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 二年経った今でも、嫌になるほど鮮明に浮かび上がるチームメイトの絶望に染まった瞳。あいつがバレーボールを辞めたのは、百パーセント僕のせいだった。
 知らなかった、は言い訳にすぎない。それを理解できないほど子どもではないが、僕は本当にそれを知らなかった。あいつが死ぬほど欲しがっていた推薦を蹴って、バレーボールを辞めてしまっていたなんて。
 ひどく重苦しい胸のつっかえ。
 罪悪感は確かにここに存在している。
 それに悩み、心が悲鳴を上げることも確かにあった。でも、だからといって僕にできることは、もう何一つ残っていないのだ。
「カバーー!」
 怒号にも近い叫び声が、コートに響く。
 僕は少し低いサーブレシーブの落下地点に潜り込んだ。
 柔らかく、高く。それが基本のセットアップだ。
「寛太さん、ナイスレシーブです」
「周大もナイストス、ナイスカバー」
 今のチームのリベロに声をかける。寛太さんは一学年上の先輩で、とてもよくしてくれる。しかし、プレーは安定しているものの、どこか心細さを感じていた。
 安定したレシーブをあげることがリベロの最低条件。それをクリアしているはずなのに。
 意識がボールから逸れたためか、少しセットアップに乱れが生じた。わずかながらにネットから遠すぎる。
「ナイストス」
 それでも彼らはナイストスと言って、僕の背を叩いた。果たして、ナイストスとはどこから言うのか。少なくとも、僕の中で今のトスは賞賛に値しない。

 推薦を逃した僕は、公立の強豪校に進学をした。一度は諦めずに克己先輩の高校を受験したが、当然のように不合格だった。現在通っている公立校も偏差値がわずかに届かず、模試では常にボーダーラインだと結果が出されていた。
 本来ならば私立高校を滑り止めにするのに、それが叶わなかったお前が公立も攻めるなんて――担任は応援するどころか必死に止めにかかった。それでも諦めずに死に物狂いで勉強して、やっとの思いでつかみ取った公立への切符。不満はないはずだった。大好きなバレーボールもそこそこの水準でやっていけると思ったし、実際にそれは叶っている。
 それでも、足りない。
 心にぽっかりと穴が開いたような喪失感がいつまでも埋まらない。

 ネットを挟んだスパイカーが、高い打点でミートした。しかし、そのコースはリベロの正面だ。カバーではなく、攻めるためのセットアップを脳内で組み立てる。
 しかし、上がってきた球はネットに近く、わずかに低いような気がした。
「ナイスです」
 寛太さんにそう声をかけたはいいが、やはり僅かにネットに近い。ただ、それは言葉にするほどのミスではなかった。若干。本当に僅かな要望。それを口にすることでチームの士気を下げるくらいなら、僕が少し無理をすればいい。
 体勢が崩れるのを堪えながら、オーバーハンドでトスをする。そのトスは少し、ネットに遠すぎた。
「ナイストス」
 どんなに些細な要望でも、樹にならば言えただろうか。自分の些細なミスを彼ならば指摘しただろうか。きっと、互いに言えたんだろう。特別だったのだ。月見樹に勝るリベロはいない。そう断言できるほど、彼には光る何かがあった。当時はまだ発達途中だったが、あいつは数年のうちに高校バレー界に君臨する男だと予感していた。
 著しい成長曲線。それは僕を置き去りにしてしまうほど、見事に右肩上がりの線を描いていた。
 きっと、僕は焦ったんだ。樹に置き去りにされることに。ずっと仲間だった樹に対して、憧れを抱いてしまった自分の心に。
 許してほしいとは言わない。
 でも、咎めて欲しかった。
 誰でもいいから、僕を咎めて欲しかった。