30
 夏至が過ぎても僕は一人っきりだった。悪い夢は覚めることなく、そのまま続いていた。自販機で久々にラークを買った。学校が終わったら、そそくさと歌志内に帰ることにした。

 歌志内に戻って、誰もいない公園のベンチに座って、学校の自販機で買ったブラックコーヒーを飲んで、煙草を吸うことが日課になった。飲みきったブラックコーヒーの空き缶に吸い殻を入れて、セイコーマートの灰皿に吸い殻を捨て、缶をゴミ箱に入れた。同じことをすでに1週間以上していた。この1週間はあっけなかった。

 奈津がいないと、何もすることがなかった。

 誰とも話したくないし、どんな景色も陳腐に見えた。本を読もうと思い、学校帰りに図書館でサリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」という短編集の文庫を読むことにした。少し前まで奈津と一緒に勉強していた、いつもの席に座った。席はいつものように西日が強く入ってきた。

 僕はカーテンを閉めずに日を浴びたまま、「バナナフィッシュにうってつけの日」を読み始めた。残り十数ページのところで閉館の館内放送が流れた。今日は5時に閉館する日みたいだ。

 僕は仕方なく、バッグと「ナイン・ストーリーズ」を持ち、図書カウンターへ向かった。カウンターには顔見知りのおばちゃんが座っていて、見るからに暇そうにしていた。僕がカウンターに本を出すとおばちゃんは一瞬、驚いた表情をした。おばちゃんは僕に貸出カードはあるかと聞きた。僕はないと答えたら、貸出カードを作ることになった。

「こちらにお名前から順番にご記入ください」
「わかりました」と僕がそう言ったあと、おばちゃんはペンを僕に差し出した。僕はペンを受け取り、名前から書き始めた。

「久しぶりだね」とおばちゃんは僕にそう言った。

「はい、高校入ってから来てなかったので」
「そうなんだ。ここで勉強した成果が出たんだね。おめでとう」とおばちゃんはそう言ったあと、ニコッと微笑んだ。

「ありがとうございます」と僕はそう言いながら、住所を書き始めた。

「女の子のほうは? 元気にしてる?」とおばちゃんはそう言った。

 馬鹿げた質問だ。

 僕は一瞬なんて答えたらいいのかわからなくなった。住所を書く手が止まってしまった。
 
「――こないだまでは元気でした」
「こないだまで?」とおばちゃんは怪訝そうな表情になった。

「――亡くなりました」と僕はそう言いながら、左手で前髪をかきあげた。そして、大きく息を吐いた。

「嘘でしょ。こないだの事故、あの子だったんだ。――信じられない」
「はい。ホントに信じられないです」
「そっか。――お兄ちゃん、あのお姉ちゃんと付き合ってたんでしょ? すごい辛いだろうね。今」
「――はい。一緒の高校――行けたのに」

 そう言っているうちに鼻の奥に重さを感じてすぐに涙が溢れてきた。一滴大きな涙が頬を伝ったあと、すぐに何滴も涙が出てきて、止まらなくなった。おばちゃんはカウンターからティッシュを差し出した。僕はティッシュを一枚取った。
 
「ごめんね。変なこと聞いちゃったね」
「いいんです。――大丈夫です」と僕はそう言いながら、ティッシュで涙を拭った。そして、次のティッシュを取り、そのティッシュで鼻をかんだ。
 
「お兄ちゃん。今は辛いだろうけどね、きっと乗り越えられるから、それまでしっかり泣きなよ。そしたら、そっと時間が心を治してくれるから」
「――ありがとうございます。突然泣いてすみませんでした」と僕はそう言ったあと、住所の残りを書き、おばちゃんに利用者申請書を出した。



31
 公園のベンチに座った。公民館の自販機で買った缶コーヒーと、バッグからさっき借りた本を取り出し、ベンチに置いた。

 缶コーヒーを開けて、それを飲み始めた。残り十数ページで終わる「バナナフィッシュにうってつけの日」の続きを読み始める。

 読んでいる途中で缶コーヒーを飲み干した。バッグの内ポケットからラークの箱とライターを取り出した。箱から煙草を出すと、これが最後の一本だった。僕はラークに火をつけた。ラークを吸いながら、短編を読み切った。「バナナフィッシュにうってつけの日」は最悪の結末だった。一体、なぜ拳銃自殺したのか謎だった。文庫を閉じ、携帯で時間を見ると、すでに18時を過ぎていた。

 遠くでカラスの群れが羽ばたいていた。よく耳を澄ませると遠くで川が流れる音が聞こえた。時折冷たい向かい風が吹き、煙が自分の方に流れた。煙草はあっという間にフィルターまで燃え尽きた。僕は缶の上部で煙草の火をもみ消したあと、吸い殻を缶の中に入れた。文庫本をかばんの中に入れ、セイコーマートまで行くことにした。

 セイコーマートの前に着いて、店の外に置いてある灰皿にコーヒーの缶に入っている吸い殻を捨てた。何度か缶を灰皿の網に当てた。そのたびに気持ちのいい音がした。

「煙草か。いつ覚えたんだよ」

 そう誰かに声をかけられ、振り向くと、コバヤシが立っていた。



32
 「何してるの?」と僕はコバヤシにそう聞いた。

「こっちが聞きたいよ。何してるの? お前」とコバヤシはニヤニヤしてそう言った。
 
「見ての通りだよ」

 僕はそう言いながら、右手に持っている空き缶を右腕を伸ばし、コバヤシの前に突き出した。

「進学校の生徒のセリフじゃないな。何吸ってるの?」とコバヤシがそう言って、僕のバッグを指差した。僕はバッグを開けて内ポケットから、ラークの箱を取り出し、コバヤシに渡した。

「へえ、5ミリか」とコバヤシはそう言って、ラークの空箱を僕に返した。
 
「何してるの?」と僕はコバヤシにそう聞いた。

「何してるって、学校終わって、メシ買いに来たらお前がいたから、声かけただけだよ。ちょっと待ってて。飲み物何がいい?」
「――カフェオレ」
「わかった。逃げないで待ってろよ。逃げるタマじゃないのは知ってるけどな」とコバヤシはそう言って、店内に入っていった。

 その間に僕は空き缶を捨てて、コバヤシが店から出てくるのを待った。少ししてからコバヤシが店から出てきた。青い軽自動車を指差して、歩き始めた。僕は青い軽自動車のほうへ向かった。



33
 「はい、これ。俺からの入学祝い。渡してなかっただろ」とコバヤシはそう言って、ラーク5ミリのワンカートンを僕に差し出した。

「バカかよ。教師がこんなことしていいのかよ。俺、まだ未成年」
「いいんだ、そんなの。もう自分の生徒じゃないんだから、俺がシラきれば、こんなの問題にならない。それにこれが問題になるとしたら、お前が誰かにチクるか、誰かが今、この瞬間を目撃してるかのどちらかだ。そうなったら、お前のこと恨むわ。ただ、それだけだよ」
「ありがとうございます」
「お、敬語できるんじゃん」
「まあね」
「ちょっとドライブしようぜ」とコバヤシはそう言ったあと、エンジンをかけ、車を発進させた。

 車は滝川方面に向かっている。しばらくはお互い無言だった。FMラジオから、Judy and Maryのそばかすが流れていた。
 
「懐かしいな。解散してほしくなかったんだけどな。JAMには。好きすぎて、俺、東京ドームのファイナル行ったもん。鬼電して、チケット当てたの嬉しかったな。もう5年も経つんだな。無理やり学校有給とったな。一生のお願いって言って」

「へえ」と僕はそれしか言う気になれなかった。

「お前、相変わらず愛想悪いな。これだから、鼻につくんだよな。もう少し素直になればいいのにさ」
「今の俺は十分素直です。だから、素直にラークも吸うし、コーヒーも飲む。ただそれだけです」
「まあ、そんなのどうでもいいけどさ。お前にお礼したかったんだよ。お前と小松のおかげで俺の人事評価上がったんだ。それで、ちょいと給料も良くなったのさ」
「そうなんだ。おめでとう」
 
「でもさ、これってちょっと変だよな。努力したのってお前と小松じゃん。しっかりと進学校に合格してさ。クラスの学力やら、進学実績やら、欠席率が俺の人事評価になるわけじゃん。それって俺の努力関係ないんだよな。他のやつらはヘラヘラして、願書出すだけで受かる高校にみんな仲良く行ったでしょ。そいつらじゃ、教員の人事評価はされない。ま、お前に愚痴っても仕方ないけど。だから、お礼したかったんだよ。お給料あげてくれてありがとうって」
「相変わらず、性格悪いな」
「お前もな」とコバヤシがそう言ったのと合わせて、コバヤシはハンドルを右に切った。車は右折し、山の方へ入って行った。



34
 車はスキー場の裏を抜けて、山の奥へ続く一本道を登っていく。グネグネとした道をコバヤシは雑なハンドルさばきで車を運転した。僕は少し具合悪くなった。急に開けた場所にたどり着いた。目の前にはリフトの乗降場といくつかの小屋、そして無数の小さな電波塔があった。コバヤシは右側の空き地に前から突っ込む形で車を駐車した。
 
 僕とコバヤシは無言で車を降りた。コバヤシは車の鍵を閉めたあと、電波塔の方を指差して歩き始めた。この人は指差しでしか会話をすることができないのかと僕は思った。左手側を見ると、山並みが遠くまで綺麗に見えた。

 僕はコバヤシと一定の距離を取ったまま歩いた。電波塔の横を通ると、その先は左右に木々が生い茂る道になった。そこをしばらく進むと、鉄筋でできた展望台に着いた。

 「お、ちょうどいいじゃん」とコバヤシはそう言いながら、展望台の手すりに持たれた。僕もコバヤシの隣に行き、同じように手すりに持たれた。オレンジ色の太陽が山並みにゆっくり沈んでいるのがわかった。すでに3分の2以上は沈んでいた。
 
「きれいだな。これが見たかったんだよ。今日早く学校上がってよかった」とコバヤシはそう言ったあと、携帯を取り出し、写真を撮った。僕は写真を取る気になれず、ただ、徐々に小さくなっていくオレンジ色の玉を眺めていた。

 こんな古い携帯で写真を撮ったところで、画素数なんて、たかが知れてる。荒い夕日の画像を見返すことなんてあるのかな――。
 
「はい、これ。飲もうぜ」

 そう言ってコバヤシは手に持っていた小さいコンビニ袋から、カフェオレの缶を取り出し、僕に渡した。そのあと、コバヤシは自分のブラックコーヒーの缶を袋から取り出した。コバヤシは袋を縛り、白いスラックスのポケットに入れた。

 二人とも無言で缶を開けて飲み始めた。僕は一口飲んだあと、右手にカフェオレを持ったまま、展望台の下に広がる細長い街並みを眺めていた。

「これが教師だったら、エネルギー政策の転換で街から多くの人達が職を失って、街を出て行かざるを得ませんでした。って言わなくちゃならない。だけどさ、俺はそんな真面目なことなんてホントは言いたくないんだよ」
「へえ。そうなんだ」
「もっと、こういう過疎になってる問題って根本があるだろ? 本当にエネルギー革命の所為で石炭需要が急減し、石炭がいらなくなりました。なのか? そうじゃないだろ。なぜ、国内でエネルギー転換が進んだかというと、原発を日本全国にたくさん作ったから、火力発電所の需要がなくなったからなんだよ。それに残った火力発電所も海外から買った石油を使い始めたら、国内にたくさんあった石炭なんて使わなくなるだろ? この街にいると、そんなこと考えちゃうんだよな」
「結構、まともなこと言ってるじゃん」
「なんも知らないクセに生意気だな。お前」とコバヤシはそう言ったあと、コーヒーを一口飲んだ。
 
「結局、何が言いたいの?」
「結局? なにかの都合で犠牲になることは世の中、ごまんとあるってことだよ」
「ふーん」
「だからさ、もし、俺がタイムマシーンに乗って、総理大臣になれるなら、そういう謎の利権とか、不都合を1970年代に是正したいな。そしたら、今見ているこの街も幾分か活気あふれるんだろうなって思うよ」
「へえ。意外とそういう夢見がちなこと言うんだね」
「学校で教師という立場では言わないけどな。――お前に厳しくしたのはさ、失敗だったと思ってるよ。悪かった。アンパイの人生のほうがいいよって影で言いたかったんだよ。お前に。なあ、進学校に行ってどうする? いい大学に行くにしても、家庭によっては奨学金ローン組まないと進学すらできない。さらに大学卒業して、奨学金ローン抱えたまま就職できなかったらどうする? フリーターでそのローンを返すのはしんどいだろ」
「そうだろうけどさ」と僕が言ったあと、コバヤシは僕を無視して、続けざまにこう言った。
 
「それに今の高校入試の制度じゃ、公立高校は一校しか受けられない。この辺の私立高校は芦別と深川にしかない。そう考えると、公立でアンパイのところ受けるほうがよっぽどいい選択だと思わないか? 俺はそう思ったから、最後まで反対したんだ。だけど、お前は見事に努力して合格した。大したものだよ」
「それはどうも」と僕はそう言って、カフェオレを一口飲んだ。太陽はすでに山の奥に吸い込まれていくように小さい粒になっていた。

「小松のことは聞いたよ。残念だったな。俺もショックで、まだあまり気持ちの整理ができていないんだ」
「――そうなんだ。葬式に居なかったから知らないのかと思った」
「バカ。知らないわけないだろ。正直、行こうかと思ったけどやめた。ご遺族の方が俺の顔みて、中学校のときの小松のこと思い出して苦しませるなら、それは悲劇だから、お香典だけ置いてきたんだよ」
「そうだったんだ」
「お前ら付き合ってたんだろ?」
「ああ、付き合ってたよ。ずっと」
「――悲しいな。これから楽しいことたくさん待ってるはずだったのにな。お前さ、今は前向かなくていいよ。煙草吸って、酒飲んで、泣いたほうがいい」
「俺、まだ、酒は手出してないわ」
「いいんだよ。細かいことは。――あーあ。みんなタイムスリップできる能力があったら、みんな幸せで肩の力を抜いて暮らすことできるんだろうなって、最近思うんだ」
「ふーん」

 自分でもそっけない返事だなって思った。コバヤシにあまり興味なんて沸かない。
 
「俺もさ、たまに思うよ。過去に戻って、過去を変えられたらさ、今どんな人生だったんだろうって」
「先生、女は? まさかいないの?」
「いや。居たけど、もうそういうの止めたんだ。辛くなるだけだからね」
「別れた?」
「いや、死んだ。これ以上は言わないけど、そういうこと」とコバヤシはそう言ったあと、首を上げてコーヒーを飲み干すような動きをした。
 
「――そうなんだ」
「バカみたいな世の中だよ。――帰るぞ」とコバヤシはそう言って、車の方を指差して歩き始めた。



35
 携帯を机の上に置いた。そして、またベッドに寝転んでぼんやりと天井を眺めた。真っ暗な部屋に窓から、街灯の弱い光が差し込んでいた。付き合い始めた日、奈津と約束したのを思い出した。

 「もし、私が死んだときは今日のこと思い出して」あの燃えそうな夕日の中で奈津はそう言っていた。約束した小指の感触も簡単に思い出すことができる。

 なんで奈津がそんなことを言ったのか、よくわからない。だけど、今、死は現実になった。2年前、自殺したことを思い出した。そういえば一回死んでいるんだと思った。コバヤシのさっきの言葉が頭で再生された。

 僕はベッドから起き上がり、パソコンを起動した。



36
PCを起動ボタンを押した。ハードディスクがカタカタと鳴り、OSを読み込み始めた。たまに鳴るピープ音が妙な不安感を作った。

 僕はGoogleで「タイムスリップ 方法」を検索した。オカルト系のサイトや掲示板の書き込みが検索結果に表示された。僕は掲示板の書き込みのサイトをクリックし、サイトが読み込まれるまで3秒待った。掲示板の書き込みにはこう書いてあった。

1:2005/09/25(月) 19:52:03.18 ID:QZ992237z
人生やり直すの成功したから、今からお前らに教える

ちな、自己責任だからね

3:2005/09/25(月) 19:55:36.50 ID:VT85fYuv/0
はよ

5:2005/09/25(月) 19:56:59.01 ID:THXb88yq7
嘘乙。

6:2005/09/25(月) 19:58:20.22 ID:QZ992237z
人いるようだからやるね

これまでに3回成功してる
一回目は偶然見つけた方法だけど、二回目以降は狙ってやれた

10:2005/09/25(月) 20:02:46.33 ID:QZ992237z
先にやり方から教えるわ

夜、寝る時に、戻りたい過去の光景をずっとイメージし続ける
そうすると、現実か夢なのかだんだんわからなくなってくる
一旦現実に戻りたくなるんだけど、
辛抱して、夢に集中する

そしたら、夢がだんだんリアルな感覚になってくる
体の感覚とか、匂いとか、音とかが
生きてる世界と一緒みたいになる
その状態になったらもうほぼ、成功してる

12:2005/09/25(月) 20:08:55.23 ID:VT85fYuv/0
何歳から何歳になったの?
未来から、過去に戻ったってこと?

13:2005/09/25(月) 20:11:08.08 ID:QZ992237z
>>12 うん、そうだよ。

一回目は24か25歳のとき→10歳
二回目は29歳→10歳
三回目は二回目と同じくらい

18:2005/09/25(月) 20:20:44.18 ID:UJfp23rr4
三回もしてるのか
全部、戻る場所は同じなんだな

19:2005/09/25(月) 22:22:09.22 ID:QZ992237z
>>18 うん、一番イメージしやすいからね

25:2005/09/25(月) 22:25:15.48 ID:THXb88yq7
だったら、未来わかってるはずだろ

宝くじの番号教えろ
ロト当てたい

28:2005/09/25(月) 22:32:25.29 ID:PHa9BYoo0
生きてた中で起きた大きいニュース教えて

29:2005/09/25(月) 22:36:10.22 ID:QZ992237z
>>28 うーん、なんかあったら嫌だから言いたくない
マジで成功してるから

だけど、これだけは言っておく
来るぞ。登れ。

30:2005/09/25(月) 22:37:20.14 ID:THXb88yq7
嘘乙

32:2005/09/25(月) 22:41:44.20 ID:PHa9BYoo0
どういうこと?
災害?

 そのあとの書き込みはなかった。僕はパソコンをシャットダウンして、ベッドに入り仰向けになった。
 
 目を瞑り、しっかりと鼻から息を吸い、口からゆっくり吐いた。それを何度も行った。あの日の言葉を何度も思い出した。

 何度も思い出し、寝ないように意識をあの言葉に集中させた。強い眠気に何度も負けそうになる。眠気が襲うたび、情景は黒くなる。

 そして、言葉も消えようとする。言葉だけ意識していると、右手の小指に感触が伝わった。最初は小さかった小指の感触がだんだん大きくなっていき、はっきりしてきた。

 皮膚に当たる感触、柔らかさ、そしてあの気持ち、胸が締め付けられる感覚がした。その感覚は胸に残ったまま、熱く体内に広がっていくのがわかった。そのあと一瞬で視界がひらけた。