その姿は、顔こそ同じであれど、柘榴のような赤い瞳に角の生えた、人あらざるものの形をしている。
修一郎の黒い外套が、彼の存在感を表すように風になびいた。
三津島も京もすっかり呆気に取られている。

「そこまでだ、三津島貴一。見苦しいぞ」

修一郎が刀を向けると、三津島は情けない声を上げた。

「ヒィッ!な、なんだこいつは!」

「見ての通り、鬼だが」

顔は修一郎のものなのに、その姿はどう見てもあやかしで、三津島はあからさまに混乱している。

「あ、綾代・・・・・・お前、あやかしだったんだな!あやかしが祓い師を攻撃するなんて許されることではないぞ!今すぐにでも捕らえて・・・・・・」

「そうだな。俺は夜叉だ。あやかしの中で最も強い夜叉だ」

修一郎は鋭い声で三津島の言葉を遮る。
その凛とした佇まいと鬼迫に、空気が凍るようだった。

「そして俺はお前よりも偉い。夜叉一族の主に楯突こうとは、いい度胸をしているじゃないか」

「夜叉一族の主・・・・・・!?」

「『書庫室には夜叉が棲む』・・・・・・聞いたことはないだろうか」

三津島が息を飲んだ。
三津島も修一郎の正体は知らなかったようだ。
全てのあやかしを平伏させる恐るべき夜叉。
その気になれば、人も祓い師もねじ伏せられる力を持つ一族だ。
夜叉の主に無礼な働きなどしてしまえば、捕らえられて罰せられるのは三津島の方になる。

「さぁ、そろそろこのくだらないお遊びを終わらせようか」

修一郎が三津島の眼前で太刀を一振りする。
風を斬る鋭い音と共に、三津島は崩れ落ちた。
まさか斬ってしまったのかと焦ったが、血は流れておらず、三津島はただ腰を抜かしただけのようだった、

「安心しろ。死んではいない。雛子とこいつとの悪縁を斬っただけだ」

次いで修一郎は、すぐさま印を結ぶ。
一瞬で床に陣が現れて、即座に三津島が拘束された。
腰が抜けて動けない三津島は、反撃することすら出来ず陣に縛られる。
一切の隙もない見事な手際だった。

「これだけか。弱いな。大した手応えもない」

僅かな時間にも関わらず、圧倒的な力を見せつけられて、この場にいる誰もが緊張感に呑まれている。

「雛子を悲しませた罪はちゃんと贖えよ。愚かな人間」

修一郎がもう一度太刀を振る。
キン​──────、と空気を切り裂く音が響いた。

「首がっ、あああっ・・・・・・!」

刃は間違いなく三津島の首を斬ったはずだが、どういうことか三津島が悶え苦しんでいるだけで彼の首は健在である。

(幻術だ・・・・・・)

雛子と京は揃って息を呑んだ。
本当なら斬りたいのだろうが、それをすれば夜叉一族の当主とはいえど許されることではない。
だからこそこうして幻術をかけているのだろうが、一体どれほど精巧なのか、三津島の苦しみ様は異様と言えるほどだった。
これは恐らく、最前線で活躍する祓い師としての力ではなく、『鬼』としての力なのだろう。

「ちょっと綾代さん。また破壊行為ですか、力が有り余るのも問題ですねぇ」

ふと、聞こえてきた声に振り返る。
現れたのは、あの眼鏡の上官だった。
なんとも頭が痛そうに、眉間にしわを寄せている。
一体どうして彼がここにと思いきや。

「落としてない。斬られる感覚だけに留めてやった。あとはあんたが片付けるんだろ、司令官」

「司令官!?」

「雛子、お前知らなかったのか」

まさかこの彼が司令官だったなんて。
司令官は普段表にほとんど出てこないので、雛子は司令官に会ったことが一度もなかった。
それなのに、彼の正体を知らなかったのは雛子だけだったとは。
なんで教えてくれなかったんですか!と京をがくがく揺さぶって涙目になる。

「ま、今の彼にはこれぐらいの方がいいんでしょうけど、程々にお願いしますよ。とりあえず、また後で話しましょう」

あとは我々に任せろ、ということらしい。


今回の件は、修一郎だけは最初から把握していた。
今思えば、修一郎の質問はどれも三津島を導き出すための誘導だったのだ。

何故わざわざあの本を勧めたのか。
呪詛は恨みだけではなく恋情も呪いになると教えたのか。
周囲に怪しい人物はいないかと何度も聞いたのか。

だがどうしても信じたくなくて、最後に自分の目で確かめるために京にまで協力してもらってこんなことをしたのだが、雛子の期待も虚しく三津島は黒であった。
本当なら修一郎一人で全て片付けられることだが、三津島を信じたいという雛子の気持ちを尊重して、修一郎には待っていてもらったのだ。
京や三津島に正体がバレてしまうことも承知で雛子の提案を呑んでくれたが、不安はあったものの、無事に解決したので良かった。

ただ一つ心残りがあるとしたら、信頼していた人に裏切られていたことに気づけなかったことへの後悔だろうか。
こんな結末を迎えるなんて、予想すらしていなかったのに。

「雛子」

修一郎に名前を呼ばれて振り返る。
彼はただ一言。

「よくやった」

「・・・・・・はい!」

美しき人あらざる者の姿をしておきながら、この世の誰よりも慈しみのある笑顔だった。
沈んでいくようだった雛子の心が浮上していく。
最初は嫌で仕方なかった書庫への配属だったが、この出会いはきっと、雛子にとっての救いなのかもしれない。
そう思えた。