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 鋭いスパイクが相手コートのエンドラインを割った。
 試合終了のホイッスルが、館内に鳴り響く。仲間が上げる歓喜の声と、相手が息をのむ振動が俺に勝利を実感させた。
「ナイストス! 今日も調子いいな、おまえは」
 汗でべたつく腕をくっつける西田に「さっきのレシーブはなんだ」と小言を言い、そっと腕を離した。不服そうに顔をしかめたが、「なんだよつれねぇー」といつも通りなので、特に気にする必要はなかった。
 高校からのチームメイトは、遠慮の必要がなくて居心地がよい。

 自分の指先から送り出したトスをスパイカーが得点に替える。この瞬間がたまらなく快感だった。
 ネットに近すぎてもダメ。遠すぎてもダメ。速すぎても、遅すぎても良いトスだったとは言えない。単調な攻撃はブロックの餌食になってしまうし、連携ミスは致命的だ。
 頭は冷静に、我慢強く、時に大胆に。
 セットアップはいつだって難しい。でも、だからこそ魅せられた。
 大学二年の夏。
 俺はやっぱりバレーボールの道にいる。スポーツ推薦を貰って進学した私立大学は、環境もチームメイトも素晴らしいものだった。

 部内の練習試合を終えてチームメイトと談笑していると、一つ下の北田が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「克己サン、どうやったらそんなにセットアップに乱れが出ないんですかね。オレ、いつも上手いこといかなくて」
 北田は実力があるのに、それを支える自信がまるで無かった。試合を前にすると、テーピングの端をいじりながら、不安げにうつむく。
 ただ、彼は上手い。自信さえ伴えば、俺を追い越していく逸材だと思っている。負ける気はないが、いつも視界に彼を捉えてしまう。この絶妙に緊迫した関係性を心地よいと感じる自分がいるのが不思議だ。
 ちらりと西田を伺い、うつむき加減の北田の肩を優しく叩く。
「自分ならできる、そう信じて疑わないこと。それに見合うだけの練習を重ねること。あとは……チームメイトを信じること、かな。俺は北田のことも信じてるよ」
「さすが克己サン、オレも頑張るっす」
「おう、頑張れよ」
 力こぶを作って見せる彼は、やはりどこか自信なさげだ。
 まぁ、そんなに簡単に自身が就いたら苦労はしない。ゆっくりだ。
「克己クン、ボクも君を信じてるよ」
 無駄に耳の良い西田が、にやにやと近寄る。冷やかすような口調に無性に腹が立ち、思い切り足を踏みつけてやった。
「うわ。なんだよ、ちょっとくらい調子に乗らせろよ」
「うるせぇ、だまれ」
 北田は俺らの様子を見て、やっといつも通り笑った。

 俺は強い。
 それに見合う努力を重ねてきたし、それを支える自信もある。ただ、北田だって努力を怠ってきたわけではないだろう。きっと彼はそういう性格なだけだ。
 彼が不安になる気持ちは理解できる。ただ、俺はそれを自分の心に落とし込むことができない。そういう人間だから。
でも、それは悪いことじゃない。
 その「薄情さ」が俺の強さの一端を担っている。彼は、彼なりの別の強さを見つければいいだけだ。

 全日本インカレ、春季リーグに秋季リーグ。いずれはプロの道に進みたいと思っている。
 描いた夢は、今も昔も変わりない。ただ、具体性を帯びた分だけ、より遠い存在になってしまった気はする。
 でも、遠いことは諦める理由にはならない。
 
 高く遠い雲
 幼少の頃からずっと掴みたかった夢。

 それがどれだけ遠くても、
 俺は迷わず、手を伸ばし続ける。