翌週の終わり頃、また仲間さんはやって来た。今回はお客さまとしてだ。
「この前はほんまにありがとうね」
「いえ、とんでもありません。作ってみましたか?」
聞くと、仲間さんは少し興奮気味に口を開く。
「うん! 計量カップとスプーンとタイマー、キャン・ドゥで買うてね。レシピ通りにちゃんと計って、時間も測って作ったら、ちゃんと美味しいのができた。感動してしもた。ほんまに計量の大切さをしみじみと思い知ったで〜」
「それは良かったです」
佳鳴が言って微笑むと、仲間さんは「ふふ」と笑みを浮かべた後、小さく溜め息を吐く。
「でね、彼氏の妹さんに教えるの、今週末に決まってん。明日やね。ちゃんとできるか不安やで」
「大丈夫ですよ。でもそうですね、それまでに何回か作って、もっと慣れておくと良いかも知れませんね。あ、でも明日ですか」
「やっぱりそうやんね。だから平日しんどいけど、できるだけ作る様にしとった。今日はちょっと休憩。さすがに疲れたわ〜」
「さすがです。何を作るんですか?」
「妹さんのリクエストは煮込みハンバーグやねん。持ってる本の中に美味しそうなレシピがあったから、それにしようと思って。ソースはデミグラス缶とトマト缶をアレンジするから、これやったら私でも作れるかなって」
「作ってみたんですか?」
「うん、聞いた日にさっそくね。玉ねぎのみじん切りなんかは元から出来るから、そこはどうにかなったし、味付けはちゃんと計って作ったから、ちゃんと美味しくできた。ほっとしたわ」
仲間さんは言って、またほぅと息を吐いた。
「ほんまに良かったです。慣れたらアレンジも出来ると思いますよ。ハンバーグの中にチーズを入れたり、ソースにきのこやグリンピースなんかを入れたり」
佳鳴のせりふに、仲間さんはごくりと喉を鳴らす。
「それ絶対に美味しい! 野菜もたくさん摂れるし。ううん、でも明日は変な冒険はせえへん。失敗してまう方が怖いもんな。野菜はサラダとか食べてもらおう」
「そうですね。明日はそれが良いかも知れませんね」
「巧く出来たらええな。あ、注文良いかな。お酒で」
「はい、かしこまりました」
今日のメインは治部煮だ。鶏肉とたっぷりの根菜ときのこを使ってある。彩りは塩茹でした小松菜で添える。
鶏肉に小麦粉をはたいて煮込んでいるので、煮汁にほのかなとろみが付き、それがお野菜にたっぷりと絡むのだ。お出汁を効かせた優しい味である。
小鉢はふろふき大根とコールスローだ。
ふろふき大根はお米の研ぎ汁で下茹でした輪切り大根を、お出汁でじっくりと炊いたので、中まで豊かな味が沁みている。それに辛さ控えめのからし味噌が良く合うのだ。
コールスローの和え衣は、マヨネーズにレモン汁を混ぜて、さっぱりとなる様にしてある。太め千切りのきゃべつを塩揉みして水分を絞ったら、短冊切りのハムと合わせて和え衣と混ぜ、器に盛ったら黒こしょうを掛けた。
きゃべつは冬きゃべつがそろそろ出回る。切るとじわりと水分が出て来て、なんともみずみずしい。
「ねぇ店長さん、ここのご飯って味とかのバランスもええっていつも思ってるんやけど、そういうのも慣れたらできる様になるやろか」
「ええ。こういうのも慣れですから」
「そっか、頑張ろ。ん、この煮汁、とろっとしてて野菜とかにしっかりと絡みついてくる。美味しいな〜。ふろふき大根も辛さ控えめで優しいなぁ。コールスローもちょっとした酸味がええよね。こういうんもバランスやんね。しかもどれも美味しいんやもんなぁ〜」
「ありがとうございます」
仲間さんは全ての皿をひと口ずつ食べ、満足げにサマーゴッデスのソーダ割りを傾けた。
さて翌週。月曜日は定休日なので、火曜日。煮物屋さんが開店してぼちぼちと席が埋まり始めたころ。仲間さんが元気な姿を現した。
「店長、ハヤさん、巧くできた!」
ドアを開けるなりそう言って、コートを脱ぐのもそこそこに、空いている席に慌ただしく掛ける。そして「お酒でね」と注文をする。
「いらっしゃいませ。彼氏さんの妹さんへのお料理ですか?」
佳鳴がおしぼりを渡しながら言うと、仲間さんは「そうそう」と嬉しそうに頷く。
「その日のお昼にも作ってみてん。晩ご飯と続いてまうけど、不安になってもて。連続して作ったからやろか、リラックスして作れたって言うかね。ふふ、妹さんとちゃんと計りながら楽しく作れたで。で、美味しくできた!」
「ほんまに良かったです。じゃあ彼氏さんの妹さん、喜ばはったでしょう」
「うん。でね、ちゃんと妹さんにも「計量は大事」って言っておいた。ハヤさんの受け売りやけど、私も今回のことでしみじみと思い知ったからね〜」
「そうですね。慣れるまではそれが良いと思いますよ」
千隼が言うと、仲間さんは「うん。でね」とまた頷く。
「目標は計量無しで、目分量で作れる様になること!」
そう言ってぐっと拳を握った。
「ならもっと料理をしないとですね」
「うん。平日はやっぱり凝ったん難しいけど、休みの日とか頑張ってみるわ。彼氏も食べに来るしな。結婚もしたいし。ちゃんと自分の手で胃袋掴むねん! あ、日本酒のソーダ割りお願いね」
「はい、かしこまりました」
そうして整えた料理を出して行くと、仲間さんが「あ」と少しばかり驚いた様な声を上げた。
「煮込みハンバーグ!」
勢い込んで飛び込んで来られたからか、表のおしながきをご覧になっていなかった様だ。
「はい。仲間さんのお話を聞いていたら作りたくなってしまって。仲間さんにはハンバーグが続いてしまいましたね。すいません」
千隼が言うと、仲間さんは「ううん」と首を振る。
「ソースも私が作ったのと色が少し違うし、きのことグリンピース入ってる。これ、マッシュルームとしめじとエリンギ? 美味しそう! じゃあもしかして中にチーズ入ってる? ろくにメニューも見ずに入ったからびっくりしてしもた。じゃあお酒、ワインとかにすれば良かった。後で頼もう」
「はい。チーズ入れちゃいました」
「やったぁ! チーズハンバーグ美味しいやんね! ソースはこの色ってことはデミグラスソース?」
「はい。家庭でも作れる様に改良したレシピで。さすがに洋食屋では無いので、いちから作ることは難しすぎて」
「いただきます!」
仲間さんはまずサマーゴッデスのソーダ割りをぐいと半分ぐらい飲んでしまうと、いそいそとお箸を取る。
豪快に真ん中から割ると、透明な肉汁がじゅわりと、そして溶けた黄金色のチーズがとろりと流れ出て来た。仲間さんは「ああん」と嬉しそうな声を上げる。
「これこれ! 私でも作れる様になるやろか」
「ハンバーグが美味しく作れるんですから大丈夫ですよ。今度試してみてください」
「うん」
そうしてチーズとソースをたっぷりと絡めて口に放り込む。そして「んん〜」と満足げな声を上げた。
「美味しい……やだもうほんまに美味しい……すごい美味しい……チーズがとろっとろでお肉がふわっふわで」
そう言ってうっとりと目を細めた。
メインにボリュームがあるので、今日の小鉢はひとつ。カリフラワととうもろこしのピクルスだ。玉ねぎも使ってあるので、デミグラスソースをさっぱりとさせてくれる。
とうもろこしは缶のものを使った。夏の旬の生もとても美味しいが、缶のとうもろこしも捨て難い旨味が詰まっている。
サマーゴッデスのソーダ割りを挟みつつそのピクルスを口に入れ、「これお酒にも合うね」と言って、残りのソーダ割りを飲み干してしまった仲間さん。さすがのハイペースだ。
「次赤ワインで。ちょっとこれはゆっくりと楽しみたいなぁ」
「かしこまりました」
そうして仲間さんはワイングラスに用意した赤ワイン「イエローテイル」のピノ・ノワールをゆったりと口に含み、はぁ〜と満足そうに息を吐いた。
イエローテイルはオーストラリア産の赤ワインである。様々なぶどう品種の展開があるが、このピノ・ノワールはベリーの様な酸味が感じられ、やわらかに旨味が広がる赤ワインである。
「あとは、彼氏と妹さんのお母さまが喜んでくれたらええなぁ」
「大丈夫ですよ。まずは娘さんの手作り料理ですもの」
「そうやね。味はもちろんやけど、そういうのええよね。本当にええ子なんよねぇ、妹さん。私、将来良いお義姉ちゃんになれるやろか、なりたいな〜」
仲間さんはまたちびりとワイングラスを傾けて、幸せな未来にふうわりと思いを馳せた。
「この前はほんまにありがとうね」
「いえ、とんでもありません。作ってみましたか?」
聞くと、仲間さんは少し興奮気味に口を開く。
「うん! 計量カップとスプーンとタイマー、キャン・ドゥで買うてね。レシピ通りにちゃんと計って、時間も測って作ったら、ちゃんと美味しいのができた。感動してしもた。ほんまに計量の大切さをしみじみと思い知ったで〜」
「それは良かったです」
佳鳴が言って微笑むと、仲間さんは「ふふ」と笑みを浮かべた後、小さく溜め息を吐く。
「でね、彼氏の妹さんに教えるの、今週末に決まってん。明日やね。ちゃんとできるか不安やで」
「大丈夫ですよ。でもそうですね、それまでに何回か作って、もっと慣れておくと良いかも知れませんね。あ、でも明日ですか」
「やっぱりそうやんね。だから平日しんどいけど、できるだけ作る様にしとった。今日はちょっと休憩。さすがに疲れたわ〜」
「さすがです。何を作るんですか?」
「妹さんのリクエストは煮込みハンバーグやねん。持ってる本の中に美味しそうなレシピがあったから、それにしようと思って。ソースはデミグラス缶とトマト缶をアレンジするから、これやったら私でも作れるかなって」
「作ってみたんですか?」
「うん、聞いた日にさっそくね。玉ねぎのみじん切りなんかは元から出来るから、そこはどうにかなったし、味付けはちゃんと計って作ったから、ちゃんと美味しくできた。ほっとしたわ」
仲間さんは言って、またほぅと息を吐いた。
「ほんまに良かったです。慣れたらアレンジも出来ると思いますよ。ハンバーグの中にチーズを入れたり、ソースにきのこやグリンピースなんかを入れたり」
佳鳴のせりふに、仲間さんはごくりと喉を鳴らす。
「それ絶対に美味しい! 野菜もたくさん摂れるし。ううん、でも明日は変な冒険はせえへん。失敗してまう方が怖いもんな。野菜はサラダとか食べてもらおう」
「そうですね。明日はそれが良いかも知れませんね」
「巧く出来たらええな。あ、注文良いかな。お酒で」
「はい、かしこまりました」
今日のメインは治部煮だ。鶏肉とたっぷりの根菜ときのこを使ってある。彩りは塩茹でした小松菜で添える。
鶏肉に小麦粉をはたいて煮込んでいるので、煮汁にほのかなとろみが付き、それがお野菜にたっぷりと絡むのだ。お出汁を効かせた優しい味である。
小鉢はふろふき大根とコールスローだ。
ふろふき大根はお米の研ぎ汁で下茹でした輪切り大根を、お出汁でじっくりと炊いたので、中まで豊かな味が沁みている。それに辛さ控えめのからし味噌が良く合うのだ。
コールスローの和え衣は、マヨネーズにレモン汁を混ぜて、さっぱりとなる様にしてある。太め千切りのきゃべつを塩揉みして水分を絞ったら、短冊切りのハムと合わせて和え衣と混ぜ、器に盛ったら黒こしょうを掛けた。
きゃべつは冬きゃべつがそろそろ出回る。切るとじわりと水分が出て来て、なんともみずみずしい。
「ねぇ店長さん、ここのご飯って味とかのバランスもええっていつも思ってるんやけど、そういうのも慣れたらできる様になるやろか」
「ええ。こういうのも慣れですから」
「そっか、頑張ろ。ん、この煮汁、とろっとしてて野菜とかにしっかりと絡みついてくる。美味しいな〜。ふろふき大根も辛さ控えめで優しいなぁ。コールスローもちょっとした酸味がええよね。こういうんもバランスやんね。しかもどれも美味しいんやもんなぁ〜」
「ありがとうございます」
仲間さんは全ての皿をひと口ずつ食べ、満足げにサマーゴッデスのソーダ割りを傾けた。
さて翌週。月曜日は定休日なので、火曜日。煮物屋さんが開店してぼちぼちと席が埋まり始めたころ。仲間さんが元気な姿を現した。
「店長、ハヤさん、巧くできた!」
ドアを開けるなりそう言って、コートを脱ぐのもそこそこに、空いている席に慌ただしく掛ける。そして「お酒でね」と注文をする。
「いらっしゃいませ。彼氏さんの妹さんへのお料理ですか?」
佳鳴がおしぼりを渡しながら言うと、仲間さんは「そうそう」と嬉しそうに頷く。
「その日のお昼にも作ってみてん。晩ご飯と続いてまうけど、不安になってもて。連続して作ったからやろか、リラックスして作れたって言うかね。ふふ、妹さんとちゃんと計りながら楽しく作れたで。で、美味しくできた!」
「ほんまに良かったです。じゃあ彼氏さんの妹さん、喜ばはったでしょう」
「うん。でね、ちゃんと妹さんにも「計量は大事」って言っておいた。ハヤさんの受け売りやけど、私も今回のことでしみじみと思い知ったからね〜」
「そうですね。慣れるまではそれが良いと思いますよ」
千隼が言うと、仲間さんは「うん。でね」とまた頷く。
「目標は計量無しで、目分量で作れる様になること!」
そう言ってぐっと拳を握った。
「ならもっと料理をしないとですね」
「うん。平日はやっぱり凝ったん難しいけど、休みの日とか頑張ってみるわ。彼氏も食べに来るしな。結婚もしたいし。ちゃんと自分の手で胃袋掴むねん! あ、日本酒のソーダ割りお願いね」
「はい、かしこまりました」
そうして整えた料理を出して行くと、仲間さんが「あ」と少しばかり驚いた様な声を上げた。
「煮込みハンバーグ!」
勢い込んで飛び込んで来られたからか、表のおしながきをご覧になっていなかった様だ。
「はい。仲間さんのお話を聞いていたら作りたくなってしまって。仲間さんにはハンバーグが続いてしまいましたね。すいません」
千隼が言うと、仲間さんは「ううん」と首を振る。
「ソースも私が作ったのと色が少し違うし、きのことグリンピース入ってる。これ、マッシュルームとしめじとエリンギ? 美味しそう! じゃあもしかして中にチーズ入ってる? ろくにメニューも見ずに入ったからびっくりしてしもた。じゃあお酒、ワインとかにすれば良かった。後で頼もう」
「はい。チーズ入れちゃいました」
「やったぁ! チーズハンバーグ美味しいやんね! ソースはこの色ってことはデミグラスソース?」
「はい。家庭でも作れる様に改良したレシピで。さすがに洋食屋では無いので、いちから作ることは難しすぎて」
「いただきます!」
仲間さんはまずサマーゴッデスのソーダ割りをぐいと半分ぐらい飲んでしまうと、いそいそとお箸を取る。
豪快に真ん中から割ると、透明な肉汁がじゅわりと、そして溶けた黄金色のチーズがとろりと流れ出て来た。仲間さんは「ああん」と嬉しそうな声を上げる。
「これこれ! 私でも作れる様になるやろか」
「ハンバーグが美味しく作れるんですから大丈夫ですよ。今度試してみてください」
「うん」
そうしてチーズとソースをたっぷりと絡めて口に放り込む。そして「んん〜」と満足げな声を上げた。
「美味しい……やだもうほんまに美味しい……すごい美味しい……チーズがとろっとろでお肉がふわっふわで」
そう言ってうっとりと目を細めた。
メインにボリュームがあるので、今日の小鉢はひとつ。カリフラワととうもろこしのピクルスだ。玉ねぎも使ってあるので、デミグラスソースをさっぱりとさせてくれる。
とうもろこしは缶のものを使った。夏の旬の生もとても美味しいが、缶のとうもろこしも捨て難い旨味が詰まっている。
サマーゴッデスのソーダ割りを挟みつつそのピクルスを口に入れ、「これお酒にも合うね」と言って、残りのソーダ割りを飲み干してしまった仲間さん。さすがのハイペースだ。
「次赤ワインで。ちょっとこれはゆっくりと楽しみたいなぁ」
「かしこまりました」
そうして仲間さんはワイングラスに用意した赤ワイン「イエローテイル」のピノ・ノワールをゆったりと口に含み、はぁ〜と満足そうに息を吐いた。
イエローテイルはオーストラリア産の赤ワインである。様々なぶどう品種の展開があるが、このピノ・ノワールはベリーの様な酸味が感じられ、やわらかに旨味が広がる赤ワインである。
「あとは、彼氏と妹さんのお母さまが喜んでくれたらええなぁ」
「大丈夫ですよ。まずは娘さんの手作り料理ですもの」
「そうやね。味はもちろんやけど、そういうのええよね。本当にええ子なんよねぇ、妹さん。私、将来良いお義姉ちゃんになれるやろか、なりたいな〜」
仲間さんはまたちびりとワイングラスを傾けて、幸せな未来にふうわりと思いを馳せた。