「私らしい、って…」

 そう聞きかけた瞬間、雨が降ってきた。

「ヤバ、来たね」

 先生が空を見上げる、ちょっと怖いくらいの濃いグレーの雲が、落ちそうに垂れこめてきた。私は急いで折り畳みの傘を取り出し、腕を目いっぱい伸ばして先生に差し掛けた。

「小さいけど、無いよりはいいかもしれません」

 先生は、ありがとう さすが、と言って私からカサを引き受けると、私の方に多く差し掛け直す。

 雨は信じられない速さで量を増して、見たこともないような大粒の雫が、アスファルトに水玉模様を付けていく。

「ウソだろ」

 まさか自分たちがゲリラ豪雨の真っただ中にいることになるなんて。

 周りが、雨の音だけになる。…せっかくの時間だったのに。

「早く行こう」

 先生は私の肩を引き寄せて、歩調を速めた。でも雨は、傘の役目を奪うようにたたきつけてきて、周りの人たちは悲鳴のような声を挙げながら、駅に向かって走っていった。
 先生が気を使ってくれた傘の位置も用をなさず、結局二人ともびしょびしょになった。

 やっと駅ビルに着き、屋根の下に入って呼吸を整える。濡れすぎて、服が重い。

「濡れちゃったね、大丈夫?」

「私は、大丈夫です」

「いや、でもヤバいくらいびしょ濡れだよ」

 確かに先生は、髪からも雫が落ちている。私の方に、多く傘を差していたから。

「先生、すみません。先生は頭まで濡れちゃって」

 何か拭く物を、と鞄の中のタオルを探る。

「僕はいいけど、千菜ちゃん、冷たいでしょ」

「私が傘、取っちゃったので。大丈夫です、本当に」

 先生は私の差し出したタオルを受け取ると、自分の方には持っていかずに、私の肩にそっとかけてからゆっくり顔を近づけてきた。そして、心臓の鼓動が大きくなった私の耳元で、静かに言った。

「大丈夫じゃないよ、透けてる」

「!」

 そう言えば今日は、関係ないと思いながらも金曜日だからと意識して、お気に入りの白いジョーゼットのブラウスを着ていた。
 ハッとして胸元に視線を落とすと、濡れたブラウスに下着の形が浮き出ている。思わずバックを持ち上げて、胸元を隠すように抱きしめる。

「時間大丈夫?」

 先生は、きっと困り顔をしている私の瞳を覗き込んで、優しく言った。

「あの、先生…」

「5分だけ、待ってて」

 先生はそう言うと、私に傘を渡して駅ビルのデパートに入っていった。