「あ〜優しい味! 炊き込みご飯美味しいわぁ」

「ほんまに。噛み締めると味がじゅわっと沁みるやんね。美味し〜い」

 お客さまは皆そう言いながら、顔を綻ばせて炊き込みご飯をかっこんでいる。

「香ばしいのはおこげ?」

「それもですけど、豚のひき肉を炒めてから混ぜ込んでますので、それもあると思いますよ」

「あ、なるほど。全部入れて炊いてるわけや無いんや。へぇ、そんな作り方もあるんかぁ」

「それだけ手間暇掛けて作ってくれてるってことやんね。家じゃ面倒でなかなかできひんかも。洗い物が増えるんは嫌やぁ〜」

 好評の様で、千隼(ちはや)は嬉しくなる。ていねいに仕込んだ甲斐(かい)があるというものだ。



 そして、炊き込みご飯は22時ごろに無くなってしまった。いつもより早い時間だ。

 最後の定食を食べられたお客さまが帰られた23時ごろ。店内にお客さまはいなくなってしまった。

「どうしよか。おかずがまだ少しあるけどご飯無くなってもうたし、閉店する?」

「そうやねぇ、もうこの時間やし、お客さまはもう来はれへんかなぁ」

「俺ちょっと人通り見てくるわ」

 千隼は言うと表に回って外に出る。もう遅い時間なのでやはり人通りはほとんど無く、これならもう閉店してしまっても構わない様な気もしてしまうが。

 すると駅の方から人影が現れる。走って来るその人は常連の田淵(たぶち)さんだった。

「あ、ハヤさんこんばんは! まだお店やってますか?」

「こんばんは。残業ですか? お疲れさまです。炊き込みご飯は無くなってしもたんですけどおかずはありますよ。よろしければどうぞ」

「ありがとう。助かるわ」

 田淵さんはほっとした様に表情を緩め、千隼が開けたドアから店内に入って行く。千隼も後に続いた。

「田淵さん、いらっしゃいませ」

 佳鳴(かなる)の出迎えに、田淵さんは小さく頭を下げた。

「こんばんは。すっかり遅くなってしもうて」

「ご飯が無くなってしもたんですよ。おかずだけなんですが良いですか?」

「らしいですね。今日は肉の日で炊き込みご飯ですもんね。早く無くなっちゃうだろうなぁとは思ってたんですよ」

「申し訳ありません」

「いえいえ、こっちが遅くなってしもたんですから。じゃあ一番搾りください」

「はい、お待ちくださいませ」

 佳鳴が田淵さんにおしぼりを渡し、横で千隼がビールを用意する。

「お待たせしました」

 グラスをお渡しすると、田淵さんは「ありがとう」と受け取り、さっそく千隼がお注ぎした1杯を(のど)に流し込む。

「あ〜美味しい! やっぱり仕事の後の1杯は格別ですね」

「そうですね。僕たちもお店を閉めた後に飲むこともありますけど、やっぱりそう思いますねぇ」

 そして料理を整える。少しボリュームが足りないだろうか。しかしもう遅い時間なので、軽いめの方が良いだろうか。

「田淵さん、今日は炊き込みご飯やったんでおかずに肉っ気が無いんです。何かお作りしましょうか?」

「いえいえ、もう遅い時間なのでさっぱりの方が嬉しいです」

「では煮物を少し多めにしておきましょうか」

「それは嬉しいです」

 そうして千隼は器に盛った料理を田淵さんにお出しする。

「健康的ですねぇ。ビール飲みながら言うせりふや無いですけど」

「でも酒は百薬の長なんて言いますから、飲み過ぎなければ健康的って言うてもええかも知れません。それにビールはストレスを緩和してくれるって聞いたことがありますよ」

 佳鳴の言葉に田淵さんは「へぇ」と小さく笑う。

「それはなんだか凄いですね。ビールを飲む罪悪感が薄れます。つっても、幸い元々そうあるわけや無いんですけど」

「そうそう、炊き込みご飯と言えば、僕、小さい頃は白いご飯があまり食べられなくて、ご飯が炊き込みご飯とか丼ぶりの時は嬉しかったなぁ」

「あ、それ僕と一緒です。僕も子どもの頃は白米苦手でした」

「ふふ。なのでうちのご飯は炊き込みご飯とか多かった覚えがあるんですよ」

「それは羨ましいですねぇ。うちはふりかけしかくれなくて。それも掛けすぎると怒られてました」

「うちも普段はふりかけとか海苔でしたよ。味のあるご飯はご馳走でした。あ」

 千隼はふと思い立ち、声を上げる。

「田淵さん、味のあるご飯一緒に食べませんか?」

「え?」

「ちょっとお待ちくださいね。姉ちゃん、悪いけど卵2個で炒り卵作っとって。多めのごま油で」

「分かった」

 千隼はそう言い残すと、上の居住スペースへと上がる。乾物などを入れてある棚を開け、パックのご飯を取り出す。レンジで温めるだけで食べられるものだ。

 それをふたつ蓋を一部開け、まとめてレンジに放り込む。ひとつなら3分ほどだがふたつだと4分半ぐらいだろうか。

 待つ間にボウルとしゃもじを用意しておく。どちらもご飯がくっつかない様に水にくぐらせた。

 やがてレンジが仕上がりの合図を鳴らす。千隼はレンジを開け、火傷をしない様にパックを取り出し、中身をボウルに移して、しゃもじで切る様に混ぜ合わせた。

「よっしゃ」

 千隼は電気を消し、慌てて、だが慎重に下に降りて行った。

「姉ちゃん、パックのご飯使ったで」

「うん。卵焼けたで」

 見るとコンロの上の小さなフライパンに、綺麗な炒り卵ができあがっていた。

「ありがとう」

 千隼はご飯に塩昆布とかつお節を入れてさくさくと混ぜ込んで行く。そこに炒り卵と白ごま、青ねぎの小口切りを入れてさらに混ぜ、小振りな茶碗に盛った。

「簡単な混ぜご飯ですけど。サービスです」

「え、ええの?」

「はい。お話をしていたら食べて欲しなってしもうて。おせっかいですけど」

「ううん、嬉しいです。話をしていたら僕も食べたなって来てもたですもん。明日にでも家で作ろうかなて思ったぐらいで。ありがとうございます」

 田淵さんはグラスに入っているビールをぐいと飲み干すと、茶碗を手にし、あらためて「いただきます」と言ってお箸を動かした。

「あ、ええなぁ、塩昆布とかつお節でしっかりと味が付いてて、でも濃くなくて、卵とごまとすごく合う。素朴で美味しいですね!」

 そう言って嬉しそうに目を細めた。

「良かったです。はい、姉ちゃんも」

「ありがとう」

 佳鳴も千隼から受け取った混ぜご飯を口に放り込み、「うんうん、美味しい」と頷く。

 千隼も茶碗に盛った混ぜご飯を口に運び、「うん、上出来上出来」と満足げに頷いた。

「これ、明日にでも沙苗(さなえ)さんに作ってあげようかなぁ」

「ほんまに簡単なんで、よろしければ作ってみてください。メモですけどレシピをお渡ししますね。これにオイルを切ったツナ缶を入れても良いですよ」

「なるほど。それも美味しそうですね」

「あ、田淵さん、混ぜご飯サービスさせていただいたことは内緒ですよ」

 佳鳴が言って人差し指を唇に当てると、田淵さんは「あはは」とおかしそうに笑う。

「解りました。沙苗さんには話の流れで作り方教えてもらったって言いますね」

「お願いします」

 また嬉しそうに混ぜご飯を食べる田淵さんを見て千隼も嬉しくなる。

 千隼が親から愛情を注がれた様に、お客さまに情をもって寄り添い、美味しいものを食べてもらいたいとしみじみ思った。