目を覚ますと、近澤の心配したような顔が真っ先に飛び込んでくる。
 
「大丈夫か? よく眠っていたみたいだが、どこか具合が悪いのか?」

 オロオロする近澤に、私は笑って見せる。

「大丈夫。体調はおかしくない。最近、眠れなくて」

「そうか。それなら」

 ホッとする近澤に、私は聞いてみる。

「ねえ、もしかしてここまで運んでくれたのって」

「ああ、俺だ」

「ありがとう」

 私がそう言うと近澤は驚いたような顔をしてこちらを見る。

 目じりの皺も、ちょっと心配なおでこも、よく職質されるという目つきも、男性らしいたくましい腕も、低い声も、匂いも。

「私は全部、好き」

 そばにあった近澤の腕に、私はしがみついた。

「おい、どうした? 熱でもあるのか?」

「ねえ、先生。私、初めては先生がいい」

「はあ?! 何の話をしているんだ」

「わかるでしょ? 全部言わせないでよ」

「バカなことを言ってないで離しなさい」

「やだ。先生が悪いんだよ。最初はすごい怖い先生かと思ったら、保健室で手当てしてくれた時はすごく優しくて、それで好きになっちゃったんだもん」

 私は先生を掴む手に力を込める。

「だけどお母さんの再婚相手として紹介されるなんて。そんな私の気持ち、わからないよね?」

 黙り込む先生の腕はぴくりとも動かない。

 この腕が私を押し倒すことも、服を脱がすこともないんだ。

 そう思ったら急に何だか虚しくなってしまった。

 だから、私は先生の腕にギュッと爪を立てる。

「いっ!」

 顔をしかめた先生は、ようやく解放された腕に視線を落とす。

「ごめん。先生。さすがに初めてがいいとか全部冗談だよ。その腕の傷は、私が怒って爪を立てて掴んできた、ってお母さんに言えばいいよ」

「そうだな。俺は本当のことを葉月さんに言うのはかまわないが、恥をかくのは莉緒だしな」

「ひっど」

「そうだ。莉緒が俺の引き出しから持って行った写真。あれは返しなさい」

 そう言った先生は、完全に教師の顔だ。

 私はズボンのポケットに入ったままだった写真を渡す。

 それは幼い頃の私の写真だった。

「葉月さんに、『かわいかった頃の莉緒の写真、持ってて。まあ、今もかわいけど』とか言われて渡された」

「お母さんが言いそうなことだなあ。いらないなら捨てていいよ」

 私の言葉に、先生はこちらを睨みつける。

 それからまじめな顔でこう言う。

「これは俺の宝物だ」

「いやいや、無理しなくていいって」

「莉緒は、俺の愛する娘だ」

 先生の言葉に、心がざわつく。

 さっき告った女子に対して言う台詞じゃねーだろ、このどアホ!

 そんな気持ちもあったけれど、私は先生がそう言ってくれたことが心からうれしかった。