僕が猫となって二週間あまりが経った。僕は今日も通っていた高校の屋上に来ていた。


「ねぇ、知っている? うちの高校でね、もうすぐ文化祭があるのよ」

 僕の隣に足を崩して座る柳(なぎさ)が話しかけてくる。もちろん、知っている。今週末の土日の二日間を利用して開催される、二学期の大きな行事の一つだ。


「うちのクラスは金魚すくいをするのよ。猫さんにとっては、飲食のお店ね。猫さんも来る?」

 彼女の問いかけに対して、僕は毛繕いをやめて彼女を見上げる。ごちそうが大量に泳ぐ光景は、想像するだけでよだれが垂れ落ちそうだが、人混みが嫌なので出向くつもりはない。渡辺祐輔の姿であれば、大気と親友になれるくらい目立たずに紛れることができるだろうが、猫となるとそうもいかないのだ。


「ダーメ。猫さんが金魚をくわえている姿なんて、見たくないっ。もしそんなことしちゃったら、私は犬派に鞍替えするからね」

 僕が行きたそうにしていると捉えたのか、彼女が頬を膨らませて怒ったような表情を見せた。


「でも、猫さんはそんな悪いことはしないよね? 悪いことはしない、おとなしい男の子」

 表情を緩めて、僕に顔を近づけてくる。僕はとりあえず、「にゃー」と答えておいた。


「……それとも、お転婆な女の子?」

 これに対しては、じっと黙っておく。


「オネエの子」


「……にゃあ」

 と返事しておく。

 言っておくが、僕は決してオネエではない。人間の言葉に正直に答えていると、神様に目をつけられる危険性がある。神様に人間であった頃の記憶が残っているのではないかと疑われ、消されてしまわないように、今は対策を講じておく必要があるのだ。


「よしっ、じゃあ猫さんは、突然興奮しだす腐女子にしよう!」


 ……なぜ、そうなった?


「ふふ、冗談。男の子でしょ? こっそり見たから、わかるよ」


 ……見た?

 見たって、何を?

 ……肛門?


 僕はしっぽを振りながら、彼女から離れた。

 ……オスとして、大事な何かを失った気がする。


「あっ、怒った? 待ってよー」

 僕が伏せた場所まで、彼女が追っかけてきた。尻を向けていじける僕の背中を、優しく撫でてくれる。


「いつも触らせてくれて、ありがとうございます」

 そう言って、今度は僕の喉をくすぐってきた。そうされると、気持ちよくて何でも許したくなってしまう。僕は単純な猫だ。


「……なんだか、懐かしい。あの夏を、思い出すな……」

 聞こえてはいたが、無関係を装って彼女の手に頭を委ねた。


 僕はキミのことを知っている。

 だけど、僕は猫だから、素知らぬふりしかできない。


 でもそれは、猫になる前も同じだ。