「では、その(ほう)銀大神(しろがねのおおかみ)に選ばれし使い手という事か」
「らしいです。この紋様…神紋と言われたんですけど。これから件の銀刀を顕現する所を、こちらのさゆらさん達にご覧頂いただけなんですが」

御簾の横に座する貴族の問いかけに、左の掌と甲を見せ、その左手でさゆらを示しつつ彼女は答えた。左右に居並ぶ貴族達は「あれが神紋か」「しかし選ばれたというが、娘子ではないか」と囁き合っている。

聞こえはしたが、彼女は別に気分を害しはしなかった。この時代が日本史で言う所の何時代に該当するのか――そもそも彼女が学んできた歴史のどれにも該当しない可能性はあるが――少なくとも彼女が生きる21世紀ではないのだから、まあ言われるのは当然だよなと思う程度である。

さて、こうして内裏に参ずる事になった訳だが、端的に言うと、上へ下への大騒ぎになった。
彼女が身支度を済ませている間に素早く情報伝達がなされ、伝令が走った。続いて内裏から使者が来て、すぐに事実を確かめたいと早馬に乗せられた。現場に居合わせた責任者という事で、さゆらも一緒である。到着した内裏にて、貴族達と共に御簾の前に平伏し、顔を上げるように言われて現在に至る。

21世紀と情報伝達の速度は比較にならないけれど、きっとこれは非常に早い方なんだろうなと彼女は思っていた。

御簾の側に控える貴族は、御簾の内側に耳をそば立てていたが、やがて御簾の内側に向かって頷く。

「その(ほう)の神紋が(まこと)のものかを確かめたいと、お上は仰せである。銀刀を顕現してみせよ」
「あのすみません。本当に抜き身の状態で取り出してしまう事になるんですけど、まず抜き身の刃を内裏の中で、しかも身分の高い方達の御前で晒してよろしいんでしょうか。あと、顕現するにしても周りに人がいると危ないので、お庭でやった方がいいと思います」

彼女の歴史の知識の大元は、授業と資料集と博物館と大河ドラマくらいである。例えばこれは江戸時代の話になるが、江戸城内で抜刀したら問答無用で切腹だ。『忠臣蔵』が最もいい例と言えよう。
江戸城内ですらそうだったのだ。しかもここは宮中である。異世界だから常識が違うかもしれないけれど、やんごとなき人々の前なのだ。そもそも刃物を扱うのは危ないし。慎重にもなる。

帝の代わりに彼女に命令した貴族は、御簾の内側に向けて言葉を交わしていた。そして頷き、呼びかける。

「誰かある。履き物を用意せよ」