牛車は緩やかな坂を上り終え、頂上へと辿り着く。
そこから外に出てみて、浜風は「うわあ……」と手をかざして小国の光景を眺めた。
青々とした田畑が広がり、その向こうには小さな民家が並んでいるのが見える。更に民家の向こうには白い砂浜が伸び、海を水鳥がついーっと飛んでいるのが目に入る。田畑とわずかばかりの山、それ以降は全て海。これがなにもない小国の全てであった。
「先程の光景もなかなかだったけれど、頂上から見る景色も見事なものだねえ……」
浜風の感嘆の声に、夕花姫はえへんと胸を張る。
国中をあちこち歩き回っている夕花姫にとって、ここからの景色は特にお気に入りだった。
「ここからの眺めって素敵でしょう? 昼間からの景色も美しいけれど、夕焼けになったら田畑が全部金色に輝いて趣があるし、秋の田畑や冬の景色も素晴らしいわ……って、都の人からしてみればつまらないかしら?」
「いやいや、充分すごいよ。でもこれだけ美しく豊かな国であったら、海賊なんかが現れて困らないかな?」
「海賊? そういう話を漁師の子たちも言っていたけれど、それでも漁師の子たちも、他の漁師も、海賊なんてお年寄りの話ではいくらでも聞いたことがあるけれど、見たことないって言ってたわよ? 私ももちろん見たことがない」
「……これまた驚いたね。こんなに豊かな国だったら、略奪だって起こりうるのに」
浜風が本気で驚いているのに、ますます夕花姫は困惑した。
そんなこと言われても、本当に夕花姫は生まれてこの方、海賊とも盗賊とも遭遇したことがないのだ。わざわざ盗まなくとも食料は事足りているのだから、国民同士で揉めたことだってない。略奪なんて物語の中だけのものだと思っていた。
助けを求めるようにして暁を見上げる。
侍の暁は、少しだけ白い目を浜風に向けてから、いつもの怜悧な表情に戻る。
「前から申してる通り、この国は本来なら海賊に狙われる可能性は充分にあります。たしかに波は穏やかで、都行きの船の行き来も活発な国ではありますから、これだけ波が穏やかならば、よそから危ない人間が来てもおかしくないんです」
「でも本当に見たことがないのよ、海賊なんて。都にはいるの? でも都には海がないんだったら、出ないはずよね……?」
夕花姫が本気でわからないという顔をしているのが面白かったのか、浜風はクスクスと口元に袖を当てて笑う。
「そうだね。たしかに海賊は出ないけれど、盗賊は出るはずだよ。だから、検非違使という見回りが必要になってくるんだけれど……この辺りは牧歌的だね。都と違って皆が笑って暮らせているのは……本当にすごい話だ」
「そうなの……」
都には帝がおわして、もっときらびやかで、物語がたくさんある場所だと聞いていた。貴族が舟遊びに興じ、歌合せや貝合わせをし、公達と姫君が束の間の逢瀬を交わす……夕花姫の都の知識は、全て物語に書かれていることのみだった。都から出向してきた国司とはほとんど話をしたことがないから、余計に物語頼みになる。
しかし浜風の口から聞くそれだと、この国のほうが平和で豊かに聞こえてしまうのだから、この国で退屈を飼い慣らしている夕花姫からしてみれば、意外な話だった。
浜風の話を不思議な心地で聞いている中、暁はちくりと言う。
「記憶喪失のはずなのに、ずいぶんと詳しいようですね。都の様子を」
「いやいや。自分のことがわからないだけで、都の様子までは記憶が飛んでいなかったようだね。ここから辿れば、自分のことがわかるかな」
浜風に対してひどく無礼な暁に、夕花姫は注意する。
「もう、暁! あなたいくらなんでも失礼よ! ごめんなさいね、暁ってば私の護衛の割には、お父様の言うことしか聞かないから」
「俺はあなたの命令に逆らってはいないでしょ」
「小言が多いのよ! 乳母じゃあるまいし」
夕花姫に噛みつかれ、暁は憮然と黙り込んでしまった。それに浜風はますますおかしそうに笑った。
「君たちはずいぶんと変わった主従だね。そもそも、姫君が侍を連れて歩いているのもあまり知らないのだけれど」
「あら? でも都のほうが危険なはずでしょう? 護衛も付けないで、どうやって身を守るの?」
「そもそも姫君は屋敷から出ないものだから、昼間からあちこちに散歩に行く姫君には初めて出会ったかな。でもそのほうが、夕花姫には似合っているかと思うよ」
「まあ……」
夕花姫は浜風の言葉に、少なからず頬に熱を持つ。
これが暁に言われたのだったら、また嫌みかと受け流していただろうが。そもそも若い公達からの言葉に慣れていない夕花姫は、彼の使う耳障りのいい言葉に免疫がない。都にいる姫君は、浜風の言葉に耐えきれるものなんだろうか。
それを憮然としたまま暁が眺めているときだった。
「もう、これは私のものだってば! 本当に返して!」
「なんだよ、これは母ちゃんへのごほうびだぞ! 全部取る奴があるかよ!」
「母ちゃんは半分こって言ってたじゃない! いじわる!」
「だってお手伝いしたのはおれだし! おまえなんにも手伝ってないだろ!」
ギャンギャンと、子供たちの言葉の応酬が響き渡った。
浜風はキョトンとその声に耳を澄ませる。
「子供?」
「あーあーあーあー……ときどきこの坂まで遊びに来る子たちがいるのよ。畑仕事しているときに、畑で遊ばれるよりもこの辺りで遊んでいたほうが邪魔にならないからって。ちょっと! なにやっているの!」
「あっ、おひいさん」
「おひいさん」
さんざん揉めていた子供たちが、ぱっと夕花姫に顔を向けた。
それを浜風は意外な顔で眺める。子供たちは普通に夕花姫の存在を知っているし、彼女を慕っているようであった。
「夕花姫はすごいねえ、漁師だけでなく百姓とも知己があるとは」
「……姫様を田舎者と揶揄しているのか?」
浜風の感嘆の言葉に、暁はジロリと睨む。
「いやいや。あれだけ能動的に動く姫君というのは見たことがなかったけれど、庶民にあれだけ好かれる姫君というのも、見たことがないからねえ。ただ驚いただけだよ?」
「……姫様は誰に対してもお優しいだけだ」
都の姫君の普通はわからないが、夕花姫とこの国の人々の関係はこれくらいは普通のことであった。
夕花姫は不思議と敵をつくらず、貴族の姫君だからと勝手に持ち上げられることもなければ、お高く留まっていると揶揄されることもない。彼女が庶民に対して気安過ぎることを怒られることはあっても、彼女本人が嫌われるということが、何故かなかった。
故に彼女が遊びに行った場所では大概、「おひいさん」と呼ばれて人が寄ってきていた。
暁からしてみれば見慣れた光景ではあったが、見慣れていない浜風からしてみれば不思議な光景であろう。
浜風はにこやかに、そんな暁を揶揄する。
「君の言葉にはいささか棘が鋭過ぎるからねえ、もうちょっと姫君には優しい言葉をかけてあげたらどうかな?」
「都の人間は口から先に生まれるのか……」
「おや、意外だねえ。君も意外と頭が回るようだ」
「ちょっと、ふたりともグダグダ言い合いしないでちょうだい。今は喧嘩の仲裁をしてあげて」
剣呑とした浜風と暁のやり取りは、夕花姫のピシャリとしたひと言によって流された。
夕花姫が仲裁しようとしている百姓の子供たち。
しくしく泣いている女の子と、口をへの字に曲げている男の子は、よくよく見たら似た顔をしていて、兄妹なんだろうと察することができた。
そのふたりに、夕花姫は膝を折り曲げて子供たちと視線を合わせると、優しく尋ねる。
「ゆっくりでいいから、事情を聞かせてちょうだいな」
「……手伝いをしていて、そのごほうびに母ちゃんが野いちごを摘んできてもいいって言ってくれたから摘みに来たんだ。どうせだから、母ちゃんにもあげようと思ったんだけど」
兄のほうが、妹をジロリと睨む。よくよく見たら、ふたりは手拭いを籠状に折って、なにかを入れていた。そこには赤い実がたっぷりと詰まっていた。しかしたくさんの野いちごが詰まっているのは兄のほうの手拭いだけだ。妹のほうはほとんど空っぽの状態で、ただ野いちごのつくった赤いしみばかりが目立つ。
兄が毒づくようにして吐き出す。
「でもこいつと来たら、母ちゃんの言葉を真に受けて、全部食っちまったんだ」
「で、でも……! 母ちゃん言ってたもん! ふたりで半分こで食べておいでって! だから兄ちゃんのを半分……」
「ばっか! 自分の採った分を全部食って、さらに俺の分を半分食おうとする奴があるか!」
たしかに妹は浅はかではあるが、一応親の言うことは聞いている。それゆえに余計に兄が癇癪を起こしているようにも見える。しかし兄も本来なら優しいことには変わりないだろうに、それが見事に噛み合っていない。
兄がごっちんと妹に拳を向けるのに、ムキになって妹は頭を抑える。
「ほらぁ! 兄ちゃんはいっつもそう!」
「おまえが食い意地張り過ぎなんだよぉ!」
ふたりがまたギャンギャンと喧嘩をはじめる。それを見かねて、暁が子供たちに近付こうとするのに、浜風はまたも意外なものを見る目をした。
「おやおや、姫君だけでなく、君も意外とお人好しなのかな?」
「……喧嘩両成敗で、ふたりとも殴れば喧嘩も収まるだろ」
「いやいやいや、君たちの喧嘩の止め方って、もうちょっとこう、間はないのかな?」
さすがに暁の喧嘩の止め方を見かねたのか、浜風まで寄ってきた。
暁は夕花姫の護衛だから見知った顔なため、子供たちはそこまで怖がる素振りはなかったが、浜風は余所者な上に貴族の身なりだ。子供たちは少しだけ驚いた顔して、浜風を眺めた。
「な、なに……?」
「うんうん。どちらも親思いの子たちだと思ったまでだよ」
「あれ、どちらも……?」
夕花姫からしてみれば、兄は年の割には大人びた子であり、妹はまだまだ融通の利かない年頃なんだなとばかり思っていた。どちらも親思いと言い出した浜風の意図が読めずに、ポカンとした顔で彼の横顔を眺める。
都から来た(らしい)公達の顔はどこまでもどこまでも麗しくて、にこやかに子供たちを交互に眺めているのだった。
そこから外に出てみて、浜風は「うわあ……」と手をかざして小国の光景を眺めた。
青々とした田畑が広がり、その向こうには小さな民家が並んでいるのが見える。更に民家の向こうには白い砂浜が伸び、海を水鳥がついーっと飛んでいるのが目に入る。田畑とわずかばかりの山、それ以降は全て海。これがなにもない小国の全てであった。
「先程の光景もなかなかだったけれど、頂上から見る景色も見事なものだねえ……」
浜風の感嘆の声に、夕花姫はえへんと胸を張る。
国中をあちこち歩き回っている夕花姫にとって、ここからの景色は特にお気に入りだった。
「ここからの眺めって素敵でしょう? 昼間からの景色も美しいけれど、夕焼けになったら田畑が全部金色に輝いて趣があるし、秋の田畑や冬の景色も素晴らしいわ……って、都の人からしてみればつまらないかしら?」
「いやいや、充分すごいよ。でもこれだけ美しく豊かな国であったら、海賊なんかが現れて困らないかな?」
「海賊? そういう話を漁師の子たちも言っていたけれど、それでも漁師の子たちも、他の漁師も、海賊なんてお年寄りの話ではいくらでも聞いたことがあるけれど、見たことないって言ってたわよ? 私ももちろん見たことがない」
「……これまた驚いたね。こんなに豊かな国だったら、略奪だって起こりうるのに」
浜風が本気で驚いているのに、ますます夕花姫は困惑した。
そんなこと言われても、本当に夕花姫は生まれてこの方、海賊とも盗賊とも遭遇したことがないのだ。わざわざ盗まなくとも食料は事足りているのだから、国民同士で揉めたことだってない。略奪なんて物語の中だけのものだと思っていた。
助けを求めるようにして暁を見上げる。
侍の暁は、少しだけ白い目を浜風に向けてから、いつもの怜悧な表情に戻る。
「前から申してる通り、この国は本来なら海賊に狙われる可能性は充分にあります。たしかに波は穏やかで、都行きの船の行き来も活発な国ではありますから、これだけ波が穏やかならば、よそから危ない人間が来てもおかしくないんです」
「でも本当に見たことがないのよ、海賊なんて。都にはいるの? でも都には海がないんだったら、出ないはずよね……?」
夕花姫が本気でわからないという顔をしているのが面白かったのか、浜風はクスクスと口元に袖を当てて笑う。
「そうだね。たしかに海賊は出ないけれど、盗賊は出るはずだよ。だから、検非違使という見回りが必要になってくるんだけれど……この辺りは牧歌的だね。都と違って皆が笑って暮らせているのは……本当にすごい話だ」
「そうなの……」
都には帝がおわして、もっときらびやかで、物語がたくさんある場所だと聞いていた。貴族が舟遊びに興じ、歌合せや貝合わせをし、公達と姫君が束の間の逢瀬を交わす……夕花姫の都の知識は、全て物語に書かれていることのみだった。都から出向してきた国司とはほとんど話をしたことがないから、余計に物語頼みになる。
しかし浜風の口から聞くそれだと、この国のほうが平和で豊かに聞こえてしまうのだから、この国で退屈を飼い慣らしている夕花姫からしてみれば、意外な話だった。
浜風の話を不思議な心地で聞いている中、暁はちくりと言う。
「記憶喪失のはずなのに、ずいぶんと詳しいようですね。都の様子を」
「いやいや。自分のことがわからないだけで、都の様子までは記憶が飛んでいなかったようだね。ここから辿れば、自分のことがわかるかな」
浜風に対してひどく無礼な暁に、夕花姫は注意する。
「もう、暁! あなたいくらなんでも失礼よ! ごめんなさいね、暁ってば私の護衛の割には、お父様の言うことしか聞かないから」
「俺はあなたの命令に逆らってはいないでしょ」
「小言が多いのよ! 乳母じゃあるまいし」
夕花姫に噛みつかれ、暁は憮然と黙り込んでしまった。それに浜風はますますおかしそうに笑った。
「君たちはずいぶんと変わった主従だね。そもそも、姫君が侍を連れて歩いているのもあまり知らないのだけれど」
「あら? でも都のほうが危険なはずでしょう? 護衛も付けないで、どうやって身を守るの?」
「そもそも姫君は屋敷から出ないものだから、昼間からあちこちに散歩に行く姫君には初めて出会ったかな。でもそのほうが、夕花姫には似合っているかと思うよ」
「まあ……」
夕花姫は浜風の言葉に、少なからず頬に熱を持つ。
これが暁に言われたのだったら、また嫌みかと受け流していただろうが。そもそも若い公達からの言葉に慣れていない夕花姫は、彼の使う耳障りのいい言葉に免疫がない。都にいる姫君は、浜風の言葉に耐えきれるものなんだろうか。
それを憮然としたまま暁が眺めているときだった。
「もう、これは私のものだってば! 本当に返して!」
「なんだよ、これは母ちゃんへのごほうびだぞ! 全部取る奴があるかよ!」
「母ちゃんは半分こって言ってたじゃない! いじわる!」
「だってお手伝いしたのはおれだし! おまえなんにも手伝ってないだろ!」
ギャンギャンと、子供たちの言葉の応酬が響き渡った。
浜風はキョトンとその声に耳を澄ませる。
「子供?」
「あーあーあーあー……ときどきこの坂まで遊びに来る子たちがいるのよ。畑仕事しているときに、畑で遊ばれるよりもこの辺りで遊んでいたほうが邪魔にならないからって。ちょっと! なにやっているの!」
「あっ、おひいさん」
「おひいさん」
さんざん揉めていた子供たちが、ぱっと夕花姫に顔を向けた。
それを浜風は意外な顔で眺める。子供たちは普通に夕花姫の存在を知っているし、彼女を慕っているようであった。
「夕花姫はすごいねえ、漁師だけでなく百姓とも知己があるとは」
「……姫様を田舎者と揶揄しているのか?」
浜風の感嘆の言葉に、暁はジロリと睨む。
「いやいや。あれだけ能動的に動く姫君というのは見たことがなかったけれど、庶民にあれだけ好かれる姫君というのも、見たことがないからねえ。ただ驚いただけだよ?」
「……姫様は誰に対してもお優しいだけだ」
都の姫君の普通はわからないが、夕花姫とこの国の人々の関係はこれくらいは普通のことであった。
夕花姫は不思議と敵をつくらず、貴族の姫君だからと勝手に持ち上げられることもなければ、お高く留まっていると揶揄されることもない。彼女が庶民に対して気安過ぎることを怒られることはあっても、彼女本人が嫌われるということが、何故かなかった。
故に彼女が遊びに行った場所では大概、「おひいさん」と呼ばれて人が寄ってきていた。
暁からしてみれば見慣れた光景ではあったが、見慣れていない浜風からしてみれば不思議な光景であろう。
浜風はにこやかに、そんな暁を揶揄する。
「君の言葉にはいささか棘が鋭過ぎるからねえ、もうちょっと姫君には優しい言葉をかけてあげたらどうかな?」
「都の人間は口から先に生まれるのか……」
「おや、意外だねえ。君も意外と頭が回るようだ」
「ちょっと、ふたりともグダグダ言い合いしないでちょうだい。今は喧嘩の仲裁をしてあげて」
剣呑とした浜風と暁のやり取りは、夕花姫のピシャリとしたひと言によって流された。
夕花姫が仲裁しようとしている百姓の子供たち。
しくしく泣いている女の子と、口をへの字に曲げている男の子は、よくよく見たら似た顔をしていて、兄妹なんだろうと察することができた。
そのふたりに、夕花姫は膝を折り曲げて子供たちと視線を合わせると、優しく尋ねる。
「ゆっくりでいいから、事情を聞かせてちょうだいな」
「……手伝いをしていて、そのごほうびに母ちゃんが野いちごを摘んできてもいいって言ってくれたから摘みに来たんだ。どうせだから、母ちゃんにもあげようと思ったんだけど」
兄のほうが、妹をジロリと睨む。よくよく見たら、ふたりは手拭いを籠状に折って、なにかを入れていた。そこには赤い実がたっぷりと詰まっていた。しかしたくさんの野いちごが詰まっているのは兄のほうの手拭いだけだ。妹のほうはほとんど空っぽの状態で、ただ野いちごのつくった赤いしみばかりが目立つ。
兄が毒づくようにして吐き出す。
「でもこいつと来たら、母ちゃんの言葉を真に受けて、全部食っちまったんだ」
「で、でも……! 母ちゃん言ってたもん! ふたりで半分こで食べておいでって! だから兄ちゃんのを半分……」
「ばっか! 自分の採った分を全部食って、さらに俺の分を半分食おうとする奴があるか!」
たしかに妹は浅はかではあるが、一応親の言うことは聞いている。それゆえに余計に兄が癇癪を起こしているようにも見える。しかし兄も本来なら優しいことには変わりないだろうに、それが見事に噛み合っていない。
兄がごっちんと妹に拳を向けるのに、ムキになって妹は頭を抑える。
「ほらぁ! 兄ちゃんはいっつもそう!」
「おまえが食い意地張り過ぎなんだよぉ!」
ふたりがまたギャンギャンと喧嘩をはじめる。それを見かねて、暁が子供たちに近付こうとするのに、浜風はまたも意外なものを見る目をした。
「おやおや、姫君だけでなく、君も意外とお人好しなのかな?」
「……喧嘩両成敗で、ふたりとも殴れば喧嘩も収まるだろ」
「いやいやいや、君たちの喧嘩の止め方って、もうちょっとこう、間はないのかな?」
さすがに暁の喧嘩の止め方を見かねたのか、浜風まで寄ってきた。
暁は夕花姫の護衛だから見知った顔なため、子供たちはそこまで怖がる素振りはなかったが、浜風は余所者な上に貴族の身なりだ。子供たちは少しだけ驚いた顔して、浜風を眺めた。
「な、なに……?」
「うんうん。どちらも親思いの子たちだと思ったまでだよ」
「あれ、どちらも……?」
夕花姫からしてみれば、兄は年の割には大人びた子であり、妹はまだまだ融通の利かない年頃なんだなとばかり思っていた。どちらも親思いと言い出した浜風の意図が読めずに、ポカンとした顔で彼の横顔を眺める。
都から来た(らしい)公達の顔はどこまでもどこまでも麗しくて、にこやかに子供たちを交互に眺めているのだった。