「味、見せて?」
 
 先生はそう言うと、当然のように私の手からグラスを取った。カルーアミルクを一口含む。

 間接キス。

 こういう場所では、それほど気にすることではないのかな…。気にする方が、意識しているみたいで。

「確かに。でも、甘すぎない?」

 かなり甘い、と言いたげに先生は、柔らかく笑ってグラスを返してきた。遠目に、マスターの笑顔が見える。遠くにいると、完全に男の人にしか見えない上に、カウンターの中がよく似合う。
 でも、目の前にいる先生はそれ以上に、醸し出す雰囲気さえも見続けるのが苦しくなるほど、この店に似合って素敵だった。

 店には、心地よいピアノの音色が会話の邪魔にならないように流れている。
 病院よりレストランより、こんな場所だとさらに自分は子供っぽくて、先生には不釣り合いに思える。だから”妹”だったんだろうか…。

 お店いたお客さんも後から来たお客さんも、完全に場慣れしてお店の雰囲気に溶け込んでいる。おしゃべりとお酒は違和感なく混じり合って、私みたいに物珍しそうにグラスに見入っている人はいない。先生も顔見知りの人がいるらしく、何人かに軽く会釈をしている。

「先生、患者さんに頼まれたことって…」

 間接キスに動揺したことを隠すように、話題を変える。頼んだのは、きっとマスター。

「そうだ、これ。玲さんに渡さないと」

 先生は、病院の名前が入った薬袋を取り出すと、カウンターに向かった。