この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




 * * *


「浴室、使わせてくれてありがとう」


 シャワーを浴び終え。
 入る、リビングに。


「これからも好きなときに(浴室を)使えばいいから」


 空澄(あすみ)の言葉に。
 浮かんだ、頭の中で。
『?』が。


「しばらくの間、
 彩珠(あじゅ)この家(ここ)に居るんだから」


「えっ⁉」


 空澄の言葉に。
 思わず出た、声が。


「『えっ』って、
 俺はそうだと思ってたけど」


 空澄の心遣い。

 そのことは。
 本当に本当に。
 ありがたい、ものすごく。


「そんなの、
 空澄に悪いよ」


 だけど。
 これ以上、空澄にお世話になるなんて。


「そんなこと気にするな」


 そう言ってくれている、空澄は。


「でも……」


 気にならないわけがない。

 こんなにも空澄にお世話になっているのに。


「彩珠」


 これ以上。
 お世話になる、空澄に。

 それは。
 申し訳ない、ものすごく。



 そう思っている。

 そんなとき。
 じっと見つめる、空澄は。
 私のことを。


 その眼差しは。
 真剣そのもので。

 空澄の瞳。
 できない、少しも。
 逸らすことは。


「今の状態では家に帰ることは難しいだろ。
 落ち着くまでこの家(ここ)に居ればいい」


 優しい、ものすごく。
 空澄は。


「でも……」


 落ち着くまで。

 そうとはいえ。

 これからも。
 泊まる、空澄の家に。

 それは。
 申し訳ない、ものすごく。


「空澄に迷惑はかけられないよ」


 だから。
 伝えた、思っていることを。


「迷惑なんかじゃないよ」


 だけど。
 そう言ってくれる。
 優しい空澄は。





「本当に優しいね、空澄(あすみ)は。
 私があんな家に居たら、かわいそうだと思って
 そう言ってくれてるんでしょ。
 ありがとう。
 空澄の気持ち、すごく嬉しいし感謝している」


 だから。
 伝えよう、せめて。
 感謝の気持ちだけでも。
 そう思った。


「かわいそう?
 そうじゃない」


 そのはずが。


「俺が彩珠(あじゅ)と一緒にいたいだけ」


 空澄が。
 言ったから、そんな言葉を。





『一緒にいたい』


 その言葉を。
 どういうふうに受け取ればいいのか。

 考えている、そのことを。



 だから。
 なっている、大忙しに。
 頭の中が。


「だから遠慮するなよな」


 だけど。

『一緒にいたい』

 その言葉に。
 深い意味。
 ないのかもしれない、そういうのは。


 空澄の気遣いや親切。

 それが。
 なった、あの言葉に。
 そういうことなのかもしれない。





 それよりも。
 空澄の笑顔が。
 とてもキラキラ輝いていて。
 眩しいくらい。


 それと同じだけ。
 溢れている、優しさに。



 だから、なのかな……?


「……ありがとう。
 お言葉に甘えて……」


 空澄の笑顔に。
 引き寄せられるように。


「しばらくの間、
 お世話になります」


 気付いたら。
 そう言っていた。


「素直でよろしい」


 そう言った空澄は。
 もっともっと笑顔になり。
 今にも溢れそうになっていた。





「ねぇ、空澄(あすみ)
 そういえば……」


 時刻は十七時を回ったばかり。


 今は。
 空澄と一緒にソファーに座り。
 観ている、テレビを。

 そのときに。
 思った、ふと。


「今日の早朝、
 公園で空澄とばったり会ったでしょ」


 そのとき。
 言っていた、空澄は。
 散歩をしていたと。


「空澄と会うことができたから、
 今、私は空澄の家で過ごさせてもらうことができている。
 本当に感謝しかない」


 だけど。

 偶然、散歩をしていた。

 そのわりには。
 泊めてくれる、空澄の家に。
 それまでの段取り。
 良過ぎるような。


 それは。
 空澄の手際が良いから?


「あぁ、そのこと?
 公園(あそこ)で散歩してたこと、
 あれは偶然じゃねぇよ」


「え⁉」


『偶然じゃない』

 驚いた、空澄の言葉に。


 それなら。
 なぜ公園に?





「今日の早朝、彩珠(あじゅ)と途中まで帰っただろ。
 分かれ道になって、
 お互い、それぞれの道を歩いて行った。
 だけど俺はすぐに戻って
 彩珠の少し後ろをこっそりと歩いて行ったんだ」


「えっ⁉
 そうだったの⁉」


 全然気付いていなかった。


「でも、
 なんで……」


 私の後ろを……?


「心配だったから」


「心配?」


「あぁ。
 彩珠が家に帰ったとき、
 また親父さんに何か言われるんじゃないか、
 そう思うと居ても立っても居られなくて。
 彩珠が家から出てこなかったら、
 俺は自分の家に帰ろうと思った」


 そうだったんだね。


「だけど彩珠が家から出てきた。
 そんな彩珠のことをどうにかして助けたかった。
 だから偶然を装って彩珠に声をかけた」


 空澄(あすみ)の思いやり、気遣い。

 それらが心の中に染み渡り。
 行き渡って行く、全身に。


「本当にありがとう。
 空澄がそうしてくれた、
 その気持ちが、すごく嬉しい」


『ありがとう』

 何回、言っても。
 足りない、全く。


「いいよ、礼なんて」


 あれっ?

 空澄が。
 逸らした、顔を。
 私から。


 なんでだろう。

 そう思い。
 覗き込む、空澄の顔を。





「……真っ赤」


 空澄(あすみ)の顔が。
 なっている、真っ赤に。


「何見てんだよっ」


 そして。
 真っ赤、耳まで。


「もしかして、
 照れてる?」


「そんなわけねぇだろっ」


 やっぱり。
 照れている。


「いつまで見てんだよっ」


「いいじゃん。
 見ていたいから見てるだけだよ」


 可愛い、そんな空澄。


 空澄の新たな一面。
 知ること見ることができて。
 嬉しいし、得した気分。


「そうだっ、
 買い物に行く時間だっ。
 彩珠(あじゅ)も一緒に行くぞっ」


 照れている。

 そんな様子を残している空澄。


「いつも、これくらいの時間に行くんだ。
 明日の食事の食材を買いに」


 こうして。
 私と空澄は近所のスーパーへ。




 スーパーに着き。
 入る、店の中に。


 空澄(あすみ)は。
 メモ用紙に記入している食材。
 入れていく、テキパキとカゴの中に。



「いいなぁ」


 そのとき。
 聞こえた、微かに。
 四歳か五歳くらいの女の子の声が。


「わたしも、おおきくなったら
 おねえちゃんみたいにカッコイイかれし、ほしいな」


『お姉ちゃんみたいに』
『カッコイイ彼氏』


 誰のことを言っているのだろう。

 そう思い。
 見る、さりげなく。
 女の子の声がした方を。



 その瞬間。
 固まってしまった。
 驚き過ぎて。

 その女の子は。
 見つめている、じっと。
 私と空澄のことを。


 気のせいではない。

 見られている、確実に。
 私と空澄は。
 その女の子に。





 空澄は買い物に夢中になっていて。
 気付いていない、全く。

 気付いているのは私だけ。


 どうしよう。

 こういうときは……。





 考えた結果。

 無難に。
 手を振る、笑顔で。
 その女の子に。


 思いつかなかった、それしか。



 幸い。
 その女の子も。
 手を振ってくれた、笑顔で。

 だから。
 助かった、なんとか。


 そして。
 その女の子の隣にいるママも。
 笑顔で私の方を見て。
 していた、会釈を。

 私も。
 会釈した、笑顔で。
 女の子のママに。










 スーパーから出て。
 帰り道。
 歩いている、のんびりと。







 そのとき。
 考えていた。

 店内で女の子に言われた言葉。
 そのことを。


『カッコイイ彼氏』



 私と空澄(あすみ)は。
 周りから見ると。
 どんなふうに見えるのだろう、と。


 あの女の子は。
 思った、たまたま。
 空澄のことを『彼氏』と。

 だけど。
 他の人たちは。
 どんなふうに見るのだろう。
 私と空澄のことを。





 なんでこんなことを気にするのか。
 よくわからない。

 そう思いながらも。
 なぜか。
 離れない、頭から。


 そのことは。
 消えなかった、少しの間。
 頭の中から。





 経った、一週間が。
 空澄(あすみ)の家に泊めてもらってから。


 今は。
 ご飯を食べ終え。
 している、食器洗いを。










 空澄は。
『何もしなくてもいい』
 そう言ってくれている。







 だけど。
 それでは。
 申し訳ない、あまりにも。


 お世話になっている、空澄に。

 それなのに。
 何もしないのは……。





 そう思い。
 空澄に頼んで。
 家事の一部を手伝わせてもらうことに。



 ただ。
 この家(ここ)は自分の家ではない。


 なので。
 やり過ぎる。
 それもズカズカと入り込み過ぎてしまうのではないか。

 そう思うと。
 してしまう、少し遠慮を。
 ある、そういうところも。





 * * *


彩珠(あじゅ)
 そろそろ出るか」


 今日も。
 行く、『心が呼吸できる世界』に。



 それにしても。
 今日は。
 早いな、少し。
 この家(ここ)を出るのが。

 たぶん。
 歩きたいのかな、のんびりと。


 そう思いながら。
 出た、この家(ここ)を。


「彩珠、
 彩珠と一緒に行きたいところがある」


 出た、外に。

 その瞬間。
 そう言った、空澄(あすみ)が。


「私と一緒に行きたいところって?」


 どこだろう。

 興味がある、ものすごく。


「行けばわかるよ」


 本当は。
 知りたい、今すぐにでも。


 だけど。

 している、楽しみに。

 そういうのもあり、かな。