(男性視点5)
僕は、美樹とのデート以外の日は、サークルに入り浸って、西村先輩のお供のように、一緒について回った。西村先輩が小説を書くための資料集めに苦労していると国立国会図書館に行って調べたり、一緒に博物館や美術館を回り、小説の題材に関係するものを取材した。端から見ると、それはデートのようにも見えるらしく、部長の橋本は、そんな僕らをよく茶化した。
「おまえら、またデートかよっ」
「でっ、デートじゃないです! しゅ、取材です」
 西村先輩は慌てた様子で、顔を真っ赤にしながら否定した。
「そうです。僕には彼女がいるんですから、そんなんじゃないです」
 僕は僕で、自分に言い聞かせるように、そう否した。そう、僕には美樹がいる。あくまでこれは小説がどんな風に書かれていくか知るためのものであって、そんなんじゃないんだと思っていた。

 ある日のこと、僕と西村先輩は、小説の調べものを終え、少し休憩しようと喫茶店に入った。
 アイスコーヒーを飲みながら、西村先輩はため息をついた。
「疲れましたか?」
 僕が訊くと、彼女は頭を振った。
「いえいえ、今日の調べものは順調だったと思います」
「だったらなぜ……。何か悩みがあるんですか」
 西村先輩は困ったように眉根を寄せて、黙っていたが、しばらくすると僕の方に顔を近づけて、そっとこう告げた。
「書かないかと言われたんです……」
「書かないかって……」
僕は一瞬なんのことか分からなかった。けれども次の一言を聞いてびっくりした。
「編集者の人に、うちで書かないかって」
思わず僕はコーヒーをひっくり返そうになった。
「えっ、それって……」
西村先輩は指を立てて、口止めした。
「すごいじゃないですか、どうしてそれでため息なんか」
「私の苦手な恋愛ものを書いてくれって言われたんです」
「恋愛もの……」
僕も唖然とした。西村先輩のジャンルはミステリーだった。それなのに恋愛ものだなんて。僕も僕でショックだった。
「だからため息出てしまったんです。どうしたものかと。私に書けるのかそれとも断るべきか……」
「断るなんて、ありえないですよ! がんばってください! 僕応援しますよ!」
 とっさに西村先輩の手を握りしめ、そう言った。先輩は嬉しそうに僕を見て言った。
「ありがとう」と。