルたちが到着するまでに帝国の大軍勢を相手に持ちこたえることができるかどうかだ。

最悪の想定をして獣王軍は間に合わないと想定して動く必要がある。

「真正面から戦うことになったら無理ね。だから、地の利を生かして真正面からぶつからないようにするわ。地図を見てちょうだい」

レギナはきっぱりと告げると、大きな地図を広げた。

そこにはプルメニア村を中心とした地図が書かれており、詳細な地形などが記されている。

「帝国と獣王国の間には大きな山が横たわっている。帝国が山を抜けて、プルメニア村にやってくるには、ここにあるレディア渓谷を通ってくるしかない」

「なるほど。プルメニア村を要塞化するのではなく、このレディア渓谷で防衛拠点を築き、敵を撃退するというわけですな?」

「そういうこと!」

ケルシーが意図を読み取った発言をすると、レギナがそうだとばかりに頷いた。

「一度に何万、何千もの兵士を相手にしてしまえば、瞬く間に飲まれてしまうでしょうが道幅によって相手の人数を制限してしまえば、そのような恐れはありませんね。名案かと思います」

「迂回しようにも周囲は山や森に囲われている。それほどの大人数で迂回することはできないな」

メルシアだけでなく、周辺の地形を理解している顔役たちからも納得の声が上がる。

プルメニア村の周囲は山や森に囲まれているために帝国は、そこを通るしかない。

そのような天然の要塞だったからこそ、今まで帝国は獣王国に進軍することはなかったのだろう。

「でも、問題は防衛拠点を作るような時間があるかということだ」

「ああ、とてもではないが時間が足りない」

「それについては問題ないわよね? イサギ」

顔役たちが不安の声を上げる中、レギナが期待のこもった眼差しを向けてくる。

「はい。拠点については俺の錬金術ですぐに作り上げてみせます!」

「すぐとはどのくらいでできるんだ?」

「大まかなところだけでいいのであれば、半日程度でできます」

帝国に備えるために完全な状態となると時間はかかるが、使い物になる程度の土台であれば半日もあれば作り上げることができる。

「半日で!? そんなことが可能なのか?」

「イサギ様なら余裕です」

「なにせ自分の家や工房だって間に作っちゃえるものね」

「販売所だってイサギ君が一人であっという間に建てていたからな」

顔役の人たちは驚いているが、メルシア、シエナ、ケルシーといった俺が錬金術で建物を作っているところを間近で見ているので信頼がとても厚かった。

まあ、建てるところを見ていないと不安に思うのは仕方がない。

「だとしたら、早めに動いた方がよさそうですね」

防衛拠点を作るとなれば、時間は少しでも多い方がいい。刻々と帝国が迫っているのであれば、尚更だ。

「ええ、イサギには一刻も早く防衛拠点の作成に取り掛かってもらいたいわ」

「防衛拠点だけど、その辺りに作ればいいでしょう?」

建てたはいいが、実際には違う場所の方が良かったなどとなったら目も当てられないからね。俺とメルシアがプルメニア村にやってきた時は、地元の獣人だけが知っている狭いルートを通ってきたので、渓谷がどのような地形をしているかまるでわからない。

「村長」

レギナは地図で全体を把握しているものの、実際に地形を目にしているわけではない。

周辺の地形に詳しいであろうケルシーに尋ねた。

「……ここがオススメだ。渓谷は微妙に傾斜になっているからな。ここに防衛拠点を作れば帝国は辛いだろう。プルメニア村から少し離れているが、我々獣人の足ならすぐにたどり着ける上に物資の輸送も容易い」

ケルシーがそう言いながら、渓谷の上部を指さした。

なるほど。地図だけではわからなかったが、そんな地形の特性があったのか。

「メルシアなら具体的な場所はわかるよね?」

「はい。お任せてください」

尋ねると、メルシアは笑みを浮かべながら頷いてくれた。

「イサギが防衛拠点を作っている間に、あたしたちは万が一を考えてプルメニア村の方も要塞化しておくわ」

「それなら俺もそっちを手伝って――」

「いいえ、イサギは防衛拠点に専念してちょうだい。村の防衛強化については万が一のような保険のようなものだから」

「わかりました。防衛拠点の作成、強化に専念致します」

確かに戦場とするべきはレディア渓谷であり、そこが最終防衛ラインだ。そこを越えられてしまうと、後は数による蹂躙しか待ち受ける未来はない。多少、プルメニア村を要塞化しようとも焼石に水だろう。

あくまでプルメニア村は守るべき場所であって、絶対に防衛拠点を通してはいけないんだ。

「後は余裕があればだけど、守るだけでなく帝国に奇襲も仕掛けられるといいわね。ずっと防衛拠点に籠っていても帝国に打撃は与えられないから」

「そうですね。その辺りも考えていきましょう」

レギナの言葉に同意するようにケルシーが頷く。

「ひとまず、あたしたちがやるべきことは三つよ」

・プルメニア村を要塞化すること。
・防衛拠点を作ること
・帝国の侵攻ルートを予測し、そこに罠を仕掛ける、あるいは奇襲を仕掛けること。

この三つが俺たちの方針だ。これを持って村全体で協力し、帝国に立ち向かおう。

「それじゃあ、俺とメルシアは防衛拠点の作成に向かいます」

「人手はいるかね、イサギ君?」

「土台作りが終わったらお願いします」

大まかな土台を作る作業はすべて俺の錬金術とゴーレムで作成することができる。人手がいれば、むしろ邪魔になってしまうので俺一人の方が都合がいい。

「わかった。必要になったら遠慮なく声をかけてくれ」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

「頼んだわよ、イサギ」

レギナ、ケルシーをはじめとする顔役の人たちに見送られ、俺とメルシアはレディア渓谷へ向かうことにした。

「ここがレディア渓谷か……」

ゴーレム馬に跨ってプルメニア村から西へ移動をすると、数時間ほどで森林地帯を抜けて、景色は荒野へと変わり、レディア渓谷へたどり着いた。

俺たちの目の前には険しい谷が広がっており、長大な岩壁が遥か先まで続いている。

「谷底には少し川が流れているね?」

「はい。ですが、気持ち程度のものでほとんどが地面です」

メルシアの言う通り、谷底に流れる水は少量でほぼ剥き出しの地面となっていた。

水の流れが敵の足止めになるなんて期待はしない方がよさそうだ。

とはいえ、ラオス砂漠の時のように水源を探り当てることができれば、いざという時の切り札になるかもしれない。

そう思って地面に手を当てて錬金術を発動。魔力を地面に浸透させ、この付近に水脈がないかを調査する。

「うーん、付近に水脈もないね」

「上流の方に行けば、可能性はあるかもしれませんね」

「うん。でも、今は防衛拠点を作る方が先決かな」

場所を変えて調査していけば見つかるかもしれないが、すぐに発見できるとは限らない。

優先度は防衛拠点の方が高い以上、水源の調査については後回しだ。

「ケルシーさんの言っていた地点はどこかな?」

「あちらになります」

メルシアに先導してもらって少し移動する。

「なるほど。確かにここだと見下ろすことができるね」

移動する前の位置の辺りから谷底の傾斜がついていき上り坂になっている。俺たちのいる地点に防衛拠点を作れば、さらに高さはつくことになり、敵を打ち下ろす形で迎撃できだろう。矢を射かけるも良し、岩を転がしてやるもよし。これは大きな利点だ。

微妙な坂のように思えるかもしれないが、一本道を通ってくるしかない帝国からすれば、その微妙な坂が追い打ちとなるだろう。

「よし、ならここに防衛拠点を作るよ!」

「お願いします」

俺とメルシアはゴーレム馬を使って谷底へ駆け下りた。

まずは整地だ。どのような拠点を作るにも土台が不安定では意味がない。

ゴーレム馬を下りると、俺は地面に手を当てて錬金術を発動。

表面を滑らかなものにすると、防衛拠点の範囲を決めるように防壁を作り出す。

地面がせり上がって四方を囲う壁となった。

防壁がそびえ立つとその中心部分に移動して、周囲にある土、石、岩を操作して砦となるものを作り上げていく。

「さすがに魔力の消費が激しいな」

今まで自分の家、工房、販売所、宿泊拠点などと様々な建物を作ってきたが、今回作る砦はそれよりもスケールが何倍も違う。

地面に干渉する力も強く必要だし、物質を操作する量も甚大となっており、必要とされる魔力も膨大になるわけである。

レピテーションを駆使し、基礎のパーツを組み上げるだけで体内にある魔力がゴリゴリと減っていくのを知覚する。こんなにも一度に魔力を消費するのは初めてな経験かもしれない。

「イサギ様、お辛いのであれば無理はなさらずゆっくりにでも――」

「心配してくれてありがとう、メルシア。でも、それじゃダメなんだ。帝国がいつやって来るかわからない以上、防衛拠点は早く作らないといけない」

防衛拠点を早く作り上げることができれば、速やかに迎撃態勢が整う。

ひとまずの迎撃態勢が整っていれば、レギナたちが作戦を考えたり、作戦のための練習を重ねることができる。他にもプルメニア村からの物資を運び込んだり、皆で武器を作ったりとやれることはたくさん。それらができるほどに帝国との戦いが有利になる。

俺がちょっと無理をするだけで生き残る確率を、勝つための確率を上げることができるんだ。だったら、ここで無理をしないわけにはいかない。

錬金術で周囲にある岩を変形させ、魔力を浸透させることによって圧縮し、硬質化。それらの岩をレピテーションで次々と積み上げていく。そんな作業の傍ら、俺はマジックバッグから瓶を取り出して緑色の液体を呷る。

魔力回復ポーションだ。魔力を消費したすぐ傍に体内で無理矢理に魔力が生成される。

その感覚がとても気持ち悪い。

「イサギ様! それではお体に大きな負担が!」

本来、魔力回復ポーションというのは、失った魔力をゆっくりと回復させるものだ。

だけど、俺は錬金術によって回復能力を無理矢理に高めたものを使用している。

魔力使ってすぐにまた魔力を生成。

当然、そんなことをすれば、体内にある魔力器官への負担は大きくなる。

気持ちが悪いというのは、俺の身体が悲鳴を上げているということだ。

戦場に出る魔法使いが魔力器官を壊し、寿命を縮めてしまう一つの原因でもある。

助手であるメルシアはそのことを知っているので俺を止めようとする。

だけど、今回ばかりは素直に頷くわけにはいかない。

「錬金術師にとっての戦争は準備にある。ここが俺の頑張りどころなんだ!」

「……イサギ様」

戦争が始まってしまえば、俺はメルシアやレギナみたいに最前線で戦って活躍することはできない。できることが少なくなる以上、今が俺の頑張りどころなんだ。

周囲にある土、岩、石が少なくなってきたが心配はいらない。俺のマジックバッグにはライオネルやコニアから貰った物資がたくさんある。

必要となる物資も無尽蔵だ。

だから、あとは俺の魔力が持つ限り、組み立て続けるだけだ。





「ふう、ひとまず完成かな」

半日ほど錬金術を使い続けると、ようやく防衛拠点といえるものができ上がった。

切り立つような崖に挟まれた谷底はせり上がり、レディア渓谷を見下ろすかのように砦が鎮座しており、周囲には二十メートルを越える高さの防壁が存在していた。

前方には曲がりくねった谷底による一本道しかないが故に、正面から見た時の迫力は半端ないな。

砦や防壁の作成に使用した素材はレディア渓谷にある土、岩、石が中心だが、錬金術による魔力圧縮により、硬度がかなり高められているので想像以上に硬い。

特に砦の前部や城門などには加工した鉱石などが混ぜられているので、より堅牢だ。

一般的な攻城兵器をぶつけられた程度ではヒビ一つ入らないはずだ。というか、そういうように作った。

「おっとと」

立ち上がろううとすると不意に身体から力が抜けた。なんとか踏ん張ろうとするも身体が酷く重く、思うようにバランスが取れない。

地面に衝突することを覚悟していると、ポスリと身体が受け止められた。

「ありがとう」

「いえ」

視線を上に向けると、メルシアの顔が映った。

どうやら彼女が咄嗟に受け止めてくれたらしい。

「あれ? 身体が動かないや」

感謝しつつ、ゆっくりと離れようとするが身体がまったく動かないことに気付いた。

「魔力欠乏症ですね。動けるようになるまで少し休憩いたしましょう」

「そうだね。そうさせてもらうよ」

頷くこともできないので言葉で返事をすると、メルシアはゆっくりとその場で俺を寝転がせてくれる。それはいいのだが、なぜか自分の太ももを枕替わりにさせた。

これは俗に言う膝枕という奴ではないだろうか?

「……あのメルシアさん? どうして膝枕を?」

「イサギ様を地面に寝かせるなんてできませんから」

視線を上げると、メルシアがこちらを見下ろしながら微笑んだ。

碧玉のような瞳がとても綺麗だ。

「別にメルシアの膝じゃなくてもマジックバッグから適当にクッションでも取り出してくれればいいんだけど――」

「私がこうしたいからしているんです。それじゃダメでしょうか?」

「……いや、別にダメじゃないです」

真正面からそんな風に言われてしまうと、断れるはずもない。

クッションよりもメルシアの膝枕の方が絶対に心地いいだろうから。

そうやって小一時間ほど休憩していると、魔力が回復して身体の自由が利くようになった。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「かしこまりました」

立ち上がると、身体の調子を確かめるように肩を回す。

メルシアが膝を貸してくれたお陰で身体に痛いところはどこにもなかった。

素直にされるがままになってよかったのかもしれない。

身体をほぐしていると、プルメニア村の方角から何かが近づいてくる気配がする。

振り返ると、レギナとケルシーがゴーレム馬に乗ってこちらにやってきた。

俺たちの作業の様子を見にきてくれたのかもしれない。

「イサギ! あれがあたしたちの防衛拠点なの!?」

「そうだよ」

「「…………」」

こくりと頷くと、二人があんぐりとした顔で拠点を見上げる。

「たった半日でこれほどのものを作り上げたというのかね?」

「そうなります」

「これほどのものを作るとなると、さすがのイサギでも魔力が足りなかったでしょ?」

「うん。そうだね。でも、そこはポーションで補ったよ」

「……無理をさせちゃったわね。ごめんなさい――いいえ、この言葉は相応しくないわね。ありがとう」

「どういたしまして」

レギナは俺が無理をしたことに気付いたのだろう。

謝りかけたが、すぐに言葉を言い直してくれた。

うん、謝ってもらうよりも、ここはお礼を言ってくれる方が俺も嬉しい。

これが俺の役目なのだから。

「まさか、たった半日でこれほどの防衛拠点を完成させてしまうとは、これは嬉しい誤算だ」

「あっ、すみません。まだ完成じゃないです」

「ええ!? これで完成じゃないのかね!?」

防衛拠点を見上げていたケルシーが勢いよく振り返る。

「ひとまず、全体を整えることを先決にしたので、利便性や強度についてはこれから高めていく必要があります」

「どう見ても完成しているようにしか見えないんだけど……」

「まだまだ防壁の強度を上げないといけないからね。防壁の上から撃退できるように足場を作らないといけないし、安全に矢を射かけられるように覗き穴なんかも作っておきたい」

他にも周囲を見渡せるように監視塔を作らないといけないし、村人たちが寝泊まりできるような寝室、料理ができるような厨房、医務室などとやるべきことはたくさんある。

「そのレベルまでいくと一種の砦ね」

だが、帝国を相手にやり過ぎということはない。

帝国と俺たちの間に絶望的な戦力の差があるのだから。

「イサギ君、ここまで整っているのであれば、物資を運び込んでも問題ないだろうか?」

「はい。構いません」

ここまで作り上げてしまえば、錬金術で大規模な作成をすることはない。

周囲に人がいても問題なく作業を行うことができる。

「あっ、ケルシーさん。村に戻るのであれば、うちの従業員を三人呼んできてもらえますか?」

「真っ先に呼ぶのが農園の従業員なのかね?」

俺の要望にケルシーは若干呆れている様子。

防衛拠点を作成したというのに、真っ先に農家を呼ぶというのだから怪訝に思うのも無理はない。

「城塞の中に小さな農園を作りたいと思いまして」

「ふむ、イサギ君のことだ。ただ城塞で作物を作る以外にも大きな目的があるのだろう。わかった。従業員たちも連れてくるとしよう」

「ありがとうございます」

ケルシーはそう言って頷くと、ゴーレム馬に跨って村の方へと戻っていった。

「砦の中を案内してくれる?」

実質的な指揮をとってくれるレギナは砦の構造を把握する必要があるだろう。

名乗りを上げようとすると、メルシアがスッと前に出る。

「私が案内いたしますね。イサギ様は魔力を消費しているのでもう少しお休みください」

「ああ、ありがとう」

俺も案内したい気持ちはあるけど、魔力を消費したせいでようやく立ち上がれるようになったばかりで無理は禁物だ。

この後にやるべき作業もあるので、ここは素直にメルシアに任せることにした。

小一時間ほど休憩していると、砦の視察が終わったのかレギナがメルシアを伴って出てきた。

「想像以上に立派な砦だわ! これなら思っている以上に色々な作戦が考えられるかも!」

「未完成ではあるけど、今の状態でもそう言ってもらえたならよかった」

砦の出来栄えはレギナにとっても満足できる出来栄えだったらしい。

「砦の中を観察してどこか気になった箇所はある?」

レギナは王女でありながら数々の争いや調停などに参加しているために、国内の砦なども何箇所か回ったことがあると聞いた。実際に砦を見たことのある彼女から意見が欲しい。

「……そうね。一階の武器庫が少し手前にあったのが気になったのと、各部屋から動線がぶつからないか心配になったところがあるわ」

視察がてらに間取り図を描いていたらしく、レギナが羊皮紙を広げてペンで動線を書いてくれる。

動線というのは、日常生活や仕事で建物内を自然と移動する経路のことだ。

建物を設計する際に気を付けなくてはいけない要素の一つ。利用者の行動パターンを予測し、事故を少なくし、より快適に生活できるように考えないといけない。

どうやら現状の間取りでは、その動線に少し問題があるようだった。

「武器庫の部屋を少し奥にすれば、つっかえることなく移動ができて動線がスムーズになるかも」

「なるほど。なら、武器庫はレギナが指定してくれた部屋にするよ」

「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」

さすがは、獣王国内の砦を見たことがあってレギナの指摘は的確だな。参考になる。

いくつかの部屋の配置代えを決めると、メルシアがそれらを構造図に書き込んでくれる。

「メルシアも構造図の作成ありがとう」

「イサギ様の補助をするのが私のお仕事ですから」

メルシアがにっこりと微笑む。

速やかに砦の内部を共有するための構造図なんてまるで考えていなかった。

本当に俺はメルシアに支えてもらってばかりだな。

「にゃー! なんだこれー!?」

なんて思っていると、後方から驚きの声が響き渡った。

「にゃー! レディア渓谷にすごいものができてるー!」

「たった半日でこれを作ったっていうのかよ!? すげえな!」

「……ケルシーさんの言う通り、防衛拠点というよりかは砦だな」

振り返ると、そこにはネーア、リカルド、ラグムントといったうちの農園の従業員がおり、唖然とした顔を浮かべている。

「あれ? ケルシーさんたちは?」

てっきりケルシーや他の村人もたくさん来ると思っていたが、たどり着いているのは三人だけで他の人たちの姿は見えない。

「他の人たちは物資を運ぶ準備をしているのでもう少しかかると」

「イサギに呼ばれたあたしたちは優先してやってきたんだー」

ラグムントとネーアがそう述べる。

どうやらケルシーが俺に配慮して、先に三人だけを行かせてくれたらしい。

時間が少しでも惜しい現状でそれは助かることだった。

「で、オレたちは何をすればいいんだ?」

ケルシーにもロクに説明していなかったのでリカルドがそう尋ねてくるのも無理はない。

「砦の中に農園を作ろうと思ってね。作物を栽培するのに手伝ってほしいんだ」

「砦に農園!?」

視線が集まる中、答えるとメルシア以外の者が驚きの声を上げた。

「……食料の生産であれば、村の大農園から作物を送るのではダメなのですか?」

ラグムントの疑問はもっともだ。

レディア渓谷からプルメニア村まではそう距離が離れていない。

獣人の身体能力を考えれば走ってすぐなので、わざわざ砦の中に農園を作る意味などない。

村から輸送すれば済む話だ。

「ここで作るものは、村のものとは違って特別なんだ」

「特別って美味しさが違うってのか!?」

「バカいえ。そんなものをこんな状況で作る必要などないだろう」

リカルドとラグムントのやり取りにクスリと笑ってしまう。

確かにいつも通りなら、そうなんだけど今は状況が状況だからね。

「それでイサギの言う、特別っていうものはなんなの?」

「皆の身体能力を底上げするための作物さ」

「ええ!? そんなものが作れるの!?」

「何を今さら言っているのですか、ネーア。村で作った食料でも微量ですが含まれていますよ」

「「えっ? そうなの?」」

呆れながらメルシアの言葉にリカルドとネーアが間抜けな声を上げた。

ラグムントはそのことについて驚いた様子はないし、ちゃんとわかっていたようだ。

「……もしかして、気付いてなかったのですか? 雇用する際に、作物の効果についでは何度も説明し、資料もお渡ししたはずですが?」

「た、確かにイサギさんの作物を食べてから身体の調子が良かったり、肌のツヤが良くなったかも!」

「オ、オレもそんな気がするぜ! 前よりも重いものが楽に運べるようになったしな!」

メルシアが怒気をにじませながら言うと、ネーアとリカルドが思い出したとばかりに慌てて言う。

「あくまで微増だから気付かないのも無理はないよ」

「だ、だよね!」

従業員たちは日常的にうちの農園の作物を口にしており、強化された状態が普通になっている。俺がやってくる前までは栄養も足りていない様子だったし、作物による特別な恩恵だと思わないのも無理はない。

「そんなわけで、皆の身体能力を底上げするための作物を錬金術で調整して作ったから、いつも通りそれを栽培してほしいんだ」

「わかった! とにかく、いつもと同じように作物を作ればいいんだね?」

「それなら任せてくれ!」

「それじゃあ、早速砦に行って植えようか」

ネーアたちが理解してくれたところで俺たちは砦の中に入り、奥にある農地へと移動。

ここでは作物を栽培することを見越しており土だけで、他の場所のように手を加えてはいない。

「まずは土を耕そうか」

マジックバッグから鍬を取り出すと、ネーア、リカルド、ラグムントに手渡し、土を耕してもらう。

三人だけだと時間がかかってしまいそうなので、マジックバッグから大量の石材を取り出し、錬金術を発動。

ストーンゴーレムを三体ほど作り上げると、彼らにも鍬を持たせて土を耕してもらうことに。

「にゃー! ゴーレムには負けないよー!」

ゴーレムだけじゃなく、ネーア、リカルド、ラグムントもザックザックと土を耕してくれる。最初は鍬を振るう姿がぎこちなかったけど、農園で何度もやるようになったからか今ではすっかりと堂に入った姿だ。耕す速度も負けていない。

そして、土を耕したところにメルシアがズタ袋を抱え、錬金術で調整した肥料を撒いていく。

それらを軽く攪拌したら、俺は錬金術で調整した特別な作物の種を植える。

後は水をかければ、すくすくと芽が出てくる。

「え!? もう芽が!?」

「成長はまだ止まらないよ」

芽が出ただけで成長は止まらず、すくすくと苗を伸ばすとその先に葉っぱを茂らせ、先端に赤い色の実がついて、あっという間にトマトが出来た。

「うんうん、いい感じだね」

「成長速度、葉の大きさ、実の大きさ、色艶、どれも問題なさそうです」

傍らではメルシアが今回の作物の成長記録を詳細に記録してくれている。

身体能力向上に重きを置いた調整をしたが、作物の成長にはなんら影響はないようだ。

これの様子なら問題なさそうだ。

「待って待って。農業にそこまで詳しくないあたしでもトマトがこんな一瞬で出来ないってわかるわよ!?」

そんな様子を見て、レギナが取り乱した様子を見せる。

前に農園を視察にきたライオネルと違って、レギナはここでの農業の様子を見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。

「まあ、これから始まるかもしれない戦に必要なのに悠長に栽培している暇はないからね。いつものように錬金術で調整して、成長速度を引き上げさせたんだ」

「ラオス砂漠での栽培はもう少し時間がかかっていなかった?」

「あちらでは土地に適合した肥料がありませんでしたし、育つはずのない作物を環境に適応させるだけで精一杯でした。しかし、それは時間が足りなかっただけで、もう少し研究する時間があれば、ラオス砂漠でもこちらと同様に一瞬にして作物を作り上げることができるでしょう」

レギナの疑問にメルシアが淀みのない口調で答えてくれる。

俺が答えようとしてくれた言葉そのものであるが、少しの時間でそれが実現になるかは不明だ。とはいえ、助手であるメルシアがここまで堂々と言われては、そんな情けないフォローなんてできない。曖昧に頷いておく。

「案外、帝国が狙っているのって農園じゃなくて、イサギとかだったりしない?」

「私としてはその線も十分にあり得るかと思っています」

「怖いことを言うのをやめてよ」

解雇した宮廷錬金術師を取り戻すためだけに侵略するほど、帝国も暇ではないはず。

そう信じたい。

「さて、早速効果を確認してみようか」

手身近にある赤い実を一つ手に取ると、そのまま食べてみる。

口にすると、トマトの甘みと酸味が口の中で広がる。

出来立てをすぐのお陰かとても鮮度が高い。

そして、何よりすごいのが一口食べただけで筋肉が活性していることだ。

全身の筋肉がほのかに熱を持ち、力が湧いてくる。

「あたしも一つ食べてもいい?」

「どうぞ」

許可をすると、レギナが傍にあったトマトをもぎ取り、服の裾で軽く拭ってから口に持っていく。

「こ、これすごいわ! たった一口食べただけで身体中から力が湧いてわかるわ!」

一口頬張ると、レギナが目を大きく見開きながら叫んだ。

レギナにもハッキリと知覚できたようだ。

俺は試しに石を拾い上げると、ゆっくりと手を握り込む。

すると、手の中にある石は擦りつぶされ、指の隙間からパラパラと砂が落ちた。

「見て見て! トマトを食べたお陰で石を潰せたよ!」

「非力なイサギ様でもこれだけの筋力の増強が見込める。素晴らしい効果です」

メルシアの何気ない一言に俺は傷ついた。

「あ、うん。そうですね」

「あ、あの、イサギ様? え、えっと、申し訳ありません」

落ち込む俺を見て、珍しくメルシアがあわあわとした様子を見せる。

自分が非力だってことはわかっているが、女性であるメルシアから真正面から言われると心にくる。

まあ、何度もお姫様抱っこされたり、担がれたりしているので仕方ないけど、たとえ非力だろうと男には男らしくいたい時があるものだ。

落ち込んでいると、すぐ傍らで地面を切り裂く音が聞こえた。

顔を上げると、レギナが大剣を振り下ろしたまま静止していた。

「うわっ、本当に力が増しているわね。軽く振っただけで地面が割れたわ」

大剣を振った風圧だけで地面が一直線に抉れている。

剣を振っただけで、どうして地面が抉れるのかわからない。

「なんだか俺よりも力の底上げがすごいや」

「個体差あるいは種族によって影響力に差があるのではないでしょうか?」

帝国でも身体能力を向上させる作物を何度か作ったが、俺の作ったものを食べてくれる人はメルシアしかおらず、詳細なデータがないので判断できない。

「ねえ、イサギさん! あたしたちも食べてもいい?」

「いいよ」

身体能力が向上されれば、ネーアたちの作業効率も上がる。

他の三人に食べてもらうことは悪いことじゃない。

「それじゃ、遠慮なくいただきまーす!」

元気よくトマトに齧り付いたネーアたちが一口食べた。

「にゃー! すごく力が湧いてくる!」

「本当だ! こいつはすげえ!」

「普段の二倍くらいの力がありそうだ」

ネーア、リカルド、ラグムントがトマトを食べるなり驚きの表情を浮かべる。

「だけど、どうにも落ち着かない!」

「妙にソワソワとして落ち着かない気分だ」

「ああー! なんだこれ!?」

ネーア、ラグムントはソワソワとしており、リカルドは耐えきれなかったのか意味もなく跳ねたり、走り回ったりし始めた。

「身体能力が向上する代わりに、少し興奮化する作用があるんだ。にしても、メルシアが食べた時よりも興奮化が顕著に出ているね?」

帝城の工房や、プルメニア村の工房でメルシアは何度か食べてくれたが、こんな風に落ち着きがなくなることはなかった。個体による違いだろうか?

「私は何度も口にしており、慣れていますから」

そう言ってメルシアがトマトを口にする。

いつもより尻尾が元気よく動いているが、ネーアたちのようにソワソワとすることはなかった。

「食べるだけで身体能力をここまで上げることができるなんてすごいわ!」

「ありがとう」

人間族よりも、獣人族の方が身体能力は遥かに高い。この差をさらに空けることで少しでも戦況が有利になればと思う。

「他にも魔力を活性化させるための作物や、治癒力を高めるための作物もあるから、ドンドンと作って皆の力になれればと思うんだ」

「ええ、ドンドンと作っていってちょうだい!」

「にゃー! この有り余った力を農業に活かすよー!」

「うおおおおおお! オレはやるぜー!」

身体能力がアップしているからだろうか、ネーア、リカルド、ラグムントが先ほどよりも速いペースで土を耕していく。その速度は疲労を感じることのないゴーレム以上だった。この速度で開墾できるのであれば、全員分を賄うことは十分に可能だな。

相手は万を越える軍勢だ。千人程度の戦力を強化したところで焼石に水なのかもしれない。

だけど、ひとりひとりの戦闘能力が上がれば、生存能力は高まるわ。

大切な人たちが少しでも生き残る確率が上がるのであれば、俺はそのための努力を惜しまない。





「ねえ、イサギ。この強化作物だけど、どのくらい効果が持続するのかしら?」

強化食材の栽培作業をネーアたちに任せていると、レギナが尋ねてきた。

「ハッキリとはわからないけど、俺とメルシアの場合は三時間ってところかな」

「はい、私もそのように記憶しております」

「その三時間が過ぎると、急に効果が無くなるのかしら?」

「三時間が最高のパフォーマンスを維持できる時間で、そこを過ぎると徐々に効力が失われていく感じだよ」

「なるほど……」

詳細な説明をすると、レギナが腕を組んで深く考え込む。

強化食材を利用した作戦や戦力の運用を考えてくれているのだろう。

「ねえ、イサギ。この強化作物だけど、すぐに補給できるようにできないかしら?」

「というと?」

「今回の戦いは持久戦になる可能性が高いわ。そう考えると、効力が三時間というのは少し心許ない。戦いが始まってしまえば前線に立っている人の全員が交代できるとは限らないから」

「つまり、戦いながらでも摂取できるのが望ましいということですね?」

「そういうこと」

「なるほど。確かに戦っている最中に悠長に食事することなんてできないもんね」

メルシアが要約してくれたことにより、俺もレギナが何を言いたいのかしっかりと理解することができた。

「効果を失うことなく加工するのが望ましいな。でも、これは少し時間がかかるかもしれない」

「ですが、イサギ様には砦の仕上げ作業、武器の作成、戦ゴーレムの作成とやることは無数にあります。あまりこればかりに力を入れるわけには……」

メルシアの言う通りだ。まだまだ俺がやらなくてはいけないことはたくさんある。だけど、強化作物を適切な形で提供することも大事な要素だ。

ああ、人手が足りない。

「料理のことなら僕たちに任せてください!」

どうするべきかと悩んでいると、後ろからそのような声がかかった。

「イサギさんが砦で農園を作るって聞いたから、何か役に立てることがあるんじゃないかと思ってね」

振り返ると、ダリオとシーレだけでなく、プルメニア村にいた女性の獣人たちが大勢やってきていた。

恐らく、ケルシーをはじめとする村人たちが到着したのだろう。

「ダリオさん、シーレさん! それに村の皆さん!」

「プロの料理人ってわけじゃないけど、私たちでよければ力になるよ!」 

「私たちのこともドンドン使ってくれていいから!」

「ありがとうございます。では、ここにある強化食材を使って、携帯食料を作ってくださると助かります」

「ただしできるだけ食材の効果を薄めないようにお願いいたします」

メルシアが強化食材の資料をシーレに渡しながら詳しく説明し、要望を伝える。

「わかりました! やってみます!」

「できるだけやってみる」

強い意気込みをみせるダリオと、クールに返事をするシーレ。

これなら問題なく作業に取り掛かることができるだろう。なんなら俺が作るよりも料理人であるシーレとダリオが指揮をとって作った方がいいものができるかもしれないな。

農園や強化作物の方は皆に任せることにして、俺は砦の仕上げ作業に取り掛かるのだった。

砦の仕上げ作業を行っていると、ケルシーをはじめとする多くの村人たちが到着していた。

荷台の中には農園で作った食料や、武器、医薬品などの類が多く積まれており、それらが砦の内部へと運び込まれていく。

「うん、内部の動線は問題ないみたいだ」

「そうですね。今のところ村人から不満の声は上がっておりません」

レギナが指摘した通りに内部を改装したところ、村人たちはスムーズの内部で動き回れている。こうやって物資を運び込んでいても人がぶつかり合うことや、詰まることがなかった。やっぱり、実際に砦を見て回ったことのある人の意見は違うな。

「今のうちに防壁の仕上げに移っちゃおう」

問題なく村人たちが動き回るのを横目に、俺とメルシアは砦の外にある防壁へ移動。

「メルシア、魔力鉱を」

「はい」

メルシアがマジックバッグから取り出した魔力鉱を手渡してくれる。

俺は魔力鉱を手にすると石材でできた防壁へと押し付ける。

そのまま錬金術を発動させると、魔力鉱はずぶずぶと防壁に埋まっていく。

魔力を込めながら防壁に馴染ませると、薄灰色だった防壁が鈍色になった。

魔力鉱が馴染んだ証だ。

「メルシア、少し叩いてみてくれる?」

「わかりました」

声をかけると、メルシアはこくりと頷いて防壁に近づく。

半身になって腰を落とすと、彼女は鋭い踏み込みをして右ストレートを叩きつけた。

ガイイインッと甲高い音が響き渡る。

魔力鉱は魔力を練り込むことで硬度を増幅させる効果のある鉱石だ。

ただの石材に混ぜるだけで防御力を大幅に上昇させることができる。

……はずなのだが、強化したばかりの防壁にはメルシアの拳の形にくっきりと凹んでいた。

「えっ!? 強化したのに凹んでる!?」

「申し訳ありません。先ほどの強化作物を食べたお陰で少し力が入ってしまいました」

「あ、ああ。そうだった」

そういえば、ついさっき強化作物を食べたお陰でメルシアの身体能力も向上しているんだった。ただでさえ、力が強いメルシアをさらに強化すれば、魔力鉱を混ぜ込んだ防壁が凹んでもおかしくはないか……って、いやいや、錬金術で石材を圧縮し硬質化した防壁に魔力鉱まで練り込んだんだ。いくら身体能力の強い獣人だからってこんなのはあり得ない。

そう思いながら俺は腰に佩いている護身用の剣を手にし、防壁に叩きつけてみる。

すると、キイインッという音を立てて、護身用の剣が折れてしまった。

これも錬金術で作り上げたそれなりにいい剣なのだが、強化防壁の前ではあっけなく潰れてしまった。

「普通はこうだよね」

「はい。これぐらいの硬度があれば、帝国の魔道具の一撃にも十分耐え得るかと」

つまり、メルシアの一撃は帝国の魔道具よりも強力ってことになるのだが、深く考えるのはやめておこう。

錬金術でメルシアの手形のついた凹みを修復しながら余計な考えを斬り捨てる。

「とりあえず、こんな感じでドンドンと防壁を強化していこう」

「はい」

メルシアから追加の魔力鉱を受け取り、錬金術で防壁へと注入し、魔力で馴染ませる。

ライオネルやワンダフル商会からたくさんもらっているので、遠慮なく使わせてもらおう。

魔力鉱を手にし、ひたすらに防壁を強化していく。

作業自体は単純で消費魔力も少ないのだが、何分防壁の範囲が広いので時間がかかる。

だけど、地味にそれを行っていくしかない。こういう時に俺以外の錬金術師がいれば、安心して任せられるのだがいないものをねだっても仕方がない。

俺とメルシアは砦の内部を周回するようにして防壁の強化に務めた。

「ふう、ようやく終わった」

「これで砦の防壁はより強固になりましたね」

ひたすらにそんな作業を繰り返すこと二時間ほど。

俺とメルシアは砦の外を囲う防壁をすべて強化することができた。

砂、石、岩で構成されており、薄灰色だったり、薄茶色をしていた防壁は、魔力鉱が混ざったせいか一面が鈍色になっていた。砦らしさが随分と増したと思う。

「さて、次は村人たちの武具の作成に取り掛かろうか」

「その予定でしたが、先にイサギ様の工房を作りましょう」

「先に俺の工房を?」

「はい。村人の中には鍛冶師もおります。素材は潤沢にありますので武具の作成は職人に任せましょう。職人たちには既にその方向で話を通しております」

「でも、俺が作った方が早いよ?」

「イサギ様の体力と魔力は有限です。強化作物のように他の者に任せられるものは、他の者に任せてしまいたいと思います」

きっぱりと告げるメルシアであるが、それは俺の体調を案じているというのがよくわかった。

確かに俺一人でできることに限界があるからね。

武具の作成については職人たちが作り上げたものに、俺が錬金術で加工することによって作り上げることができる。

時間はかかってしまうものの俺自身の負担はかなり少ない。そう考えると、メルシアの提案はありがたいものだった。

「わかった。ならメルシアの言う通り、工房の作成を優先することにするよ」

「ご理解頂きまして恐縮です」

そんなわけで防壁の強化を終えると、俺とメルシアは砦に入って工房を作ることにした。

砦内部に俺の工房を作っておくことは最初から決めていたので、どこに作るか迷うことはない。

錬金術を駆使して、自分好みの空間へとカスタマイズ。

基本的な間取りはプルメニア村にあるものとほぼ同じだ。その方が使いやすいからね。

空間が出来上がると、マジックバッグからテーブルやイス、ソファーなどを取り出し、錬金術に必要なビーカー、瓶、魔道具、錬金釜、棚、素材などを片っ端から設置。

これで俺の工房が完成だ。

「やや無骨であるのが不満ですね」

「まあ、砦の中だから仕方がないよ」

メルシアが納得のいかなさそうな顔をしている。

内装に拘りのあるメルシアからすれば、あまりにも無骨な室内を見るとリフォームしたくて仕方がないらしい。

「観葉植物と花瓶を置くのはどうかな?」

「イサギ様がそのようなことをおっしゃるとは驚きです」

なんて提案をすると、メルシアが目を丸くしながら言う。

「どんなに余裕がない時でも、すぐ傍に自然物があると安心できるからね。プルメニア村で生活するようになって気付いたことの一つなんだ」

「……そうですか」

そして、そのことに気付かせてくれたのはメルシアなので感謝の気持ちしかない。

工房の隅に観葉植物を置き、テーブルの上に花瓶を置くと、無骨な室内が少しだけ華やかになった。

生活感が出たことに満足していると、工房の入り口からゴンッという音が響いた。

「イサギ、メルシア! あたしよ!」

「手が塞がっているんだ。すまないが扉を開けてくれないかね?」

どうやらレギナとケルシーが何かを手にしてやってきたらしい。

声を聞いて、メルシアがすぐに寄っていき扉を開けてくれた。

「わっ、もう工房ができてる」

「ちょうど今作り終わったところだよ」

「だったらちょうどよかったわ。村にあった武器を強化してもらおうと持ってきたの」

中央にある大きな台座にやってくると、レギナとケルシーは抱えていた武器をそこに乗せた。剣、大剣、弓、槌、槍、斧といった様々な種類がある。

普通の鉄でできたものもあれば、魔力鉱、鉄鉱石、鋼などが混ぜられたものもあった。

「中には長年納屋に仕舞われていて使われていなかったものもあるのだが、大丈夫そうだろうか?」

「これなんかは少し錆びていますが、魔力鉱で構成された立派な剣ですね。錬金術で補修してやれば、問題なく使用することができますよ」

「本当か!」

マジックバッグから魔力鉱を取り出すと、錆びた剣を手にして錬金術を発動。

錆の成分を抽出し、老朽化していた部分を除去。代わりに不純物を取り除いた魔力鉱を織り交ぜてやり整形。魔力がしっかりと馴染むと、鈍色の光を放つ魔力鉱の剣が出来上がった。

「こんな感じですね」

「すごいわね! 錆びた剣がまるで新品のようになったわ!」

「さすがはイサギ君だ。他にも武器は鍛冶師の人が作ってくれている。出来上がり次第、強化をお願いしてもいいかね?」

「ええ、ドンドンと持ってきちゃってください」

ゼロから整形して作るとなると、時間もかかる上に魔力も多く消費するが、元からあるものを強化、再利用、補修するくらいなら負担も遥かに小さい。

この程度の作業であれば、半日で百本以上は作れるだろう。

「わかった。そのように伝えておこう」

そのことを伝えると、ケルシーは軽快な足取りで工房を去っていった。

忙しいレギナも一緒に戻るかと思っていたが、彼女は難しい顔をして立っていた。

何か言いたいことや相談したいことがあるのだろうか? 

こちらから尋ねようか迷っていると、レギナは深呼吸をして口を開いた。

「……イサギ」

「なんだい?」

「迎撃用の魔道具を作ってくれないかしら?」

レギナのその言葉に俺の心臓がドクリと大きく跳ねた気がした。

「迎撃用の魔道具は作ってくれないかしら?」

レギナが真剣な表情で俺にそんな言葉を放った。

彼女が指している迎撃用の魔道具とは、帝国でいう軍用魔道具のことだろう。

生活を豊かにするための魔道具ではなく、人を傷つけるための魔道具。

俺が作るのをあまり好まない魔道具だ。

なぜならば、それは人々を幸せにしたいという俺の錬金術師としての方針と、真反対を突き進むものだから。

「ごめんなさい。イサギが人を傷つけるための魔道具を作るのが嫌いだって知っているのに、こんなことを頼むようなことをして」

「いや、レギナは悪くないよ。王女としてこの国を守るために必要なことを言っているだけだから」

俺がレギナの立場でも同じことを頼に違いない。

これから始まるかもしれないのは命を奪い合う戦争なんだ。作るのが嫌いだとかいう個人的な理由で放置していい問題ではない。

大人数での争いで活躍するのは魔法による範囲攻撃。

戦争で軍用魔道具がどれほどの効果を発揮するのかは、言うまでもないだろう。

ただでさえ、獣人は人間に魔力の保有量も劣っており、魔法の文化も遅れている。

魔法で太刀打ちするのは不可能に近い。そんな絶望的な差を埋めるのが、軍用魔道具だ。

軍用魔道具さえあれば、魔石の魔力が切れない限りは獣人でも魔法の力を振るうことができる。魔力の少ない獣人だろうと大魔法に匹敵する威力の攻撃を放つことができる。

そんな重要なものを使用しない手はない。

そんなものは俺が一番にわかっているはずだった。

「本来ならばすぐに作成に取り掛からないといけなかったはず。それをしていなかったのは俺が嫌なことから目を背けていただけにすぎないんだ」

「……イサギ様」

本当の意味で俺の覚悟は決まっていなかったのかもしれない。心のどこかでまだブレーキを踏んでいた自分がいた。

でも、そんな甘い気持ちじゃ大切な人を守れないんだ。

「もう目を背けるのはやめる。軍用魔道具を作るよ」

軍用魔道具だけじゃなく、武具、アイテム、あらゆるものを錬金術で作り上げて帝国に対抗する。それが俺のできる村の守り方だ。

「ありがとう、イサギ」

「礼を言うのはこっちだよ。レギナのお陰で目が覚めた」

彼女が意を決して言ってくれなければ、俺はズルズルと後回しにしていたかもしれない。

自分のできる最大限のことをせずに敗北したとあっては悔やんでも悔やみきれないし。

早めに気付かせてくれたことに感謝だ。俺は俺のできることのすべてやろう。

「早速、作ってみるよ」

そのために俺は先ほど強化したばかりの剣を取り、再び錬金術を発動。

作り出すのは剣に魔法の力を宿す魔法剣だ。

刀身に炎の魔法式を刻み始める。

魔力の偏りが出ないように集中。

込める魔力は常に一定で、ひと払いまでしっかりと意識して刻み込んでいく。

最後の文字を刻み終えると明滅し、刀身が淡い水色へと変色した。

魔法式と魔力が刀身にしっかりと馴染んだ証だ。

最後に魔法式が消えないようにしっかりとコーティングを施せば……。

「完成。氷結剣」

ただの魔力鉱でできた剣は、俺が魔法式を刻み込むことによって氷属性の力を宿した魔法剣へと姿を変えた。刀身は淡い水色に変化しており、ほのかに冷気が漂っている。

「続けて何本か作ってみようか」

氷結剣をメルシアに渡すと、二本目はマナタイトで加工された剣を手にして魔法式を刻み込む。

やっぱり、マナタイトは魔力鉱よりも魔力伝導率が高いので、魔力の馴染みもいいな。

しっかりと呼吸を意識しながら一文字一文字を丁寧に。ちょっとした文字や魔力の乱れが、そのまま武器へと影響するので片時たりとも気を抜くことはできない。

二本目も完成し、三本目、四本目にも着手していく。

半年ほどのブランクがあったが五本目にもなると、俺の身体も徐々に作り方を思い出してきたのか魔法式を刻む速度は最初に比べて二倍ほど早くなっていた。込められた魔力にムラなどは一切ない。

「とりあえずはこんなものかな」

氷結剣、雷鳴剣、火炎剣、風刃剣、土精剣といった各属性の魔法剣が完成した。

「えっ? 魔法剣ってこんなにも早くできるものなの?」

「もうちょっと数をこなせば、もっと早くなるよ」

「そ、そう」

たった五本ではウォーミングアップにもならない。

あと二十本ほど作れば、身体も温まってもっと早く生産できるようになると思う。

「二人ともちょっと魔法剣を使ってみてくれないかな? 久しぶりに作ったから感触を確かめておきたいんだ」

「あたしでいいのなら」

「もちろん、私も協力いたします」

「ありがとう。ここじゃ危ないし、砦の外で使ってみようか」

砦の内部にもちょっとした演習スペースはあるけど、今はそっちで訓練をしている村人もいるので使用することはできない。

魔法剣の危険性から砦の外で実験するのがいいだろう。

そんなわけで、俺とレギナとメルシアは魔法剣を手にして砦の外へ。

砦の外には谷底しかなくロクな障害物もなかったので、俺が錬金術を使用して土を隆起させ、五つほどの標的を作った。

「それじゃあいいかしら?」

「どうぞ」

「まずは火炎剣からいくわ!」

レギナが火炎剣を上段に構えて、ゆっくりと魔力を流していく。

赤い刀身から熱気が放出されると同時に勢いよく発火。燃え盛る炎が刀身をとぐろまく。

……うん、炎の発動もスムーズだし、制御もちゃんとできている。

火炎剣は正常に作動している。

「はっ!」

レギナがこちらに視線を送ってきたので、こくりと頷いてやると、彼女は勢いよく火炎剣を振り下ろした。

刀身を纏っていた炎が射出される。

勢いよく迸った炎の大砲は標的へと着弾し、爆炎を撒き散らしながら岩を破壊した。

「使い心地はどう?」

「バッチリよ! とても使いやすいわ!」

魔法剣を使って興奮しているのか、レギナは楽しそうに感想を述べた。

「では、私は雷鳴剣を……」

メルシアが翡翠色の剣に魔力を込めると、青白い雷の力が刀身にまとわりついた。

バチバチと音を立てながら雷を収束させると、メルシアは魔法剣を薙ぎ払う。

収束された雷が一気に解放され、一直線に突き進んだ雷は岩を貫通させた。

「さすがはイサギ様の魔法剣ですね。そこらのものとは物が違います」

刀身の電気を振り払いながらメルシアがうっとりとした様子で呟く。

「なんかメルシアとあたしで魔法剣の使い方が違う?」

レギナに手元にある火炎剣とメルシアの雷鳴剣を見比べながら言った。

一目見ただけでそのことに気が付くとはセンスがある。

「それは使い方の問題です」

「使い方?」

「魔法を放つ時と同じように魔力の操作をすることで変化を起こすことができます。私はただ雷を放つのではなく、一度収束させることによって威力と貫通力を高めました」

もちろん、魔法剣の属性によって威力などに変化が出るが、二人の威力に大きな差が出たのはそういった応用技術の差だ。

メルシアはあまり魔法が得意ではないが、俺の作った魔法剣をよく振っていたのでそういった運用は得意だ。

「あっ、本当だわ! 炎の威力が上がった!」

メルシアの解説を聞きながらレギナが火炎剣を振るうと、さっきに比べて炎がより大規模な大きさになって岩を呑み込んだ。

「魔力を限界まで収束させて解き放つイメージで操作すれば、爆破が強化されるよ」

「やってみる!」

アドバイスを送ってみると、レギナに実際にそのように魔力を込めて火炎剣を振るう。

すると、炎は控え目であったが、岩に着弾した瞬間に爆発を起こした。

「……すごい。魔法剣といってもこれだけ性質に変化を加えられるんだ」

「魔力の扱いに長けている人だからできる技術だけどね」

魔法の素養がなかったり、魔力操作に慣れていない一般の兵士ではこのような性質変化を起こすことはできない。この二人だからいとも簡単にできるだけ、難しい技術だ。

「こんなに使いやすい魔法剣は初めて」

「今までの魔法剣はどんな感じだった?」

「魔力を流した時の違和感があるっていうか、込めた魔力に対して起こる現象が小さいって感じ?」

「それは単純に錬金術師の技量でしょう」

「そうなの?」

「刻み込んだ魔法式の魔力が乱れていたり、魔法式そのものが間違っていたのかもしれないね」

魔法剣の要は刻み込む魔法式だ。

それに乱れがあれば、魔力を流す使用者が不快感を覚えたり、魔力のロスを感じるのは当然と言えるだろう。

仕組みが単純故に、製作者の技量が問われるのが魔法剣だったりする。

帝国では少しでも淀みがあれば、貴族や騎士団の方々が文句を言ってくるので大変だったものだ。そのお陰で鍛えられたとも言えるけどね。

「これだけ使い勝手がいいなら、自分で魔法を付与するよりもいいかもしれないわ」

ラオス砂漠にてレギナは大剣に炎を付与して戦っていた。

その一撃はとても強力でキングデザートワームを一撃で屠るほど。

「さすがにそれは言い過ぎだよ」

「あの技は連発できないし、人間を相手にするならこっちの方が魔力も抑えられるのよ」

確かにレギナのあの一撃は強力だが、人間を相手にするには明らかにオーバーキルだ。

逐一魔法を発動し、加減をしながら戦うよりも威力の調整が楽な魔法剣にしてしまう方がストレスなく戦えるのかもしれない。

「……ならレギナのために大剣用の魔法剣を作っておこうか?」

「ありがとう。とても助かるわ!」

お世辞などではなく本当に必要としているのであれば、錬金術師としてそれに応えるまでだ。

火炎剣、雷鳴剣、風刃剣、土精剣の試運転が問題なく終わると、最後に残っている氷結剣だ。

「最後は氷結剣ね。使ってみてもいいかしら?」

「いいよ。ただそれだけはマナタイトを使っているから魔力の消耗には注意してくれ」

「わかったわ」

五本作った魔法剣の中で、氷結剣だけはマナタイトで作ってある。

魔力鉱で作った魔法剣と比べると、魔力伝導率は桁違いなので圧倒的な威力が出るはずだ。

レギナは氷結剣を上段に構えると、魔力を込めて一気に振り下ろした。

魔法剣から冷気が迸り、視線の先にあった岩は一瞬にして呑み込まれた。

岩が凍り付くだけで減少は収まらず、その先にある谷底まで一気に凍り付く。

気が付けば、俺たちの視界は一面の氷景色が広がることになった。

そんな魔法剣の威力に驚く俺とメルシアだったが、レギナがよろめくように片膝をついた。

「大丈夫かい? レギナ!?」

「……はぁ、はぁ、大丈夫よ。すごい威力だけど……かなり魔力も持っていかれるわね……」

どうやら魔法剣の使用による急激に魔力を消耗してしまったようだ。

「魔力回復ポーションです」

「あ、ありがとう」

メルシアが魔力回復ポーションを渡すと、レギナは瓶を開けてこくりと呑んだ。

時間が経過すれば、レギナの魔力も完全に回復するだろう。

「これは俺のミスだ。もう少し魔法式を調整するべきだった。ごめん、レギナ」

「いいえ、あたしも浮かれて多く魔力を流しちゃったわ。イサギが謝ることじゃないわ」

帝国にいた騎士、魔法使いなどに比べると、獣人の魔力総量は少ない。

そのことを念頭に考えた上で魔法式の調整をしなければならなかった。

獣人にしては魔力総量が多いレギナが少し多めに魔力を込めて振るっただけで、ここまで消耗してしまうなんて使い物にならない。

「強化食材で魔力を増やせばどうかしら?」

「それなら倒れずに済むけど、消耗はかなり大きいよ?」

「それでもこの威力の武器は使う価値がある。だから、念のために何本か作っておいてほしいわ」

「わかった。レギナがそう言うなら……」

あくまで戦争の指揮を執るのはレギナだ。

指揮官である彼女が必要だというのであれば、作っておくことにする。

「魔法剣は絶大な効果があるけど、獣人の特性を考えると合っているとは言い難いな」

魔法剣は他の魔道具と違って、魔石が魔力を補ってくれるわけではない。自前の魔力が必要になるのであれば、魔力総量の少ない獣人には合っていると言い難い。

「そうね。できれば、魔力を消費しないものがいいわね」

「でしたら、投擲魔道具を作ってみるのはいかがでしょう?」

レギナと唸っていると、メルシアがそのような提案をした。

「投擲魔道具?」

確かに魔力を使用しないし、使いやすい魔道具の一つだが、戦争で役に立つのだろうか?

「人間でしたら投擲できる距離に限界があるので使用が難しいですが、我々獣人の膂力を持ってすれば……」

俺のそんな疑問を解消するようにメルシアが足元にある石を拾い上げて投擲。

それだけで五十メートルほど先にある岩が破砕された。

「長距離魔法並の威力が出せます」

「そうか。獣人の長所を伸ばす形で魔道具を作ってやればいいのか」

獣人の持ち前は、鋭敏な感覚機能と驚異的な身体能力だ。身体を使う、単純な魔道具の運用こそ真価を発揮すると言えるだろう。

「だったら単純に身体能力を強化する魔道具を作ろうかな。他にも安全に敵に接近できるように魔力障壁を生成する魔道具もあると便利そう」

「あっ、それなら障壁を宙に展開して、足場とか作れるようにしてくれると嬉しいかも! ラオス砂漠でイサギが砂とかを足場にしてくれるがすごく便利だったのよね」

「魔力障壁を足場にするか……その発想はなかったよ」

「他には熱などの属性を無効化する魔道具などもあると有り難いですね。多少の攻撃は無視して、突っ込むことができます」

「確かにそれは便利ね! 敵の意表も突けそうだわ!」

メルシアの意見にレギナが深く同意するように頷く。

爆炎に突っ込むなんて無茶なことはそもそもしてほしくないんだけど、前線で戦う彼女たちにとっては切実な問題のようだ。

一応、そういった属性攻撃などを軽減する魔道具も用意しておこう。

にしてもこうやって魔道具の話をするのは楽しいものだ。

できれば、その魔道具が軍事的なものではなく、生活を豊かにするための話し合いであれば、とても幸せだったのだけど状況的に仕方がない。

今は生き残るための魔道具を作るけど、落ち着いたら皆で人々を笑顔にするための魔道具談義をしたいものだ。





レギナ、メルシアと話し合って、生産する魔道具の主な方向性を決めると、俺は砦に籠ってひたすらに作業に没頭していた。

魔法剣の生産、村人の使う武具の強化、障壁の魔道具、耐性魔道具などと俺が作るべきものはたくさんある。

そんな中、今作っているのは魔石爆弾だ。内部には属性魔石が埋め込まれている。

微量な魔力を流すことで臨界寸前の魔石が起動状態となり、後は敵のいるところに投げ込んでやれば衝撃で自動的に爆発する仕組みだ。

錬金術による魔力加工を応用して兵器化した魔道具である。内部に埋め込む属性魔石を変えれば、それぞれの用途に変えた属性爆弾へと変化させることができる。

人間だと精々数十メートルほどしか飛ばせないので、ちょっとした飛び道具や自衛用の魔道具といった位置づけであるが、獣人が使えば恐ろしい性能になるのはメルシアの実例で立証済みだ。

生産された魔道具や武具のいくつかは戦う村人に配布されており、レギナやケルシーの監督の元に配布されて練習を行っているようだ。

いくら身体能力の高い獣人とはいえ、使ったこともない武具や魔道具を実戦で使うのは危険だからね。

しっかりと魔道具やアイテムの特性を把握した上で使ってもらえたらと思う。

「ただいま、戻りました」

「お帰り、メルシア」

魔石爆弾を作っているとメルシアが工房に戻ってきた。

「魔物の数はどうだった?」

「今日はほとんどおりませんでした。ここの二日の間引きによって、この辺りが我々の縄張りだと理解できたのでしょう」

彼女は砦の安全確保のために、周囲にいる魔物の討伐をしてくれていたのだ。

「それはよかった」

前から帝国、後ろからは魔物が襲ってくるなんて事になればシャレにならないからね。

「魔石は八個ほど手に入りました」

「ありがとう。無属性の魔石でも十分な効果を発揮するから助かるよ」

あまり質のいい魔石で加工すると、魔石爆弾は取り扱いが難しくなってしまう。

魔道具の扱いに慣れていない人には、普通ぐらいの質の魔石がちょうどいい。

テーブルの上に並べられた魔石に手を伸ばすと、その上に手が重なる。

思わず顔を上げると、メルシアがこちらを覗き込んでいた。

「……イサギ様」

「ど、どうしたのメルシア?」

尋ねるもメルシアは真剣な表情でこちらを覗き込んでくる。

思わず仰け反って距離を取ろうとしても、手を抑えられているために逃げることができない。

一体どうしたというのか。

メルシアの綺麗な顔が近づいてくる。

このままいくとキスでもされるんじゃないか。

そんな思考がよぎってしまって心臓がドキドキする。

「イサギ様、もしかして寝ていませんね?」

こちらを凝視しながらの言葉にさっきとは別の意味でドキッとした。

「そんなことはないよ」

「私の目を見て言ってください」

メルシアが両手で俺の顔を挟んで無理矢理にこちらを向かせる。

抗えば、首の骨が折れるんじゃないかって力だった。

「……ちゃんと寝てるよ? ほら、顔色だって悪くないでしょ?」

なんて言ってみせると、メルシアは悪徳錬金術師を見るような目になった。

「ポーションを飲みましたね?」

「飲んでないよ」

「いいえ、飲みましたよね?」

確信があるのかメルシアが語気を強めて再び問いかける。

これ以上誤魔化したら本当に怒られてしまいそうだ。

「……はい。ポーションを飲んで二徹しました」

「やっぱり」

「なんでわかったの?」

強壮ポーションを飲んだために目にクマができていたり、顔色が悪くなるようなことはない。疲労は一切感じさせていないはずなのだが、なんでわかったんだろう?

「イサギ様のことは毎日見ていますから私にはわかります」

「そ、そうなんだ」

毎日見ていればわかることらしいが、俺にはわかる気がしないな。

「やはり、父さんを無理矢理にでも説得して、イサギ様と同室にさせてもらうべきでした。男女で寝室を分けるから私が目を離した隙にイサギ様がこのような無茶を……」

「いや、いくら戦時中でも寝室は分けないとダメだよ」

帝国と戦うよりも前にケルシーと戦うことになって大変なことになるから。

「二徹はやり過ぎです。今日のところはこの辺りにいたしましょう」

「もう少しだけ作業をさせて! 今日はまだ三百個しか作れていないし!」

プルメニア村や近隣に住む集落の人たちが終結し、この砦に集結している戦力はおよそ千人ほどだと聞いた。

全員が戦う人員ではないが、魔石爆弾は獣人ならば誰でもある程度の威力を発揮する強力な魔道具だ。可能なら全員が二個は所持できるだけの数を作っておきたい。

本当はもっと持たせられるように生産したいし、皆が正しく使いこなせるように練習分も作っておきたい。

いくらあっても足りることはないという状況なので、不足している現状で休むなんて選択はあり得ない。

「今日、あるいは明日にでも帝国が姿を現したらどうするのですか? そんな状態で戦いに加わっても十分に力を発揮することはできませんよね?」

「その時はポーションを重ねて無理矢理にでも――」

「ただでさえ魔力消費と生成を繰り返して身体を酷使しているのに、その上にさらに重ねるのですか? 間違いなく倒れますよ?」

ポーションが誤魔化しにしかならないことは俺がよく知っている。所詮は先送りにしているに過ぎないのだ。

「で、でも……」

「イサギ様が私たちを大切に思ってくださるように、私たちもイサギ様のことを大切に思っています。そのことを忘れないでください」

メルシアが真剣な顔で訴えてくる。

そうか。俺なんかのことを心配してくれる人が今ではたくさんいるんだ。

こんな大事な時に倒れて、皆に不要な心配はかけたくない。

「ごめん。また一人で焦ってた。作業はやめて眠ることにするよ」

「そうなさってください」

作業を中断すると、俺は顔を洗って歯を磨くと工房の奥にある寝室へ移動。

ローブを脱いでハンガーに掛けると、そのままベッドに寝転がる。

「……ところで、なんでメルシアがいるの?」

ベッドの脇のチェアにはメルシアが腰かけている。

「私が目を離すと、イサギ様はまた作業を再開される恐れがありますから。ここで眠りにつくのを見守らせていただきます」

正直、異性が目の前にいると非常に眠りづらいのだが、彼女の目を盗んで無理をしていた俺が悪いので反論の余地はない。

「ほら、目を瞑ってください」

メルシアが俺の髪を優しく撫でながら言う。

口を開いて子供じゃないんだけどと言おうとしたが、やはり体力のない俺の身体に二徹の負荷は大きかったらしく睡魔が襲ってくる。

強烈な眠気に俺は抗うことができず、俺はゆっくりと瞼を下ろすのだった。

これじゃ子供のようだな。





目を覚ますと、すっかりと工房の中が薄暗くなっていた。

ゆっくりと上体を起こす。

眠り始めた時刻が昼間だったから、半日くらいは眠っていた計算になるなぁ。

傍らに置かれてあるチェアにメルシアの姿はない。

俺が眠ったのを確認して自分の仕事に戻ったのだろうか。

ボーッとする頭でそんなことを考えていると、寝室の扉がノックされた。

タイミング的に俺が目を覚ましたのを察知したのだろう。すごい聴覚だ。

「イサギ様、お目覚めでしたら食事などいかがでしょう?」

朝も昼も食べていなかったために食事と言われた瞬間に、俺の胃袋が訴えを上げた。

「お願いするよ」

「かしこまりました。温めますので少々お待ちください」

「うん」

返事をすると、メルシアが遠ざかっていく。

俺はその間に軽く寝癖を直し、壁にかけてある魔道ランプを起動して、部屋に灯りを点けた。

こんなに長い時間眠ったのは久しぶりだ。それでも、まだ少し眠気があって頭が重い。

まだ完全に疲労が取れてはいないのだろう。

それだけ俺の身体に疲労が溜まっていたということだろう。

メルシアの言う事を聞かずにあのまま作業を続けていたら間違いなく倒れていたな。

彼女の言うことを聞いてよかった。

しみじみと思っていると、メルシアが扉を開けて入ってくる。

トレーに載っている深皿からは湯気が上っており、優しい野菜の香りがした。

「砦の農園野菜を使ったスープです」

「砦のってことは強化作物?」

「はい。ダリオさんやシーレさんがイサギ様のために調整して作ってくださいました」

「それはありがたいや」

「他にもレギナ様から要望のあった強化作物を即座に補給できるように兵糧丸やシリアルバーが作成されていますよ」

メルシアが兵糧丸とシリアルバーらしきものを見せてくれながら言った。

「それもできたんだ!?」

「はい。皆さん、一丸となって頑張ってくださっています」

「そうか」

俺だけでなく砦にいる他の皆も各々ができることをやってくれている。

強化作物でできた携帯食を見ると、それが実感できたような気がした。

「どうぞ、召し上がってください」

「ありがとう」

メルシアからお皿を受け取る。

「大きなタマネギだ」

お皿には大きなタマネギが浮いており、ブロッコリー、ニンジン、キャベツ、ベーコンといった具材が入っており、とてもいい香りを放っている。

匙を手に取ると、中央にある大きなタマネギを崩す。

しっかりと煮込まれたタマネギはとても柔らかく、匙で簡単にほぐすことができた。

スープと一緒にほぐしたタマネギを口へ運ぶ。

「甘くて美味しい!」

タマネギの濃厚な甘みが口の中へ広がる。

スープにはタマネギだけでなく、ブロッコリー、キャベツ、ニンジンと言った他の野菜の甘みや旨みが染み込んでおり、噛みしめるために濃厚な味を吐き出す。

タマネギだけでなく他の具材も柔らかくて美味しい。ベーコンの程よい塩気が食欲をさらに増進させるようだ。

ひとしきり具材を味わうと、今度はスープだけを飲んでみる。

甘い。だけど、砂糖のようなしつこさはない。身体に無理なく吸収されるような透明感のある甘さだ。自然と喉の奥へ通っていく、胃袋へと治まっていく。

栄養に飢えていた身体が喜ぶのがわかる。

お腹が空いていたこともあり俺の匙は止まることがなく、気が付けばお皿の中は空っぽになっていた。

「ごちそうさま」

「お粗末様でした。もうひと眠りされますか?」

「うん。もう少し寝るよ」

食べたら胃袋も満足したのか、またしても眠気が襲いかかってきた。

身体が本能的に休息を欲しているのだろう。

食べ終わったお皿をメルシアが回収してくれる。

「ダリオとシーレにお礼を言っておいてくれるかな?」

「はい。確かに伝えておきます。今夜はしっかりと休み、万全になった明日から頑張りましょう」

メルシアの心地良い声を耳にしながら、俺はまたしても意識を落とすのだった。

翌朝。俺はスッキリとした目覚めを迎えた。

身支度を整えて工房に出ると、メルシアが室内の掃除をしてくれていた。

「おはよう、メルシア」

「おはようございます、イサギ様。お身体の調子はいかがですか?」

「自分でも驚くくらいに絶好調だよ」

「それはよかったです」

昨日までは鉛のように重かった身体がとても軽く、頭痛もまったくない。

魔力も完全に回復しており、体内での巡りもいい。

強化作物による料理を食べ、ぐっすりと眠れたのがよかったようだ。

「イサギ、調子はどう?」

なんてやり取りをしていると、今度はレギナが顔を見せにきてくれた。

「おはよう、レギナ。休ませてもらったお陰で調子はバッチリだよ」

「そう。皆、イサギのことを頼りにしているんだから、あんまり無理をして心配させちゃダメよ?」

「うん。程々にしておくよ」

「もう無理をしないとは言わないのね?」


「そうでもしないと迎撃できそうにないからね」

一国の主戦力と辺境の村が張り合うんだ。無理をしないと勝てる相手じゃない。

レギナもそれをわかっているのか、無理に止めるようなことはなかった。

「帝国の様子はどう?」

「一応、交代で斥候を出しているけど、今のところそれらしい姿は確認していないわ」

「そうか。とはいえ、今日、明日くらいが怪しいね」

「ですね」

そんな俺とメルシアの呟きを耳にして、レギナが小首を傾げた。

「え? 帝国がこっちに到着するには、もう少しかかるんじゃない?」

「それは俺たちが情報を仕入れるより前に帝国が発っていなければの話だよ」

獣王国からプルメニア村に帰還するのに二日、レディア渓谷に砦を作り始めて三日目。既に五日も経過している。

帝国からプルメニア村までやってくるのに俺とメルシアは馬車で一か月ほどかかったが、それは費用を極力抑え、乗り合い馬車の都合などに合わせたからこれほど日数がかかっただけであり、帝国が真っすぐにこちらにやってくるのであれば二週間もかからない。

その日数から察するとまだまだ余裕があるように見えるが、俺たちが獣王国で情報を仕入れた時よりも遥か前に帝国が国を発っている可能性もある。

「それはもちろんあたしも想定しているけど、どう考えてもこっちに向かうのに三週間はかかるわ。帝国領はかなり広い上に、いくつもの険しい山や森があるもの」

国の主戦力が移動するのに容易ではない。距離が遠ければ、兵士は疲弊し、物資も減ってしまう。途中で大きな街などに寄って物資を補給し、兵士を休ませる必要がある。

「うん。だから帝国は国内にある街や村から兵力や物資を徴収して無理矢理突き進んでくるよ」

「え? 帝国軍がそんな無茶をするもの?」

「帝国はそういう国なんだ」

俺の言葉にレギナが唖然とした顔になる。

レギナの主張はもっともであるが、一つ違う点があるとすれば帝国に対する理解の差だろう。こればかりは仕方がない。

「それに帝国にはイサギ様ほどではありませんが、何人もの宮廷錬金術師がいます。それらのポーションを使用して強行軍をしている可能性は非常に高いです」

俺が徹夜をするために作った強壮ポーション。あれらの類を使用すれば、通常の進軍速度を遥かに上回る速度で移動することができる。後回しとはいえ、睡眠を摂る必要がなくなるのは大きい。

「……そう考えると、そろそろ帝国がここに到達してもおかしくはないわね」

「ごめん。俺たちがもっとよく帝国のことを伝えていればよかったよ」

「いいえ、確認を怠ったあたしも悪いわ。今はとにかく、そのことを皆に周知させておくわ」

「うん。お願いするよ」

事の重大さを理解したのか、レギナが血相を変えて工房を飛び出していく。

俺とメルシアは帝国で何十年と過ごしてきたので、帝国のことを当たり前にわかっているが、他の人からしたらそうでもない。これは失敗だったな。

工房の外に出ると、あちこちで職人たちが砦の補強をしたり、迎撃用の兵器を取り付けている姿が見えた。

演習場へと顔を出すと、大勢の獣人たちが武具を纏って連携の訓練をしていた。

それを眺めていると、訓練を中止して先頭にいたケルシーが近づいてくる。

「イサギ君、おはよう!」

「武具の調子はどうですか?」

村長であるケルシーをはじめとする、元兵士、狩人などの荒事に慣れている人には、俺が錬金術で作ったマナタイト製の防具を支給してある。

「絶好調さ。マナタイト製の武器を使えば、石だってバターのように斬れるからね」

「防具だって少し魔力を込めれば、かなりの防御力になる。これらがあれば怖いもん無しだ」

マナタイト製の武具は魔力を込めることで攻撃力を高めたり、防御力を高めたりと様々な変化を起こすことが可能だ。

全員に支給することはできないが、村の最高戦力であるケルシーたちが装備していると非常に心強い。

「そして、最高なのは耳と尻尾が窮屈じゃない。これは我々獣人にとって重要なことだ」

「ありがとうございます。皆さんのご要望に応えた甲斐がありました」

獣人たちに防具を作るに当たって一番苦労したのが、耳や尻尾の稼働問題だ。

今まで人間にしか装備を作ったことがなかったのでこれには苦労した。

それぞれの種族によって耳の長さや稼働域は違うだけに、微妙な個体さもあるときた。すべてがオーダーメイドであり、調整には四苦八苦したものだ。

しかし、その甲斐もあってケルシーをはじめとする獣人の方には評価を貰えたようだ。

「さっきレギナ様から聞いたんだが、我々が予想しているよりも遥かに早くやってくる可能性があるそうだね?」

「はい。俺たちの共有不足でした。すみません」

「いや、我々も状況に浮かれ、どこか楽観的になっていた。二人が悪いなどとは誰も言うまいよ」

「そうですよ。皆、イサギ様を頼り過ぎです。もっと自分にできることをやってください」

「ぬう、そう言われると耳が痛いな」

準備で色々と駆け回っている俺を傍で見ているせいか、メルシアの意見が辛辣だ。

「いいんですよ。錬金術師にとって活躍の場は準備やサポートにあるので。その代わり、戦いになった時は頼りにしていますからね?」

「ああ、必ずその期待に応えてみせよう」

頼りになる笑みを浮かべると、ケルシーは元の集団へと戻って訓練を再開した。

皆が俺のように何かを作れるわけではないし、俺も前線に出て戦えるわけでもない。

適材適所だ。

演習場から農園へと移動すると、ネーア、リカルド、ラグムントがゴーレムと共に農作業に励んでいた。

「イサギさん、体調は大丈夫ー?」

「皆の作ってくれた作物の効果もあって全快です」

「にゃはは、よかった。イサギさんが眠ってる間、メルシアはソワソワして作業も手につかなかったからね」

「ネーア! 余計なことは言わなくていいですから!」

頬をほのかに染めたメルシアが追いかける。

ネーアが楽しそうに逃げ回り、リカルドやラグムントもそんな光景を微笑ましそうに眺めている。

こんな平和な日々が続けばいいのに。

だけど、刻一刻と帝国が忍び寄ってきていて……。

絶対に誰も死なせたくない。

この幸せな光景を守るために俺も覚悟を決めよう。

「メルシア、俺は先に戻って作業に戻るよ」

「それでは私も――」

「いや、今日作るものはそれほど手伝えるものもないし、レギナの補佐をしてあげてくれるかい? 今朝の話で色々と再調整することがあるだろうし」

俺を覗くと帝国について詳しいのはメルシアだけだ。レギナの中で色々と作戦変更もあるだろうし、その時に帝国について詳しい彼女がいてくれた方が修正も捗るはず。

「わかりました」

メルシアが頷くのを確認すると、俺は一人で砦の廊下を歩く。

「……コクロウ」

廊下を歩きながら名前を呼ぶと、影からコクロウがぬっと現れた。

今まで姿を現してはいなかったようだが、ずっと影には潜んでいたらしい。

「なんだ?」

「ちょっとこれから危険な実験をするから俺の護衛を頼めるかな?」

「護衛ならあの小娘に頼めばよかろうに」

「これから行う錬金術はあんまり綺麗なものじゃないから」

なにせこれから行う錬金術は軍用魔道具以上に人の命を奪うためのものだ。

とても醜悪でメルシアに見せられたものではない。

「我ならいいとでも?」

「コクロウならそういうのは気にしないかなって」

「別にあの小娘も気にしないと思うがな」

「男としての意地ってやつだよ。たまにはカッコつけたいんだ」

「今まで散々情けない姿を晒しているようだが?」

「うっ、それについては触れない形で頼むよ」

日頃からメルシアにお世話になりっぱなしだし、魔物からも守ってもらっている。

昨日なんてベッドで寝かしつけられたばかり。とても男の意地なんて言えるものでもない。

それでも男にはカッコつけたい時ってのがあるんだ。

「フン、まあいい。戦争とやらの前の準備運動にはなるだろう」

「ありがとう。助かるよ」

コクロウに礼を言うと、俺は砦の外に出た。

「よし、この辺でいいかな」

そのまま遠くまで移動し、誰にも見られない場所にまでやってくると俺はマジックバッグから種を取り出した。

続けて植物系の魔物の素材と魔石を取り出すと、俺はそれらを合わせて錬金術を発動。

ごく普通の種に魔物に因子が加えられる。

「試作品一号の完成だ」

「随分と禍々しい種だな」

出来上がった種はコクロウが言うように禍々しい形とオーラを放っていた。

「その種で何をするつもりだ?」

「こうやって戦力を生み出すんだよ」

コクロウが首を傾げる中、俺は種をポトリと地面に落とした。

すると、種はずぶずぶと勝手に地面に沈んでいき、急成長。

芽を出し、枝葉を実らせると、茎の中央にぎょろりと大きな目玉を開眼させた。

「なんだ? この醜悪な植物は?」

「錬金術で作った作物さ」

「これが農園と同じ作物とでも?」

「ああ、農園と同じように品種改良をしただけだよ。ただし、改良する方向性を変えただけさ」

作物として収穫させるための成長率、繁殖率、病害耐性、甘み向上、そういったものをすべて切り捨て、魔物の因子をはじめとした、凶暴性、繁殖性、攻撃性などを加えた。

いうなれば、錬金術によって作り出された錬金生物と言えるだろう。

こんなものを何故作れるのかというと、作物の品種改良をする際に試行錯誤をしていたら作れるようになってしまった。

植物、魔物の因子について深く研究した俺だからできる技術だろうな。

「で、コイツは貴様の言う事を聞くのか?」

「多分、聞かないと思う」

俺がその答えを肯定するかのように錬金生物が棘の生えた蔓を振るってきた。

こちらの首を跳ね飛ばそうと迫ってくる蔓だったが、コクロウが割り込んで爪を振るうと綺麗に切断された。

そのままコクロウは着地すると、視線を錬金生物の方に向ける。

気が付けば錬金生物は自らの足元にある影に串刺しにされていた。

「まったく、自分で作っておいて言うことを聞かないとはどういうことか」

ため息を吐きながらコクロウが影の行使を解除すると、錬金生物から紫色の血液のようなものが漏れた。

自分で作っておきながら気味の悪い光景だと思う。

「そのためにコクロウに護衛を頼んでいるんだよ。ある程度の言うことを聞いてくれる個体を生み出すために」

「ある程度でいいのか?」

「味方が大勢いる中で運用するつもりはないからね」

完全な錬金生物を作るにはあまりに時間が足りないのも大きな理由だが、別に敵陣の真っただ中で生み出してやれば、勝手に帝国兵を敵だと認識して攻撃してくれる。

それだけで十分だ。

「フン、人畜無害そうな顔をして中々にえげつないことを考えるのだな」

「あんまりやりたくないけど、大切な人たちを守るためだから。そんなわけでコクロウにはもう少し付き合ってもらうよ」

「この程度の強さならいくら数がいようが問題はない。一気にやれ」

「それじゃあ、ドンドン試させてもらうよ」

俺はコクロウがいるのをいいことに遠慮なく、錬金生物を作り出していくのだった。