「玲さん、頼まれてたヤツ」

 カウンターで、馴染みの客にカクテルを作っている玲さんに薬袋を差し出す。

「デートなのに、忘れないで(やく)持ってきてくれたんだ」

「は、訓読みしてくれる?(くすり)って。玲さんが言うと、冗談ぽくないから」

 玲さんは手を止めて、古傷にも効くという新薬を受け取った。そのやり取りを見ていたカウンターの客が、確かに、と言って笑う。何回かここで話をしたことがある、大手食品会社の部長だった。

「先生、珍しく今日はデートですか?」

 テーブルの方を顎で示して、冷やかし気味に言われる。玲さんが俺の腕を引き寄せて顔を近づけた。

「薬とご来店はお願いしたけど、デートに使ってとは言ってないよ?」

 テーブルの方を伺うと、彼女が心配そうにこちらを見ていた。玲さんの押しに負けないように、視線を返す。

「薬、今回は特別だから。次はちゃんと受診して。…デートまで行ってないし、まだ」

 玲さんがニヤリとして、手の力を緩める。

「だそうです、森下ちゃん。ふぅん、良かった。色んな意味で、朗報」

「悪い顔してるよ、玲」

 部長・森下さんは、マティーニを口に運びながら、玲さんを(いさ)めるように、でも楽しんでもいるように言った。
確か30代後半で、物腰は柔らかいけれど、できる印象を持った男性(ひと)だった。仕事で、介護用の食事も扱っていると話をしたことがある。

 玲さんは俺から離れると、背筋を伸ばしてテーブルからの彼女の視線に、ゆっくりと自分の視線を絡めた。

「そう。まだ先生の、でもないんだ」

 悪い顔、確かに。

 俺は慌ててその視線を遮るように、立つ位置をずらした。