(4)
二年経った今でも、嫌になるほど鮮明に浮かび上がるチームメイトの絶望に染まった瞳。あいつがバレーボールを辞めたのは、百パーセント僕のせいだった。
知らなかった、は言い訳にすぎない。それを理解できないほど子どもではないが、僕は本当にそれを知らなかった。あいつが死ぬほど欲しがっていた推薦を蹴って、バレーボールを辞めてしまっていたなんて。
ひどく重苦しい胸のつっかえ。
罪悪感は確かにここに存在している。
それに悩み、心が悲鳴を上げることも確かにあった。でも、だからといって僕にできることは、もう何一つ残っていないのだ。
「カバーー!」
怒号にも近い叫び声が、コートに響く。
僕は少し低いサーブレシーブの落下地点に潜り込んだ。
柔らかく、高く。それが基本のセットアップだ。
「寛太さん、ナイスレシーブです」
「周大もナイストス、ナイスカバー」
今のチームのリベロに声をかける。寛太さんは一学年上の先輩で、とてもよくしてくれる。しかし、プレーは安定しているものの、どこか心細さを感じていた。
安定したレシーブをあげることがリベロの最低条件。それをクリアしているはずなのに。
意識がボールから逸れたためか、少しセットアップに乱れが生じた。わずかながらにネットから遠すぎる。
「ナイストス」
それでも彼らはナイストスと言って、僕の背を叩いた。果たして、ナイストスとはどこから言うのか。少なくとも、僕の中で今のトスは賞賛に値しない。
推薦を逃した僕は、公立の強豪校に進学をした。一度は諦めずに克己先輩の高校を受験したが、当然のように不合格だった。現在通っている公立校も偏差値がわずかに届かず、模試では常にボーダーラインだと結果が出されていた。
本来ならば私立高校を滑り止めにするのに、それが叶わなかったお前が公立も攻めるなんて――担任は応援するどころか必死に止めにかかった。それでも諦めずに死に物狂いで勉強して、やっとの思いでつかみ取った公立への切符。不満はないはずだった。大好きなバレーボールもそこそこの水準でやっていけると思ったし、実際にそれは叶っている。
それでも、足りない。
心にぽっかりと穴が開いたような喪失感がいつまでも埋まらない。
ネットを挟んだスパイカーが、高い打点でミートした。しかし、そのコースはリベロの正面だ。カバーではなく、攻めるためのセットアップを脳内で組み立てる。
しかし、上がってきた球はネットに近く、わずかに低いような気がした。
「ナイスです」
寛太さんにそう声をかけたはいいが、やはり僅かにネットに近い。ただ、それは言葉にするほどのミスではなかった。若干。本当に僅かな要望。それを口にすることでチームの士気を下げるくらいなら、僕が少し無理をすればいい。
体勢が崩れるのを堪えながら、オーバーハンドでトスをする。そのトスは少し、ネットに遠すぎた。
「ナイストス」
どんなに些細な要望でも、樹にならば言えただろうか。自分の些細なミスを彼ならば指摘しただろうか。きっと、互いに言えたんだろう。特別だったのだ。月見樹に勝るリベロはいない。そう断言できるほど、彼には光る何かがあった。当時はまだ発達途中だったが、あいつは数年のうちに高校バレー界に君臨する男だと予感していた。
著しい成長曲線。それは僕を置き去りにしてしまうほど、見事に右肩上がりの線を描いていた。
きっと、僕は焦ったんだ。樹に置き去りにされることに。ずっと仲間だった樹に対して、憧れを抱いてしまった自分の心に。
許してほしいとは言わない。
でも、咎めて欲しかった。
誰でもいいから、僕を咎めて欲しかった。
二年経った今でも、嫌になるほど鮮明に浮かび上がるチームメイトの絶望に染まった瞳。あいつがバレーボールを辞めたのは、百パーセント僕のせいだった。
知らなかった、は言い訳にすぎない。それを理解できないほど子どもではないが、僕は本当にそれを知らなかった。あいつが死ぬほど欲しがっていた推薦を蹴って、バレーボールを辞めてしまっていたなんて。
ひどく重苦しい胸のつっかえ。
罪悪感は確かにここに存在している。
それに悩み、心が悲鳴を上げることも確かにあった。でも、だからといって僕にできることは、もう何一つ残っていないのだ。
「カバーー!」
怒号にも近い叫び声が、コートに響く。
僕は少し低いサーブレシーブの落下地点に潜り込んだ。
柔らかく、高く。それが基本のセットアップだ。
「寛太さん、ナイスレシーブです」
「周大もナイストス、ナイスカバー」
今のチームのリベロに声をかける。寛太さんは一学年上の先輩で、とてもよくしてくれる。しかし、プレーは安定しているものの、どこか心細さを感じていた。
安定したレシーブをあげることがリベロの最低条件。それをクリアしているはずなのに。
意識がボールから逸れたためか、少しセットアップに乱れが生じた。わずかながらにネットから遠すぎる。
「ナイストス」
それでも彼らはナイストスと言って、僕の背を叩いた。果たして、ナイストスとはどこから言うのか。少なくとも、僕の中で今のトスは賞賛に値しない。
推薦を逃した僕は、公立の強豪校に進学をした。一度は諦めずに克己先輩の高校を受験したが、当然のように不合格だった。現在通っている公立校も偏差値がわずかに届かず、模試では常にボーダーラインだと結果が出されていた。
本来ならば私立高校を滑り止めにするのに、それが叶わなかったお前が公立も攻めるなんて――担任は応援するどころか必死に止めにかかった。それでも諦めずに死に物狂いで勉強して、やっとの思いでつかみ取った公立への切符。不満はないはずだった。大好きなバレーボールもそこそこの水準でやっていけると思ったし、実際にそれは叶っている。
それでも、足りない。
心にぽっかりと穴が開いたような喪失感がいつまでも埋まらない。
ネットを挟んだスパイカーが、高い打点でミートした。しかし、そのコースはリベロの正面だ。カバーではなく、攻めるためのセットアップを脳内で組み立てる。
しかし、上がってきた球はネットに近く、わずかに低いような気がした。
「ナイスです」
寛太さんにそう声をかけたはいいが、やはり僅かにネットに近い。ただ、それは言葉にするほどのミスではなかった。若干。本当に僅かな要望。それを口にすることでチームの士気を下げるくらいなら、僕が少し無理をすればいい。
体勢が崩れるのを堪えながら、オーバーハンドでトスをする。そのトスは少し、ネットに遠すぎた。
「ナイストス」
どんなに些細な要望でも、樹にならば言えただろうか。自分の些細なミスを彼ならば指摘しただろうか。きっと、互いに言えたんだろう。特別だったのだ。月見樹に勝るリベロはいない。そう断言できるほど、彼には光る何かがあった。当時はまだ発達途中だったが、あいつは数年のうちに高校バレー界に君臨する男だと予感していた。
著しい成長曲線。それは僕を置き去りにしてしまうほど、見事に右肩上がりの線を描いていた。
きっと、僕は焦ったんだ。樹に置き去りにされることに。ずっと仲間だった樹に対して、憧れを抱いてしまった自分の心に。
許してほしいとは言わない。
でも、咎めて欲しかった。
誰でもいいから、僕を咎めて欲しかった。