「イサギさーん! ワンダフル商会から急ぎで食料を持ってきたのです!」
大樹の外に出ると、コニアをはじめとするワンダフル商会の馬車がいくつか並んでいた。
「野菜や果物はプルメニア村にたくさんありますので、不足しがちな肉や魚をたくさんご用意したのです!」
コニアがそう言うと、従業員の人たちが荷台から冷凍された肉や大きな魚を出してくれた。
「それだけじゃなく不足していた鉄、銅、鋼、魔石、木材などもたくさんありますね」
メルシアが別の荷台から下ろされた物資を確認しながら言う。
ライオネルが譲ってくれた素材に比べれば性能や稀少性は劣るが、それらの素材は錬金術師にとって非常に使い勝手のいい素材なのだ。
汎用性の高い素材はいくらあっても困らない。
「全部マジックバッグに収納しちゃってくださいなのです!」
「いいんですか!?」
「イサギ大農園から仕入れた作物は、今やワンダフル商会でも欠かせないものの一つなので、窮地にお助けをするのは当然なのです!」
「……で、本音のところは?」
「イサギさんやプルメニア村の人たちに恩を売りつけて、今後もワンダフル商会をご贔屓にしてもらうのです!」
なんて尋ねてみると、コニアは悪びれる様子もなく爛漫とした様子で言った。
「さすがは商人。どんな時も抜け目ないです」
「まあ、純粋な善意って言われるより、こっちの方がわかりやすくていいかな?」
どんな状態でも商人としてのスタンスを貫くコニアの態度には清々しさすら覚えるものだ。
「落ち着いたらワンダフル商会に恩返しをしないとね」
「……私としては先程陛下と話していたカカレートとカッフェというのが気になるのです!」
どうやら到着する直前の会話を耳で拾っていたらしい。
コニアの商売魂には感心を通り越して呆れすら出てくる。
「ひとまず、試供品を渡しておきますね」
「わーい! ありがとうございます!」
物資を用立ててくれたお礼として、俺はカカレートとカッフェのセットをコニアに渡した。
「イサギ様、必要な物資の詰め込みが終わりました」
「マジックバッグがパンパンだね」
触ってみるとなんとなくわかる。マジックバッグが容量のギリギリだということが。
これ以上無理に物資を詰めると、マジックバッグが破裂してしまうだろう。
ここまでパンパンに膨れたのはプルメニア村で初めて農業をして、作物を作り過ぎた時以来じゃないだろうか。
「……まさか持ってきた物資のすべてが収納できるなんて驚きなのです」
コニアがまじまじと俺のマジックバッグを見つめる。
小さな尻尾をフリフリとしており、全身で欲しいと訴えかけている。
「さすがにこれを作るのは時間がかかるので今すぐは勘弁してください」
「そうですか。でしたら落ち着くのを楽しみにしているのです」
これはその辺にあるマジックバッグと違って、大容量が入る特注品だ。
空間拡張の付与は、拡張する空間が大きければ大きいほどに技術と時間が必要となるのだ。
そのこと説明すると、コニアは素直に引き下がってくれた。
「イサギ様、準備が整ったことですし行きましょう」
「そうだね」
「あっ……」
俺とメルシアがゴーレム馬に乗り込むと、レギナがそんな小さな声を漏らした。
思わず振り返るが、レギナは第一王女だ。
彼女が付いてきてくれれば心強いことこの上ないが、戦争の前線になるかもしれない場所に付いてきてくれと言うわけにもいかない。
これはラオス砂漠に農園を作るのとは違うんだ。
「……レギナ、イサギたちに付いていって力になってやれ。お前が最前線で指揮を執り、村人の避難および防衛ラインを作り上げるのだ」
レギナに別れを告げようとしたところでライオネルがそう言った。
「はい!」
呆気に取られていたレギナであるが、すぐに意味を理解したのか嬉しそうに頷いた。
「ライオネル様、いいのですか?」
「俺たち王族には国民を守る義務がある」
「しかし、だからといって王女であるレギナ様を派遣するなんてあまりにも危険では……」
「これは義務だけの話ではない。今の獣王国にとって、イサギ大農園のあるプルメニア村には重要な価値があるというわけだ。帝国に大農園を奪われ、食料を無尽蔵に生産する攻撃拠点になってしまえば、帝国はさらに勢いづいて被害は広まる。イサギならば、その危険性はわかるだろう?」
うちの大農園の重要性は獣王国で起きた飢饉を救ったことで証明されている。つまり、プルメニア村を抑えることで、帝国は一国を賄うほどの生産拠点を手に入れたことになる。
最前線に食料拠点が築き上げられる。それがどれだけの悲劇を生み出すことになるのか。
ライオネルに指摘されて、俺は自分の作り上げた大農園がどれだけ重要なのか再認識させられた思いだった。ただの田舎の農村を切り取られることとはワケが違う。
第一王女であるレギナを派遣する意味は十分にあると判断されたようだ。
「あたしの覚悟はラオス砂漠の案内役を買って出た時に聞いたわよね? あたしにも王女としての誇りがあるの」
ラオス砂漠で行動を共にしてレギナのことはわかっている。
これ以上の声は覚悟を示した彼女を侮辱することになるだろう。
「……わかった。なら付いてきて力を貸してくれ」
「レギナ様が付いてきてくださるならとても心強いです」
「ええ、任せて!」
俺たちが頷くと、レギナは俺たちと同じようにゴーレム馬に跨った。
「俺も国軍を編成次第、すぐにプルメニア村へと向かうが、帝国の侵攻の方が早い可能性が高い」
戦の準備を整えるには膨大な時間がかかる。
既に帝国は侵略の準備を完了させつつあるので、ライオネルが率いる国軍が到着するよりも早くにプルメニア村へとやってくる可能性の方が高い。
つまり、プルメニア村とその周囲の集落の戦力だけで、帝国とぶつかる可能性があるというわけだ。
「すまないな。俺が国王でなければ、俺も今すぐに一緒に向かうことができるのだが……」
どう返事しようかと迷っていると、ライオネルが悔しそうに言った。
「ライオネル様は国王なのですから仕方がないですよ」
俺からすれば、王が率先して前線に出てこようとするのが驚きだ。
「国軍が到着するまでに何とか持ちこたえてみせるわ」
「俺もできる限りのことをします」
「ああ、任せたぞ」
どれだけのことができるかはわからないが、メルシアの大事な故郷を――今となっては俺の大事な居場所を失くしたくはないからね。
「イサギさん、少しいいですか?」
「なんです? コニアさん?」
「ダリオさんとシーレさんについてです」
「ああ、そうでした! お二人については獣王都に戻るように促しますね!」
二人はワンダーレストラン所属の料理人で、コニアさんに紹介してもらった。
仕事としてプルメニア村に来てもらっている二人を危険な目に遭わせられない。
「二人についてですが、それぞれの意見を尊重しますとだけお伝えしてくださいなのです」
「ええっ? 戻らせなくていいんですか?」
「あくまで私は商人ですし、二人に命令できる立場じゃないのです」
「わ、わかりました」
それって丸投げなんじゃないかと思ったが、その時の判断は現場の者じゃないとしにくい時もある。コニアの言う通り、二人の意見を尊重することにしよう。
「じゃあ、行きましょう!」
「あ、その前にレギナのゴーレム馬のリミッターも外しておくね」
「リミッター?」
レギナが小首を傾げる中、俺は彼女のゴーレム馬に触れて錬金術を発動した。
「安全性を高めるために速度制限をかけていたんだけど、それを今外したんだ」
「よりスピードが出るのは嬉しいけど、ゴーレムは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ。でも、今は少しでも時間が惜しいから」
魔石は使い捨てになるだろうし、高い負荷がかかることによってゴーレム馬に内蔵している魔力回路が焼き切れたり、機体に大きな歪みができたりなどの異常が起こるだろう。
だけど、今はそんなことは気にしていられない。ゴーレム馬の予備はマジックバッグにあるし、作り直すための素材は十分にある。
より早くプルメニア村に到着することが最優先だ。
「わかった!」
レギナがスロットルを回し、ゴーレム馬が走り出す。
俺とメルシアもすぐにスロットルを回してゴーレム馬を走らせた。
大通りを真っすぐに進んでいき、レギナの第一王女としての権力によって顔パス状態で獣王都の外に出る。
「それじゃあ、飛ばすわよ!」
周囲に誰もいなくなったタイミングでレギナがスロットルを回し、急加速した。
リミッターが解除されたゴーレム馬はドンドンと加速していき、あっという間に距離を離される。
俺とメルシアも置いていかれないようにフルスロットル。
魔力回路が唸りを上げて、ゴーレム馬がグングンと加速していく。
「あはは、すごい! これならプルメニア村まで一瞬よ!」
「かなりのスピードが出て気持ちがいいですね」
並走しているレギナが楽しげな声を上げ、メルシアが涼しげに感想を呟いた。
俺も何か言葉を返したい気持ちはあるが、地面からの衝撃と風圧でそれどころではない。
スピードは一級品だけど、普通の人間族が乗りこなすには難しいかもしれない。
……ゴーレム馬よりも俺の身体が持つかが心配になってきた。
それでも今の俺たちには時間が惜しい。
一分でも一秒でも早く、プルメニアの皆に情報を伝えなければ。
そんな一心で俺はゴーレム馬を爆速で走らせ続けた。