彼女を、カウンターの見える椅子に座らせたことを後悔した。それもまた、小心か…。

「はい、先生はいつもの。妹ちゃんは、カルーアミルクでいい?」

 玲さんが、席までグラスを運んできた。
 俺は少し驚いて、玲さんを見上げる。店にはウエイターがいるので、玲さんはめったにカウンターから出ない。

「…ありがとうございます。でも、本当に妹ではないんです。須藤と言います」

「須藤?」

 玲さんは、下の名前を聞くように首をかしげた。顎のラインには、男らしい色気がある。

「千菜です。よろしくお願いします」
 
 それを聞いた玲さんの振り子が、確実に危ないイケメン方向に振られた。

「千菜ちゃん。可愛らしい名前だね」

 彼女の後ろから、包み込むように椅子の背もたれに左手を置いて、わざわざ右手でカルーアミルクを彼女の前に置く。

 思わず、玲さんを見る目がきつくなる。まだ、俺にちょっかいを出されている方がいい。

「余裕のない男は、嫌われるよ、せんせ」

 俺とは反対に余裕たっぷりの玲さんは、ごゆっくり、と彼女に向って言うと、面白そうにこちらに視線を送ってからカウンターに戻っていった。

 ここに連れてきたのは、失敗だったか…。

「本格的なカクテル、初めてです」

 彼女は、こちらの微妙な気持ちには気付かないようで、それはそれでよかったのだけれど、嬉しそうにグラスを眺める。

「どうかな、飲めそう?」

 彼女は、白と茶色の二層になったグラスを、そっと口に運ぶ。

「コーヒーのすごくいい香り。甘くて飲みやすい。美味しいです」

 そう言って、彼女がカウンターに視線を移すと、玲さんが親指を立てて応じた。

 会話のないコミュニケーションは、かなり面白くない。

「味、見せて?」

 不機嫌さに気付かれないように彼女のグラスを奪うと、一口含む。

「確かに。でも、甘すぎない?」

 俺は余裕のある素振りで彼女にグラスを返すと、玲さんを見る。玲さんは、俺の牽制を見透かしたように、肩をすくめて少し笑った。