次の日は朝早くから母は実家に帰って行った。

 母を見送ると、近澤がこちらを見て口を開く。

「そういえば、今日はどこかへ出かけるのか」

「別に」

 私は近澤を見ずにリビングへ移動する。

 ソファにどかりと腰掛けると、私はうーんと少しだけ考えてから近澤に話しかけようとしてやめた。

 近澤はソファの横にある椅子に腰かけ、やけにハイテンションな朝の情報番組を観ている。

【――さんの離婚の原因は、性格の不一致を言われていますが、二人は結婚後すぐに別居をしているようで】

 芸能人の離婚に、近澤が興味を持つとも思えない。
 
 このおっさんが、何に興味を持とうが私には関係のないことだけど。

 でも、ゴシップ大好きとかだったら、それはそれで引く。

 静かなリビングには、芸能人の離婚を推測するコメンテーターの声だけが響いている。

 すると、突然、近澤が鼻で笑って小さく呟く。

「平和だな」

 どういう意味で言ったのかわからないけど、これは私に返事をしろということ?

 それとも今のは独り言?

 そんなことをテレビの画面眺めながら考える。

 ……バカバカしい。

 そう結論をくだして、自室に戻ろうと立ち上がると近澤がまた口を開く。

「膝の怪我、跡にならなくて良かったな」

 やけに優しい口調でそう言われて、私は立ち止まる。

「膝の怪我ってなに?」

「転んだだろ。五月の終わり頃だったかな。保健室にちょうど養護教諭の先生がいない時で俺が手当てしたから、覚えてる」

「そんなこともあったかもね」

 私はそれだけ答えて、足早にリビングを出た。

 ばたん、と勢いよくドアを閉めると、「もっと静かに閉めろ」とぴしゃりと近澤の声が飛んでくる。

「あんたのほうがうるさい」とだけ言って、私は自室にこもることにした。