私はなんて幸せ者かしら。
小さくて若い黒毛の方。そんな愛らしいつぶらな目で私を仰いで、そのうんと小さなお口で愛を囁いてくださるのね。こんな何も無い女に身を捧げてくださる。貴方の体は私よりずうっと小さいかもしれないけれど、とても寛大な心をお持ちだわ。
だって、そうでしょう?
お腹を空かせて今にも飢え死んでしまいそうな私に、「自分を食ってくれ」とおっしゃってるのでしょう?
私、肉付きの良い方が好きなの。
草を沢山食べて丸々太った山羊は、健康的で美味しいでしょう?私この世で何よりも山羊が好き。だって脂が乗ってとっても美味しいのですもの。
黒毛の方、私との約束を守って、冬まで沢山草を食べてくださったのね。そんなにはち切れんばかりのお腹を引き摺って…私ちゃんと残さず食べられるかしら。
いいえ、弱音はいけないわ。せっかく貴方が理想の体型になってくださったんですもの。それに私、貴方よりずっと体の大きな狼ですから、頑張れば貴方一匹残さず頂けると思いますのよ。
「僕は貴女とひとつになりたいのです。」
ええ、ええ。貴方の願い、叶えて差し上げますとも。
残さず私のお腹に入れてしまえば、私達、ずっと一緒ですものね。
亭主のことは忘れろと貴方おっしゃってくれたわね?ええ、そうするわ。亭主も丸々太った美味しい山羊でしたけれど、貴方のように珍しい黒毛では無かったわ。雪に紛れて私を捨てて逃げようとするのですもの。捜すのは骨が折れたわ…。
でも貴方は黒毛だから安心ね、どこへ行っても見失いませんもの。
私が噛み付くと、貴方ひどく驚いた顔をなさったわね。ごめんなさい、はしたなかったかしら。でも我慢がきかないのよ。ずっとずっと、初めてお会いした時から、貴方のころころとした姿を見て、「美味しそう」と思っていたのよ。
ああ…本当によく肥ってくださったわ。
お腹のあたりも脚も、どこもとっても美味しい。体に沁み渡る。生き返る。こんなはしたない私に、貴方は何もおっしゃらないのね、私が食事を済ますのを、黙って待っててくださるなんて。本当に、本当に、お優しい友達ですこと…。
…そうだわ。私、貴方にひとつ謝らなければいけないの。
狼と山羊は、やっぱり夫婦にはなれないわ。貴方と私はお友達のままでいるのが幸せだと思いますの。
だって、貴方達はどうしたって、私にとっては食事なのだもの。
食事と恋仲になりはしないでしょう?
〈了〉