一人暮らしをしていた部屋を返して、旅立つ当日まで実家に戻ることにした。
 実家なら、正反対の地域に住む君と鉢合わせすることはない。予定のない日は家で勉強に専念する。
 これから私は、全く新しい環境にたった一人で飛びこんでいく。それはプールに飛び込むほど簡単なことじゃないけれど、未知の世界というだけでわくわくする。
 時折、頭の端で君の顔が浮かんだ。
「……ダメだなぁ」
 忘れないといけないのに、まだ引きづっている。私は誤魔化すように参考書を捲った。

 旅立つ前日の夜、持っていく荷物の最終チェックを終えてゆっくりしていると、机の引き出しに入っていたレターセットを見つけた。
 薄い青色のそれは高校の時、君の誕生日プレゼントにつけるために買ったものだった。かなりの量が残っているから、一度使ったきりだったのかもしれない。
 その便箋の間に何か挟まっているようで、袋から取り出すと、赤と青のミサンガが机に落ちてきた。
 大学に進学する前に切れてしまったから、失くさないようにと入れていたのを思い出す。
 その瞬間、あの日の君の顔が浮かんだ。

 もう会えないかもしれないのに、本当にこのままでいいの?

「――っ!」

 言いたいことなんて沢山あった。
 でも出来なかった。君を傷つけたくない一心で、私の我儘に付き合ってくれる君の負担に、これ以上なりたくなかった。

 私は君と出会った時から、振り回してばっかりだね。
 一緒にいる時間が楽しくて、居心地が良くて。ずっと君に甘えてしまっていた。
 周りに流されやすい君は、困っている人を放っておけないから、優しさで付き合ってくれてるんだと思ってた。

 バカだね、私。
 嫌なことを全部飲み込んでしまう前に、君から離れるべきだった。

 次に君が誰かと付き合う時――ううん、君が本当に好きな人と出会えたその時は、私にくれた優しさ以上に愛してあげて。 

 ――そして、これは私の最後の我儘。
 この恋に区切りがついて思い出と呼べるようになったら。
 あの日聞けなかった返事、教えてくれるかなぁ。