無気力な日々を過ごしていくうちに、気付けば君が旅立つ日の朝がやってきた。
 門出を祝うくらいなら、一言送ってもいいだろうか。
 思い立ってスマホを持つが、メッセージを打っては消してを繰り返す。
 「頑張れ」も「行ってらっしゃい」も、友達ならば送っても不思議じゃない。なのにどうしても、送信ボタンが押せない。
 追い打ちのように「本当にこれでいいのか」と、頭の中で僕が問いかけてくる。
 これでいいんだよ、僕らが決めたことなんだから。
 僕に止める理由はないんだから!

 ふと、家の前で車が停車した音がした。ひときわ静かな住宅街の早朝に車が通ることが珍しくて、興味本位で窓の外を覗く。
 家の郵便受けの前に立っていたのは、君だった。
 顔を上げたと同時に目が合う。
 斜めに切りすぎた前髪はいつの間にか耳にかけるほど伸びていて、ナチュラルメイクのせいか、やけに大人びてみえる。まるで別人かと錯覚するほどきれいだった。
 君も僕に気付いたのか、こちらを見て小さく微笑むと、近くに止まっていた車に乗り込んだ。

「――待って!」

 窓越しで届くはずがないのに、僕は叫んで慌てて部屋を出た。
 なぜ家まで来たのか、あの日僕が出した答えが正解だったのか。――聞きたいことが沢山あるのに、君を引き留められない。でも今確かめなければ、もう二度と会えないような気がして玄関を開ける。防犯対策とはいえ、今は鍵さえ鬱陶しい。
 外に出たときはすでに、車の後ろ姿が小さくなっていった。
 君が立っていた郵便受けを覗くと、薄い青色の封筒が入れられていた。
 懐かしくも見慣れた、小さくて細かい字は君のものだった。自分宛てであることを確認すると、その場で封を開ける。