(6)
眩しすぎる秋晴れを背景に闊歩する派手な深紅のジャージが悪目立ちしないのは、誰もが知る強豪校であるからだ。
体育館やその周辺道路を集団で歩くときは極力端を通るよう心掛けているが、そうしなくとも皆が避ける。平均身長が高いことに加え、目立ちすぎる赤ジャージ。それがなくとも、自分たちは暴力的なまでに強すぎた。それだけで、近寄りがたい要素は十分に満たしている。
「えーっと、とりあえずお疲れ。言いたいことはいろいろあるが、とりあえず明日に備えてくれ。総評は明日まとめてする。現在進行形で山北と西山の二回戦をしているが、たぶん山北が勝つだろうと私は思ってる。そうなれば、三回戦は公立の中では最も強豪だ。一つのヤマだと思って全力を尽くすように」
爽やかなようで野太い「ありがとうございました」が響きわたり、監督は解散を促した。
春の高校バレー、県予選トーナメント初日。
一回戦と二回戦が行われ、俺たちはそれを見事に勝ち抜いた。いや、誰も負けるとは思っていなかったはずだ。チームメイトも、対戦相手ですらも。
「克己、帰ろうぜ。明日の学校ってさ、お前の後釜がいるとこじゃね? えーっと名前は……」
チームメイトの西田が汗でべたつく身体で肩を組んできた。俺は隠すことなく顔をしかめる。西田はとても鈍い男なので、それに気が付くことはない。気が付いていても、気にとめることはない。
「周大。お前が言ってるの、大西周大のことだろ?」
「あー、そいつそいつ! オレ、あいつにそんな上手いイメージないんだよなぁ。そいつが中坊の頃の試合見たんだけどよ、リベロにパス出してもらえてねぇんだよ。セッターがだぜ? あるかそんなこと」
彼の悪い所は、その発言に悪意がないところだ。テレビで見た面白い話を伝えるかのように、けらけらと大笑いしながら続ける。
「あれ、そういえば、そのリベロは今どこ行ってんだ? えーっと、そう! 月見だ、月見」
「周大も十分うまいよ。その日は特別不調だったんじゃないか? ちなみに月見の方はバレーボールを辞めてるから、もういない」
「もったいねー! そいつさ、うちの推薦も蹴ってるんだろ? 人生損してるなぁ」
「もし樹が来てたら、お前ポジションないけどいいのか?」
そう、西田のポジションは樹と同じでリベロだ。
「え、オレが負けること前提? 夕凪克己はひどい男だなぁ、オレのこと信頼してくれてないのかぁ?」
絶対に傷ついていない様子で、わざとらしく悲しい表情を浮かべる。俺は樹がバレーボールを続けていたら、どうなっているかを想像して答えた。
「あぁ、負ける。西田守は控えだな」
「うわっ、マジで言いやがった」
口を尖らせ、地団太を踏む。西田は十八歳だけど、行動は三歳と変わらなかった。でも、上手い。バレーボールのセンスは断トツだ。動体視力が良いのだろうか、動き出しが速い。腕を出す角度が絶妙で、体力は底なしだった。そして、メンタルが強い。俺が多少暴言を吐いても、厳しい指摘をしても、特別気にする様子はなかった。
むしろ、全てを楽観的に捉えてくれる。変に気を使わなくていいところに好感を持てた。
「でも、俺の仲間は西田守だよ」
「お、最初からそう言えよ。わかりにくい奴だなあ」
「言ったら、お前調子に乗るだろ。あ、そうだ。明日は妹が見に来るんだよ。だからさ、ちょっとでもいい所を見せたいんだけど」
西田は露骨に顔をしかめた。
「マジで? お前、シスコンだっけ?」
「ちげぇよ、馬鹿。妹はさ、俺のために我慢してることもあると思うんだ。わがままを言わない聡い子なんだ。だから、ちゃんと強い所を見せとかないと」
「ふうん、いい兄ちゃんしてんだな」
手のひらを返して、西田は感心したように頷いた。
春高予選のトーナメント表が出たとき、俺はそれを机の上に出したままにしていた。それを目にした果歩は、指をさして尋ねる。
「あのさ、お兄ちゃんが昔に言ってたセッターは今もバレーしてる? あの、リベロと喧嘩した子」
「してるよ。山北に通ってるんじゃないかな」
「じゃあさ、わたし見にいきたい。お兄ちゃんたちは負けないでしょう? 山北が勝つかどうかは分からないけど、三回戦の日に行ってもいい? 目立たないようにするから、お願い」
果歩は珍しく頭を下げてお願いした。妹が頭を下げて頼みごとをしているのに、それを無下にできる兄はいるのだろうか。そもそも、そんなことしなくたって、俺は果歩には甘いのに。
「別に普通に来ていいよ。観覧も自由だし、俺は気にしないよ」
「そっか、ありがとう。友達と行く」
ふと、嫌な予感がした。
果歩が浮かべる嬉しそうな顔の影に、男の気配がする。俺の妹をたぶらかす悪い奴だったらどうしよう、試合どころじゃなくなる……
「男?」
「男の子だけど、お兄ちゃんが思ってるような関係じゃないよ。後輩だし、仲間なんだよね」
「そっか」
少し安心してしまった俺は、やっぱりシスコン気質なのかもしれない。
西田はあまり妹には関心を持たず、すぐに話題を逸らせた。
「オレもさ、山北に後輩いるんだよなー。克己はやりにくいとは思わねぇの?」
「なんで?」
「やっぱりさ、どっちかは絶対に負けるわけじゃん? 元チームメイトとして、なんか心が痛むというか、複雑というか……」
「あんまり思わないんだよなぁ。別に、悪いことしてるわけじゃないし。全力でやった結果だしさ、やりにくいとかは別に」
指先で髪を弄ぶ西田を横目に、俺はぼんやりと想像する。今までに当たったことのある元チームメイトとの試合はどうだっただろうか。これから当たると思われる周大との試合はどうだろうか。
俺は、やっぱり何とも思わない。「あぁ、あいつらだな」その程度だ。
じゃあ、反対は?
あいつらは、俺と当たるときにどう思っているのだろうか。当たりたくない、気まずい、嫌だ。そんなことを考えているのだろうか。
やっぱり、分からない。向こうがどう思っていたとしても、俺にはそれが理解できない。
眩しすぎる秋晴れを背景に闊歩する派手な深紅のジャージが悪目立ちしないのは、誰もが知る強豪校であるからだ。
体育館やその周辺道路を集団で歩くときは極力端を通るよう心掛けているが、そうしなくとも皆が避ける。平均身長が高いことに加え、目立ちすぎる赤ジャージ。それがなくとも、自分たちは暴力的なまでに強すぎた。それだけで、近寄りがたい要素は十分に満たしている。
「えーっと、とりあえずお疲れ。言いたいことはいろいろあるが、とりあえず明日に備えてくれ。総評は明日まとめてする。現在進行形で山北と西山の二回戦をしているが、たぶん山北が勝つだろうと私は思ってる。そうなれば、三回戦は公立の中では最も強豪だ。一つのヤマだと思って全力を尽くすように」
爽やかなようで野太い「ありがとうございました」が響きわたり、監督は解散を促した。
春の高校バレー、県予選トーナメント初日。
一回戦と二回戦が行われ、俺たちはそれを見事に勝ち抜いた。いや、誰も負けるとは思っていなかったはずだ。チームメイトも、対戦相手ですらも。
「克己、帰ろうぜ。明日の学校ってさ、お前の後釜がいるとこじゃね? えーっと名前は……」
チームメイトの西田が汗でべたつく身体で肩を組んできた。俺は隠すことなく顔をしかめる。西田はとても鈍い男なので、それに気が付くことはない。気が付いていても、気にとめることはない。
「周大。お前が言ってるの、大西周大のことだろ?」
「あー、そいつそいつ! オレ、あいつにそんな上手いイメージないんだよなぁ。そいつが中坊の頃の試合見たんだけどよ、リベロにパス出してもらえてねぇんだよ。セッターがだぜ? あるかそんなこと」
彼の悪い所は、その発言に悪意がないところだ。テレビで見た面白い話を伝えるかのように、けらけらと大笑いしながら続ける。
「あれ、そういえば、そのリベロは今どこ行ってんだ? えーっと、そう! 月見だ、月見」
「周大も十分うまいよ。その日は特別不調だったんじゃないか? ちなみに月見の方はバレーボールを辞めてるから、もういない」
「もったいねー! そいつさ、うちの推薦も蹴ってるんだろ? 人生損してるなぁ」
「もし樹が来てたら、お前ポジションないけどいいのか?」
そう、西田のポジションは樹と同じでリベロだ。
「え、オレが負けること前提? 夕凪克己はひどい男だなぁ、オレのこと信頼してくれてないのかぁ?」
絶対に傷ついていない様子で、わざとらしく悲しい表情を浮かべる。俺は樹がバレーボールを続けていたら、どうなっているかを想像して答えた。
「あぁ、負ける。西田守は控えだな」
「うわっ、マジで言いやがった」
口を尖らせ、地団太を踏む。西田は十八歳だけど、行動は三歳と変わらなかった。でも、上手い。バレーボールのセンスは断トツだ。動体視力が良いのだろうか、動き出しが速い。腕を出す角度が絶妙で、体力は底なしだった。そして、メンタルが強い。俺が多少暴言を吐いても、厳しい指摘をしても、特別気にする様子はなかった。
むしろ、全てを楽観的に捉えてくれる。変に気を使わなくていいところに好感を持てた。
「でも、俺の仲間は西田守だよ」
「お、最初からそう言えよ。わかりにくい奴だなあ」
「言ったら、お前調子に乗るだろ。あ、そうだ。明日は妹が見に来るんだよ。だからさ、ちょっとでもいい所を見せたいんだけど」
西田は露骨に顔をしかめた。
「マジで? お前、シスコンだっけ?」
「ちげぇよ、馬鹿。妹はさ、俺のために我慢してることもあると思うんだ。わがままを言わない聡い子なんだ。だから、ちゃんと強い所を見せとかないと」
「ふうん、いい兄ちゃんしてんだな」
手のひらを返して、西田は感心したように頷いた。
春高予選のトーナメント表が出たとき、俺はそれを机の上に出したままにしていた。それを目にした果歩は、指をさして尋ねる。
「あのさ、お兄ちゃんが昔に言ってたセッターは今もバレーしてる? あの、リベロと喧嘩した子」
「してるよ。山北に通ってるんじゃないかな」
「じゃあさ、わたし見にいきたい。お兄ちゃんたちは負けないでしょう? 山北が勝つかどうかは分からないけど、三回戦の日に行ってもいい? 目立たないようにするから、お願い」
果歩は珍しく頭を下げてお願いした。妹が頭を下げて頼みごとをしているのに、それを無下にできる兄はいるのだろうか。そもそも、そんなことしなくたって、俺は果歩には甘いのに。
「別に普通に来ていいよ。観覧も自由だし、俺は気にしないよ」
「そっか、ありがとう。友達と行く」
ふと、嫌な予感がした。
果歩が浮かべる嬉しそうな顔の影に、男の気配がする。俺の妹をたぶらかす悪い奴だったらどうしよう、試合どころじゃなくなる……
「男?」
「男の子だけど、お兄ちゃんが思ってるような関係じゃないよ。後輩だし、仲間なんだよね」
「そっか」
少し安心してしまった俺は、やっぱりシスコン気質なのかもしれない。
西田はあまり妹には関心を持たず、すぐに話題を逸らせた。
「オレもさ、山北に後輩いるんだよなー。克己はやりにくいとは思わねぇの?」
「なんで?」
「やっぱりさ、どっちかは絶対に負けるわけじゃん? 元チームメイトとして、なんか心が痛むというか、複雑というか……」
「あんまり思わないんだよなぁ。別に、悪いことしてるわけじゃないし。全力でやった結果だしさ、やりにくいとかは別に」
指先で髪を弄ぶ西田を横目に、俺はぼんやりと想像する。今までに当たったことのある元チームメイトとの試合はどうだっただろうか。これから当たると思われる周大との試合はどうだろうか。
俺は、やっぱり何とも思わない。「あぁ、あいつらだな」その程度だ。
じゃあ、反対は?
あいつらは、俺と当たるときにどう思っているのだろうか。当たりたくない、気まずい、嫌だ。そんなことを考えているのだろうか。
やっぱり、分からない。向こうがどう思っていたとしても、俺にはそれが理解できない。