「さて、早速効果を確認してみようか」

手身近にある赤い実を一つ手に取ると、そのまま食べてみる。

口にすると、トマトの甘みと酸味が口の中で広がる。

出来立てをすぐのお陰かとても鮮度が高い。

そして、何よりすごいのが一口食べただけで筋肉が活性していることだ。

全身の筋肉がほのかに熱を持ち、力が湧いてくる。

「あたしも一つ食べてもいい?」

「どうぞ」

許可をすると、レギナが傍にあったトマトをもぎ取り、服の裾で軽く拭ってから口に持っていく。

「こ、これすごいわ! たった一口食べただけで身体中から力が湧いてわかるわ!」

一口頬張ると、レギナが目を大きく見開きながら叫んだ。

レギナにもハッキリと知覚できたようだ。

俺は試しに石を拾い上げると、ゆっくりと手を握り込む。

すると、手の中にある石は擦りつぶされ、指の隙間からパラパラと砂が落ちた。

「見て見て! トマトを食べたお陰で石を潰せたよ!」

「非力なイサギ様でもこれだけの筋力の増強が見込める。素晴らしい効果です」

メルシアの何気ない一言に俺は傷ついた。

「あ、うん。そうですね」

「あ、あの、イサギ様? え、えっと、申し訳ありません」

落ち込む俺を見て、珍しくメルシアがあわあわとした様子を見せる。

自分が非力だってことはわかっているが、女性であるメルシアから真正面から言われると心にくる。

まあ、何度もお姫様抱っこされたり、担がれたりしているので仕方ないけど、たとえ非力だろうと男には男らしくいたい時があるものだ。

落ち込んでいると、すぐ傍らで地面を切り裂く音が聞こえた。

顔を上げると、レギナが大剣を振り下ろしたまま静止していた。

「うわっ、本当に力が増しているわね。軽く振っただけで地面が割れたわ」

大剣を振った風圧だけで地面が一直線に抉れている。

剣を振っただけで、どうして地面が抉れるのかわからない。

「なんだか俺よりも力の底上げがすごいや」

「個体差あるいは種族によって影響力に差があるのではないでしょうか?」

帝国でも身体能力を向上させる作物を何度か作ったが、俺の作ったものを食べてくれる人はメルシアしかおらず、詳細なデータがないので判断できない。

「ねえ、イサギさん! あたしたちも食べてもいい?」

「いいよ」

身体能力が向上されれば、ネーアたちの作業効率も上がる。

他の三人に食べてもらうことは悪いことじゃない。

「それじゃ、遠慮なくいただきまーす!」

元気よくトマトに齧り付いたネーアたちが一口食べた。

「にゃー! すごく力が湧いてくる!」

「本当だ! こいつはすげえ!」

「普段の二倍くらいの力がありそうだ」

ネーア、リカルド、ラグムントがトマトを食べるなり驚きの表情を浮かべる。

「だけど、どうにも落ち着かない!」

「妙にソワソワとして落ち着かない気分だ」

「ああー! なんだこれ!?」

ネーア、ラグムントはソワソワとしており、リカルドは耐えきれなかったのか意味もなく跳ねたり、走り回ったりし始めた。

「身体能力が向上する代わりに、少し興奮化する作用があるんだ。にしても、メルシアが食べた時よりも興奮化が顕著に出ているね?」

帝城の工房や、プルメニア村の工房でメルシアは何度か食べてくれたが、こんな風に落ち着きがなくなることはなかった。個体による違いだろうか?

「私は何度も口にしており、慣れていますから」

そう言ってメルシアがトマトを口にする。

いつもより尻尾が元気よく動いているが、ネーアたちのようにソワソワとすることはなかった。

「食べるだけで身体能力をここまで上げることができるなんてすごいわ!」

「ありがとう」

人間族よりも、獣人族の方が身体能力は遥かに高い。この差をさらに空けることで少しでも戦況が有利になればと思う。

「他にも魔力を活性化させるための作物や、治癒力を高めるための作物もあるから、ドンドンと作って皆の力になれればと思うんだ」

「ええ、ドンドンと作っていってちょうだい!」

「にゃー! この有り余った力を農業に活かすよー!」

「うおおおおおお! オレはやるぜー!」

身体能力がアップしているからだろうか、ネーア、リカルド、ラグムントが先ほどよりも速いペースで土を耕していく。その速度は疲労を感じることのないゴーレム以上だった。この速度で開墾できるのであれば、全員分を賄うことは十分に可能だな。

相手は万を越える軍勢だ。千人程度の戦力を強化したところで焼石に水なのかもしれない。

だけど、ひとりひとりの戦闘能力が上がれば、生存能力は高まるわ。

大切な人たちが少しでも生き残る確率が上がるのであれば、俺はそのための努力を惜しまない。





「ねえ、イサギ。この強化作物だけど、どのくらい効果が持続するのかしら?」

強化食材の栽培作業をネーアたちに任せていると、レギナが尋ねてきた。

「ハッキリとはわからないけど、俺とメルシアの場合は三時間ってところかな」

「はい、私もそのように記憶しております」

「その三時間が過ぎると、急に効果が無くなるのかしら?」

「三時間が最高のパフォーマンスを維持できる時間で、そこを過ぎると徐々に効力が失われていく感じだよ」

「なるほど……」

詳細な説明をすると、レギナが腕を組んで深く考え込む。

強化食材を利用した作戦や戦力の運用を考えてくれているのだろう。

「ねえ、イサギ。この強化作物だけど、すぐに補給できるようにできないかしら?」

「というと?」

「今回の戦いは持久戦になる可能性が高いわ。そう考えると、効力が三時間というのは少し心許ない。戦いが始まってしまえば前線に立っている人の全員が交代できるとは限らないから」

「つまり、戦いながらでも摂取できるのが望ましいということですね?」

「そういうこと」

「なるほど。確かに戦っている最中に悠長に食事することなんてできないもんね」

メルシアが要約してくれたことにより、俺もレギナが何を言いたいのかしっかりと理解することができた。

「効果を失うことなく加工するのが望ましいな。でも、これは少し時間がかかるかもしれない」

「ですが、イサギ様には砦の仕上げ作業、武器の作成、戦ゴーレムの作成とやることは無数にあります。あまりこればかりに力を入れるわけには……」

メルシアの言う通りだ。まだまだ俺がやらなくてはいけないことはたくさんある。だけど、強化作物を適切な形で提供することも大事な要素だ。

ああ、人手が足りない。

「料理のことなら僕たちに任せてください!」

どうするべきかと悩んでいると、後ろからそのような声がかかった。

「イサギさんが砦で農園を作るって聞いたから、何か役に立てることがあるんじゃないかと思ってね」

振り返ると、ダリオとシーレだけでなく、プルメニア村にいた女性の獣人たちが大勢やってきていた。

恐らく、ケルシーをはじめとする村人たちが到着したのだろう。

「ダリオさん、シーレさん! それに村の皆さん!」

「プロの料理人ってわけじゃないけど、私たちでよければ力になるよ!」 

「私たちのこともドンドン使ってくれていいから!」

「ありがとうございます。では、ここにある強化食材を使って、携帯食料を作ってくださると助かります」

「ただしできるだけ食材の効果を薄めないようにお願いいたします」

メルシアが強化食材の資料をシーレに渡しながら詳しく説明し、要望を伝える。

「わかりました! やってみます!」

「できるだけやってみる」

強い意気込みをみせるダリオと、クールに返事をするシーレ。

これなら問題なく作業に取り掛かることができるだろう。なんなら俺が作るよりも料理人であるシーレとダリオが指揮をとって作った方がいいものができるかもしれないな。

農園や強化作物の方は皆に任せることにして、俺は砦の仕上げ作業に取り掛かるのだった。