この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




「今日の早朝、彩珠(あじゅ)と途中まで帰っただろ。
 分かれ道になって、
 お互い、それぞれの道を歩いて行った。
 だけど俺はすぐに戻って
 彩珠の少し後ろをこっそりと歩いて行ったんだ」


「えっ⁉
 そうだったの⁉」


 全然気付いていなかった。


「でも、
 なんで……」


 私の後ろを……?


「心配だったから」


「心配?」


「あぁ。
 彩珠が家に帰ったとき、
 また親父さんに何か言われるんじゃないか、
 そう思うと居ても立っても居られなくて。
 彩珠が家から出てこなかったら、
 俺は自分の家に帰ろうと思った」


 そうだったんだね。


「だけど彩珠が家から出てきた。
 そんな彩珠のことをどうにかして助けたかった。
 だから偶然を装って彩珠に声をかけた」


 空澄(あすみ)の思いやり、気遣い。

 それらが心の中に染み渡り。
 行き渡って行く、全身に。


「本当にありがとう。
 空澄がそうしてくれた、
 その気持ちが、すごく嬉しい」


『ありがとう』

 何回、言っても。
 足りない、全く。


「いいよ、礼なんて」


 あれっ?

 空澄が。
 逸らした、顔を。
 私から。


 なんでだろう。

 そう思い。
 覗き込む、空澄の顔を。





「……真っ赤」


 空澄(あすみ)の顔が。
 なっている、真っ赤に。


「何見てんだよっ」


 そして。
 真っ赤、耳まで。


「もしかして、
 照れてる?」


「そんなわけねぇだろっ」


 やっぱり。
 照れている。


「いつまで見てんだよっ」


「いいじゃん。
 見ていたいから見てるだけだよ」


 可愛い、そんな空澄。


 空澄の新たな一面。
 知ること見ることができて。
 嬉しいし、得した気分。


「そうだっ、
 買い物に行く時間だっ。
 彩珠(あじゅ)も一緒に行くぞっ」


 照れている。

 そんな様子を残している空澄。


「いつも、これくらいの時間に行くんだ。
 明日の食事の食材を買いに」


 こうして。
 私と空澄は近所のスーパーへ。




 スーパーに着き。
 入る、店の中に。


 空澄(あすみ)は。
 メモ用紙に記入している食材。
 入れていく、テキパキとカゴの中に。



「いいなぁ」


 そのとき。
 聞こえた、微かに。
 四歳か五歳くらいの女の子の声が。


「わたしも、おおきくなったら
 おねえちゃんみたいにカッコイイかれし、ほしいな」


『お姉ちゃんみたいに』
『カッコイイ彼氏』


 誰のことを言っているのだろう。

 そう思い。
 見る、さりげなく。
 女の子の声がした方を。



 その瞬間。
 固まってしまった。
 驚き過ぎて。

 その女の子は。
 見つめている、じっと。
 私と空澄のことを。


 気のせいではない。

 見られている、確実に。
 私と空澄は。
 その女の子に。





 空澄は買い物に夢中になっていて。
 気付いていない、全く。

 気付いているのは私だけ。


 どうしよう。

 こういうときは……。





 考えた結果。

 無難に。
 手を振る、笑顔で。
 その女の子に。


 思いつかなかった、それしか。



 幸い。
 その女の子も。
 手を振ってくれた、笑顔で。

 だから。
 助かった、なんとか。


 そして。
 その女の子の隣にいるママも。
 笑顔で私の方を見て。
 していた、会釈を。

 私も。
 会釈した、笑顔で。
 女の子のママに。










 スーパーから出て。
 帰り道。
 歩いている、のんびりと。







 そのとき。
 考えていた。

 店内で女の子に言われた言葉。
 そのことを。


『カッコイイ彼氏』



 私と空澄(あすみ)は。
 周りから見ると。
 どんなふうに見えるのだろう、と。


 あの女の子は。
 思った、たまたま。
 空澄のことを『彼氏』と。

 だけど。
 他の人たちは。
 どんなふうに見るのだろう。
 私と空澄のことを。





 なんでこんなことを気にするのか。
 よくわからない。

 そう思いながらも。
 なぜか。
 離れない、頭から。


 そのことは。
 消えなかった、少しの間。
 頭の中から。





 経った、一週間が。
 空澄(あすみ)の家に泊めてもらってから。


 今は。
 ご飯を食べ終え。
 している、食器洗いを。










 空澄は。
『何もしなくてもいい』
 そう言ってくれている。







 だけど。
 それでは。
 申し訳ない、あまりにも。


 お世話になっている、空澄に。

 それなのに。
 何もしないのは……。





 そう思い。
 空澄に頼んで。
 家事の一部を手伝わせてもらうことに。



 ただ。
 この家(ここ)は自分の家ではない。


 なので。
 やり過ぎる。
 それもズカズカと入り込み過ぎてしまうのではないか。

 そう思うと。
 してしまう、少し遠慮を。
 ある、そういうところも。





 * * *


彩珠(あじゅ)
 そろそろ出るか」


 今日も。
 行く、『心が呼吸できる世界』に。



 それにしても。
 今日は。
 早いな、少し。
 この家(ここ)を出るのが。

 たぶん。
 歩きたいのかな、のんびりと。


 そう思いながら。
 出た、この家(ここ)を。


「彩珠、
 彩珠と一緒に行きたいところがある」


 出た、外に。

 その瞬間。
 そう言った、空澄(あすみ)が。


「私と一緒に行きたいところって?」


 どこだろう。

 興味がある、ものすごく。


「行けばわかるよ」


 本当は。
 知りたい、今すぐにでも。


 だけど。

 している、楽しみに。

 そういうのもあり、かな。





 * * *


「よう、空澄(あすみ)彩珠(あじゅ)
 今日はいつもより来るの晩いな。
 デートでもしてたのかぁ?」


 デート、って‼


 言った、凪紗が。
 そんなことを。

 それだからか。
 飛び跳ねてしまった、心臓が。


「あぁ、そうだけど」


 そうだけど、って⁉





 凪紗の言葉に。
 空澄は。
 変えていない、全く。
 顔色を。



 そんな空澄の言葉と様子。


 それらを。
 聞いて見ている。

 そうすると。
 なりそうになる、パニック状態に。
 頭の中が。


「おぉ、
 デートしてたこと、認めたな」


 凪紗が。
 している、ニヤリと。


「別に隠す必要もないからな」


 空澄っ⁉


 さっき。
 出かけた、一緒に。

 あれって、デートだったの⁉



 そう思っても。

 なぜだろう。


『あれはデートだったの?』

 できない、そう訊くことが。





 その間にも。


 心詞(みこと)は。
「デートだなんて、
 彩珠ちゃんと空澄くんラブラブだね」
 そう言っている、笑顔で。

 響基は。
「空澄くんと彩珠さん、
 いつの間に付き合ってたの?」
 そう言って。
 している、驚いた表情(かお)を。



 なんだか。
 進んでしまっているっ。
 話がとんでもない方向にっ。





「それで、
 どこに行ってたんだよ」


 少しの隙間もなく。
 進んでいっている、話は。

 そんなときに出た、凪紗の質問。


 恋人同士ではない。
 私と空澄(あすみ)は。

 逃してしまった。
 言うタイミングを。


「夕焼け見に行ってた」


 あたふたしながら。
 走り回っている、バタバタと。
 頭と心の中で。

 そんな私の状態。
 それとは真逆で。
 冷静な空澄。


「あの場所は穴場だな」


「穴場って、どこだよ」


 空澄の言葉に。
 凪紗は興味津々。


「場所の名前なんて知らねぇよ。
 小学六年の頃に見つけて以来、
 気に入っている場所なんだよ」


「へぇ、
 そんなにも気に入ってる場所を彩珠(あじゅ)とねぇ」


 凪紗の表情(かお)は。
 している、ますますニヤニヤと。


「だけどさ、
 そんな穴場だったら
 私らも連れて行ってくれよ」


 凪紗のニヤニヤは休憩に入り。
 なった、普通の表情(かお)に。


「なんでだよ」


 空澄も普通の表情(かお)


「いいだろ、
 私ら仲間なんだからさ」


 凪紗は。
 笑う、ニッと。


「確かに仲間だ。
 だけど彩珠は
 その中でも特別なんだよ」


 空澄は。
 言った、サラッと。



 聞いた、空澄の言葉を。

 そうしたら。
 飛び跳ねた、勢い良く。
 心臓が。


 特別、って……。

 それは、一体どういう……。





「なんだよ、それ。
 言ってくれるじゃねぇか」


 休憩していた凪紗のニヤニヤ。
 始まった、再び。


「だったらさぁ、
 なおさら私らのことも連れて行かないとな」


 そう言いながら。
 頷いている、凪紗は。
『うんうん』と。


「なぜそうなる」


 凪紗の言葉に。
 空澄(あすみ)は。
 している、不思議そうな表情(かお)を。


「いいだろ。
 連れていく人数が増えたところで
 減るもんじゃないんだからさ」


「なっ、そうだろ」
 そう言いながら。
 している、ポンポンと。
 空澄の肩を。

 そんな凪紗に。
 言っている、空澄は。
「凪紗、お前なぁ」と。