(5)
たまに、思う。
俺はバレーボールを本当に好きだったのか、と。本当は対して好きじゃなかったのではないかと、そう思う。
あの頃を振り返ると、確かにバレーボールは好きだった気はする。そりゃ。もう、めちゃくちゃに好きだったはずだ。三度の飯も睡眠も欠かしたくないけど、その中でバレーボールをしたいという欲も同等に肩を並べていた。それくらい、日常に溶け込んだ大切なものだった。
でも、バレーボールを失った今、手放したことを後悔しているかと問われてしまうと、もうわからない。もう一度バレーボールをするチャンスがあったとして、俺はこの手を伸ばすのか。そう問われれば、きっともう伸ばさない。
その程度のものだった。その程度の好きだった。
たまに思い出すと、苦しくなる。あれだけあった自分の熱量も、夢も、仲間への思いも、それほどまで大したものでなかったのだと、自分のことさえ信じられなくなる。
バレーボールを始めたきっかけは、いったい何だっただろう。
思い返せば、友達が入った小学校のクラブチームについて行った。友達がこれからもずっと続けると言ったから、俺も入団した。そんな大したこともないような子どもじみた理由だった。当たり前のように毎日ある練習はすぐに日常になって、むしろ休みの日の方が不思議な心地だった。
そう、好きだ、とか嫌いだ、とか。そう言う感情よりも先に、慣れが来てしまったのだ。
俺が好きだったのは友達と遊ぶあの時間で、バレーボールはそれに付随してきたもの。その中で、好きと言う気持ちは確かに芽生えて成長したけれど、所詮は後付けの愛だった。
ずっとコートに立っていたい。強くそう願っていた。そのためにレシーブの技術を研き、カバーの技術の向上に努め続けた。リベロがコート上に居続けることはできないけど、せめて必要とされ続けるように。努力すればするほど、技術は洗練されていく。その過程でたくさんの仲間たちに必要とされてきた。尊敬する先輩、共に戦う同級生、信じてついてきてくれた後輩。
あれはきっと、バレーボールが好きだったんじゃない。仲間とバレーボールをする「時間」そのものが好きだったんだ。極論、バレーボールじゃなくてもいいということだ。仲間がいて、それを楽しめるのであればなんだってよかった。野球でも卓球でも、なんなら学習塾だってよかった。たまたまバレーボールがそこにあった。そう、それだけだ。
『お前なんて、仲間じゃない』
そう言った周大はいま、いったい何をしてるんだろう。元気でいるだろうか、新しい仲間を手に入れているのだろうか。好きだったあの時間を一番の仲間として共有してきた彼の笑顔を思い出すことはできない。どれだけ思い返しても、脳裏に浮かぶのは傷ついたあいつだった。そんな顔をさせたのは。俺だった。
仲間を傷つけて、先輩の期待を裏切って、仲間はもうどこにもいない。
ひとりぼっちだ。
――あぁ、寂しい。
俺は寂しかったんだ。
指の隙間から逃げて行った雲は、俺が傷つけた仲間だったから。
『樹くんはさ、雲を掴めるって信じてるのに手はのばさないんだね。雲は掴めるって、ずっとわたしに言ってくれたのに』
果歩先輩は雲に手を伸ばし続けた。あの愛は、純粋でまっすぐな競技への愛だった。手を伸ばす姿は綺麗で、それでも夢に傷つけられた人だった。
俺は、違う。
俺の愛は純粋に競技に向けた愛じゃない。もうどこにもいない仲間に向けた愛だった。
俺は手を伸ばさないんじゃない。もう、伸ばしてはいけないんだ。
見上げた空は、どんよりと濁った曇り模様だ。
手を伸ばそうにも、どこに伸ばしたらいいかもわからない。
そんな重たい雲だった。
たまに、思う。
俺はバレーボールを本当に好きだったのか、と。本当は対して好きじゃなかったのではないかと、そう思う。
あの頃を振り返ると、確かにバレーボールは好きだった気はする。そりゃ。もう、めちゃくちゃに好きだったはずだ。三度の飯も睡眠も欠かしたくないけど、その中でバレーボールをしたいという欲も同等に肩を並べていた。それくらい、日常に溶け込んだ大切なものだった。
でも、バレーボールを失った今、手放したことを後悔しているかと問われてしまうと、もうわからない。もう一度バレーボールをするチャンスがあったとして、俺はこの手を伸ばすのか。そう問われれば、きっともう伸ばさない。
その程度のものだった。その程度の好きだった。
たまに思い出すと、苦しくなる。あれだけあった自分の熱量も、夢も、仲間への思いも、それほどまで大したものでなかったのだと、自分のことさえ信じられなくなる。
バレーボールを始めたきっかけは、いったい何だっただろう。
思い返せば、友達が入った小学校のクラブチームについて行った。友達がこれからもずっと続けると言ったから、俺も入団した。そんな大したこともないような子どもじみた理由だった。当たり前のように毎日ある練習はすぐに日常になって、むしろ休みの日の方が不思議な心地だった。
そう、好きだ、とか嫌いだ、とか。そう言う感情よりも先に、慣れが来てしまったのだ。
俺が好きだったのは友達と遊ぶあの時間で、バレーボールはそれに付随してきたもの。その中で、好きと言う気持ちは確かに芽生えて成長したけれど、所詮は後付けの愛だった。
ずっとコートに立っていたい。強くそう願っていた。そのためにレシーブの技術を研き、カバーの技術の向上に努め続けた。リベロがコート上に居続けることはできないけど、せめて必要とされ続けるように。努力すればするほど、技術は洗練されていく。その過程でたくさんの仲間たちに必要とされてきた。尊敬する先輩、共に戦う同級生、信じてついてきてくれた後輩。
あれはきっと、バレーボールが好きだったんじゃない。仲間とバレーボールをする「時間」そのものが好きだったんだ。極論、バレーボールじゃなくてもいいということだ。仲間がいて、それを楽しめるのであればなんだってよかった。野球でも卓球でも、なんなら学習塾だってよかった。たまたまバレーボールがそこにあった。そう、それだけだ。
『お前なんて、仲間じゃない』
そう言った周大はいま、いったい何をしてるんだろう。元気でいるだろうか、新しい仲間を手に入れているのだろうか。好きだったあの時間を一番の仲間として共有してきた彼の笑顔を思い出すことはできない。どれだけ思い返しても、脳裏に浮かぶのは傷ついたあいつだった。そんな顔をさせたのは。俺だった。
仲間を傷つけて、先輩の期待を裏切って、仲間はもうどこにもいない。
ひとりぼっちだ。
――あぁ、寂しい。
俺は寂しかったんだ。
指の隙間から逃げて行った雲は、俺が傷つけた仲間だったから。
『樹くんはさ、雲を掴めるって信じてるのに手はのばさないんだね。雲は掴めるって、ずっとわたしに言ってくれたのに』
果歩先輩は雲に手を伸ばし続けた。あの愛は、純粋でまっすぐな競技への愛だった。手を伸ばす姿は綺麗で、それでも夢に傷つけられた人だった。
俺は、違う。
俺の愛は純粋に競技に向けた愛じゃない。もうどこにもいない仲間に向けた愛だった。
俺は手を伸ばさないんじゃない。もう、伸ばしてはいけないんだ。
見上げた空は、どんよりと濁った曇り模様だ。
手を伸ばそうにも、どこに伸ばしたらいいかもわからない。
そんな重たい雲だった。