わたしは、人の余命を見ることができる。
でも、そのせいで今まで何度も辛い思いをした。
余命を見ないように。見てしまっても、悲しまないよう関わらないように。余命が短かった場合の為、人と関わらないように。何度も言い聞かせ、俯き、空気のように生きてきた。
そんなつまらない人生に、一筋の光が差した。
毎日毎日、同じように時が過ぎる。
毎日毎日、空気のように俯いて過ぎていくつまんない人生。
——わたしは、生きる意味があるのかな。
「おはよ、星羅!(せいら)なに、どしたのそんな暗い顔して」
背中をバシッと思いっ切り叩かれ、痛みにハッと我に返った。
「おはよ、さっちゃん。ってか叩かないでよ、痛いんだから」
「え、ごめん!ごめんね!え、ごめん!」
「わーかったわーかった!んもう、しつこいってば!」
「え、ごめん!ご——」
「よーしさっちゃん、ちょっと黙ろうか」
他愛もない事を親友の咲穂(さきほ)と話す。
特別仲が良い人は、何故か余命が見えないから不思議だ。でも、顔を俯けず話すことができるから、たったの数分でも楽しい。
さっちゃんはわたしの力をわかっていてくれて、更に受け入れてくれたから、もう神様のような存在だ。
さっちゃんだけは、余命が短くても仲良くしたいと思えた。
「じゃあここまでだね」
「うん。また後でね」
残念ながら、さっちゃんとは別のクラスなのだ。
無理もない。この桜ノ宮高校は、兎に角人が多いのだ。さらに三年はどの学年より多い。だから仕方がないのだ。けれど、残念に思うのには他にも理由があり——。
ガララッ
開けにくい扉を右に引く。
わたしが教室に入った途端、廊下まで聞こえていた笑い声が消え、刺々しい視線が全身に刺さった。
自分の足をじっと見つめ、居心地悪く感じながらトボトボ歩く、弱いわたし。
シーンと静まり返った教室には、押し殺した笑い声や、わたしの歩く音が妙に響いた。
「せっかく盛り上がってたのによぉ、この陰キャ女のせいで気分最悪じゃねぇかぁ!」
「あっはははははは!!」
いつも中心にいる高木くんの声で、クラスの皆んながドッと笑う。
わたしは、これ以上ないくらいの悪寒を感じた。
「ご、ごめんなさ……」
「えぇ?なに、聞こえな〜い!」
金髪のギャルっぽい人がわたしの前に立ち塞がる。
「おいおい、あの陰キャが大声出せるわけねーだろ!」
「あはは、そーだわ!」
あはははははは!あはははははは!
笑い声が、頭から離れない。
机の前に来たけど、それでも悪寒は離れなかった。むしろ増したくらい。
「死ねば?」「消えろ」「うっざ」
木製の茶色い机がペンで真っ黒だ。目を凝らせば全部悪口。頭の中が真っ白になった。
「ショック受けてやがんの、ガチウケんだけどぉ〜!」
甘ったるい声がわたしを突き刺す。
今までも何度か陰口を叩かれていた。それは慣れていたからまだ良かったけど、でも、こんなに酷いのは初めてだ。
膝に力が入らなくて、崩れ落ちてしまいそう。既に脚が震えている。
「俯いてわたしは違います、的な雰囲気だしてんじゃねぇよ。いっつも通夜みてぇな顔してよぉ。陰キャがしゃしゃんなよ、クズ。あとさぁ、小説家になるとかガチで草。お前なんか無理だろ、ババア」
「っ……!ごっ、めんなさ……!」
「泣けば許してもらえるとか思ってんじゃねぇ!」
涙でぐしゃぐしゃだろうわたしの顔を覗き込みながら不気味に笑う高木くん。
周りも、嘲笑う。
怖くて怖くて耳を塞ぎたいのを必死に堪えた。でも、もう精神的にも肉体的にも限界だった。
くるりと入口の方を向き、鞄を持ったまま思いっ切り走った。
逃げんのかっていう声がしたけど、無視して走る。
怖くて怖くて、嗚咽が洩れそうで。
気付けば昇降口まで来ていた。
——これが残念に思う他の理由。つまり、虐めだ。
さっちゃんは強いから、同じクラスになれば虐めなんて起こらないはずなのに。
こんなことを願っても無駄だ。
それに、さっちゃんを利用するみたいだし、そんなの虐め以上に嫌だ。
わたしは靴箱の影に隠れ、膝に顔を埋めて声を押し殺しながら泣いた。
いつまでそうしていたのだろうか。
遠くで鐘の鳴る音がした。埋めていた顔を上げる。
そこに、視界がぼやけても分かるくらい美形の男の人がいた。あ、そうそう、ぼやけていたら人の余命は見えないんだ。
「大丈夫?え、泣いてる⁉︎え、大丈夫⁉︎」
彼は、わたしを見るなり慌てだした。
「あ、ご、ごめんなさい。だ、大丈夫です」
涙を雑に拭き取り、彼の胸の辺りを見つめる。
「そう?……あ、自己紹介がまだだったね。僕は竹森翔介(しょうすけ)、三年五組だよ。君は?」
翔介、と口の中で呟く。
「わ、わたしは、星羅。田村星羅」
「星羅!やっぱ可愛い名前だね。クラスは?」
さりげなく褒められ、なんというか、居心地が悪くなった。
やっぱって、どういうことだろう。
「あ、えっと、い、三年、三組」
正直、軽いな、陽キャで苦手なタイプだ、と思ってしまった。
太陽を浴びると金色に輝く短髪の髪。目を閉じる度にバサバサと風が起こりそうな程長い睫毛。
ぼやけていても分かったその美形な顔は、陽キャ、と思う程明るい表情をしていた。
陽キャのことを考えると、やはり高木くんの顔が浮かんでくる。気分が沈みそうになった。
「ねぇ星羅!今から僕とデートしてよ!」
「結構です」
何故呼び捨てなのか。何故出会ったばかりなのにデートをしなくちゃいけないのか。
黒いモヤが心を埋め尽くす。
「え……。なんでっ!酷いよ〜!」
眉を八の字にして、目をうるうるさせてせがむ彼。
わたしは、モヤを払うように、バッサリ切り捨てて立ち上がる。