近澤の弱みを握る。

 それが昨夜、私の出した結論だった。

 奴の弱みを握って、母にそれを教えれば目が覚めるだろう、そう思ったのだけど。

 そもそも弱みってなんだろう。

 それに近澤だって、いい歳の大人だ。

 こんな16歳の小娘に自分の弱みをほいほい見せるわけがない。

 ため息をついて、「やっぱりどっか出かけようかなあ」と呟くと、階下からコーヒーの良い香りがしてきた。

「そっかもう10時か」

 私は天井を見たまま呟いて、それから勢いよく体を起こす。

 そしてスマホで時刻を確認すると、まだ9時過ぎだった。

 おかしい。

 いつも近澤は休日になると、午前10時きっかりにコーヒーを淹れて飲んでいる。

 だけど今日は1時間も早い。

 これが近澤の弱みか、母がいない日は1時間も早く朝食後のコーヒーを飲む、と。

 ……なんて冗談は置いておいて。

 それにしてもおかしいな、と思っていたら、階段を上ってくる足音が聞こえた。

「ちょっと出かけてくる。昼前には帰るつもりだ」

 近澤はドア越しに言うと、また階段を降りていく。

 なんだ、出かけるから早めにコーヒー飲んでたんだ。

 ん? 出かける、ってことは!


 躊躇した時間は3分もあるかないか。

 入ってしまえばなんてことはない、ずいぶんと物がない部屋だった。

 机、本棚、タンス、小さいテレビ。

 それだけしか置かれていない部屋は、飾り気のないきちんと片付いた六畳ほどの部屋。

 ここは近澤専用部屋で、『あの脳筋に書斎が必要? 怪しい』とは思っていた。

 だけど、意外にも本棚に本はぎっしりと詰まってるし、机の上にも何冊か本があるし、パソコンもある。

 本当に仕事部屋なのかもしれない。

 体育教師が家に持ち帰る仕事ってなんなのよ、と思うけど。

 だけど、寝室は母と一緒のくせに自分だけの部屋があるというのはやっぱり怪しい。

 もし、母に内緒で何かを隠すのだとしたら、寝室ではなくこの部屋の可能性が高いだろう。

 昼前までこの部屋が空っぽなら、絶好の弱み探しのチャンス!

「よーし、探すぞー」

 私はそう気合いを入れて、部屋をうろうろし始めた。