(男性視点3)
それから半年過ぎた頃、僕はある噂を聞いた。田辺奈緒が中山のことが好きで猛烈にアタックしているらしいということを。学校で見る美樹は楽しそうに奴と話しているから、何も問題ないんだろうと思っていた。とはいっても、田辺奈緒は美樹と違って化粧も濃くてピアスなんかもつけてくるような派手なイメージの女子だ。意見だってはっきり言うタイプだし、もし美樹が目の敵にされたらと思うと、ちょっと心配だった。
中山の手前、学校では話しかけられないし、SNSも知ってはいたけれど、もともとあまり使っていなかった。前は学校で話せていたし、家も近所だったから、SNSを使うほどでもなかった。彼氏でもない俺がSNSで、最近どうなんだよなんて訊くのも変だし、それに中山のことだ。ひょっとしたら、美樹の知らないところで、美樹のスマホを盗み見しているかもしれない。それを考えるとSNSを使う気にもならなかった。
ところがある日、心配していたことが起きた。文芸部の部活動で帰りが遅くなった時のことだ。その日の天気予報は、晴れのち雨だった。一応折り畳み傘は持ってきていたが、できれば使いたくなかった。けれども残念ながら、帰りは雨だった。
「ちぇっ、降ってやがる」
僕は毒づきながら、昇降口を出ると空を見上げた。空は墨を塗ったように真っ黒だった。ともかく大降りになる前に早く帰ろうと、学校を出た。しばらく歩いて行くと、うちの高校の制服姿の男女が見えた。二人は仲良く相合い傘をしていた。こういう時とても困るのだ。横を通り過ぎるのも躊躇してしまう。
二人は後ろから僕が来ていることに全く気づいてないようだった。ゆっくり歩いていた男女は、とたんに立ち止まった。女性がさりげなく男性に近づき、背伸びをした。すると男性も女性に顔を近づけ、キスをしようとしていた。僕は驚いてしまった。なぜなら男性が中山で、相手の女性が美樹ではなく田辺奈緒だったからだ。
僕が頭の中を整理しようと思ったその瞬間、後ろに人の気配があることに気がついた。振り向くと、そこにいたのは、美樹だった。美樹は衝撃を受けた様子だった。彼女は目に涙を浮かべると悔しそうに呟いた。
「ひどいっ……!」
美樹はすぐに今来た道を逆に一気に走り出した。泣きながら走って行く美樹を僕は放ってはおけなかった。
「美樹!」
僕の声に、二人の男女はようやく異変に気づいたようだったが、僕は何はともあれ、美樹のあとを追った。
美樹は学校まで戻ると、校門の前で、息を整えようとしていた。
「美樹、大丈夫か」
走ってきたので、少し息が荒かったが、思わずそう訊いていた。それから持っていた傘を美樹に差してやった。雨足が結構強くなってきた。美樹は傘を持っていなかったので、既に結構濡れていた。
「大丈夫って、ねえ、何が」
美樹は冷たい声でそう言った。
ショックだった。取り乱している美樹を見て。そんなに、あいつのこと好きだったのかと……。
「大丈夫なわけないじゃん!」
泣きながら怒った顔をする美樹に、僕はなんて言ったらよいか分からなかった。
「だよな……。そうだよな、ごめん」
「……」
しばらく無言で立ち尽くしていると、美樹がぽつりと言った。
「和彦は謝らなくていいよ」
思わず僕は口走った。
「なあ、僕じゃだめなのか。僕とつきあう気はないのか」
「同情でつきあって欲しくないよ」
「同情じゃないさ!」
「だって中山君言ってたよ。和彦には好きな人がいるって!」
僕は一瞬ぎょっとした。
「中山、あいつそんなこと言ったのか!」
思わず大きな声を出してしまった。
「うん……」
美樹は僕の様子に驚いたようだったけど、小さく頷いた。
僕は僕で、中山を一発ぶん殴りたい気分だった。けれども雨で濡れてしまった美樹をおいて、中山のところに行く気にはなれなかった。
「ともかく、家に帰ろう。そんなんじゃ、風邪引いちゃうぞ」
「でもあの道は、あの二人がいるかもしれないから、行けないでしょ」
「ちょっと遠回りだけど、他の道を行こう。送っていくよ」
「うん……」
美樹はしょんぼりと頷いた。僕達二人はそのあと、お互い一言も口を聞かず雨の中をとぼとぼと歩いて行った。この日を境に、美樹も僕も、雨の日が嫌いになった。それは雨になると美樹の沈んだ様子を思い出してしまうからだ。美樹と会う時は晴れがいい。そう思うようになった。
それから半年過ぎた頃、僕はある噂を聞いた。田辺奈緒が中山のことが好きで猛烈にアタックしているらしいということを。学校で見る美樹は楽しそうに奴と話しているから、何も問題ないんだろうと思っていた。とはいっても、田辺奈緒は美樹と違って化粧も濃くてピアスなんかもつけてくるような派手なイメージの女子だ。意見だってはっきり言うタイプだし、もし美樹が目の敵にされたらと思うと、ちょっと心配だった。
中山の手前、学校では話しかけられないし、SNSも知ってはいたけれど、もともとあまり使っていなかった。前は学校で話せていたし、家も近所だったから、SNSを使うほどでもなかった。彼氏でもない俺がSNSで、最近どうなんだよなんて訊くのも変だし、それに中山のことだ。ひょっとしたら、美樹の知らないところで、美樹のスマホを盗み見しているかもしれない。それを考えるとSNSを使う気にもならなかった。
ところがある日、心配していたことが起きた。文芸部の部活動で帰りが遅くなった時のことだ。その日の天気予報は、晴れのち雨だった。一応折り畳み傘は持ってきていたが、できれば使いたくなかった。けれども残念ながら、帰りは雨だった。
「ちぇっ、降ってやがる」
僕は毒づきながら、昇降口を出ると空を見上げた。空は墨を塗ったように真っ黒だった。ともかく大降りになる前に早く帰ろうと、学校を出た。しばらく歩いて行くと、うちの高校の制服姿の男女が見えた。二人は仲良く相合い傘をしていた。こういう時とても困るのだ。横を通り過ぎるのも躊躇してしまう。
二人は後ろから僕が来ていることに全く気づいてないようだった。ゆっくり歩いていた男女は、とたんに立ち止まった。女性がさりげなく男性に近づき、背伸びをした。すると男性も女性に顔を近づけ、キスをしようとしていた。僕は驚いてしまった。なぜなら男性が中山で、相手の女性が美樹ではなく田辺奈緒だったからだ。
僕が頭の中を整理しようと思ったその瞬間、後ろに人の気配があることに気がついた。振り向くと、そこにいたのは、美樹だった。美樹は衝撃を受けた様子だった。彼女は目に涙を浮かべると悔しそうに呟いた。
「ひどいっ……!」
美樹はすぐに今来た道を逆に一気に走り出した。泣きながら走って行く美樹を僕は放ってはおけなかった。
「美樹!」
僕の声に、二人の男女はようやく異変に気づいたようだったが、僕は何はともあれ、美樹のあとを追った。
美樹は学校まで戻ると、校門の前で、息を整えようとしていた。
「美樹、大丈夫か」
走ってきたので、少し息が荒かったが、思わずそう訊いていた。それから持っていた傘を美樹に差してやった。雨足が結構強くなってきた。美樹は傘を持っていなかったので、既に結構濡れていた。
「大丈夫って、ねえ、何が」
美樹は冷たい声でそう言った。
ショックだった。取り乱している美樹を見て。そんなに、あいつのこと好きだったのかと……。
「大丈夫なわけないじゃん!」
泣きながら怒った顔をする美樹に、僕はなんて言ったらよいか分からなかった。
「だよな……。そうだよな、ごめん」
「……」
しばらく無言で立ち尽くしていると、美樹がぽつりと言った。
「和彦は謝らなくていいよ」
思わず僕は口走った。
「なあ、僕じゃだめなのか。僕とつきあう気はないのか」
「同情でつきあって欲しくないよ」
「同情じゃないさ!」
「だって中山君言ってたよ。和彦には好きな人がいるって!」
僕は一瞬ぎょっとした。
「中山、あいつそんなこと言ったのか!」
思わず大きな声を出してしまった。
「うん……」
美樹は僕の様子に驚いたようだったけど、小さく頷いた。
僕は僕で、中山を一発ぶん殴りたい気分だった。けれども雨で濡れてしまった美樹をおいて、中山のところに行く気にはなれなかった。
「ともかく、家に帰ろう。そんなんじゃ、風邪引いちゃうぞ」
「でもあの道は、あの二人がいるかもしれないから、行けないでしょ」
「ちょっと遠回りだけど、他の道を行こう。送っていくよ」
「うん……」
美樹はしょんぼりと頷いた。僕達二人はそのあと、お互い一言も口を聞かず雨の中をとぼとぼと歩いて行った。この日を境に、美樹も僕も、雨の日が嫌いになった。それは雨になると美樹の沈んだ様子を思い出してしまうからだ。美樹と会う時は晴れがいい。そう思うようになった。